第123話 弟子の仕事と見守るもの(アンニカ視点)

 朝のスニアス湖は薄く白いもやがかかっていて、空気が清々しい。

 昨日イリヤ先生に場所を教えてもらったので、今日は一人で採取に来ている。やっぱり弟子の最初の仕事と言えば、家事と採取だと思うの。


「アンニカ嬢、念の為に目の届く範囲に居てね。」

「はい、お願いします。」

 護衛として一緒に来てくれたエクヴァルさんはDランクの冒険者だけど、本当はもっと強いみたい。思い返してみれば、ノルサーヌス帝国に行った時に護衛をしてくれた、Aランクのノルディンさんとレンダールさんという冒険者と、対等以上にお話をしていたわ。兄弟子のセビリノ様は宮廷魔導師、イリヤ先生は元見習いで今は外部顧問。ってことは、エクヴァルさんもきっとすごい人なのね。


 他にも薬草採取の人がいて、あいさつをしたら返してくれた。

 とはいえ、ここではもうあまり採れないかも…。

「エクヴァルさん、もっと奥へ行ってもいいですか?」

「了解、足元に気を付けて。」

 水辺に自生するものは採ったし、細い道を通って森の深くへと入る。こちらにもチラホラ人がいる。採取依頼を受けた冒険者らしき姿もあった。


「これでいいのかなあ…?」

 草と何かを書いた紙を見ながら、独り言をつぶやく女性に近づいてみた。慣れていないみたいで、首をひねって採取した薬草を眺めている。


「あ、あの、その白い花はモントウですが、根っこを使います。花だけだと意味がありません。ゼンシは種を使います。」

「おわっと!って、もしかして職人さん?ありがとう、依頼を引き受けたけどあんまり解らなかったの!」

 女性は驚いて振り向いたけど、あたしを見たらすぐに笑顔になった。Eランクの冒険者で、薬草の採取は二回目だとか。前回は半分くらい失敗で、出直ししたと笑ってる。手にしていた紙は図鑑から書き写したメモなんだけど、薬効部分を書いてなかったり、悪いけれど絵があまり上手じゃなくて解りにくい。

「薬草の見分けが難しいなら、自分でハーブを栽培して売っても少しはお金になりますよ。商業ギルドや、ハーブを使う料理屋さんや、私達みたいな職人も買ったりしますし…」

「栽培か~!それいいね、危険が少ないし。ありがとう、考えてみるね!」


 お互いに採取の途中なので、手を振って別れた。とはいえ、まだ姿が目に入るくらいには近くにいるんだけど。

 Eランクの冒険者って、生活するのが大変みたいだし、少しでも役に立てたらいいんだけどな。


「…そのまま、動かないように。」

 エクヴァルさんの方に戻ろうとしたら、彼が森の奥を見ながらあたしを手で制した。

 よく見ると、草が揺れてる。ザザッと掻き分ける様な音に続いて、巨大な猫が姿をした魔物が現せた。キツイ目が光って、獲物を見つけたと言わんばかりに襲い掛かって来る。


 突進してくるところを彼は斜め横に足を滑らせながら一歩進み、長く鋭い爪をぎりぎりで躱してザクリと斬りつけた。一撃で人の背丈程もあるような、大きな猫の魔物を倒しちゃった。ただでさえ猫タイプは足音が小さく警戒心が強くて、発見が遅れがちと言われているのに、すごい!

「良く気づきましたね…!」

「そりゃ護衛ですから。これはカパル。共食いまでする、食欲旺盛な雑食の魔物だ。危険なのが、たまにはいるんだね。」


 区切りがいいので、開けた場所で休憩にする事にした。座ってエクヴァルさんと話をしていると、飛行魔法で誰かが飛んできたのが分かった。男性だわ。高そうなローブを着ていて、冒険者ではないみたい。

 さっきの女性に何か紙を見せ、話を聞いている。女性が首を振ると男性は辺りを見回し、あたしの姿を確認してこちらにやって来た。


「休憩中、失礼する。こういった女性に見覚えはないだろうか?魔法道具職人だと思うのだが…」

 彼が見せてきた似顔絵の顏は、まさにイリヤ先生だった。容姿の説明を聞いても、やっぱりそう。そしてセビリノ様。エクヴァルさんを見ると、頷いて彼が口を開いた。

「どうしてこのたちを探しているのかな?」

「ああ、それはだね。実は私のあるじが自由国家スピノンで、彼女たちから解毒薬を買い、事無きを得たんだ。国から持って来た薬で効果が薄かったから、本当に危険な状態だった。それをたった一本飲んだだけで治したんだよ。」

 そんなすごい薬を…!?そうだった、イリヤさんは四大回復アイテムを全部作れるんだった。他の回復アイテムなんて、目じゃないのね。


「そして成分を分析したところ、アルルーナとシーサーペントの魔核の成分が抽出された。さすがにシーサーペントなんて間違いかも知れないが、どっちにしてもこの効果の薬なら払った金額では少なすぎる。きっと何か勘違いしてしまったんだろうな。お礼をしなければと思い、探しているんだ。」

「で、なんでここに?」


「チェンカスラーとエグドアルムで、何かあったんだろう?彼らがエグドアルムの宮廷の方だとは商業ギルドで聞いた。そちらの方面から来て南に下って行ったのは門番が覚えていたので、ここに来たのだが。」

