第188話 花の国ルサレスへ

 普段の市は午前中で終わるけれど、月に一度の拡大市は日暮れごろまで開催されている。まずは薬草を探し、売っているポーションなどの品質を参考にしたいと思う。ベリアルはお酒を探すと早速消えた。

 陶器のお店や、木工細工が並んだお店を眺めながら歩く。店員さんが呼びこむ声や、通り過ぎる人の話す声が聞こえて、とても賑やかだ。

 人ごみでぶつからないように気を付けながら、しばらく歩いたところで、シートを敷いた上に薬草類を並べてある露店を発見した。

「色々あるけど、これは何かしら」

 杖ほどの長さで黄色く乾いたツンツンとした草が、束ねて端に置かれている。


「こっちは牧草だよ。ムンゼル草っていってね。これを食べて育った牛は、肉質が良くなってミルクも美味しくなるんだ。サイロに入りきらないくらい収穫できたから、売ろうと思って。サンプルなんだ」

「牧草ですか。それでは大量に必要になりそうですね」

「そうそう。家族で牧畜をしてるんだけどね、できればもっと収入源を増やしたいからね」

 ラフな格好をした、日焼けして力がありそうな男性だ。毎日外で働いてるのね。

「師匠、どうされますか? 乾燥した薬草なども売っておりますが」

「うん、頂こうかしら。セビリノも必要よね?」

 セビリノに促されて薬草に視線を移すと、店主の男性はニカッと愛想のいい笑みを浮かべた。


「ありがとう、じっくり選んで。ウチの山で採れた薬草だよ」

 全部をゆっくりと吟味して、必要なものをセビリノと半分ずつ買った。私達がお金を払って立ち去るのと入れ替わりに、中年の男性が通り過ぎそうになって足を止める。見ているのは、束になっているムンゼル草。

「これ、ムンゼル草? うちでも使ってみたいなあ」

 同業者みたいね。牛の飼育についての話を始めている。仲間に会えるのも、出店する楽しみかも知れないね。

 

 流石に一周するのは時間がかかるから、買い物は終わり。あとは夕飯の食べ物も選んで行こうと思う。ロゼッタ達に気の紛れるような、美味しいものを買いたい。

 焼き串、焼きそば、焼き芋。焼いたのが多いのは、食欲をそそるいい匂いが周りに広がるからね。とても気になる。獣人は人間より嗅覚が優れている種族が多いから、かなり引き寄せられているわ。尻尾がパタパタして面白い。

「セビリノは何が食べたい?」

「そうですね……、アッサリしたものが良いのですが」


 味が薄い方が好きなんだよね。ちょうど細長いテーブルがあって、容器に入ったパスタを売ってるお店の前に来た。色々な味があるから、これならいいかも。

「パスタにしようかな」

「きのこのパスタがありますね。私はこちらに致します」

「全部美味しそうで迷うね」

 いろいろ買って好きな味を選んで貰ってから、余ったのを私が食べればいいかな。

「じゃあ、全部一つずつ買っちゃおうか」

「ありがとうございます!」


 お店の女性はすぐに一つずつ取って、渡してくれた。斜めにならないように、布のお買い物袋に入れておいた。これは手持ちで行こうと思ったら、セビリノが全部持ってくれる。

「弟子の仕事ですから」

 嬉しそうだ。

 夕飯の買い物を済まして、明るいうちに早めに宿へ戻ろう。


 ロゼッタは残っている兵から何故か廊下で、接近戦の心構えなんかを聞いていた。貴族のお嬢様が尋ねるものだから、兵達も嬉しそうに訓練や戦いの時の出来事を語ってくれている。ベルフェゴールも後ろで、ふむふむと頷く。

