第299話 突入!(ヴァルデマル視点)

 夜明け前に、馬車がこっそり屋敷に入ったと知らせがあった。

 次はある程度の時間になったら、犯人が在宅か確かめる。


 侯爵家のものに偽装した馬車に、俺とSランク冒険者のセレスタン、Aランクの魔法使いパーヴァリという冒険者が乗り、御者や使用人の役として隊員が随行する。平民から選出されて、貴族の不正を捜査する為に表には出ていない者達だ。

 彼らが所属する部隊は最初から諜報活動などを想定して、貴族に顔の割れていない平民が多いそうだ。国内の敵を想定しているんだな。どの国も色々あるものだ。


「ヴァルデマル様、そろそろ出発の時間です」

 作戦の責任者、マルコス・デル・オルモ殿が呼び掛ける。

 俺も気合を入れ直し、鏡の前で服装を確認した。高位貴族の使用人の服装が乱れていたら、おかしいからな。

「出よう」

 馬車は町の門を抜けて、少し歩いた先で待っている。

 イリヤ様が不安そうに俺を見送っていた。契約しているベリアル殿も、心配されているご様子だ。ただ、彼の場合は妹君よりもイリヤ様を気に掛けているんだろうな。


 別荘は町から少し離れた場所に、ポツンと一軒建っている。周りを塀に囲まれていて、門は固く閉ざされていた。

「誰かいないか? 開門せよっ!」

 門の付近に人影はない。堂々と従者が告げると、二人一組で庭を巡回していた者が駆け付けた。

「これは……、どなたがご乗車でしょうか?」

「ラルセン侯爵様からの使いだ。ヴェイセル様はこちらにいらっしゃるか?」

「はい、滞在されております。すぐに門を開けます」

 かんぬきを外し、両開きの鉄の門を二人で引く。馬車を招き入れてから、一人が邸宅内へと知らせに走った。

 

 疑われてはいない。だがまだこれからだ、侯爵家をよく知る侍従なども騙さねば。

 室内には冒険者二人と、もう一人だけを連れて入る。

 メイドがこちらをチラチラと見ていた。むしろ相手の方が怯えているな。

「ヴェイセル様は朝食を終えたところでござまして、すぐにいらっしゃいます」

 客間に通されたので、椅子の横に立って待つ。

 本宅からの使者だと信じている筈だが、警備の人間が壁際に何人も並んで立っている。こちらを監視するわけではなく、扉の近くにいることから、部屋から出るな、余計な探りはいれるなということだろう。


 少しして姿を現した、不機嫌な男。これがヴェイセルだろう。

「……父上からの使いだとか。見ない顔だな?」

「私は領主館から、あまり出ませんから。王都より領主館へ連絡がありました。ヴェイセル様は婚約披露の儀に間に合うのかと、ラルセン侯爵が心配されております」

 普段は俺と言っているので、私という一人称はどうにもこそばゆい。間違えないよう気を付けねば。

「……ああ、私はあちらには行かないから、会わないのか。……まだ日がある、混雑は苦手なんだ。祝賀会には間に合わせるから、安心するよう伝えろ」

「心得ました」

 どうやら誤魔化せたようだ。近年は領地に行っても泊まるのは別荘だという情報を得ていたから、役に立ったな。


 用件だけで終わりにするのも不自然だろうか?

 ヴェイセルは護衛の冒険者や、使用人役の顔を確認するようにじっと見ている。

「……王都へ戻る護衛が足りなければ、手配しましょう」

「……いや、いい。よくSランクの冒険者を雇用できたな。しかしそんな高ランク冒険者が必要な距離でもないだろう?」

 セレスタン殿は一瞬ドキリとしたようだが、隣でパーヴァリ殿が表情を変えずに口を開いた。

「私達はパレードを見に、王都へ行く途中です。すぐに王都へ向かわれるのでしたら、護衛依頼をお受けます」

 危ないな、むしろ不審に思われたか。彼のとっさの言い返しは見事だ。俺も黙っていてはいかんな。

 

「タイミングが良かったのですな。現在、第二騎士団が食人種カンニバルの調査に来ているのは知っていますか? 万が一に備え、移動の護衛を増やしたまで。ヴァイセル様も油断召されませんよう」

