第297話 消えたエリー
振り返るとエリーはいなかった。
もっと早く確認すれば良かった、どこで離れちゃったんだろう。
私とベリアルは、すぐにエリーを捜しながら来た道を引き返した。注意深く見ていたけれど、再会できないまま宿まで戻ってしまった。
念の為に部屋を確認してみるものの、やはり戻った気配なはい。フロントでもエリーを見ていないか尋ねたが、来ていないとの返答だった。はぐれたので捜していることを説明して、もし戻ったら部屋で待つように伝えてもらう。
日が暮れるとかなり寒くなる。早く見つけないと。
道は相変わらず混んでいて、この中から一人を発見するのはとても難しそうに思えた。
「会わなかったですね……、違う道に行ってしまったんでしょうか……」
「エクヴァルに助言されておったろう。冒険者ギルドとやらで、セレスタンとパーヴァリを指名して捜索を協力させるのが良かろう」
「もしかしたらすぐ戻るかも知れないですし、大事になってしまうのでは……」
エリーはしっかりしているし、自力で宿に戻って来るかも。でも、万が一事件に巻き込まれていた場合を考えたら、協力を仰ぐのは少しでも早い方がいい。
「見つかれば、それでいいだけの話である。協力者の事情など気にする必要はない。あちらも無理に依頼を受けたりはせぬ」
確かに、依頼したとして拒否権もあるのだ。
とりあえずギルドに向かいつつ、道すがらエリーを捜し続けよう。大通りを歩いてそんなに曲がったりもしなかったから、こんなに会えなくなるとは思わなかった。
本当にどこへ行ってしまったのかしら……。
結局ギルドまでの間も、手掛かりもなく到着した。ギルドはわりと閑散としている。人は多く集まっても依頼は少ないみたい。
「失礼致します。Sランクのセレスタン・ル・ナン様と、Aランクのパーヴァリ様と連絡を取りたいのですが」
「はい、そちらのお二人でしたら最近当ギルドを利用されております。ご依頼ですか?」
職員は緊張したように背筋を伸ばして答えた。私がローブを着ているからだろう。王都はたまに歩いたし、宮廷務めだったと知っている人かも知れない。
「依頼というか、相談と申しますか……」
まだ行方不明と決まったわけでないので、説明しにくいな。そもそもSランクの冒険者に名指しで頼む程の内容ではない。
どこまで話していいものかと考えていると、先にベリアルが口を開いた。
「……この町で行方不明事件はあるのかね」
「近隣では聞いていますが、王都内で事件性の高い行方不明者捜索の依頼は出ておりません。軍からの通達もありません。迷子やお連れ様とはぐれたのでしたら、サロンに似顔絵を張り出しています。こちらは似顔絵代だけしか頂きません、似顔絵が得意な冒険者に依頼されますか?」
見ればサロンには、子供や大人の似顔絵が数枚貼られていた。さすがにこの状況だから、はぐれてしまうのは仕方ないか。
「そうですね……、ええとセレスタン様に私の泊まっている宿に来てくださるよう、お伝えください。相談して決めさせて頂きます。時間は夜遅くなっても、何時でも結構ですので。この近くの、カリテシュペリアという宿に滞在しております」
「分かりました、必ずお伝えします」
近辺に住んでいる人間なら誰でも知っている有名な宿なので、名前を言えば通じる。ギルドを後にして、エリーと入ったお店を覗きながら、歩いた道をもう一度辿ってみた。
やっぱりエリーには会えず、宿でセレスタン達を待つことにした。
心配で夕飯もあまり喉を通らない。いくら慣れない都会でも、しっかり者のエリーが迷子になんてなるだろうか……。例え道が解らなくなったとしても、宿の名前を出せば誰かが必ず教えてくれるはずだ。
「しっかりせんか、そなたが落ち込んでいてどうするのだね」
食事くらい取れと、ベリアルが促す。
「いなくなったのが私なら、ベリアル殿が居場所を把握できるのにっ……」
「我はそなたに付いている故、結果は同じではないかね」
「二人で迷子ですか」
「はぐれるのは結局、そなたの妹であると言っておるのだよ!」
不毛な会話をしていると、扉がノックされた。
剣士セレスタンと魔法使いパーヴァリが来てくれたのだ。すぐに部屋に通してもらうよう、知らせてくれた従業員にお願いした。
程なく二人が姿を見せ、どうしたのかと尋ねてきた。
「実は、妹のエリーの姿がないのです。はぐれたら宿に戻るよう約束して出掛けました。この時間になっても連絡もありませんし、ただ道に迷っているだけではないのではと、不安でして……」
私の相談に、二人は神妙な表情をしていた。
「それは心配だな……。ここはかなり分かりやすかった。都会に慣れていないとはいえ、何時間も迷わないだろう」
「同感だ。近隣の村で、若い女性が行方不明になっているそうです。今は王都周辺の警備が厳しい反面、捜索や追跡などは手薄になっているでしょう。ただ同じ誘拐犯が連れ去ったのではなく、別人による突発的な犯行という線も考えられます」
二人は犯罪に巻き込まれた可能性が高いと判断していてた。だとしたら、早く助け出さないといけない。
でもどうやって?