 もう彼女を、誰にも止められないぞ。


 エクヴァルとリニが戻ったのは、私達より後だった。リニは袋いっぱいにお菓子を買って、嬉しそうに抱えている。そしてもう一つ持っていた紙袋を、ロゼッタ達に差し出した。

「あの、あの……、お土産……です」

「まあ、私達に!?」

「ありがとうございます、リニ様」

 嬉しそうに手を胸の前で合わせるロゼッタ。

 おずおずと差し出された白い紙袋を、メイドのロイネが受け取った。中身はフルーツが入ったロールケーキ。

「気が利きますわね」

 ベルフェゴールも甘いものが好きだから、とても喜んでいる。


 ベリアルが戻るのを待って、みんなで部屋に集まって夕飯を食べることにした。そのままの流れで、この先についての打ち合わせをする。

「まずはモルノ王国の現状を確認したい。モルノの北に位置する花の国ルサレスを経由して、そちらに行っていいかな?」

「うん、モルノ王国ね」

 と、エクヴァルに返事はしたけど、どこのどういう国かは知らない。お任せコースです。

「私も、モルノ王国の事は気になっていたんですの。良いと思いますわ」

 ロゼッタも賛成だ。ルートは決まりだね。


「どうやら強力な魔物が単発的に湧く事例は、他にも確認されてるみたいだ。最大限の注意を払って。原因は特定されていないね」

「心得ました」

「我が前に姿を現せば、良いのであるがな」

 神妙に頷くセビリノ。楽しそうにしているベリアル。対照的な反応だ。

 さすがのエクヴァルも苦笑いしている。

「……頼もしい限りですな。それと、以前防衛都市を攻撃して、しばらく拘束されていた、あの危険な魔導師を覚えてるかな? 彼をルフォントス皇国で見掛けた者が、いるそうなんだ」

「……ゾンビパウダーの作り方まで教えちゃった人?」

「そう。私が思うに、何らかの形であの毒が皇帝陛下に使用された可能性があるんではないかな」

 厄介な人物が関わってくるなあ。あの人、他人を巻き込むこととか何とも思わないどころか、実験の延長線程度な気持ちみたいだった。セビリノが神妙に頷く。

「……そうですな。可能性は高いでしょう。しかし、急速に進行しすぎている。ニジェストニアでは、確認しただけでも数年は奴隷として重労働に従事していたはずでは?」

「そうなんだよねえ。これだけではない何かがあるのか、もしや薬に欠陥があったのか……?」


 エクヴァルが腕を組んで、背もたれにもたれ掛かった。ゾンビパウダーは、思うままになる奴隷を作るために開発された薬。なので、寝たきりになってしまっては本末転倒だ。不測の事態が起きているの?

 ゾンビ化した人達の様子を思い出しながら、意見を伝える。

「ニジェストニアでの印象から考えると、薬の欠陥ではないと思うわ。使う側の問題かも。何にしても、早く解決したいね」

 今のままだと宮殿に入ることだって出来ないから、どうしようもない。エクヴァルがルフォントスの魔導師と連絡を取っているみたいだし、何とか中に招き入れてもらって、皇帝陛下の容体を確認しないといけない。


 次の目的地は、モルノ王国に決まり。

 翌朝早くに出発する、防衛都市の馬車に同乗してスピノンを出立。しばらく進んで他人の目につかないところで、降ろしてもらう。

 それから徒歩で花の国ルサレスに入り、馬車を使ってモルノ王国へ向かう予定。

 ルサレスは広大な薔薇の庭園や美術館もある、観光立国を目指してる国。人の出入りが多く、警備が厳しい。でもこれは都市部だけで、郊外はチェンカスラーみたいなのんびりした雰囲気。


 と、聞いていたから安心してたんだけど、なんと検問があって止められた。

「……一般人が契約しているような悪魔とは思えん。それが二人も。どういうことだ?」

 これはルフォントスに関係してるわけじゃなくて、ちょうど偉い人が来ていて厳しくなっていただけ。とはいえ、想定外だった。

 エクヴァルが、しまったという表情をしている。この国については、郊外を抜けるくらいなら気負う必要はないとの説明だったの。


 ここでロゼッタのことを知られるわけにはいかないし、エグドアルム王国の人間だとも明かさない方がいいだろう。どこから知られちゃうか解らないし。検問の兵は他の仲間に合図して、魔導師らしき人物に来てもらっていた。

