第298話 エリー捜索隊、結成!

 とりあえず、これからの方向性は決まった。

 あとは手段ね。

「侯爵家所有の各屋敷の近くに、部下が潜んでいます。馬車が来たら報告があるわ。今回は報告を待つ時間も惜しいから、事件現場がこの郊外の別荘と仮定して、作戦を進めます」

 口ぶりからして、行方不明事件の人がここに連れて来られたのは、ほぼ確定みたいだわ。ここにエリーもいるかが問題なのね。

「突入する人手が足りないね。第二騎士師団は現在出動要請はないし、一部にでも出てもらうか」

「彼らは移動が速いもの、理想的ね。ただ動かし過ぎるとこちらの動向が伝わってしまうから、王都からあまり人を移動させるのは得策ではないわ」


「逃走を防ぐ為に囲むくらいなら、冒険者にも協力を仰げる」

 セレスタンが申し出た。エクヴァルが待ってましたとばかりに頷く。

「Sランクの彼が協力を求めれば、国からの要請よりも人が集まりやすい。冒険者達の憧れだからね。君から冒険者ギルドにかけあってもらえる? 近くの町まで行ってもらうことになるよ」

「もちろん。集団で移動するよりも、現地で人員を集める方が効率的です。我々も助力を惜しみません」

 女性を誘拐する貴族など許せないと、パーヴァリがいきどおりをにじませる。悪魔と戦う為に召喚術を学ぶ人は、ボランティア精神が旺盛な人が多いよ。


「助かりますわ。それならついでに、ヴェイセル本人が滞在しているかの確認も協力してくださる?」

「お任せくださいっ! 俺達がしっかりやり遂げましょう。なあ、パーヴァリ!」

「……どうしたセレスタン、落ち着け」

 急にハイテンションになるセレスタンに、パーヴァリが眉をひそめた。

「……アナベルは結婚が決まってるからね、変な気を起こさないように」

 エクヴァルの言葉に、あからさまに肩を落とす。

 なるほど、アナベルがキレイだからいいところを見せたかったのね。残念。

「だよなあ……、美人だもんなあ……。いいさ、どうせSランクになると国からの要請でも動くし。働くし。評価ヨロシク」

 青菜に塩だ、唐突にいじけちゃった。

 パーヴァリが元気を出せというように、ポンポンとセレスタンの肩を叩いた。


「馬はこちらで用意しますわ。お二人には夜が明けたら馬車に会わないよう、遠回りして向かって頂きます。第二騎士団は夜間行軍も慣れているから、すぐ出発できるわね」

「そうだね、指揮はアナベルに任せる。向こうに着いたら彼女の部下と合流して」

 エクヴァルとアナベル、二人揃うと身内に厳しくなるなあ。

「私達はどうしたらいい?」

 エクヴァルに尋ねる。エリーが心配なので、本音を言えばすぐにでも飛んで行きたい。

「ん~、待っていても、あちらへ行ってもいいかな……」

 エクヴァルはチラリと視線をアナベルに流した。指揮はアナベルに、と発言したばかりだったわ。


「イリヤさん達なら、飛行でさほど時間が掛からないでしょう。好きになさって構わないわ。ただ、あちらにいる私の部下の指示に従って頂きます。勝手に突入しないこと、決行まで静かに潜んでいること、そして自己判断で火を放たないでください」

「……ベリアル殿、解ってますよね」

「……解っておるわ」

 苦々しい返事だ。やりかねなかった。

「イリヤさんは無関係な人に被害が及ばないよう、広域攻撃魔法を使わないでね」

「使いません」

 今度はベリアルが皮肉な表情で私を見下ろす。くっ。危険人物として扱われているような気がする。


「俺達は準備するから、これで」

「宜しくお願いします、あちらでお会いしましょう」

 席を立つ二人に頭を下げた。

 扉が閉まってから、エクヴァルとアナベルに向き直る。

 そして不安を率直に尋ねた。

「もし、そこにエリーがいなかったら、どうなるんでしょう……?」

「その場合は王都から出ていない、ということになるわね。パレード前で異例になるけれど、公開捜査に切り替えて大々的に行うわ。余程の貴族が関係しない限りそんなに派手には捜さないもの、手を出したら危ない相手だと犯人に伝わって、けん制できる筈よ」

 門の出入りも把握しているから、他の方法で外に出た可能性はかなり低いと説明してくれた。

 まずは行方不明事件を解決して、エリーがいたら助けるんだ!


