第56話 急転直下

 次の日。

 朝食を食べ終えて出掛ける準備をしていると、外で慌ただしく動きがある。やたら話し声もしているし、なんだろうと皆で不思議がっていると、扉がノックされた。

 宿の人が焦った様子で顔を出す。

「お客様、さきほど軍事国家トランチネルが国境付近に兵を配置し、侵攻を開始してきたとの情報が入りました。この町まではまだ距離がありますが、南には向かわないでください」

「トランチネルが!? 戦争になるのか……!」

 イヴェットが思わず大きな声を上げる。まさか、戦争が始まるなんて!

 宿の人は全部の部屋に触れ回っていて、すぐに隣へ行った。続けて、男性メンバーがこの部屋に集まる。


「……すぐに帰るか。戦争に巻き込まれたくない」

 Bランクのリエトとルチアは、このまま帰国するらしい。

「私達も戻りましょう。このことを、チェンカスラー王国にいち早く伝えねばならないわ」

 Aランクのカステイスとイヴェットも一緒に帰国。ドラゴンの鱗の採取は中止だ。

 私達はまだ相談するからと、四人には先に発ってもらった。



 三人になってから、エクヴァルがおもむろに口を開く。

「これは、憂慮すべきだね。フェン公国が併合されれば、軍事国家トランチネルは、次はチェンカスラー王国に手を伸ばすだろう。フェン公国がここに存在することは、チェンカスラーにとって重要事項だ」

 ……来たばかりなのに、エクヴァルはいつ知ったんだろう。情勢も詳しいのかな。

「……我への供物は、竜だけではないぞ?」

 おおう。ダメですよ、それは。その楽しそうな顔、やめてください。

「とりあえず……、様子を見に行ってみましょうか。まだ本格的に開戦されていないでしょうし」

「本当はついて来てほしくないけど、賛成する。両国の軍事力は把握していないからね。もし危険があるようなら、チェンカスラーからの避難も提案するよ」

 エクヴァルの立場からすると、私にはなるべくそういう危機に関わってほしくないようだ。


 まずは南の国境付近を、山脈から臨むことにした。

 国境には壁があり、軍事国家トランチネルの軍は、その近くまで迫っていた。フェン公国の兵の五倍以上はいる軍勢で、どう考えてもフェン公国が不利だろう。同盟国の援軍のようなものは、現在見受けられない。

 フェン公国とトランチネル、両国の隣に位置する広大なノルサーヌス帝国は、フェン公国側の同盟国だ。ガオケレナや食料の輸出入、魔法使いの交流などを通し、フェン公国と良い関係を築いているらしい。

 反対側は山脈が続いていて、隣国といっても遠くなる。


 魔法による応酬は行われていたらしく、魔法部隊がなんらかの作戦行動を取っているのが見えた。

 フェン公国からの広域攻撃魔法をトランチネルが防ぎ、応戦している感じかな。


 フェン公国側はマナポーションによる補給をおこなっている。しかし、魔法使いの数がトランチネルの半分にも満たない。厳しそうな状況だ。

 ガオケレナが特産であるフェン公国は、上級のマナポーションが豊富に作れる。その為、魔法使いを育成するにはいい環境だといえるが、国土はトランチネルの四分の一もないような広さしかない。

 フェン公国はもともと、軍事国家トランチネルから離反した公爵が独立して興したのが始まりなので、国力の違いは致し方ない。これまでフェン公国が独立を保てたのは、ガオケレナやマナポーションという特産品による交易と外交、強大な魔導師とマナポーションが可能にさせる広域攻撃魔法による防衛があったからだ。

 広域攻撃魔法が防がれて町に進攻されてしまえば、勝ち目はないと思う。

 軍事国家トランチネルは何十年か前、軍の元帥がクーデターを起こして国王を弑逆しいぎゃくし、政権を手に入れたらしい。


「……フェン公国が無くなると困るんですよね? 多少の助成になるかも知れません、広域攻撃魔法を唱えましょう」

「それは楽しみだ。見てみたいね、君の広域攻撃魔法」

「狩りの心地良い気分を台無しにされたのだ、思い知らせてやると良い」

 それが理由なのはちょっと……!

 私はしっかりとトランチネル側の陣営を確認した。数人の魔法使いが三つの部隊に分かれて展開している防御魔法は、それまで広域攻撃魔法を防いだせいか、綻びを感じる。この後自分達が行う魔法攻撃を想定しているからなのか、今のところ掛け直したり強固にさせる措置は取っていない様子だ。

 攻撃班は防御には加わっていない。


 指揮が雑なんだろうな。私だったらこんなバランスの悪くなった防御魔法を展開したままにはしない。人数だけ揃えたように思える。

「範囲が広いとはいえ、いびつな防御魔法の展開をしていますね。これまでの防衛で弱まっていますし、これなら掻い潜るのは簡単です」

「……さっすがだなあ、イリヤ嬢」

 エクヴァルは笑顔だけれど、瞳は真剣に私を捉えている。彼が私達の力を測りたがっていると、ベリアルが言っていたな。やはりその通りなんだろう。

 