「この我の行く手を遮るつもりかね?」

「ひっ!?」

 魔導師が息を詰まらせる。剣呑なベリアルの魔力に呑まれた感じね。

「……構いません事よ。別の場所を通れば良いのです。ですが、あの御方の命に従う私の邪魔をいたすのです。これ以降この国で、真面まともに悪魔召喚など出来なくなるでしょう」

 ベルフェゴールまで一緒になって脅している。移動が長くて、イライラしているのかしら。彼女たちは特に、宿から出られないで室内ばかりだもの。


「お待ちを。実は巨人の襲撃を受け怪我をされた方が、多数治療を受けているのです。召喚術に対して敏感になっている状況でして、そのあの……」

「ならば治療に協力しよう。私達は回復魔法も使える」

 セビリノの申し出に、魔導師はそれは助かると、とりあえず通すように衛兵を下がらせる。渡りに船とばかりに、即決だ。

 それにしてもまた巨人。同じ人の仕業なのかしら。でもあんな巨人が通るような門を開けるのは、簡単じゃない。他にも魔物が現れているみたいだし、そんなに連続でやり続けるものじゃないと思う。犯人は一人じゃない?


 案内されて宿の近くまで行くと、外のテントからうめき声がしている。どうやら怪我人は結構な人数がいるみたいだ。巨人の大きさにもよるけど、一度の攻撃で複数がダメージを受ける事もある。

 宿の中にいるのは身分の高い人で、あとは外なのかな。たくさん血が出てても、入るのを断られることがあるしね。

 怪我の程度が酷い人が多く、打ち身などは軟膏があった方が良さそう。

「師匠。では私が回復魔法を唱えます、私が。どうぞご覧下さい!」

 なんだかセビリノが張り切っている。どうしたんだろう。いくつかあるテントの中心付近に行って、魔法用の短剣を持ち、彼が得意な土属性の回復魔法を唱えた。


「鮮やかに萌える木々の描く地図は色彩豊かなり、眼下広がる大地は潤い、豊穣の香りあふるる。こうべを垂れし稲穂は小金こがねに輝きたる。実りの季節よ、ダヒーの大枝を持ちて息吹きを注げ。山よ、生命の眼差しを向けたまえ。ベンディゲイド・テーレ」


 低くなって片手で地を打つと、パアッと金色の光が走り、セビリノを中心に丸く地面に波紋のような輝きが生まれる。これは地面に接している相手に効果がある回復魔法で、障害物で効果は阻害されない。なので、テントの外から使っても大丈夫なの。

 とはいえ、前触れもなく下から光ったら、ビックリするとは思う。

 最初は混乱して騒ぎになりかけていたけど、程なくテントの中から治った、腕が動くと、喜びの歓声があがった。案内の魔導師も感心している。

「ありがとうございます、素晴らしい魔法です! テントの中へご案内しようと思ったのですが、その必要もなかったですね。主にお目通り下さい、治療に協力して下さっていると、お知らせしないとなりませんから」


 後で主に報告するつもりだったみたいだけど、セビリノの実力を見て先に引き合わせるべきと判断したのね。さすが宮廷魔導師。

 外の治療は大分助けられたと思うし、中の様子も確認したい。

 広い扉からエントランスを抜けて、貸し切りになっている宿へと入った。

 こちらはポーションの使用や他の魔導師による治療が優先的に受けられているので、私達は求められたら手を貸すくらいでいいだろう。


 扉が開いている部屋をチラッと覗いたら、ちょうど薬を用意している所だった。ベッドの男性の腕がない。

「エリクサーだ、もう大丈夫だ」

 隣で男性が患者を支えながら、零れないよう慎重に瓶を持って飲ませた。体から光が発し、男性が苦しそうにベッドに倒れて悶えている。

 一分以上は続いている。腕が再生してからも、すぐには指が動かないようだ。効果が遅いと思うんだけど、自慢の薬だと魔導師が鼻高々なので、合わせておこう。

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