第191話 集合

 宿に戻ると、エクヴァルが広い部屋を借りているからと言って、皆でそこに集まることになった。ベッドルームが別になっていて、更に二間続いた広いスイートルームだ。なんで借りているんだろう。

 まずはみんなの部屋を訪ねて声をかけた。セビリノは調べることがあると、本を読んでいた。リニはエクヴァルが帰って来て嬉しそうにしている。


 ロゼッタはベルフェゴールと一緒に、また格闘技の練習だ。

 顔色の悪いヘイルトを見て、汗を拭いながら不思議そうにした。どれだけ稽古しているんだろう、ロゼッタってば。

「貴方、第一皇子様であるアデルベルト殿下の、側近の方ではなくて?」

 第二皇子の元婚約者だけあって、ヘイルトの事も覚えているのね。

「久しぶりです、ロゼッタ・バルバート侯爵令嬢。お元気そうで何より」

「珍しく覇気がないですわね。殿下にウスラドジとか言っていらっしゃる御方が」

 口が悪いし、それを他国の人にまで聞かれてるとか!

 まあロゼッタは周りを注意深く観察して、気を使っているから気付くのかも。

 

「世界は危険に満ちている……」

「来る時、ベリアル殿の知り合いに会ったんだけど。彼は怖い思いでもしていたのかな、ちょっと怯えてるね」

 エクヴァルがヘイルトの肩を軽く叩いた。正気に返って。

「まあ、あの方にお会いしましたのね。美しく理知的な御方です。ベリアル様ほど捻くれていて、理解しがたい性格ではございませんわよ」

「……そなた、我の前で随分な物言いであるな」

 ベルフェゴールも、ベリアルの評価は容赦がないね。

「師匠。盛り上がっていらっしゃるところ申し訳ないのですが、来客との事です」

 宿の人が声をかけあぐねていたようで、セビリノが教えてくれた。

「それなら、ここに泊まる方です。入れてやって下さい」

 どうやらここで合流する、エクヴァルの知り合いみたい。人数が増えて来たぞ。収集がつかなくならないかな。


 やって来たのは大柄な男性で、赤い髪に穏やかな緑色の瞳。革の鎧を着て冒険者を装っているけど、入ってすぐに部屋の中をザッと視線をあまり動かさずに確認したあたり、エクヴァルの同僚だろうなあ。一人華奢な従者を連れていた。すっぽりとフードで顔を隠して俯き気味だから、顏は見えない。

「よっ、エクヴァル。賑わってるな」

「久しぶり。皆、私の同僚でジュレマイア・レックス・バックス。先にルフォントス皇国入りして、状況を探っていたんだ」

 やっぱり、殿下の五人の側近の一人ね。

「お初にお目にかかりますわ。ロゼッタ・バルバートと申します」

 スカートを軽く持ち上げて淑女らしい礼をするロゼッタ。とてもさっきまで、打倒第二皇子に燃えていた女性と同一人物とは思えない。


 ジュレマイアは空いている椅子にドカッと座り、持参した筒に入っている飲み物をごくりと飲んだ。ヘイルトとは既に顔見知りで、軽く挨拶を交わしている。

「タルレスという公爵の配下が接触してきた。召喚術についても聞かれたぞ。巨人を制御するには、どうしたらいいかってな。俺は専門外だから詳しい事は知らん。とりあえず巨人の八割は大した理性もないから、わが国でも基本的には召喚禁止で、どうしても必要な時は、宮廷魔導師がしっかり下準備をして行うっつっといた」

 てことは、この事件も犯人は一緒!

「その野に放たれた巨人を倒したよ。何の目的かは解るかい?」

 エクヴァルがジュレマイアに尋ねる。

「それだがな、ロゼッタ嬢の行方が掴めないから、強いヤツと契約して力を誇示するつもりじゃないかな。それで支持を取りつけたいみたいだな。皇帝がここまで悪化するとは計算されてなかったんだろ、このまま崩御したらと焦り出してる」

 即位するにもどちらも決め手がないから、このままだと後継者争いから内戦にまでなりそうな勢いだもんね。それにしても、第二皇子派って強行策しかないのかしら。


「皇帝が快癒されば、全て片付くね」

「いやははは、片付かない問題があるだろ~?」

 何故かニヤニヤしながら私を見る、ジュレマイア。何もしてないよ?

「イリヤさん、何か問題がありましたの?」

「お嬢様!」

 ロゼッタも解らないみたいだけど、メイドのロイネは理由に心当たりがあるような。むむ、不穏だわ。


「あんのボケクズども、本当にロクなことしない……!」

 ヘイルトが話を戻してくれた。同調しておこう。

「他国にまで迷惑をかけるのは、本当に困りますね」

「どうせ巨人ならば、もっと戦って楽しい相手を喚べば良いのに」

 ベリアルの主張は却下で。スルー推奨。

「第一皇子側はどのような策を講じている?」

 ドア付近に立ったセビリノが話しかけると、ヘイルトが嬉しそうに答えた。

「アーレンス様。モルノ王国の復興を手伝いながら、大儀のない戦争だったと第二皇子側を非難しています。世論もこのことで、バルバート侯爵令嬢に刺客を放つようには思えないと、支持は我らに向いて来ています」

