第296話 まさかの迷子!(エリー視点)
買った商品を袋に仕舞い、落とさないようしっかりと持った。
手芸用品の専門店なんて、都会はすごいなあ。見たこともない道具がたくさん並んで、綺麗な糸やグラデーションになっている布、毛糸にまで種類がある。ボタンもたくさん売られていた。もう、何時間でも眺めていられそう!
つやつやした糸を何色か選び、しっかりした布も購入。これでバッグを作るつもり。雑貨屋ではリボルさんに手袋、お母さんにはハンカチを買った。
リボルさんのご実家にもお土産を用意しないと。
立派な村長さんだから、きっといいものじゃないと喜ばれないだろう。中央に花が彫られていて、周囲に金で模様が描かれたガラスボタンを幾つか買ってみた。これで喜んでくれるかな。
帰る頃に食べものも買おう、王都でしか手に入らないようなもの。
まだ時間は早いけど、慣れない人ごみに疲れちゃった。そろそろ帰ろうと、お姉ちゃんに伝える。
「レストランでディナーはちょっと無理だから、食べものを買って戻ろうよ」
宿を出た時より人が増えた気がする、歩くのがやっと!
お姉ちゃんは平気なのかな、もう都会の人間だね……!
私は付いて行くのが精いっぱいだよ。向かい側から護衛を連れた一団がやって来る。きっと貴族の人ね、気を付けないと……。
「……きゃ、すみません!」
「失礼、大丈夫ですか」
一団に気を取られて、他の人にぶつかってしまった。
こっちは貴族じゃなかったのかな、普通に謝ってくれたよ。
「田舎から出てきて、人ごみに慣れなくて……」
「はは、落としてますよ」
大事に持っていたカバンが、手に無いよ……! 男性は拾って渡してくれた。優しい人だな。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
しっかり受け取ってお礼を言っていると、男性はするっと通り過ぎた。
「立ち止まっていても危ないですよ、止まる時は道路の端に寄るか、お店に入った方がいい」
「はいっ!」
そうだよね、道の真ん中にいたら邪魔よね。本当に親切な人だった。
来る前は都会は怖い人ばかりかもと、ちょっと心配だった。でも、そんなことないね。
ね、お姉ちゃん!
……いない、お姉ちゃんはもう先に行ってしまった。
立ち止まれないんだもん、当然だよね。待ってって、先に声を掛けておくべきだった! 私は押し流されそうになりつつ、先を急いだ。
道が二股に分かれている。どっちを進んだんだろう?
遠くを見渡したら、人々の間に赤い髪が揺れた。
かっかだ、かっかは背が高いから頭が見える。かっかを目印に追い掛けよう。
見失わないように顔を上げて、とにかく歩いた。段々と
「かっか……!」
置いていかれないように、服の
「は?」
振り返った男性は、全然違う顔をしていた。赤いコートを着た貴族っぽい男性だ。隣にいるのも、お姉ちゃんじゃない。
「す、すみません、間違えました……!」
ひゃあああ、人違いなんて恥ずかしい!
「この混みようだからね、仕方ないわよ」
「閣下なんて呼ばれると悪い気はしないな~! 偉くなった気分」
かっかって、偉い人の役職か何かかな? どういう意味なんだろう。とりあえず、もう一回しっかり謝罪しよう。
「申し訳ありませんでした」
「いいよいいよ、人探し? 大変だな。早く会えるといいな」
「ありがとうございます」
「では参りましょう、センペレ閣下」
女性が笑顔で頭を下げて、赤い髪の男性をかっかと呼んだ。
「うむ、くるしゅーない!」
「あははっ!」
二人とも楽しそう。人違いだったけど、なんかツボにはまったみたい。怒られなくて良かった。
後ろには護衛やお付きの人が控えている。やっぱり貴族だよね。
それにしても、関係ない人を追い掛けて違う道に迷い込んだみたい……。
最初に打ち合わせてあったように、宿へ戻ろう。大通りに面していたし、広い道を進んでいればあるよね。
そう考えて広い道を歩いた。歩いた。歩いても宿に着かない。
大通りもたくさんあるのね、ただでさえ人に埋もれちゃうのに、この手掛かりだけじゃ無理だわ……!
