第55話 グリナンスンの夜
ようやくグリナンスンに到着した頃には、日も暮れかけていた。
門には数人が並んでいる。順番がきたところで私が商業ギルドのカード、皆が冒険者ギルドのカードを出し、門番が確認した。
「なんと! Aランクの冒険者二人とBランク二人、Dランクと悪魔の方、それにチェンカスラーの……ほう、上級の魔法アイテム職人さんですか。お若いのに皆さん立派ですな!」
「え! あなた、アイテム職人……!??」
「魔導師とかじゃないの!?」
一緒にいた冒険者の四人が、四人とも驚いている。そういえば言ってなかった気がする。
「知らないで一緒にいたんですか?」
門番さんも笑っていた。
ベリアルも契約しているなら大丈夫というだけで、問題なく町に入れた。ここは石畳の道に、きれいな建物が並んでいて、屋根の色がカラフルでかわいい。
宿に関してはさすがに高ランク冒険者、なかなか豪華なところだった。昨日から同じ宿に泊まっていたらしく、三人で泊まれる部屋に変更し、置いてあった荷物を移動してもらったようだ。せっかくだからお話もしたいし。
女性三人が同じ部屋で、男性は三人が一緒、ベリアルだけ別の部屋。彼は一人部屋じゃないと怒る。寝る時に同じ部屋に誰かがいるのが、嫌なんだとか。
部屋は広くて二部屋に分かれていて、それと別にベッドルームと洗面所までついていた。メインの部屋にはソファーセットがあり、机や荷物を置く台もある。そっと飾ってある調度品も可愛らしい。広い窓のカーテンの隙間から見える、薄闇に染まる空に満月が浮かんでいた。
クローゼットにローブを掛け、ソファーに身を沈めてテーブルの上に準備してあった飲み物を頂く。
「落ち着くわ……」
「ていうか、ちょっと! イリヤ、貴女のコート!! これ、すっごいローブじゃない。やっぱり魔導師でしょ!」
黒髪ショートのイヴェットだ。さすがに魔法剣士でAランクにもなると、皆こういう装備を見たらすぐに解っちゃうのかな。
魔導師っていうのは、魔法使いの上位版みたいなイメージかな。本当は明確な基準があったんだけど、曖昧になってきている。
「ん~……、今は魔法アイテム職人で間違いないですよ」
「今は、ね……」
赤茶の髪の魔法使い、ルチアが乾いた笑いをする。ローブを脱いだ彼女はわりと薄着で、黒いタンクトップにひざ下までのスカート姿。荷物からカーディガンを取り出して、袖を通した。
「私が作った軟膏をお使い頂いたじゃないですか」
「え、アレあなたが作ったの!? リエトはもう痛みがない、あざも何も残らないって感心してたわよ」
「そうなの? アレ、買わせてもらえない?」
イヴェットが真剣な目で、こちらに詰め寄って来た。
「すみません、アレは手持ちしかないんですよ。材料が揃わなくて。もっと効果の弱い物でしたら、差し上げますよ」
私はそう言って、痛み止め効果があり、打ち身などにも効く軟膏を出した。
さっき使ったのはアムリタ軟膏。アレもなかなか材料が揃わない、最上級の回復アイテム。被験者と一緒にいられるから使ってみたんだけど、さすがにあの程度の怪我はあっという間だった。打ち身はポーションだと治りが悪いのだ。ポーションは切り傷に特に効果がある薬。
ただではもらえないと二人とも遠慮していたが、私は作るのが好きなだけだしなあ。だいたいの材料費だけ頂き、夕飯も奢ってもらう約束をして、二人に二個ずつあげた。
夕飯は宿の近くにあるお店へ行った。
メニューからイヴェットが適当に注文している。肉を甘辛く味付けして焼いたものや揚げた鶏肉、野菜サラダを頼んでテーブルの中央に置き、取り分けるスタイルだ。
パンはかごに入った数種類から選んで、三種類のジャムの中から好きなものを使える。
皆かなり肉を食べる人達だったから、私とルチアはちょっと驚いてしまった。
「料理って一人分ずつ並んでいるイメージですので不思議なスタイルですけど、なんだか楽しいですね。こういうお食事」
パンをとって小皿に置き、ベリーのジャムを掬った。野菜スープも美味しい。
「……上品だよねえ、そっちの三人。貴族とかお金持ちの家の人だったりする?」
イヴェットが頬張りながら喋る。彼女はBランクから受けさせられる、マナー講習があまり得意ではないそうだ。
「まあ、慣れもあるんじゃないかな?」
軽く笑うエクヴァルは、多分人間メンバーの中で唯一の貴族。
「僕もマナーは苦手で……」
「私もです」
「同じく」
カステイス、ルチア、リエトも続く。解る、私も苦労した。ここで苦労する冒険者は多いらしい。いきなり貴族にも通じるようになんて、難しいよね。
