第295話 エリー、到着!
「お連れ様が到着なさいました」
扉がノックされ、宿の人が廊下から呼び掛けてくれた。
エリーが来たんだ!
私は急いで部屋を出て、階段を下りた。ロビーでは大きなカバンを二つ抱えた騎士と、小さなカバンを肩に掛けたエリーがフロントで説明を受けていた。
「食事はレストランを利用できます。個室をお使いの場合は、予約をして頂ければ確実です。ランチは宿泊していないお客様も、レストランを利用されますので……」
エリーは真剣に頷いている。邪魔をしたら悪いな。
説明が全部終わるのを待って、声を掛ける。
「エリー、お疲れ様」
「イ、イリヤお姉ちゃん! こんな高そうな宿だと思わなかったよ、しかもお城に近い大通り沿いにあるなんて。私が泊まって大丈夫なの? 騎士様と一緒じゃなかったら、とてもじゃないけど入れないじゃない」
「大丈夫よ。私もあんまりいい場所に宿を確保してくれていたんで、驚いたわ」
全てお任せしてあったので、選んだのは私じゃないんだよね。
部屋は広くてベッドルームを含めて三つに分かれているし、それを四部屋借りてくれている。まだ一部屋余っているよ。
家族を呼べるよう、気を遣ってくれたのだ。
「荷物、ありがとうございます。案内もして頂けて、とても助かりました」
「いえいえ、イリヤ様の妹君ですから当然です! お部屋まで運びますよ」
送り届けてくれた騎士に、丁寧にお礼を告げるエリー。うんうん、しっかした大人になったわ。私もちゃんと挨拶しないとね。
「妹を連れて来てくださり、本当にお世話になりました。申し訳ありませんが、帰りも宜しくお願いしますね」
「お姉ちゃん、図々しいよ!!!」
エリーが大声を出して、ハッとして周囲を見回した。恥ずかしかったみたい、頬が少し赤くなる。
「何を仰います。イリヤ様には生前……じゃなかった、以前お世話になりましたので! 遠慮なく頼ってください」
死んだふり作戦をして心配させたせいか、生前と言い間違えられた。これは私が悪かったわ。生きてますよ~!
「その節はご心配をお掛けしました……」
「失礼しました。お帰りですが、誰かしら手の空いた者を寄越しますが、もし急な大規模討伐が入ったら、数日遅れてしまいます。その点はご了承ください」
「もちろんです、お仕事を優先されてください!」
「エリーの言う通りです、討伐を後回しにされたら申し訳が立ちません」
パレードが終われば皆どんどん帰って行く。仮に滞在が伸びて宿の予約期間が過ぎても、どこにも空き部屋がないなんて事態にはならないだろう。
「荷物は当方でお運び致します、お疲れ様でした」
宿の従業員が、騎士からカバンを受け取る。騎士は楽しんでくださいね、と笑顔で帰って行った。
荷物を運んでくれる従業員の後ろに付いて、エリーと部屋へ向かった。村には宿自体がなかったものね、エリーは居心地が悪そう。滞在しているうちに慣れるかな。
「あわわ……部屋も広い……、しかもとってもオシャレ……! お姉ちゃん、テーブルにお茶のセットがあるよ」
四角いテーブルの上に置かれたトレイには、ティーポットとカップ、それから小さなチョコレート二粒と、焼き菓子が並べられている。
「毎日用意してくれるわよ。洗濯もサービスがあるの」
「自分で洗えるよ」
「洗う場所がないわよ」
洗濯するつもりでいたのかな。エリーは家事が得意だからなあ。
落ち着かない様子で部屋を見回すエリー。寝室をそっと覗いて、慌てて振り返った。
「寝室にベッドが二つあるよ! 間違いじゃないの!?」
「私の部屋にもあるわ。二人部屋なのね、好きな方に寝るといいわよ」
「緊張して眠れないよ~……、今日はお姉ちゃんの部屋で一緒に寝ていい?」
「いいわよ! なかなか一緒にいられないんだし、今の生活のこととかを聞きたいわ」
「聞きたいのはこっちだよ、急に遠い国に行っちゃうんだもん!!!」
そりゃそうだった。ふと魔法研究所の所長の反応を思い出した。迂闊に心配させるような話をしたらいけないわ。
ドラゴンと強い魔法の話はしないようにして、色んな国に行ったとか友達ができたとか、アイテムを売っているとか、平和で安全な内容を喋らないと。
エリーは荷物のカバンの場所を何度か変えつつ、どこに置いたらいいのか悩んでいた。広すぎても困るものね。クローゼットにコートや上着を掛けて、貴重品を入れる金庫を確認している。
「こんなものまである、あ、ティッシュもタオルもある。化粧水も置いてある」
「一階のシャワーを使えるけど、体を拭くお水も頼めば持って来てくれるからね」
「そんな申し訳ないことできないよ」
一つ一つにエリーがびくびくしている。
大丈夫、この宿は噛み付かないよ!
