第57話 ガオケレナ!
「はあ……、ドラゴンの時と合わせて大きな魔法を幾つも使ったし、さすがに疲れが出るわ」
あの後、防衛戦を想定していた都市はさすがにやめて、近くにある別の町まで行って宿を探した。この町も戦争が始まると混乱していて、出て行ってしまった人も多いらしい。その為に宿はすいていたので、すぐに部屋を確保できた。
ここはエジスという町。ガオケレナ、ここならあるかな?
宿の部屋の椅子に座り、買っておいたパンとサラダで遅めの朝食をとっていると、控えめなノックが聞こえた。
「……イリヤ嬢? 今朝は遅いけど、平気かな?」
エクヴァルだ。体調を心配してくれている。
「おはよう、大丈夫よ。寝過ごしちゃったの。もう少ししたら行くから、準備をしておいてね」
「了解。疲れているなら、ゆっくりともう一泊してもいいんじゃないかな?」
「何言ってるのよ。ガオケレナを買えたら、すぐに魔法アイテムを作らなきゃ!」
一人でガッツポーズをとる私に、解ったと笑いながら返事があった。
結局出発は十時過ぎになり、二人を待たせてしまった。
エクヴァルはその間に、ガオケレナを売っているお店を調べてくれていた。
で、現在はその素材屋の前。
直径十センチほどの木の実、ガオケレナがたくさん売っている! これはスゴイ! しかし予想以上にお高い……。家を買ってしまった後だった。
一人十個まで買っていいそうなので、三人で合わせて三十個。しかし今の手持ちでは、そんなに買えない……。
しょんぼりしていると、ベリアルがブローチを一個外して、これでも売って来んか、と渡してくれた。戸惑ったけどせっかくの好意なので、売って換金させてもらった。いい宝石だと喜ばれ、ガオケレナを買ってもたくさんおつりがくるくらいの金額になった!
喜び勇んで三十個のガオケレナをお店で買うが、私は知らなかったのだ。
持ち出し制限があることを…!
お店の人に“国外に行くのなら持ち出し許可証か登録証はあるか”と、尋ねられた。
そういえば、“ガオケレナの輸出は国策だから、徹底的に管理されてる”と、教えてもらっていたのに…!
どこでどう使うかなど色々質問されている内に、ちょうど兵隊の見回りが店に入って来た。
あのまま軍事大国トランチネルは撤退してくれたという話だ。戦争になりかけて緊張状態にあったし、念の為に警戒を強めているのね。
「どうかしたのか?」
「いえ、こちらの方がガオケレナを国外に持ち出そうと……」
「……ずいぶんと、たくさんだな」
兵も眉をひそめる。どうやら、転売目的を疑われているようだ。自分で使うと訴えても、工房でもないのに数が多いんじゃないかとかと、信じてもらえない。
ううぬ……、気持ちとしては三十などでは足りないくらいなのに……!
「イリヤ嬢、商人ギルドの登録証を見せたら? 職人だという証拠があった方がいいだろう。」
「なるほど……」
私がエクヴァルの助言に従い、ギルドの登録証を提示している時だった。
ガランと扉を開けてまた一人、別の人がやって来た。面倒なことになってきたと思って扉の方を見ると、昨日の女性だ! 背中の真ん中ぐらいまでのえんじ色の髪を一つにまとめ、魔導師なのに胸当てをしている背の高い女性。
「貴女達は……、どうしたの? 何か困りごと?」
「アルベルティナ様。この者達がガオケレナを買って国外に持ち出そうとしていたのですが、持ち出しの許可証を所持していないのです」
アルベルティナの問いに、私のギルドの登録証を確認していた男性が、敬礼して答える。私は話がどう流れていくのか、ハラハラしながら見守った。
「なるほど。でもこの方達は、昨日の作戦の協力者なのよ。失礼のないようにして頂戴」
「なんとそれは……! 存じませんで、大変失礼いたしました!!」
兵隊とお店の方が、一緒になって頭を下げてくれる。
アルベルティナは、騎士団の顧問魔導師と言っていた。この人達より、立場が上なのね。
「個人の国外への持ち出しは、一人二つになっているの。レナントの上級魔法アイテム職人、イリヤさんね。こんなに持てないでしょ? 残りは後で届けさせるわ」
「あ、いえ……アイテムボックスに入るので、できれば自分で持ちたいんです……」
「いいものを持ってるのね。これならバレないわね。では、渡しておくわ」
笑顔で渡されたガオケレナを仕舞うと、なぜかアルベルティナもガオケレナを買っている。そして私達と話していた兵士二人にも、貴方達も買いなさいと言って、合計三十個を買っていた。
「これは、貴女の自宅に送っておくわ。お礼だと思って、受け取って。」
「とても嬉しいですが、そんなに気にされなくても……!」
「何言ってるのよ。功労者が遠慮しないの」
聞かれないように、こっそり耳元で告げるアルベルティナ。こんなにたくさんのガオケレナ!
私は何度もお礼を言って、この町を後にした。
そしてレナントの自宅に到着!!