「エクヴァル殿の手を借りるべきだ。多発している行方不明事件を調査していたから、同じ犯人かどうか検討してもらった方がいい」
「……ただ連絡を取る手段が……」
私が行けば王城の門を潜れるけれど、多忙なこの時期にエクヴァル達と会えるとも限らない。それに犯人が王宮に出入りしている貴族だとして、下手に動いて犯人側にエクヴァル達に相談したのが知られたら、エリーの身が危ないのでは。
考えれば考えるほど、どう動くのが正解なのか悩んでしまう。
「ここで待っておれ、我がエクヴァルを引きずり出して参る」
ベリアルが窓辺に立った。飛行したら魔導師に注意されないかなあ。
「では我々は、ここでイリヤ様と待たせて頂きます」
去っていくベリアルを、パーヴァリが見送った。とりあえず姿が見えているうちは問題なかった。
ベリアルのことだから、王宮にもあっさり潜り込めるだろう。誰かに見咎められたところで、宮廷魔導師でも出てくれば、高位貴族悪魔に手を出すなとむしろ兵を止めてもらえる。
彼が去った後で、詳しい状況やどの辺りを捜したかなど、いなくなってからの動きを詳細に説明した。
言葉にして人に相談できたからか、少し気持ちが落ち着いた気がする。
喉が渇いていたと気付き、温かい紅茶を三人分淹れた。わざわざ伝言を受けてすぐに訪ねてくれたのに、お茶の用意も忘れてしまった。
「俺達も協力するし、人手が足りないようなら冒険者ギルドに頼もう」
任せろと胸を叩くセレスタン。さすがSランク、とても心強い。
「Sランクの冒険者が手を貸して欲しいと頼めば、冒険者だけでなくギルド職員も親身になってくれるものです。何よりここは中枢に
冷静なパーヴァリなのに、セビリノが絡むとおかしな方向へ進んでいくぞ。そういえば前より私に対して丁寧な気がする。
近付いたのに距離を作られてしまった……。
エクヴァルが到着したのは、ベリアルが戻ってから更に時間が経ってからだ。
仕事をすぐには抜け出せなかったようで、すっかり真夜中になってしまっていた。
「ごめんね、お待たせ。行方不明事件はアナベルが中心になって調べているんだ、彼女にも来るよう連絡しておいた」
多忙な側近が二人も! エクヴァルにもお茶を淹れて、ソファーに座ってもらう。二人部屋なので椅子が多めにあって良かった。
ちなみにベリアルは窓辺で赤いワインを一人飲んでいる。セレスタン達に分ける気はないらしい。
「わざわざありがとう、まだ事件と決まったわけでもないんだけど……」
「我々が調べている事件に関連していれば、要求も犯行声明も送られてこない。もちろん他の犯人や、事件でなく怪我など事故で帰れない可能性も考慮している」
「色々ありがとう……」
「王都は見回りをしている配下と、第二騎士団の一部にも協力してもらって捜させているから」
すでに手配済み。さすがだ。
第二騎士団にはエリーに会って、顔を見知っている騎士がいる。確かに捜索にはうってつけだ。
そして机に王都の地図を広げた。
「いなくなったのはどの辺り? 寄ったお店は?」
「ええと、この道を進んだの」
私は赤いペンを出して、エリーと通った道を書き入れた。セレスタン達も覗き込んでいる。
「複雑な道を進んだわけじゃない。やはり迷うというより……」
誘拐の線が濃厚なんだろうか。杞憂に済んで、誰かが見つけてくれたらいいんだけど……。
「イリヤ様、たとえ誘拐であっても皆が協力しますから。パレードまでに解決しますよ」
パーヴァリが慰めてくれる。そうだ、エリーと再会して一緒にパレードを眺めないと! 決意を新たにしているところに、更なる訪問者があった。