「……食人種が現れているのか。民にも触れを出さねばならない」

 民にもと口にしながら、つまらなそうな感情のこもらない声色をしている。心配など一切しておらず、形式的な言葉だな。

「手配済みです、ご安心を」

 第二騎士団というのを送ってくれたのは、いい手だ。魔物専門の連中で犯罪捜査に関わっていなかったからこそ、相手は油断してくれる。


 第二騎士団の人数や拠点について少し言葉を交わし、ヴェイセルと別れた。ヴェイセルは俺達が去る時、さっさと行けとばかりにすぐに背を向けた。

 始終早く終わらせたいようだったし、後ろ暗いことがあるに違いない。

 俺達は町へ戻り、本人に会えて疑われていないと報告した。侯爵家の偽装馬車は御者と護衛として二人ほどの兵を乗せて、領主館への道を進む。

 正確には別荘から完全に見えなくなるまでの距離を移動する。町に馬車が留まっていては不自然だからだ。


 これで午後、突入をすると完全に決まった。

 冒険者ギルドで雇った者達はセレスタン殿とパーヴァリ殿が引き連れ、南側から移動。第二騎士団は北側を通る。

 突入をする親衛隊の兵は、後から町を出発して真っ直ぐに別荘を目指す。

 門を開けたら、一気に囲んで決行だ。


 別荘内の情報が少ないので、俺達から見た内部の様子を伝えた。尤も、俺達とて一部屋しか入っていないが。

「……どこかに女性が捕らわれているにしても、広くて解らんな。目撃証言が一切ないなら窓のある部屋ではないだろう。内側か、地下室でもあるのか……」

 マルコス・デル・オルモ殿が頷く。

「地下室の可能性は考えています。地下牢がある貴族の屋敷もありますからね」

「私達を父である侯爵の使いと信じていたわりには、常に兵が傍にいるようにして、必要な部屋以外には行かせないようにしていました。使用人とも会話できませんでしたし、どうにも怪しい」

 パーヴァリ殿も違和感を感じていたようだ。冷静でしっかり観察している、これなら突入計画の時に冒険者達の統率を安心して任せられる。


「誘拐された女性が捕らえられているとして、人質に取られないか? かなり広い屋敷だ、こちらはすぐに発見できないだろう」

 懸念を口にするセレスタン殿。俺もそれは心配だった。

 それまで黙って耳を傾けていたイリヤ様がエリー、とボソリと口にされた。イリヤ様の妹君を危険に晒すわけにはいかない。

「腕の立つ魔法使いもいるはずです。内部を探るのに使い魔を放っても、気付かれてはむしろ危険です」

 オルモ殿が言う通りだろう。探っていることに気付かれたら、捕らえられている全員が始末されるかも知れない。


 王都でエクヴァル殿達から説明を受けた時に、ハッキリと分かった。

 想定している犯人像は、快楽殺人者だ。

 それも何年も前から犯行を続けている。時間が経った被害者は、生きてはおるまい。命を奪う行為にためらいのない相手だ、最大限の注意を払わねば。

 捜査も大詰めだった、パレード直後にでも踏み込む計画だったと見える。動けず歯がゆかっただろうな。よもやイリヤ様の妹君が不明となり、猶予がないと判断を下した。

 イリヤ様に凄惨な現場を見せないようにもしないとならない。

 

 突入後の行動や班分けを綿密に話し合い、捕まっている人の身の安全と、容疑者ヴェイセル・アンスガル・ラルセンの身柄の確保を最優先させることを確認する。一つに班に一人、第二騎士団員でエリー嬢の顔を見知っている者を加えた。