 これから指示をしたり連絡を取ったりしなければならないので、二人ももう宮廷へ戻る。

 帰り際にエクヴァルが振り返った。

「そうだイリヤ嬢。エリー嬢が救助されたとしても、解決だと自己解釈して屋敷を壊したり、秘匿魔法の実験をしたり、燃やし尽くしたりしないでね。隠し部屋があるかとか、そこに捕らえられている人がいないかとか、証拠集めとか色々あるから」

「しませんっっっ!」

 エクヴァルまで余計な釘を刺すんだから。危険人物を通り越して、危険な犯罪者みたいな扱いじゃないかな。

 ベリアルのせいで、私まで怖い人の仲間にされちゃうわよ。


 相談できて希望が持てたので、少し気持ちが落ち着いた。

 出発に備えて休まないと。昨日は隣のベッドにエリーが寝ていたのに……。

 お姉ちゃん、と明るい声が耳元で聞こえた気がした。

 もしかしたらお腹を空かせているかも、食べものを買っておこう。服も用意しておいた方がいいよね、それから薬の確認を。

 エリーが無事でいると信じて、再会したエリーに必要なものは何かを考えて用意しておかなきゃ。


 短い睡眠しか取れなかったが、必要なものを買って出発する。王都はやはりとても混み合っていて、門には列ができていた。

 ほぼ外から入る列で出る人は少ないので、私はすぐに通れた。上空から眺める道も人影が多く、近くの町も賑わっている。王都に宿が取れなかった人が泊まるのだ。

 ちなみに王都の近くにテントを張ろうとすると、警備の人に撤去させられるよ。

 馬車も走っている。

 この中に問題の馬車があるのかな。気になるけど、そもそもどんな馬車かが解からない。乗り換えている可能性もあるし、一つ一つ中を確認したい。でももし身内が空を飛んで捜していると気付かれたら、ばれない様に馬車から連れ出されてしまう。

 その後どうされるか……。

 

 目的の町が近くなったので、私達は飛ぶ高度を下げた。

 ここでアナベルの部下と会う。中心部にある食堂の、一番奥の席に男性が一人で待っているのだ。お店の名前を確認して、中に入った。

 短い濃い紫色の髪、同じ色のコートを着た背の高い男性。彼だろう。私達の姿を確認すると、帽子を取って目礼した。

「お待たせ致しました。イリヤです」

「お疲れ様です、マルコスと言います。まずは食事でも」

 アナベルの副官で、マルコス・デル・オルモ。真面目そうな印象だ。

 昼食をここで済ませて、彼が滞在している宿へ場所を移した。私達も同じ宿の隣の部屋に泊まる。

 木造二階建ての建物で、チェンカスラーで最初に泊まった白い泉亭に雰囲気が似ている。ただしベリアルファンの女将さんはいない。

 

 食堂では畑の収穫はどうとか、王都は人が多いとか、誰に聞かれても困らない差し障りのない会話だけをしていた。宿の部屋でこれからの相談をする。

「疑惑の馬車が到着するのは、明日の未明から明け方でしょう。ここと、領主館も重点的に見張っています」

 ここは別荘で、領主館がここより南に建っている。ただそこは父である侯爵が仕事をしたりして長く滞在するから、避けている嫌いがある。

 最近馬車の出入りが多い、こちらが怪しいとの見解だ。


「馬車が到着したら、午前中のうちに容疑者ヴェイセル・アンスガル・ラルセンが滞在しているかを確認します。あまり早い時間でも、不自然ですから」

「ところで、本人がいるかの確認ってどうするんですか?」

「ラルセン侯爵家の馬車に似せたものを用意しました。これに乗り、父である侯爵の使いであると偽装して、容疑者に直接言伝があると面会を求めます。その為には顔を覚えられている恐れのある我々より、高ランク冒険者が護衛に就いた立派な人物で信ぴょう性を持たせます」

 ここで護衛として、セレスタン達の出番だ。

 しかし使者は誰がやるんだろう。ベリアルだと使者って感じじゃないよね。そもそも魔導師がいたら、悪魔だってバレちゃうし。


 とにかく今日は、私達の出番はない。できることは、皆が準備しているのを邪魔しないくらいだ。

 人足ひとあしも少なく長閑のどかな町を、ぶらぶらとしながら眺める。人々は普通に暮らしていて、まさかすぐ近くに人が誘拐されているなんて信じられないほど平和な光景だった。