「夜分に申し訳ありません、女性がお見えです」
宿の人がアナベルを案内してくれた。妹が戻らないので、宿の人も心配してくれている。
「アナベル様、ご足労頂きありがとうございます」
「いえ。お久しぶりです、イリヤさん。本題に入りましょう」
彼女は部屋に入ると、エクヴァルの近くに座った。黒髪を掻き上げる仕草が同性から見ても色っぽい。
「……めっちゃ美女」
セレスタンの好みのタイプらしい。残念ながら結婚まで秒読みです。
「行方不明になっている妹さん、エリーさんについて。王都は捜索させているから、もし迷っているだけなら明け方までに発見されるでしょう。人の少ない夜間が一番、発見の可能性があるわ」
確かにこの時間は人通りも少ない。代わりに酔った人が騒いだりもあるが、警備兵が多く巡回しているので、事件に発展することは少ないだろう。
「次に事件に巻き込まれた場合。王都内で閉じ込められていると、ちょっと
「……行方不明事件との関連については、どう判断する?」
エクヴァルが低い声で核心を突く質問をする。一番危険そうなパターンだ。
「今日の黄昏時に、侯爵家の馬車が王都を出たのは確かね。一台は使用人を乗せる馬車よ。カーテンが閉じていて中を覗けなかったらしいわ」
不自然な時間に王都を出た馬車、カーテンで隠されていた内部。怪しい。怪しさしかない。
「侯爵家の馬車を、理由もなく奥まで調べるわけにはいかないね……。連れ去るには好都合だ」
「最重要容疑者ヴェイセル・アンスガル・ラルセンは現在王都を離れているの。貴族が王都に集まるこの時期に離れるのは、かなり違和感があるわね。ラルセン侯爵の屋敷や別邸は全て見張らせているから、行ったのが所有している屋敷ならば情報が入るわ」
「領地の田舎にある別荘が怪しい、という話だったね」
「ええ、田舎の別荘の使用人がやけに口が堅くて、活気がないのよ。そして最近、頻繁に馬車の出入りがあった」
これはもしかして、エリーが連れて行かれそうな場所まで把握しているの!?
なんだか光明が差してきた気がする。
「父親である、ラルセン侯爵の動向は? 彼も貴族主義で、平民を差別するので有名だね」
「侯爵は王都に滞在しているわね。事件とは無関係に思えるわ」
息子の単独犯、ふむ。でも誘拐なんてしていて気付かないのかなあ、それとも見て見ぬ振り?
私は二人の会話を聞き洩らさないよう、しっかりと耳を傾けた。
「急を要する事件だから、順序立てて行動しましょう。最優先事項は、今回の行方不明事件にエリーさんが巻き込まれているかを確かめることです」
「確かめる方法があるんですか……?」
彼女は自信にあふれた笑顔で頷いた。さすが親衛隊、心強い。
「まず一、王都から出た馬車がどの屋敷へ向かうか見届けます。二、その屋敷に容疑者が滞在しているかを確認します」
アナベルは人差し指を立てて顔の前に出した。数が増えたタイミングで、指も増える。どの屋敷かとはいうが、ほぼ田舎の別荘で決定だろうな。
「三、先に述べた二つの条件が揃った場合、突入して被害者の安全を確保し、エリーさんかを確かめます。顔を確かめるのが一番確実でしょう。違っていても誘拐犯から被害者を助けられるし、王都内の捜索に集中すればいいだけよ」
最後に突然、強硬策になったよ!?
「なるほど、明快であるな!」
ベリアルがフハハと笑う。暴れるつもりじゃないかな……!??
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