日が傾いて寒くなってきた。足が痛い、早く帰りたいよ。宿の名前を言って、誰かに場所を教えてもらおう。でも誰に聞いたらいいかしら、お店の人かな。
声を掛けるにもどうしていいか解らなくてキョロキョロしていたら、年配の男性が近付いてきた。
「お嬢さん、どうしたんですか?」
後ろには護衛らしき人が二人、それと魔法使いっぽいローブの人。
「み、道に迷ってしまって。カリテシュペリアという宿を探しているんです」
「有名な宿だね。待ち合わせですか?」
「そんなところです」
私なんかが泊まってるっていうと、おかしいよね。あんな立派な、貴族が泊まるような宿だもの。辿り着けばいいし、話を合わせておこうっと。
「そちらを通るので、案内しますよ。着いて来てください」
「助かります」
親切な人に会えて良かった!
私は歩き始めた男性の後ろを、今度こそ見失わないように付いて行った。護衛の男性はちょっと暗い表情をしたよ。私が庶民だからかな。
大通りから細い道に入る。
「あの、広い通り沿いにあったんですが……」
「近道ですよ。大通りは何本もあります」
「やっぱりそうなんですか」
あんな広い道が何本もあるとは。都会、恐るべし。
また立派な建物が並ぶ通りに出たけど、見覚えのあるお店はない。ここも違う? 難しすぎて分からないよ。田舎と違って、建物は高しい!
「パレードを見物にいらしたんですか? ちょうどメイドの仕事があります、
「いえ、大丈夫です。お金に困ってるわけじゃありませんし、もう結婚していますから」
メイドって住み込みだよね。いきなり勧誘するなんて、人手が足りていないのかしら。
「……そうですか」
急にどうしたんだろう。それにしても人が少ない方向に向かってないかな、本当に合ってるのかしら……?
何かがおかしい気がする。
「あの、あとは大丈夫そうなので……、もう平気です」
「黙って歩け」
護衛の人が後ろにピタリとくっついている。守ってくれているんじゃなくて、逃げられないようにしていたの……!?
私は怖くなって周囲に視線を巡らせた。
当然だけど、誰も知っている人なんていない。
楽しそうに笑い合うグループ、口論をしている男女、そんな人達を護衛している武装した騎士、何か言い付けられたのか、一人で走る使用人の女性。私のような庶民が、都会に圧倒されてどのお店に入ろうかと、はしゃぎながら悩んでいる。
誰か、助けてくれそうな人。
歩く速度が遅くなると、後ろから剣の柄で押されて先を急がされた。
もしかして、行方不明が増えたって、この人達が犯人なの? でも私を連れて行ってどうするの? どこへ向かってるの?
怖くて心臓が凍りそう。頭の中を疑問や不安がグルグルと駆け巡った。お姉ちゃんの姿もない。こんなに人が大勢いるのに、一人ぼっちみたい。
声を出して助けを求めたら、後ろの護衛の人に斬られるのかしら。
私がいなくなったら、きっとお姉ちゃんが気付いて探してくれるよね。
でもどこへ行くかも解らないのに、私を見つけてもらえるのかな……。
すっかりお店もなくなり、住宅街の広い空き地に着いた。薄暗い闇の中に、茶色い馬をつないだ黒っぽい馬車がある。ちょっと古めかしくて、貴族が使う感じには見えなかった。
「乗りなさい」
「……わ、私を帰してください。お姉ちゃんは宮廷に勤めているんです、どこへ連れて行っても、絶対に私を助けてくれます」
「宮廷、ね」
全然信じてもらえない。虚勢を張ってるくらいにしか思われないのかも。
カチャリと金属音がする。後ろの護衛の鎧の音が不気味に響いた。
恐怖で指が震える。馬車には先に一人、私より年下の女の子と護衛が乗っている。女の子は酷く脅えて、ただ震えていた。
私は仕方なく、言われるままに馬車に乗った。逃げられないようになのか、護衛の一人も一緒に乗り込む。
「……いつまで、こんなことをされるつもりですか」
「……やめるよう進言しているのだ。聞き入れてもらえぬ……。侯爵様もヴェイセル様の狂気を恐れていらっしゃる……」
やっぱり誘拐犯なんだ、外でボソボソと相談している声が僅かに届く。
命令されてやってるだけみたい。命令されたからって、悪いことをしたらいけないと思う。
護衛の人達は厳しい表情をしていて、言葉を発しない。
「ど、どこに行くんですか……?」
「……知らなくていい」
「馬車で急いでも、一日半近くかかる」
先に乗っていた方の護衛が、バツが悪そうにして時間だけ教えてくれた。女の子の方がビクッと揺れる。
そんなにこの中でこの人達と顔を合わせるのね……っ。
移動の間に逃げる隙はないかな。今持っているものを思い浮かべる。ボタンとか布とか糸とか、とても逃走の役に立ちそうなものはない。
武器になりそうなものは何もなかった。鉄定規かハサミでも買えば良かった……!
