四章 エクヴァルくんがやって来た
第51話 魔法付与を頼まれました
「人間の娘。早速ベリアルが、何か問題を起こしたかな?」
「あの……その、他に相談できる方が思いつかなかったので、申し訳ないですが……聞いて頂きたいことがあるのです」
「……今回はずいぶん、逡巡しているね」
異界を繋ぐマジックミラーに投影されている悪魔の幻影。銀の髪に、水色の瞳を持った天使と見紛う美しい悪魔、ルシフェル。力強い王である彼を簡単に喚び出す事は本来許されないけれど、ベリアルの事で相談に乗ってくれると言ってもらっていたので、思い切って召喚させてもらった。
これは正式な召喚ではないので、実体じゃなく幻だけど。
「申し訳ありません、説明が難しくて……。実は先日、小さな怪我をしまして」
「ふうん」
「矢を射かけられたのですが、ベリアル殿は激怒して相手を一瞬にして火で焼き殺しました」
「……人間の娘よ。悪魔とはそういうものだ。普段のベリアルが君に優しいからと言って、周りに対してもそれを求めてはいけない。ましてや、契約者が毛先程でも傷を負わされるなど、王として酷く不名誉なこと」
ルシフェルは当たり前のことを説明させるなという、少し呆れた様な口調だった。
私もそこまでは解っているんだけど……。いったん区切ったルシフェルだったけど、思い至ったように言葉を加えた。
「いや、他の王ならともかく普段のベリアルならば、そこまでの契約はしていないと
「あ、ありがとうございます。でもそこではないんです。その後、私に報いると仰って……」
「報い。まあ彼も、契約には意外と真面目だからね」
契約以外には真面目じゃないんだろうか。それはともかく。
「……それが、……報いとして抱いてやる、と」
「……むくい……???」
「そういうものなんでしょうか!? 私はきっぱりお断りしたのですが、理解して頂けず…」
「……まさか……」
ルシフェルの声に僅かに動揺が見られる。やっぱりこれは、ちょっとおかしいらしい。
「い、いえ。万能章も
「……彼を呼んでくれるかな?」
おお、怒ってくれるらしいぞ。相談して良かった。笑顔だけど雰囲気が冷たい。
私は隣の部屋の扉をノックして、ベリアルに声を掛けた。
「ベリアル殿、ルシフェル様がお呼びですよ」
「ん? ルシフェル殿が? すぐに参る」
敢えて要件などについては何も告げなかった。
「今度は何用であるか?」
「何用、ではないね。君は……報いとして抱いてやる、などと言ったんだって?」
「その話かね。せっかくこの我が情けをやると言うに、万能章だのを持ち出して追い出したのだ。全く、おかしな女であるよ」
気になって扉の外で聞き耳を立てていると、相変わらず私が悪いと言うベリアルの言葉。
なぜこんなに伝わらないのか……。
「……私はね、契約内容にあることならば、口を出すつもりはない。しかし、正しく契約した相手を
「手籠めとは人聞きの悪い。我と交わることが出来るのだ、このような歓びは他にないであろう?」
「本気で言っているんだから、
「それではまるで、我が嫌がる女を無理やり犯そうとしたようではないか……!」
さすがルシフェル!! ベリアルにも理解できるように話せるなんて……!
きっと付き合いが長いんだろうな。
「ようやく気付いたかな? そう思われたから、私に相談してきたのだろう?」
「まさか! 我との契りを、拒む者などおるはずがなかろう!」
「……君とはじっくり、話さなければならないね」
その後も説教が続きそうだったので、私は心軽やかにその場を離れた。
しかしここに至ってあの反応とは……。ベリアルのブレなさはすごいわ……。
家を出た私は、アレシアとキアラの露店に来ていた。
ちょうどお客も途切れて、二人は暇そうにしている。商品はあと半分もない。なので、前からアレシアが聞きたがっていた魔法の話をすることになった。
「魔法の属性は地・水・火・風の4大
「イリヤさんは色々魔法を知ってるんですよね。いいなあ」
アレシアは魔法の話を楽しそうに聞いてくれる。キアラにはちょっと退屈そうだけど。
「二人は魔力が多くないものね……。魔法を教えるのはいいんだけど、アレシアはせっかく魔法が好きなのに、こればかりは難しいわね」
残念ながら、アレシアに使えるようになるのは、初級の魔法くらいだな。
「すみません、お嬢さん方」
話し掛けてきたのは、五十代くらいの、執事か何かのような男性。キレイに洗濯されたブラウスにベストを着ていて、細くて背筋がピンとして姿勢がいい。
「いらっしゃいませ!」
キアラが元気に声をかける。
「実は先日、立派な護符を見掛けまして。お話を伺いました所、よくこちらにおいでになるイリヤ様という職人さんに、魔法を付与して頂いたとお聞きしたものですから」
どうやら、ギルドで作った水属性強化と魔法効果上昇タリスマンの事らしい。
「それは私で御座いますが……」
「貴女が! 実は私のお仕えしている方が、この宝石に風の魔法属性強化の効果を付与して来るようにと仰っているのです。報酬は弾みますから、ぜひ貴女にお願いしたいのですが、宜しいでしょか」
男性が小さな箱から取り出したのは、見事なエメラルドだった。シルバーの指輪に嵌められている。
「見事な宝石でいらっしゃいますね! 代金など頂かなくとも、こちらからお願いしたい程でございます」
私は喜んでその宝石を受け取った。魔法付与にピッタリな、魔力のあふれる宝石だ。これは楽しそう……!!