……って言ったら、怒られそうだから黙っていよう。新鮮な反応が楽しくなってしまった。
夕飯に美味しいものをご馳走して、明日は町を案内する。せっかくのエリーとの姉妹の時間を、満喫しないとね。
食事はなるべく大衆的なお店を選んだ。それでも立派なレストランだと、エリーは緊張していた。マナーは大丈夫かなと、私に問い掛けてくる。
飲食店に入ること自体が少なかったろうから、ここは私が気を遣ってあげないとね。
「ええとええと、パスタがいいかな」
「カルボナーラはどう? エリーが好きだと思うわ」
「それにする。絵がどれも美味しそうで、目移りしちゃって選べないよ」
識字率の高い王都でも、こういうお店はメニューに絵を載せてくれている。
逆に貴族御用達のお店だと、読めないとみくびられたと感じる人がいるそうで、絵がなく文字だけの場合が多い。
「今度は居酒屋さんにでも行く?」
「それもいいね。味を覚えて、料理の参考にしたいっ。ここにいる間に、色々食べなきゃ!」
さすがエリー、どこか参考にしやすいお店を考えておこう。
「ところでお姉ちゃん、この人……、この方がかっかだよね? 貴族の方は、いつまで経っても若くてカッコイイのねえ」
同じテーブルを囲んでいるベリアルに、チラリと視線を合わせる。
エリーや村の人達は、ベリアルをどこかの貴族だと勘違いしているのだ。子供の頃から魔法などを教わっていたので、人間だと考えると年を取っていなくておかしい、ということになるだろう。
貴族だから違うと思い込んでいるとは。
「ええと、ベリアル殿よ。そうそう、昔から色々教えてくれたりした」
悪魔だと教えると怖がるかも知れないし、適当に誤魔化そう。
「姉がいつもお世話になっております! 妹のエリーです」
「うむ」
「もしかして、チェンカスラーって国までお姉ちゃんと一緒に行ったんですか? お姉ちゃん、ものすごい迷惑を掛けているんじゃないですか……?」
エリーの声がだんだん小さくなる。
契約している悪魔だから、行動を共にするのはごく普通だ。しかし人間だと勘違いしている状態では、どう考えてもどこかおかしいだろう。
うーん、やっぱり悪魔だと教えた方がいいかしら。でも、契約から説明しないといけなくなるか……。
「小娘は我がいなくては、見知らぬ地でマトモに生活できぬであろう。迷惑ではあるが、我は寛大である故な!」
「いやさか、さすがベリアル閣下~」
「……そなたのその口は、どうにかならんのかね」
「お姉ちゃん。お世話になってるんだから、ちゃんと感謝しなきゃダメだよ」
エリーがベリアルの味方になってしまった!
