第144話 護符作り
ネクタルどころではなくなってしまった。万が一に備えて、何か考えた方がいいかな。装備とか作戦とか。
とりあえず気分を変える為に、町でも散歩しようかなと外に出る。繁華街に向かって歩き始めてすぐ、後ろから声を掛けられた。
「イリヤ、イリヤ。お客さん」
ジークハルトと契約してる妖精、シルフィーだ。最近はだんだん人を怖がらなくなってきて、町に出るのも楽しく思えるみたい。
「シルフィー、ありがとう。ジークハルト様、お仕事お疲れ様です」
「ああ、イリヤさんも忙しそうだね。こちら、渡したいものがあるそうだ」
最近は家を空ける事も多いからなあ。入れ違いにならなくて良かった。
ジークハルトに案内されていたのは、男女二人のエルフ。私と同じ年くらいに見えて、二人とも金茶の髪。
「モンティアンの森の者です。ユステュスより、貴方様に薬のお礼に渡すようにと」
女性が渡してくれた箱に入っていたのは、頼んでおいた護符だ!! まず最初に二つ。色々ありそうだから、これはできれば早く欲しいって言っておいたんだよね。まさかこんなにすぐだなんて。嬉しい、これに魔力を注げば護符が完成する!
「残りの物も、しっかりと仕上げさせて頂きます」
一緒に居る男性は、腰に細い剣を佩いている。剣士と魔法使いの組み合わせで来たのかな?
「では、私はこれで。もし人間に絡まれたりしたら、すぐに警備兵に知らせてほしい」
「お心遣い、ありがとうございます」
ジークハルトは仕事に戻るみたい。エルフの女性がお礼を言っている。
「じゃあね、またね。また遊びに来てね」
シルフィーは名残惜しそうにくるくると飛んで、ジークハルトの肩に戻って行った。二人は来た道を引き返して、今度は南門の方へ曲がって行った。
「ところでイリヤ様は、どちらへお出かけに?」
「お昼に食べるパンを購入に、出掛けるところです。ついでに少し、繁華街で色々なお店を眺めようかと」
「ならばご一緒していいですか? 我々も食料などの買い出しをしたく」
ちょうどいい、と男性がお願いしてきた。エルフの里の復旧は進んでるみたいだけど、ダメになった畑からはすぐには収穫はないものね。
「どのような物を買いにいらしたんですか?」
「まずは塩です。あとはパン類、野菜も欲しい」
「石鹸と布も欲しいですね。人間から衣服を提供されましたが、自分たちが好ましいものを作りたいです」
趣味の違いは致し方ない。塩は重くなるから後にして、布と石鹸が先かな?
一緒に買い物をしながら三軒目を回ったところで、レンダールが歩いていた。
「レンダール、一人?」
「買い物をね」
彼を見て顔を見合わせる、エルフの二人。
「……ブリージダの息子の、レンダール?」
どうやら彼を直接ではないにしろ、知っているらしい。
「……ブリージダは母ですが」
返答するレンダールは、いつになく緊張しているような、警戒するような声色だわ。お母さんはノルディンの家族と同じ村に、一人で住んで居るという話だった。
「我々は、川向こうのモンティアンの森の者だ。彼女が人間についていって、裏切られた話は聞いている」
「いや、それは誤解です。父は寿命でした、人間は短命ですので」
「そうだったの。君の母親は人間と結婚することで、両親に勘当されて住んでいた里を追い出されたと聞いたけど、良かったらいつでも私たちの里に来てね」
衣料品を買った袋を持つ女性が笑顔で誘うけど、レンダールは苦い表情をしている。
「せっかくのお誘いですが、私がエルフの里に足を踏み入れる事はないでしょう。父が亡くなり、村でいざこざに巻き込まれて母と途方に暮れた時、あなた方の仲間は里を頼った母を、手ひどく追い返したんです」
エルフの二人は返す言葉もなくて、レンダールは会釈して去って行った。
聞いてはいけない事を聞いてしまったような……。
「えと……、レンダールは今、一流の冒険者として、仲間の方と楽しく仕事をしてます。ご心配には及びませんよ」
気分を変えて、食料品の買い出しをしよう。私の昼食はどのお店で買おうかな?
二軒ほど食料品店をまわってから、西門の近くまで見送った。
頼んである残りの品も、後日届けてくれるらしい。
さて、ご飯も食べた。身を守る護符を作れるぞ。
その名もケペリ。魔力に反応してかなり強力に魔法や物理攻撃を防いでくれる、特殊な作り方をする護符だ。
スカラベと呼ばれる虫のような形で、天然石を抱いている。土台部分に刻まれた特殊な魔術文字も、ばっちり丁寧に彫られている。
対悪魔を想定して、石は魔除けの効果の強い黒いモリオンを使ってもらった。目はアメジスト。
「万物の主、かく語りき。ケペリ・ケペル・ケペルゥ・ケペル=クイ・ム・ケペルゥ・ヌ・ケプリ・ケペル・ム・セプ・テプィ。魂の器たる、虚ろなる身を守る身代わりとなれ」
しっかりと魔力を注ぎ込んで完成!