「では、いつ頃受け取りに来れば……」
「いえ、この場で致しましょう」
「この場……ですか?」
私は露店の空いた場所を借りて紙に書いた
「いと高きお方、エル・シャダイ、我が声を聞き届け給え。天つ風、森を抜けたる恵風よ、慈愛をもたらしたまえ。船の帆を膨らませ稲穂を揺らし、エサギラに集え」
強く
頼んだ男性もアレシアをキアラも、息を呑んで宝石に目を凝らしている。
「これで如何でしょう。素晴らしい宝石とお見受けしましたので、丹念に魔力を込めさせて頂きました」
男性は完成した後もしばらくただじっと眺めていたが、少しして慌てて布を取り出し、仰々しくそれを包んだ。
「なんと……こんなに容易く、このような付与を……! 素晴らしい腕前でございますね!」
「恐縮です」
なかなか受け取らないから、気に入らなかったのかと冷や冷やしてしまった。
アレシアとキアラも、私が褒められのを自分のことのように喜んでくれている。嬉しいな。
男性が渡そうとしてきた代金が高すぎる為、返金しようとしてやり取りをしていると、ベリアルがこちらに歩いて来た。不満げな表情だ。
「これイリヤ! 告げ口をするとは何事か!」
「違います、相談ですよ」
「……ベリアルさん、何かしたんですか?」
アレシアが聞いてくるが、ちょっとね、で済ませておいた。
やり取りを見ていた男性は、今度は声を震わせている。
「あの……この方は、もしや……悪魔でいらっしゃいませんか……?」
「よくお分かりに。私が契約しています」
「これは何とまた、多才な方でいらっしゃいましょう。いえ、我が主が召し抱えられている魔導師の方も、悪魔と契約をされているので、なんとなく似た印象を受けまして」
それで気になって聞いてみたのだという。高貴そうな感じがするし、その方もきっと爵位を持つ悪魔と契約している魔導師を雇っているのね。
召喚術師はたいてい、魔導師も兼ねている。特に悪魔を召喚したいならば、魔力を持ってそれを強制力に変える手段がないと、いざという時に対抗出来ないからだ。
男性は宝石をしっかりと仕舞って去って行った。
家に戻ると、ちょうどドアの前からジークハルトが去る姿が見える。
「ジークハルト様、私に何か御用でしょうか?」
「イリヤさん。今お帰りだったのか。先日のお礼と、両親の失礼をお詫びに……」
あのブリザードドラゴンの時のことだろう。
「イリヤの魔法、すごかったって! ジーク、ビックリしてた。私も見たかった!」
シルフィーも肩に乗っていた。一人でも私の家に来られたし、少し慣れたのかも知れない。しかし少しベリアルが少し遅れて戻ってくると、そっとジークハルトの後ろに隠れてしまった。
ジークハルトは子爵夫妻からお詫びの手紙を預かって来ていて、夫妻はかなり不安そうな様子だったという。ちょっとやり過ぎたかも知れない。
「怒っていませんから、安心して下さい。申し訳ないですけど、言いたいことを言ってスッキリしたんですよ」
苦笑しているジークハルトに、もう一言付け加えた。
「私が我慢した方が、ベリアル殿が怖いですからね。アレで済んだと思ってもらえれば」
「確かに……ね、彼の怒りに触れる方が危険だね」
ジークハルトとも普通に喋れるようになったなあ。
雨降って地固まるって所かな。
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