むむっ、このベリアルの勝ち誇った顔が憎い。
「イリヤ、そなたは姉としてしっかりと妹の面倒を見よ」
「もー、解ってますよ!」
「お姉ちゃん、貴族の方に態度が悪すぎだよ!!!」
悔しい、どうしてもエリーはベリアルの肩を持つ。
そもそも私が一方的に世話になっているわけじゃないよ、住んでいるのは私が買った家だし。それに地獄の王の戦いに巻き込まれたのは、ベリアルの責任なんだから。
ベリアルは機嫌が良くなって、ワインを何杯も飲んでいた。
「は~……、貴族の方とお食事なんて、緊張しちゃった……」
「ごめんね、本当は二人だけにしたかったんだけど、今は色々と物騒でしょ。それに貴族が多い場所だから、私達だけだと絡まれそうだし……」
目付きが悪いベリアルは、嫌な貴族避けに最適だ。
しかも相手が有能な魔導師でも連れていれば、近付けば危険だと判断して向こうで接触を止めてくれるだろう。
「大丈夫だよ、こうやってお部屋でお話できるし!」
今はパジャマに着替えて、ベッドに寝転がっている。長い移動でエリーも疲れただろう。
「飲みもの、いる?」
「ベッドで飲むのは良くないよお姉ちゃん、こぼすよ。それより今はどんな暮らしをしているのか、教えて」
気を遣ったつもりが、また注意されてしまった。エリーがしっかりし過ぎてしまった……。どんぐりで喜んでいた昔が懐かしい。
「そうねえ、露店をやっているアレシアとキアラという姉妹がいてね、最初にお友達になったの。町についていろいろ教えてくれて、私のアイテムも売ってくれるのよ。昔、エリーとお薬屋さんをやれたらいいねって話したのを思い出したわ」
「覚えているよ、お姉ちゃんと一緒に暮らしたかったんだよね」
「冒険者のお友達もできたの。この前は薬にしようとしたトカゲが可哀想になっちゃったら、飼うって引き取ってくれたのよ」
「なんかお姉ちゃんらしいね」
その私らしさは何なのか。気になるけど、そのまま話を続けた。
エリーは私が無理をしていないか心配だったと、嬉しそうに微笑んでいた。宮廷魔導師見習いだった頃は、やはりどこか辛そうに見えたそうだ。
お喋りしているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
次の日は朝からエリーと町を観光する。たくさんお店が並んでいて、エリーはキョロキョロとあちこち眺めていた。
まず入ったのは、お土産になりそうな雑貨のお店。エリーは緊張で身を固くして、私の後ろを付いてくる。店内には護衛を連れた貴族の夫人もいる。
ベリアルは興味ないようで、扉の外で待っていた。
「可愛いハンカチだね、お姉ちゃん」
「柔らかくて使いやすそうね。お香も売ってるわよ」
「羽根のついたペンだ」
「ペン立てにあると、できる人っぽいよね。この薬を入れる容器も、オシャレなの」
そんな感じでお喋りしながら、エリーはハンカチと手袋を買っていた。
「お土産にはまだ早かったかな」
エリーの買いもの袋には軽いものしか入っていないので、振動でふわふわと揺れている。
町はパレードを四日後に控え、さらに人が増える一方だ。使用人に宿を手配させていた他国の貴族も、続々王都に集まっている。
「食べものじゃなければ、宿に置けるし早くてもいいわよ。買い逃した方が困るだろうし」
「そうだよねっ! それにしても値段が高いなあ」
「この辺りは特に高いの。その分オシャレだし、品質がいいから長く使えるわよ。パレードが終わったら、王都の外れの方まで足を延ばしてもいいかもね」
食事を食べてから、エリーが行きたがっていた布屋さんや手芸専門店などにも足を運んだ。
午後を過ぎたら混み具合は酷くなり、道まで列ができる店もある。
「大丈夫、エリー? はぐれたら宿に行くのよ」
「うん、あのレストランでディナーはちょっと無理だから、食べものを買って戻ろうよ」
「そうね、明日はもっと路地裏とかを案内するね。大通りよりすいてるはずだし」
護衛を連れた一団とかが来るから、避けるのも一苦労。
そろそろベリアルから文句が出そうね。ベリアルは特にお店を覗くこともなく、私達の散策に付き合ってくれていた。
さて、あとは夕食のパンとお惣菜を選んで、本日の買いものは終了だ。デザートは宿のレストランで
「このパン屋さんが美味しい……」
振り返ると、エリーがいない。ベリアルはすぐ脇に並んでいて、見上げたが首を横に振る。
「我も周囲に気を払っておったからな、そなたの妹までは注意しておらぬ」
「えええ、エリー!」
私は来た道を引き返した。流れる人並みで見落とさないよう、一人一人を確認するようにして進む。
しかしエリーの姿はどこにもなかった。
どうしよう、いなくなるなんて。ぶつからないようにするのが精いっぱいで、後ろを振り向く余裕がなかったわ……!
エリーが迷子になっちゃった……!??
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