 ソファーの数が足りないので、彼は鏡の前の椅子に座っている。


「エクヴァル殿、皇帝陛下が快癒されればと言われてますけど、何か掴んだんですか?」

「実はね、とあるヤバい薬を使う人物をルフォントスで見掛けたって証言があってね。ゾンビパウダーを使われたんじゃないかと疑っている」

「それは、非人道的だと使用禁止が国際的に決められている薬物では⁉」

「つい最近も、そういう事件があったんだ。その犯人の魔導師が居たワケ」

 また会う事になりそうだよね……。まずは居所を突き止めて捕まえ、しっかり話を聞きたい。それから皇帝陛下の容体も、確認したい。


「それでか……っ、あのロクデナシのボンクラどもっっ!!」

 遠慮のないヘイルトの言葉に、ジュレマイアと従者が一緒に小さく笑う。

「……で、いつまで顔を隠してるんですかね」

「やっぱり解ってた? さすがエクヴァル」

 フードの下から出てきたのは、見たことのある青緑色の髪。

「トビアス・ジャゾン・カールスロア様!」

 ロゼッタも驚いたみたい。そうだ、こう名乗ってたんだっけ。ウッカリ殿下って呼びそうになった。危ない。またもやお忍びなのね。

 いいのかなあ、こんなに他国に出掛けてばかりで。


「久しぶり、レディ・ロゼッタ」

 軽く手を上げる。ロゼッタは呆れたとばかりにため息をついた。

「これからが肝心なところですのよ、遊び半分で居られては困りますわ!」

「そんな、君の力になる為に駆けつけたんだよ」

 屈託のない笑みを浮かべるけど、どうにも楽しんでいる様にしか見えないわ。

「邪魔になるようでしたら排除いたしますから、安心なさい」

「そうね、頼むわペオル」

 頼んじゃうの⁉ どうもこの組み合わせになると、ベルフェゴールまで好戦的になるようね。私じゃなくて、ロゼッタに影響されているんだと思う。

「排除なんてひどいな、ちゃんと手助けするのに」

「軽い気持ちの方なんて、必要ありませんわ。私には目標があるんですもの!」

 握り拳を振り上げるロゼッタ。ロイネはもう諦めているらしい。


「お嬢様はやると決めたら引かない方ですから、第二皇子であるシャーク殿下を本当に殴るおつもりだと思います。道がなければ開墾して進む方です……」

「ぷっ、開墾……」

 殿下が口に手を当てて、堪えきれないように吹きだした。

「失礼な方ですわね!」

 腰に手を当てて怒るロゼッタを、メイドのロイネが宥めている。


「ごめんごめん、ところでレディ・ロゼッタ。モルノ王国の第五王女に会った事はある?」

「……ありますわよ。一年半くらい前、王女様の十五歳の誕生パーティーがありましたの。シャーク殿下と招かれましたわ。殿下は田舎なんて行く気がしないと、キャンセルされたんですわ。確か」

 とんでもないよね。公務を私情でサボるとか。

「どんな娘だった?」

「あまり覚えておりませんですけど……素朴な方、でしたかしら。モルノの王女様方は皆、気さくな印象ですわ」

 第五王女エルネスタが、ロゼッタに代わり第二皇子シャークの婚約者に収まったけど、ロゼッタは彼女には恨みがないみたい。記憶を辿るように顎に手を当てて、視線が遠くへいく。その姿に、ジュレマイアが言いにくそうに口を開いた。

「……エルネスタ王女がバルコニーに出ている姿は遠目に確認できたが、とても幸せそうには見えなかったぞ」

 町で女性が教えてくれたように、贅沢を楽しんでいるわけではないのかも知れない。


「私達は会わせても貰えないよ。何かすると思われてるみたいだね。そのパーティーはアデルベルト皇子殿下も参加されたけど、私は随行してないんだ。殿下は可愛い子だったって、言ってましたね」

 ヘイルトは未だに会ってないのね。彼女は第二皇子の宮殿にいるから、偶然すれ違うとかすら有り得ないしね。

「そういえば、そちらの殿下はどうしてるかな?」

 まだエクヴァルも、第一皇子に会ってないんだよね。

「ああ、アデルベルト皇子殿下ですね。弟のシャーク皇子が他国の使者に失礼ぶっこいたから、謝罪に行ったら恐縮されて、お互いに頭を下げて頭をぶつけるっていう、謎のドジをカマしてますよ」

 ヘイルトも殿下もおかしなキャラだなあ……。


「そうそう、エルネスタ王女と言えば。今回モルノ王国に持ってくる物資を確認したんだ。そしたら王女がいらなくなったドレスや宝石を姉にあげたいからって、幾つも入れてあったよ」

「……なるほどねえ」

 殿下達やセビリノまで頷いている。よく解らないけど、大事な話なのね。

「うんうん」

「いや君は解ってないでしょ」

 置いて行かれないように頷いてみたんだけど、エクヴァルにバレた。

「要するにね、イリヤさん。彼女は自分で贅沢したいんじゃなくて、そのフリをして仕送りがしたいんじゃないかなって話」

 殿下が説明してくれた。もしかすると彼女は、国の為に第二皇子に媚びているのかな? 確かに、嫌われたら自分の処遇がどうなるか解らないし、国や他の捕虜にも悪影響を及ぼすかも。考えてみると、辛い立場かも知れない。


 殿下達もこの宿に泊まって、ヘイルトは怪しまれないように本部がある王城付近へ戻る。王都に着いてからの連絡方法などを、エクヴァルと確認していた。ついにルフォントス皇国の近くまで来たっていう、実感が沸くわね。

 さて、明日の晩はサバト。それが終わったら、ついにルフォントス皇国へ行くことになるのかな。

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