私に声を掛けた年配の男性がこれより豪華な別の馬車に乗り込むと、すぐに出発した。それに続き、馬車はゆっくりと走り始める。ついに動いちゃったよ……。窓には厚いカーテンがされて、外と遮断されている。
そんなに進まないうちに、静かに止まった。声がするよ、門で検問を受けているんだ。護衛の男性が、大声を出すなと脅してくる。
護衛はこちらの馬車のカーテンを開けて、存在を示すように顔を出した。チャンスかと期待したけど、兵は軽く覗いただけで、すぐにまた出発してしまった。
夜の間ずっと進んで、馬を休めるのも、食事をとるのも誰もいない荒野。
馬車の中はすぐ隣で護衛が目を光らせているから喋りにくくて、ずっとしんと静まり返っていた。
止まった時に女の子と会話をしてみた。
彼女も田舎から出てきて困っていたら、優しく声を掛けられたんだそう。そして無理やり連れ込まれ、やはり目的も分からないまま強引に連れて行かれている。
怖いと泣いているから、私も涙がこぼれた。
大丈夫、助けがくるよと慰めてみたけど、全然大丈夫な気はしない……。
一度魔物が出たものの、護衛の一人と魔法使いが簡単に倒してしまった。こんな人達の目を盗んで逃げるのは無理だよ……。
馬車に乗っている時間がとても長く感じていた。
それでも目的地に着いてしまった。
小さな町から少し離れたところにある大きな邸宅で、庭も馬車で移動しないとならないくらい広い。すごい貴族の家じゃないの……?
私に声を掛けた男性は執事で、彼に追い立てられるように私達は家の中へ入った。そのまま廊下の奥にある石段を下りて、地下室へ連れて行かれる。窓から逃げるとかもできないよ……!
「ここで待つよう」
示された部屋は、鉄の
そして、先に女性が二人いるではないか。彼女達も拉致されたの? 一人は座り込んで毛布をかぶり、扉が開いた時も怯えて顔を伏せていた。
「貴女達も連れてこられたの……」
女性は諦めたような暗い表情をしている。
「うん。私もこの子も、お祭りに来て道に迷っていたら、声を掛けられて……」
「私はメイドの仕事があるって騙されたの。あの子は私より先に、無理やり連れて来られたらしいわ。鞭で打たれたりして、怪我をしているの……」
座り込んだ女性は、怪我をしているの!? それで怯えているのね。
「手当もしてもらえないの?」
「してもらえないわよ、私も殴られたわ。でもそれだけじゃなくて、もっと先にいた子は……切り刻まれて殺されちゃったの……」
「殺された……っ!?」
二人とも涙が頬から零れている。毛布や床にある赤黒い染みは、血の色なんだ……!
「……帰りたい、帰りたいよう……、助けて……」
毛布を被った女性は震えながら家族の名前を呼んでいた。
「都会なんて行くんじゃなかったっ……ううぅ……」
「酷過ぎるよ、貴族だからって誰も捕まえてくれないの!?」
「地下室なんて解らないのかも……」
三人ともすっかり絶望している。何とか励まさないと!
「お姉ちゃんが、きっと……助けてくれるから。頑張ろう、お姉ちゃんは空を飛べる魔導師なの!」
「空を飛んでも地下室は見えないよ……」
そうだった……地下室に閉じ込められて、どうやったら助けてもらえるんだろう。助けてって叫んでも、誰にも届かない。
お姉ちゃん、私はここだよ……!
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