エクヴァルは私達が採った分の鱗を、ティモに届けてくれた。実は中級を全部で三体狩っていた。ドラゴンティアスにはこれで当分困らない!
蛇タイプの龍はドラゴンティアスはないことが多いんだけど、かわりに髭が素材になる。ヨルムンガンドにはドラゴンティアスがあるらしいけど、闇属性だからダメだった……。髭も焼かれてしまった。あれは残念だった。
私はというとガオケレナを買って大喜びで、早速上級とハイマナポーションを作った。ネクタルを作るにはまだ素材が足りていないし、そもそもあまりネクタルって使わないのよね。
マナポーションの最高峰、ネクタル。これは魂の欠損を治す効果がある。しかし魂はそんなに欠損するようなものでもない。回復もせずに強い魔法を使い続けたり、魂にまで効果を及ぼす魔法や呪いを使われない限りは、必要がない。
しかしそんな魔法も呪いもほとんど存在しないし、使い手も極端に少ない。他に危険なものは“魔王の呪い”だろうけど、まだかけられた人は見たことも聞いたこともない。
……かけられる人は、いつも隣にいるけど。
そんなわけで、ハイマナポーションまであれば十分なのだ。
ご満悦でのんびりとしていると、玄関の扉がノックされた。
「こちら、イリヤ様のご自宅でしょうか?」
「はい、私がイリヤですが……」
誰だろうと思って確認すると、以前露店で宝石に魔法付与をさせてもらった、執事のような姿勢のいい五十代の男性だった。
「先日は素晴らしい魔法付与をして頂き、誠に有難うございます。主人も大変喜んでおりました。つきましては主人が、お礼におもてなしをしたいと仰り、招待状を預かって参りました」
「まあ、これはご丁寧にありがとううございます」
手紙を受け取ってお辞儀をする。それにしても、きっと貴族だよね……。封蝋がしてある封筒は、白地にきれいなバラ模様の柄が入っている。
「主人は、ヘルマン・シュールト・ド・アウグストと申します」
「では公爵閣下であらせられますねえ」
後ろにいつの間にか、エクヴァルがいた。そしてなぜ知っている!
手紙を受け取り、お断りするわけにもいかず、三日後に伺うことになってしまった……。
気が重いなあ。私がソファーでため息をついていると、エクヴァルが紅茶のカップを私の前に置きながら、向かい側に座った。
「大丈夫、その方は単なる
「……庇護?」
湯気の立つ琥珀色を、こくんと飲む。
「そっ。アウグスト公爵は魔法を好む方で、現在お抱えの魔導師の一人が、侯爵クラスの悪魔と契約されているそうだよ。何度も王宮から出仕を促されたけれど、本人にその気がないと公爵が
「……なんか詳しいよね。最近レナントに来たばかりなのに」
「私は君の護衛だからね。脅威については、調べておいて損はない」
意外と仕事してるんだなあ。
でも、少し気が楽になった。それだったら嫌な思いをせずに済むかも。
「子爵の時みたいなことにならなそうね」
と、思わずここだけ口に出てしまった。
「……子爵?」
この頃はまだ彼はいなかったから、知らないんだよね。
「実はヘーグステット子爵という方のところへ、ブリザードドラゴンを倒しに行ったの。その方のご子息が……」
「ああ、この町の守備隊長をしているんだっけ。私と同じ三男坊」
え? これも知ってるの?
思わず私の方が焦ってしまう。彼はこの短い間に、何をどこまで調べているんだろう。
「そ、そう、その彼、ジークハルト様。ちょうど次男の方もいらっしゃって一緒に向かったんだけど、庶民かって馬鹿にした態度でね、私もちょっと怒っちゃって」
「次男。確か防衛都市に駐在する軍の指揮官だったね。彼も一緒にか。それにしても怒ったイリヤ嬢、ちょっと見たかったな。国では怯えてた感じだったんでしょ?」
「……貴方って何でもお見通しなのね。いつ調べてるの?」
さすがにランヴァルトのことまで調査していると思わなかった。ビックリする。
それにエグドアルムの頃はエクヴァルとは面識が無い筈だし、怯えた感じというのは周りの人から聞いたんだろうな。そういう風に映ってたんだな……。確かにかなり気後れしてたし。今思うと、ちょっと卑屈だったわね。
「まあ色々ね。でもまさかあの子爵に会っちゃうとは、ついてなかったね」
「え、なんで?」
「子爵には姉がいたんだけどね、子供の頃に病気にかかって亡くなってしまったんだよ。その時に魔法使いだ薬草魔術師だと名乗る輩が両親のところにやって来て、病を治せると
単に庶民だからという訳じゃなかったんだ。そういえば、“研究費や材料費をくれと、出資を強請るのが手口だ”と言っていた。
あれは、被害者としての実体験だったんだ。
「そんな理由があったのね……。知らなかったとはいえ恥ずかしいわ、中級ドラゴンごときで怯えるなんてって、言ってしまったわ」
「……なにそれカッコイイ」
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