 小さなお店が何軒か並んでいて、町の人が食品を買っている。カタンカタタンと、どこからともなく機織り機の音が響いていた。


 昼過ぎには早くもSランクの冒険者セレスタンと、Aランクの魔法使いパーヴァリの二人が到着した。

 乗っているのは通常の馬より一回り大きい、灰色のグラニという神馬。八本足の駿馬スレイプニルの血を引く馬なので、かなり足が速いよ。召喚してくれたんだね。

「早過ぎてビックリした……」

「セレスタンは乗馬が苦手だから、後ろに乗ってもらいました。落とさないか心配でした」

「いや普通の馬ならそれなりに乗れるが、これは制御できないだろ……」

 それでセレスタンの方が白い顔をしているのね。

「昼食はこれからですか?」

「……胃が受け付けるかな……、とりあえず飲みもの……」

「私は温かい食事を頂きたい」

 日中は日差しがあるとはいえ、気温が低い中で飛ばしてきたので冷えたのだろう。ちょっと震えている。私も寒かったよ。


 二人は食事をして少し休んだら、近くにある大きな町の冒険者ギルドに顔を出しに行く。

 冒険者達や職員と顔を合わせておいて、そして近辺にどの程度の数の冒険者がいるのか把握しておくのだ。必要があれば明日招集をかける。決定から実行までが短いから、人を集めるかも知れないと事前に伝えておかないとね。

 町外れで彼ら見送った後、今度は空からの訪問者だ。

「イリヤ様っ!」

 観光をしていたルフォントス皇国の魔導師、ヴァルデマルがやって来た。

「ヴァルデマル様、いらしてくださったんですか」

「セビリノから知らせを受けました。今こそこのヴァルデマル、イリヤ様のお役に立ちましょう!」

 セビリノといい、ノリが不思議だわ。彼はどういう立場の設定なの?


「作戦の責任者、マルコス・デル・オルモと申します。ご助力感謝します」

 到着の連絡を受けていたんだろう、マルコスが合流して挨拶する。

 ヴァルデマルが使者の役をする。確かに有無を言わせない威厳があるし、ローブを脱いで執事の服装になったら、私も信じてしまいそう。

 詳しい話をするのに、私達が泊まっている宿に案内する。歩いていると、正面から見回りの兵が歩いてきた。

「……魔導師様達とお見受けしますが、この町にどのようなご用で?」

 兵に尋ねられる。町を守るのは基本的に領兵なので、侯爵の配下だ。

「王都へ向かう途中で落ち合った。今更では王都の宿は取れぬだろう? 二、三日で出立する」

 ヴァルデマルが堂々と答える。


 兵はすっかり信じ切って、安堵の表情を浮かべた。

「そうでしたか。あまり魔導師様がお寄りになるような町でもないので、何事かと懸念しまして。ご不便がありましたらお申し付けください」

 近くにある大きな町や、領主館のある町の方が発展しているので、貴族などが泊まるとしたらそちらだ。悪目立ちな気もするが、この時期なので言い訳は立つね。

 ヴァルデマルは機転が利くし、今回の役目にちょうどいい人選だわ。

 宿で打ち合わせをしたら、アナベルの部下のマルコスがまた外出するという。やることもないし、一緒に行こう。ヴァルデマルも宿を出て、明日の衣装を買いに向かった。


 しばらく町の外に立っていると、馬に乗った一団が姿を現した。

 第二騎士団だ! 見習いを含めた三十人程度いる。

「オルモ様! 第二騎士団、ただいま到着しました。緊急の食人種カンニバル調査と伺っております、すぐに任務に就けます」

 食人種調査? 首をかしげていると、オルモが苦笑いを浮かべた。

「申し訳ない、それはフェイクです。実は、行方不明事件の解決に力を貸して頂きたく」

「行方不明事件? 我らはそのような任務にたずさわった経験はありません、むしろ足を引っ張るのでは?」


 騎士団の隊長は困った表情で答えた。魔物専門だからなあ。

 隊員の一部が、私に気付いて後ろでこそこそささやき合っている。小さく手を振る人もいるよ。

「屋敷の周囲の包囲などです、こちらの指示に従って頂きます。実はイリヤ様の妹君が行方知れずとなり、今回の事件に巻き込まれた可能性が高いのです」

「イリヤ様の!? それでこちらにいらっしゃるんですか。ならば全力でお力添えさせて頂きます! なあ皆?」

 隊長が握り拳を作って振り返ると、掛け声とともに全員が片手を上げる。

「おお! 必ずやイリヤ様のお役に立ちます!!!」

「やるぜ!」

「イリヤ様って誰?」

 私を知らない見習いは困惑しつつも、皆にならって手を振り上げていた。テンションの差がすごい。


「……なるほど、これで隠しておいたのかね」

「どういう意味でしょう、ベリアル殿」

「そなた、これが食人種討伐に向かう者達に思えるかね?」

「……全く思えません」

 めちゃくちゃ怪しい。だから本当の情報を隠しておいたのね。

 第二騎士団が極秘任務に慣れていない、というかそれ以上に根深い問題を感じた。

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