第189話 モルノ王国へ

 腕を失くした男性が、一番重傷だったようだ。

 宿の廊下を、魔導師が見習いを連れて移動しているのに擦れ違った。後ろからはポーションを持った人が、ついて行く。数も十分ありそうだし、魔力が切れるほど魔法を唱える事もないかな。治療は順調なようね。

 案内してくれている魔導師の主である、貴族の男性の部屋へ着いたらしく、扉をノックしている。

 すぐに扉が開けられ、中央付近で執事らしき人物と話をしていた中年の男性が振り返った。


「どうだ、治療の様子は。おや、その者達は……?」

「はい、治療の手伝いを申し出て下さった方々です。外の者達は、広域の回復魔法を使って頂けたので、もう心配はいりません」

「広域!? そんな使い手がいたとは。いや助かった、これは是非御礼をせねば!」

 男性は眉間にしわを寄せていたけど、すぐにホッとして表情を緩めた。部屋の中には数人が居て、近くには警護の騎士も控えている。

 ちなみに広域の回復魔法を使う魔法使いは、軍でもなければあまりいない。普通は一気にそんな大勢には、使わないからね。

「ご挨拶が遅れまして、失礼いたしました。旅の途中に行き合いましたのも、何かの縁かと存じます。微力ながらお役に立てれば幸いです」

 最近砕けた話し方が多かったから、対応の仕方を忘れそうだなあ。

「これはご丁寧に。宿の中にいる連中は、もう手が間に合いそうだ。あとは任せておけば問題ないだろう。そうだな?」

「はい、私も治療に向かいますので」

「よし。そうだ、君達がポーションや軟膏を持っていたら、買い取りたいのだが」


 セビリノの軟膏を幾つか買い取ってくれて、魔法を使った報酬と一緒に受け取った。この宿に私達の分の部屋も確保もしてくれたし、夕食に招かれ美味しいものを頂いた。トウモロコシのスープが好き。

 とろりとした黄色いスープをスプーンで掬っていると、エクヴァルが思い出したように質問を飛ばす。

「ところで、襲って来た巨人はどうされましたか?」

「勿論倒した。しかし、今まで見たどの巨人よりも強かったな」

 彼の質問に、貴族らしき男性の後ろに立つ、警備の担当者が答えた。やっぱり今までと違うタイプだったのね。

「回復魔法を使える者が多くなかったから、助かった。君達はどういう目的で?」

 ステーキにナイフを入れながら、貴族の男性が尋ねる。広域の回復魔法を使う魔導師なんて、普通に通りすがる感じじゃないものね。貴族も多いし、ベリアルはベリアルだし。


 エクヴァルが書状を取り出しながら、説明を始める。

「実はですね、ある方の依頼でこの周辺国を調査しているです。戦争があったモルノ王国と関係のある方で」

 近くにいる使用人が受け取って、側近に渡し、主人である貴族に見せた。

「カジミール・マチス……! なるほど、そういう事でしたか。マチス殿の商会は、モルノ王国に農業の技術指導までして築き上げた、自社の農場を幾つも持っておりますからな。今回はかなりの損害でしょう。しかし大人数ですな」

 そうだったの。もしかしてチェンカスラー王国に来たのも、予定の作物が収穫できなかったから、代わりを探していたのかな?

「この国は観光地として有名ですからね。マチス様が懇意にしている貴族のお嬢様を、ご案内して差し上げているのです。しかし馬車が壊れてしまい、難儀していたところです」

「ははは、マチス殿も人使いが荒い。ではお礼に、代わりの馬車を用意させましょう」

 特に疑われることもなく、納得してくれた。セビリノの魔法もとても褒められ、感謝された。しかし彼は、その度に私にも褒めてとばかりに、得意気な笑顔で視線を向けてくる。どうしたものかなあ……。


 夕食後、風に当たりに外へ出た。離れた場所からボソボソと話す声が聞こえてくる。エクヴァルがベリアルに相談しているみたい。

「この後、モルノ王国へ行こうと思うんですが……、どうも場所によっては破壊や略奪などがあって、酷い有り様のようです。復興を始めているとはいえ、イリヤ嬢に見せられる光景じゃない。もしあちらに知己の方がいらっしゃるなら、問題ないルートがあるか知りたいんですが……」

 モルノ王国はルフォントス皇国に攻められたのは知っているけど、もともと武力にも差があるし、全面降伏して戦乱はすぐに収まったと聞いている。そんな惨状があるの?