「下なるもの、横たわるもの。全てをその掌に乗せし大地よ。長き眠りより解き放たれたまえ。諸人は振動の前に平伏すのみ! 突き上げよ、地響きを立てて亀裂よ走れ! 行き場なき者達よ、恐怖の内に打ち震えよ! アースクウェイク!」


 詠唱が終わると、軍事国家トランチネル軍の陣営に突き上げるような振動が走る。続いて大きく地面が揺れ、立っている者はいないほどになる。私は兵器らしきものを滅するよう意識して、地面を崩した。

 トランチネル側はフェン公国の魔法に耐えて防御魔法が弱くなっていて、特に下方の守備がほぼ出来ていない状態におちいっていた。土属性魔法に対する抵抗はかなり薄くなっていたのだ。

 なので、まずは土属性を選んだ。

 トランチネル軍からは、悲鳴と指揮官らしき怒号が飛んでいる。揺れの混乱で魔法使い達が魔力の供給を怠ってしまい、魔法による防御は全て崩れてしまった。


「混乱で防御魔法が切れたわね。風の魔法でも使っておこうかしら」

 中級のマナポーションを飲む私を、エクヴァルが何だかおかしな表情で眺める。このくらいの魔法なら、エグドアルムの宮廷魔導師には使える筈だし、驚くこともないと思う。

 むしろ色々見たいんじゃなかったんだろうか。それに本当ならもっと地面に亀裂が入ったりするので、やはり防御されて弱まっているよ。

 空になったマナポーションの瓶を投げ捨てた。気を取り直して次だ。


「吹雪をもたらせ風巻しまき、黒風の砂塵よ空間を閉鎖させよ、激しく荒れ狂え野分き、四方の嵐よ災いとなれ! 四つの風の協演を聞け、ぶつかりて高め合い、大いなる惨害をこの地にもたらせ! デザストル・ティフォン!」


 トランチネル陣営では統制が崩れ、色々なものが飛び散り、人も武器も馬も、薙ぎ倒された。土の上位魔法に当たる地震の魔法に加えて、風の上位魔法を唱えたのだ。どんなに統率の取れた軍隊であろうとも、混迷を深めるのも仕方がない。

 ましてや魔法の効果範囲内は砂や雪まで飛び交い、視界もかなり悪くなっている。状況の判断すら難しいだろう。

「どういうことだ!? フェン公国側からは、何も仕掛けられていない……!」

「もしや、別動隊でしょうか!?」

「だとしたら、どこから……」

 悲鳴や暴風の間に、大声でそんな会話がされているのが届いた。


 探られている。そろそろ退避した方がいいかな?

 フェン公国は、魔法使いを大事に育成している。だからこそ軍事国家トランチネルは、魔法攻撃には十分に備えていた。そして防ぎ切った筈の広域攻撃魔法で甚大な被害を出し、制御不能な状態に陥っている。

 まあ立て直しも簡単じゃない筈だし、このあとすぐに戦端が開かれることもないだろうから、ガオケレナを買って帰れるかな。


「いやあさすが……、土の次は風、反対属性で攻めるとは。しかも効果範囲も広いし。その上まさか軍の防御魔法を破って、ここまで効果を出すとはね……」

「お気に召したようで、良かったですよ。でも、これまでのフェン公国からの攻撃魔法があったから、効果があっただけよ」

 どうやらエクヴァルの予想を超えた威力だったらしい。

 

「これは私も真面目に仕事をしないとね」

 エクヴァルは言い終わると同時に斜め後ろの木を睨んで、即座に駆け出して剣を抜いた。

 走ったと思ってからそれまでは、ほんのわずかな間。

「……ひっ!」

 短い叫びがして、木の後ろに人影があるのが解った。

 一歩後ろに退いたくらいで、その女性はほとんど動けずにいた。首元に灰色の剣が突きつけられている。いつもと違う剣呑な目つきは、今にも殺しそうなほどに鋭いものだった。

「……何が目的だい?」

「あ、……私はアルベルティナ、フェン公国の騎士団の顧問魔導師をしているの。トランチネルにかけられている広域攻撃魔法の発信源が、ここだと判断して……!」

 それで偵察に来たのね。まあ気をつけてもバレるものなのよね。軍事国家トランチネル側の人じゃなくて良かった。


「我々は目立ちくないんだよね。どうするつもりかな?」

「……今回の功労者は貴方達だわ。勲章が与えられると思うのだけど……、報告をしない方がいいなら、私の胸に止めます」

「……どうする? 決めるのは貴女だ。私は貴女の護衛だからね」

 エクヴァルはチラリと私に視線を送った。

 いや、生殺与奪権を私に渡すのやめてほしい。

「誰にも言わないでいてくれるなら、それでいいです」

「……それなら言わない。内密に済ませるから、剣を引っ込めさせて……!」

 やっぱり怖いよねえ!

 私が頼むと、エクヴァルはすぐに剣を鞘に収めた。ベリアルならおどしだって見抜けるけど、エクヴァルはまだ付き合いが少ないから、ちょっと読めない。目は本気っぽい。

「一つだけ、質問させて。なぜ、トランチネルに攻撃を……?」

「……チェンカスラー王国に住んでいるからです。フェン公国がなくなると、困りますので」


 それだけ答えて、私達はこの場を後にした。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る