 周囲は囲んで誰一人逃がさないようにする。魔法使いが空を飛んで逃げた場合は無理をしない。

 突入の方法だが。

「……こういうのはどうでしょう」

 イリヤ様が魔法の提案をされた。俺もオルモ殿も、妙案だと頷く。


 昼食を軽くとり、突入に備える。

 ベリアル殿も静かに時を待たれていた。

 ついに予定した時刻だ。

 まず俺とイリヤ様が屋敷の前後の空中に移動。それからイリヤ様が魔法を唱え、俺が範囲の設定の輔佐と魔法を安定させる役目を負う。


「諸人よ、揺りかごに抱かれ微睡まどろみの境界を霧のように漂え。中空のあずま屋にてうつの波に乗りて舟をこぎ、夢の岸へ辿り着くよう。ゆらゆらと穏やかな安寧に満たされよ、不思議な妖精の音楽キヨル・シーで目覚めるまで。シュヒーン・ショー・ルロー・ルー、眠れ、眠りの森閑の深きにて。ドルミール・ロフォーンド!」


 開発したばかりの眠りの魔法で、屋敷ごと眠らせる作戦だ。

 範囲を広げている為、どこまで効果があるか不明だが、少なくとも意識が薄れたりはするだろう。魔法使いや魔法に耐性のある者、護符を所持している者には効かない可能性がある。

 意識がハッキリしているのは上の人間だけだ、つまり明らかに犯罪に加担している者。

 心置きなく懲らしめてやれる! 人質にする為に連れてこいと命令しても、使用人は思うように動けない状態におちいるる。


 魔力が屋敷を包み、窓を開けて風を通した時のようにサアッと引いていく。

 さすがイリヤ様、見事な魔法の操作だ。

 魔法の終了とともに、一斉になだれ込む兵。周辺に潜んでいた騎士団員や冒険者が、屋敷を囲んで孤立させた。

 ……イリヤ様を疑うわけではないが、どのくらい微睡まどろみに落ちたか判断できないな。突入しなければ、効果が確認できないのが難点か。


 門は跳躍の魔法で飛び越した男性が内側から開けて、次は玄関の扉だ。

 兵達に先立ち、玄関の前にイリヤ様とベリアル殿が降りると、ベリアル殿は扉の前まで歩いてフッと姿を消した。すぐにベリアル殿の手によって、扉が開かれる。

 壊してでも入る予定だった扉が、簡単に開け放たれた。

 イリヤ様は兵達が屋敷内に突入するのを脇で待ってから、最後に入られた。これは事前に、何があるか分からないから一番には乗り込まないよう伝えてあったからだ。私もお二方と合流して、建物の中に入る。

 廊下では眠ったメイドや意識がもうろうとした使用人が座り込んでいる。抵抗はほとんどない。無力化された使用人達は後回しだ。


「誰か……、人が大勢……」

 気力を振り絞って叫ぼうとする執事。イリヤ様の魔法の効果はバッチリだ。しかしまだ、被害者も加害者も見つかっていない。意識のある者は拘束して大広間に集める。

 バタンバタンと、一つ一つ扉を開いて確認していく。部屋数が多いので、確認した部屋には簡単に落ちるインクでバツ印を付けさせてもらった。

「あった、地下室の階段だ!」

 廊下の奥から発見の知らせが響く。地下室への階段には他の部屋と同じ扉があり、パッと見では地下に繋がっているとは想像できなかった。

 二つの班が、慎重に地下への階段を進んだ。ここに捕らえられている可能性が高い。二階に上る班もある。

 

 俺はイリヤ様達と一緒に、地下に向かう兵の後ろに続いた。

 最初の部屋の扉を開いた時、異臭がした。ウッと小さく呟いて、兵が閉じる。

「……誰もいません、先を急ぎましょう」

 イリヤ様は不安そうな瞳で先頭を行く兵を眺めていた。

 三つ目の部屋には、外から閂が掛けてある。

 これはっ。


 重い扉がギイィと軋んだ音で鳴き、中を覗くとすぐさま兵は全員室内に入った。

「……被害者を発見! 怪我人がいます、衛生兵っっ!!!」

「エリー、エリーはいますか? 無事ですか!??」

 イリヤ様が、たまらずに走り出す。

「無事でいらっしゃいますよ、イリヤ様! 眠っておられますが」

 返事をしたのは、顔を知っている第二騎士団の者だろう。顔を確認する為に、二班に一人同行している。

 さすがイリヤ様、地下室にもしっかりと睡眠の魔法が行き渡っていらっしゃる!

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