「うむ。それならばちょうど良い者が、そのモルノと言う国におるようだ。我にも用がある故、訪ねようと思っておったところではある。が、通らねばならぬのかね?」

「現在その国は我らが味方している、第一皇子の勢力が駐留しております。戦争を引き起こした第二皇子は、既に興味がないようですね。なので、色々と私にも好都合なんですよ」

 悪だくみにしか聞こえない不思議。相手がベリアルだからかなあ。

 ベリアルはその後、飛んでモルノ王国へ消えた。文句を言わないのも不気味だわ。誰か悪魔がモルノ王国に居るんだろうか。私にはまだ感じられない。



 花の国ルサレスからの移動は、貴族の家紋の入った馬車に乗る。

 この辺りのご領主だったので、御者や警備も付けてくれた。視察の途中で巨人に襲われ、急きょここで宿をとったと言う話だ。

 途中で綺麗な花畑の近くを通り、風に揺れる白いマーガレットを眺めた。空の青に映えてキレイ。バラ園はまだ開花時期ではないので、解放されていない。花の時期に来てもいいね。途中の道は小さな花が街道沿いに線のように植えてあり、先まで伸びていた。これを手入れするのも大変そうだ。

 馬車からでも観光できるコースを選んでくれたのね。

 緑の多い長閑な景色から一転、今度はレンガ造りの建物が並ぶ、茶色い町に入る。大きな劇場の前を通り、お昼になると格式高いレストランに案内してくれた。


 そしてついにモルノ王国の北側に入国。

 細い川に沿って田園が広り、なだらかな斜面では放牧している。白に黒い模様の牛が、柵の中を点々と散らばっていた。

 国境からすぐ近くの町で降ろしてくれて、馬車は引き帰して行った。

 念の為にマチスの傘下にある商会で書状を出して、宿の確保をあちらの名前でしてもらう。どこで第二皇子の配下の目について、ロゼッタの事を勘付かれるか解らない。これからは、今まで以上に慎重にしないと。


 商会の人に本部から人が来たと誤解され、恐縮されてしまった。宿まで一緒に付き添って、手続きなんかも全てしてくれた。

 宿の人がこちらに来て、荷物を持って部屋まで案内してくれる。飛行魔法でも入れるように、ベランダのある二階の部屋にしてもらった。

「マチス様のお仕事をお手伝いされてるんですか? 何か不都合がありましたら、何なりとお申し付けください。彼のおかげで収入が上がって、暮らしぶりが良くなった村が幾つもありますよ。モルノでは有名人です」

「そうなんですか。素晴らしい方ですね」

「本当に、単なる人助けじゃなく、それを商売として軌道に乗せる所が素晴らしいですよね。これなら仕事として続けていかれますから」


 彼のおかげで、モルノ王国では特に協力を得られやすいね。

 私は一人で、ロゼッタ達三人は一緒。ベルフェゴールはルシフェルから頼まれたものだから、しっかりとロゼッタを守ってくれている。

 ベリアル、セビリノは一人ずつ。隣のエクヴァルの部屋から、窓を開ける音がした。

「エクヴァル、すごい! ベランダ広い。牧場が見えるよ。空が飛べたら、ここから飛びたいなあ」

 リニがエクヴァルに話しかけてる言葉が、聞こえてきてる。コウモリに変身すれば飛べるだろうけど、そうじゃないんだよね。


 次の日は宿のある町から少し離れて、エクヴァルとベリアルと一緒に、小さめな町を訪ねた。ここで聞き込みをするらしい。今回の移動はエクヴァルは白虎で、私達はあまり目立たないようにしながら低空飛行。人目があるようなら、徒歩に切り替える。


 さて、まずは人が集まる場所で聞き込みです。

 狭いカフェは話をふるまでもなく、ルフォントス皇国に連れて行かれた第五王女の話題で持ちきりだった。

「ルフォントスで贅沢三昧らしいな。同情して損したよ」

「無理に連れて行かれたのよ。あいつらの金なんて、いくらでも使ってやればいいじゃないの」

「この国じゃ、王族ったって大した贅沢は出来なかったろうしね。それより、ルフォントスの皇妃になってくれれば、モルノにも良い事があるんじゃないか」

「どうだかな。皇妃になったら、忘れちまうんじゃないか」


 王女に同情的な人、否定的な人、これからの国の為になると考えている人。色々な意見があって、ケンカになりそう。エクヴァルは真剣に耳を傾けているけど、ベリアルは楽しそうだわ。面白い話題じゃないよ。

「で、何を頼もうか?」

 カフェだから、注文しないとね。私はホットケーキと紅茶。ベリアルは紅茶、エクヴァルはコーヒー。


「戦争って負けたら金を請求されるんだろ? ないよな、そんな金なんて……」

「場所によっちゃ、家を焼かれたり農地も荒らされたみたいだ。大変だな」

「でも後から来た兵隊たちは、復興の手伝いをしてるって聞いたぞ」


 後から来たのは、エクヴァルの友達が仕えている第一皇子側の人だろう。後始末に来てくれたのね。この国でその魔導師、ヘイルト・バイエンスに会う予定。視察の振りをすれば簡単に誤魔化せるみたい。そのくらいモルノ王国は、第二皇子にとって重要度が低い。

 運ばれてきたホットケーキは出来立てで、まだ温かい。とはいえ、なんだか美味しく食べられない雰囲気だな。美味しいけど。

 突然ガラランと扉が乱暴に開かれ、数人のガラが悪い男性が入って来た。

「ったく、誰だよ。ここなら稼げるっつった奴は!」

「無秩序どころか、あっちこっちに兵がいてやりづれえったら」

 戦争で混乱しているすきに、悪いことで稼ごうとした人達みたい。不穏な乱入者に、騒がしかったカフェが一転して静かになった。この町は特に被害もなかったので、兵は駐留していない。

 なんだかこれは、もめ事の予感!?

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