モリオンに更に艶が出て、きれいになった気がする。
「はい、これ」
「……え?私に?」
作製を見学していたエクヴァルに渡す。戸惑いつつも手を出した。
「これ、魔力に反応して魔法と物理を防いでくれるの。攻撃魔法に反応して展開されるから、地獄の王と戦う事になっても、少しは防げるかも」
虫を模したものだからあんまりカッコいいものじゃないけど、効果は抜群だと思う。ユステュスは趣味程度と謙遜してたのね。石もいいし、とてもいい仕事をしてくれた!
「それなら、君が持っていた方がいいんじゃないの?」
「だっていつも、私の前で庇ってくれるもの。お礼でもあるから、受け取ってね」
「……ありがとう、大事に使うよ」
やたら嬉しそうにしている。こういうのは頼んでも、支給されないんだろうか? 宮廷魔導師も研究所の人も、護符は作ってそうだけどなあ。
「……」
別のテーブルで魔術用の短剣に魔力を補充していたセビリノが、エクヴァルにあげた護符を恨めしそうにじっと見ている。
「何、セビリノ君……?」
「羨ましいですな」
「セビリノは自分で作れるじゃない」
「……師は、アンニカには杖を与えておりました。この一番弟子は、頂いた記憶がございませんが?」
えええ。拗ねてる?
「だって、立派な短剣があるじゃない……」
「しかし師が手ずから魔力を注ぎ込んだ特別な品、この一番弟子の手に渡らぬのは不条理でございませんか!?」
セビリノは魔法アイテム作りの腕も一流じゃない! なぜ欲しがるのかしら。相変わらず一番弟子を主張するし。そのうち飽きると思ったんだけどなあ……。
「……さて、じゃあ次は自分の分を作ろう!」
「師匠~!?」
平行線になりそうなので、もう会話は切り上げて護符作りを再開することにした。
「君、しつこい男は嫌われるよ?」
エクヴァルが肩に手を置くと、セビリノも一応諦めてくれたようだった。
セビリノの分は、これを作ってから考えよう。
私のは指輪。魔力を増強する為のもので、六芒星の模様の周りに四つの五芒星が掘ってあり、六芒星の中心にある石はカーネリアン。
裏側に神の名を魔術文字で刻んでもらってある。
「アドニー、エル、エルオーヒム。聖なる名のもと、全ての生あるものがあらゆる地で繁栄しますよう。セムハムフォラスに秘めたる大いなる力を、ここに分け与えたまえ。源流に注ぐ雨となれ」
出来上がった護符を指に嵌めてみる。いい感じだ。
とりあえずいったん、これはアイテムボックスに入れておく。
セビリノの分、ねえ。ちゃんと護符も色々作れるはずなんだけどな。ぼんやり考えていると、頭の中にある護符がよぎったので、エグドアルム時代に纏めた資料とカレンダーを取り出して確認してみる。
うん、ちょうどいいわ!
ミスリルで作られた丸い小さなプレートを取り出した。
そこにオレンジ色のインクでまず円周に沿う様に円を二重に描き、定規を使って丁寧に十二芒星を描く。資料を取り出して確認しながら、中心に魔術文字で“エル”と書き、最初にオレンジ色で引いた二重の丸い線の間に、“静穏たれ、虚ろなるを消し去りたまえ”と記した。図の間には“全知よ、汝に寄り添え”の文字。
そして浄化して魔力を注ぐ。
「最も力強きアドナイよ、最も猛きエル、久遠なる時に
プレートが魔力で覆われたのが解る。これに所定の言葉をかけて発動させれば、護符としての効果が発揮されるのだ。
「できた」
セビリノが私の護符作りを眺めていた。彼の今日の作業は終わっていたみたい。ちょうどいいし、セビリノに差し出すと、両手で震えながら受け取る。本当に大げさだなあ。
「セビリノにはこれね。魔力をアップさせる、水星の護符。大事な場面で使ってね」
「おお……! なんと、師匠がお作りになられた惑星の護符……!!! 有り難く頂戴いたします。やはりこの一番弟子にはこのように扱いの難しい、玄人向けの護符を与えられますな!」
「……うん」
惑星の護符とは、この水星の護符や、火星、太陽などの護符の総称。かなり強い護符で、他にも色々あるよ。
「必ずやご期待に答え、使いこなして見せます!」
すごく喜ばれている。単純に今がこの護符を作るのにちょうどいい時ね、と思っただけなんだけど、良く解釈してくれたようだ。
ところで“この”一番弟子って、今回だけで三回も言ってるんだけど。この、は何なの。どうしてそんなに、一番弟子を強調したがるの!?
★★★★★★★★★★★★★★
参考文献
学研Books Esoterica17「古代秘教の本」
秘教自体の説明が多かったんですが、エジプトの護符、ケペリがあったので使ってみました(^^)/
死者の復活を約束するものとして、死体の上に乗せられたそうです。
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