「ところであの、ヨルムンガンドにとどめを刺した、あの技は何でしょうか!?」
カステイスが興奮を抑えた様子でベリアルに尋ねた。あの威力、気になるんだろうな。
「……なんであったかな?」
ベリアルが誤魔化している。意地悪いなぁ。
「アレは起動の術式を収めた火を等間隔に置いて、魔力を通して回路を結び範囲を決定して、マグマのような業火を一気に起こす呪法です。発動の言葉は……」
「待てっ! 我が説明するわ、言葉は教えるでない! むしろ聞こえておったのか、そなた!?」
おお、慌てた。自慢げに説明したいんだろうな。しかし言葉は秘密だったのか。どうせ唱えたって、仕込んだ本人以外には起動させられないのに。
「いえ、術式などから判断したので、答え合わせしたいなあと……」
「せんわ!!!」
私達の様子を皆が笑って眺めているけど、エクヴァルは目が真剣そう。
「……油断ならん小娘め。まあ、だいたいこやつの説明は正しい。あまり広い範囲は指定できんし、相手が動いて範囲から出てしまうとやり直しという欠点はあるな」
その後もドラゴンや魔法の話で盛り上がった。
上級の闇属性ドラゴン、ヨルムンガンドの鱗が手に入ったからもう帰るのかと思ったけれど、明日もドラゴン退治に行く予定らしい。勝負の続きをしようと話しながら、宿に戻った。
そういえば今回の三組は、全員男女の組み合わせなのだ。しかし誰も恋人同士ではなかった。ただ、イヴェットはカステイスを好きなようで、自分が女らしくないことに悩んでいるという。
残念ながらその相談には、私は乗れない。エリクサーを作るよりも難しい問題だ。
まだ寝るには早い時間だわ。部屋のソファーに座り、買って来た飲み物を
「イリヤはいいよね、女性らしくて」
「そんな、私は料理とか家事とか、あまりできないんですよ。掃除はともかく」
「料理はできそうだと思ってたわ。意外よね」
ルチアには私が家事全般が得意に見えていたらしい。実は家も買ったのに、ほとんどやっていない……。
「料理をするならアイテムを作るか、魔法を研究する感じなので。むしろ家事をするのは、時間が勿体ないかなって」
「……確かに、そのくらい犠牲にしないとできない領域な気がする」
イヴェットがうんうんと頷く。納得されるのも微妙なような……。
ルチアは裁縫も料理も上手。そしてイヴェットは料理ができる。ただし主に野営で食べるようなもの、だそうだ。どういう生活をしてるか窺えるね。
「ところであのエクヴァルってヤツ、ちょっとヤバくない? ヨルムンガンドと戦いながら、楽しいって笑ってたんだけど」
「それはかなり引くわ……」
ヨルムンガンドと戦っている時、イヴェットはエクヴァルの援護に向かって近くまで行ったんだっけ。
イヴェットはビール、ルチアはココアを飲んでいる。
「そうですか? ベリアル殿もドラゴンが出ると狩りだと楽しそうにされるんで、違和感はないですね」
「アンタらは全員、感覚がおかしいのよ」
私まで入るの!? イヴェットの視線が冷たい!
「そんなことないです! 私も薬の素材にならない竜は、楽しくないです!」
「なれば楽しいんじゃないの……」
ルチアまでため息つかないで!
何とか話題を反らさねば……、話題……。ハーブティーをこくりと飲んで考える。
「と、ところで! この辺りの特産品って何ですか? 初めて来たので、何も存じませんで」
二人はジトッとした目で見ていたが、何故か同時にぷっと笑って答えてくれた。
「また薬になる素材でしょ? それならガオケレナの実なんて欲しいんじゃないかしら?」
ルチアが答えてくれた。ガオケレナ!! それは本当に欲しい!
上級以上のマナポーションを作る際、必要になる。上級は代替品で作ることも考えていたけど、あるなら是非とも欲しい!
イヴェットが更に詳しく教えてくれる。
「もう少し南の町で売ってるわよ。採取場所を国が管理してて、騎士団かこの国と契約してるBランク以上の冒険者だけが採取できるの。これの輸出は国策だから、徹底的に管理されてるみたいね」
上級以上のマナポーションに必要な上、この付近で採取できる場所はあまりないらしく、この国の重要な交易品にもなっているようだ。購入に制限とかあるのかな……、買う時に聞いてみよう。
楽しいお喋りが続き、ベッドで灯りを消してからもまだ起きていた。
明日ももう一日、ドラゴンの住む岩山に行く予定。
今度こそドラゴンティアスがとれる、上級ドラゴンに会えますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます