第190話 ヘイルト君と合流したよ

 ドタドタと足音を立てて入って来る、ガラの悪い男達。

 先頭の男がくるりと店内を見回して、私達のテーブルで目を留めた。

「……ほお、金を持ってそうなのもいるじゃん」

 ほお、ベリアルに目を付けたぞ。

 紅茶のカップを置き、吊り上がった赤い瞳が近づいてくる男を捉える。

 手甲をした太い腕が、テーブルにバンと置かれた。

「兄ちゃん、金くれよ」

「断る」

「ああ!?」

 ハッキリとした拒絶にいきり立ち、胸ぐらを掴もうとする。その手を向かい側に座るエクヴァルが制した。

「まあまあ、私が外で話を聞きますから」


 ニコニコ笑いながら、出ようと促す。ここで暴れられても困るし、他のお客も心配そうに見守っている。男達は顔を見合わせて、席を立つ彼をあざ笑った。

「いいぜ、行ってやるよ」

 まずはエクヴァルを叩きのめして、見せしめにして皆からお金を巻き上げようって魂胆みたいね。とはいえ六人もいるよ。私も行った方がいいかな。ベリアルは澄ました顏で、カップに残った紅茶を飲んでいた。

 集団がバタバタと店の外に出ると、近くの席の人が体をこちらに近づける。

「いいのかい、兄ちゃん一人に行かせて。農具とかしかないけど、みんなで武器になりそうな物を持ってくるから。時間を稼いでなよ」

「問題ないわ。あの程度のならず者など、相手にもならぬ。座って待っておれ」

 私もそう思うんだけど。かなりケンカ慣れしてそうな相手だし、ちょっと不安だな。エクヴァル達が向かった方にある窓におでこをくっつけると、壁の近くを歩いている姿があった。

 六人の後に続くエクヴァル。彼はいきなり一番後ろの男を目掛けて鞘が付いたままの剣を思い切り横に振って、頭にヒットさせた。


「ぐあっ!?」

 不意打ちに倒れた男は、もう起き上がれない。

「お、おいテメエ! 卑怯じゃねえか」

「バカだね、ケンカには開始の合図なんてないんだよ。後ろを向くとは、殺してくれと言ってるのかと思ったけどね」

 斬りかからないだけ気を使ってるね、うん。

 男達が振り向いて剣を抜こうとするけど、紺色の髪が走り出した瞬間には近くの一人に斬りつけ、返す刃で構えたばかりの剣を弾き飛ばす。既に三人が戦闘不能。


「く……、くそおお!」

 慌ててエクヴァルに向けて振りかぶった剣を、半歩横に動いて避け、潜るように下から斬り上げる。戸惑って動きが止まった別の男に、剣先を突きつけた。

「まだやるつもりかい? そろそろ容赦できないんだけど」

 目を細めて鋭い眼光をさせるエクヴァルの口元は、愉快だとばかりに歪んでいる。テンションが上がってくると、さらに好戦的になるからねえ。

 男達は降参し、遠巻きに見ていた町の人達がロープを持って来て縛ってくれた。一人が馬を駆り、兵を呼びに走る。

「終わったみたいですし、行きましょうかベリアル殿」

「なかなか楽しい相手は、おらぬようであるな」

 あっけなかった。

 会計を済ませて、外でエクヴァルと合流して他の場所に行くことにした。事情聴取とか、されちゃうから。盛り上がっているすきに逃げる。

 カフェの中は色めき立ち、エクヴァルを称賛する言葉で溢れている。最初の不意討ちを見られなくて良かった。



 一軒一軒の民家の間が、町にしては離れている。庭で山羊を飼っていたり、鶏が柵の中をウロウロしていたり。お店がたまに、ぽつりと姿を現す。広がる青空の下、牛車がのんびりとすれ違った。

 さて次はどこへ向かおう。まっすぐ伸びた道を三人で歩いていたら、後ろから女性が小走りで追いかけて来た。息を切らして、私の近くまで来ると速度を緩めた。

 エクヴァルの白虎は怯えられそうだったから、元の世界に帰ってもらっている。

「あの、ありがとうございました。あんな連中に暴れられたら、大変な所でした」

 てっきり忘れ物でもしたのかと思った。わざわざお礼を言いに来てくれるなんて、丁寧な人だな。

「いえ、お嬢様方が御無事で安心いたしました。ところで、せっかくなので伺いたい事があるのですが」

「な、なんでしょう?」

 女性は少し頬を赤らめて、二、三回、パチパチと瞬きをした。

「カフェで王女様について、皆が噂をしていましたね。ルフォントスに捕虜として連れて行かれた方ですよね? 色々な憶測が飛び交っていて、気になったものでして」

「……ええと、そうですね。私は連れて行かれる馬車を見送ったんですが……」

 表情を曇らせて、視線を落とした。少し言葉に詰まっている。


「姫様がここを通る時、公爵様の首を晒してあったんです。それを目にして、馬車の中で気を失ったみたいで。侍女たちが馬車を止めてと騒いだんだけど、ルフォントスの連中は、人質ならまだ代わりになる別の姫がいるから、死んでも問題ないって。全然お構いなしでした。姫様なのに、ひどい扱いで……。そんな奴らの親玉なんて、好きになると思えません」

「お気の毒に……」

 そんな酷い事をしなくてもいいのに。夢でうなされそう。倒れちゃうなんて、よっぽどショックだったのね。女性は訴えかけるように、さらに続けた。

「姫様と言っても、ふつうに町で遊んだり草原を走ったりしてたような、素朴な方でした。お金があると変わるかは知りませんが、ドレスをねだってるなんて、とても思えないんです……」


 ルフォントス皇国のお城で第二皇子に見初められて、贅沢三昧をしているようだったけど、本当にそれで喜んでいるのかは解らないね。

 女性にお礼を言って別れ、宿に戻ることにした。とりあえずは、これだけ確かめられればいいみたい。あんまりあちこちで話を聞きまわっていると、第二皇子派の耳に入ることもあるかも知れない。

 途中にある踏み荒らされた畑は、行軍の後なんだろうな。

 だいぶ宿のある町まで近づいた時、王都の方向から魔導師が飛行して来るのが見えた。深緑色をした、地味なローブを着ている。この国で高価なローブなんて着たら、すごく目立つからかな。

「やあ、エクヴァル殿!」

「これはヘイルト・バイエンス君」

 以前レナントまでお礼をしに訪ねてくれた、ルフォントス皇国の魔導師。セビリノのファンの人で、エクヴァルのお友達だ。


「ヘイルト・バイエンス。それが君の名前?」

 今度は更に上空から声がした。

 真っ白い長いコートを羽織り、純白一色の服装をして、手袋も白い。髪は薄い金色で、三つ編みが背中で揺れていた。赤い瞳が柔らかく笑う。

「こ、この前の!」

 ヘイルトも会った事があるのね。この悪魔がレナントに来た時、私もちょっとお話をした。スッと降り立つと、片手を胸の前に当てて、ベリアルに対して綺麗なお辞儀をする。

「ベリアル様。先日はわざわざお訪ね下さり、ありがとうございました。明日の満月の夜が私のサバトです。宜しければ、ぜひご参加下さい。お迎えは必要でしょうか?」

「構わぬ。アスタロト、そなたにも準備があろう。楽しみにしておる」

 この前モルノ王国に行ったのは、この人と会う為でもあったのね。なるほど。モルノで行われるサバトかあ、興味あるな。

「寛大なお言葉、感謝いたします。ベルフェゴール殿はどうなさるのでしょう」

「行くと申しておったわ」

「それは楽しみですね。では、明日……」

 そう告げると、またフワリと宙に浮いた。参加の確認だけみたい。


 去って行くアスタロトが点になってから、ヘイルトがわなわなとエクヴァルに顔を向けた。

「ええ、あの……。私と会った時に彼女、地獄の大公って名乗ってたんだけど……、なんで⁉」

「なんでと言われてもねえ。地獄の序列は、この世界でも崩れないからね」

「地獄の大公の上って、王じゃないか!!」

「そうらしいよね」

 知ってたら驚くよね。……ん? 彼女??

「彼女って、男性じゃないんですか?」

「……イリヤ嬢。彼女は男装だけど、女性だよ」

 上品な男性だと思ったのに。解らなかったの、私だけ?

 ベリアルを見上げると、呆れたように溜息をつかれた。

「気付かんかね。相変わらず、そなたは鈍い」

「性別なんてこの際どうでもいいよ、大公だよ!? それにこの方は……」

 ベリアルが目を細めると、ヘイルトはビクリと一歩下がった。

 さすがの彼も、ベリアルが王だと気付いたら大人しくなっちゃった。


「ささ、宿に戻ろうか」

 固まっているヘイルトの背中を、エクヴァルがポンと叩いて歩きだす。思ったよりも時間がかからなかったから、帰りは徒歩。

「……あのさ、あの方も一緒なわけ?」

 エクヴァルの肩に手をかけて小声で尋ねる彼の顏は、強張っている。

「ほう。我に同行することが、不満かね」

「まっさか、感動しています!」

「君、ベリアル殿にはレナントで会ってたハズじゃない?」

「あの時は爵位がある悪魔だな、くらいな印象だったんだよ。今だって、さっきの彼女程の魔力は感じないし……」

 基本的に隠ぺいしてるから、仕方ないね。


 ちらりと視線だけでベリアルを確認するヘイルト。かなり警戒している。

「エグドアルム、ヤバい」

 一言だけ零した。

 そういえば、これが正しい反応かも知れない。

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