 そこまでしっかり調べて来てるなんて。お相手の方は、やんごとないお人なのね。怪しい人だと思われたら、教えてもらえないだろうし。

 エクヴァルさんもこれなら問題ないと思ったみたい、頷いて警戒を緩めた。


「ははあ、なるほど。怪しい人物ではないね。君が探している女性は、そこにいる彼女の師匠だよ。男の方もいるよ。一緒に行くかい?」

「お弟子さんか!偶然とはいえ、これは幸先のいい!遠慮なく付いて行かせてもらうよ。で…」

「なに?」


「その男がセビリノ・オーサ・アーレンスって言うのは、本当なのか…?」

「君の目で確かめたまえ。」

 エグドアルムの宮廷魔導師であるセビリノ様は、魔導書も書かれているから他国の魔導師にもファンが多い。魔導書だって売れきれちゃう勢い。お話しさせてもらう時は、いつも緊張するの。


 薬草採取を終わりにして、一緒に家に帰った。あたしは夕飯のお買い物をすると、席を外すことにした。混み入った話かも知れないし。

 買い物には少し早い時間だけど、たくさんの人が歩いている。朝夕のご飯の支度は私の仕事。今朝の鶏肉のハーブ焼きはとても気に入ってもらえたし、夕飯は何がいいかしら。人の分まで作るのは、緊張するけど楽しいね。


 野菜を買って、ハーブと薬草の専門店を見ていると、外で騒いでる声が聞こえてきた。

「お前、こっちにいたのかよ。役立たず!また殴られてるんじゃないだろうな、人間に舐められてるなんざ悪魔の名折れだぞ!!」

「……ちゃんと、役に、たってる…」

 身を縮ませて答えているのは、エクヴァルさんの使い魔のリニちゃんだ!あんな小さくて気弱な子に、頑強そうな太い角の生えた小悪魔が絡んでる。確か、地獄ではいじめられるから、森にひっそり住んでいると話してた。


「聞こえないな!ちっせえ声しか出せないのかよ?」

 会計を済ませたあたしは、慌てて外に出てリニちゃんを庇う様に抱きしめた。いつもだったら、こういう時に何もできない。でもリニちゃんは、もう大事なお友達だから。守ってあげたい。小悪魔だって、人間のあたしを簡単には害さないはず。契約があったら、契約してる相手の責任になるんだもの。

「や、やめて!弱い者いじめとか、かっこ悪いよ!!」

「…なんだ、お前が契約者?」

 小悪魔は私より少し背が低いんだけど、しゃがんでしまったから見下ろしてくる。


「違う…けど、お友達だから…っ!」

 あたしの言葉に、リニちゃんは泣きそうな目で抱きしめる腕にしがみ付く。袖をギュッと握りしめて、唇をかみしめた。そして、ギッと相手を睨む。

「お前、きらい!!あっち行って!!!」

 今まで聞いた事ないくらい大きな声で、リニちゃんが怒鳴った。体は少し震えてるのに。


「ずいぶん生意気になったじゃないか、リニ…」

 小悪魔が近づいて来た、その時だった。


「みっともない真似はよせ。女、子供を甚振るのなら、私が相手になる。」

 私たちの後ろから、男の人の声がした。振り返ると、黒い短い髪に紫の瞳、旅人のようなマントと装束の男性が立っていた。薄汚れたズボンに、使い古したブーツ。元は高いものだったんじゃないだろうか。腰に剣を佩いていて、剣士なことは確かだ。


「……別に、そんなつもりじゃねえしっ!!」

 恐れをなしたのか、面倒だと思ったのか、小悪魔は去って行ってくれた。良かった。

「あ、ありがとうございます!」

 助けた男性にお礼を言って顔を上げると、彼はなぜか私の顔を凝視する。


「君の名を…問いてもいいだろうか。」

 名前…?急になんだろ、この人も怪しい人だったりする!?あたしが答えに詰まっていると、彼はさらに続けてくる。

「住まいは付近か?ご両親、ご家族は?君は今、幸せなのか?」

 …この質問は何?どういう意味なのか、全然分からない。リニちゃんも、ちょっと怯えてる。


「助けてくれたことは感謝していますが、あまり聞かれても困ります…。知らない人ですし…」

「そうであったな、済まぬ。私は…」


「シェミハザ。女性を困らせるでない。」

「…ベリアル!ずいぶん出世したそうだな!!」

「そなたはまだ人間の世界を徘徊しておったかね。」 


 ベリアル殿のお知り合い?ってことは…、悪魔!?

 二人はかなり久しぶりの再会みたい、こちらも周りの様子も気にせずに話し込んでいる。

「徘徊とは失礼な。天に帰れぬし、地獄に行く気もない。となると、ここが一番無難だろう。」

「…連れ合いの魂を探しておるのではないかね?」

「それも…、難しいものだ。」

 シェミハザと呼ばれた男性は、何故か私に視線を向ける。


「…ぬ?昔過ぎてあまり覚えておらぬが…、そなたの妻に似ておったか?」

「やはりそう思うか!?髪の色などは少し違うが、私も彼女の姿が重なって…!」

 それでさっきの質問?なんだ、奥さんに似てたから気になったんだ。変なナンパじゃなかったのね。

「そなた、まだ諦めきれんのかね。」

「誰彼構わずなお前には、わからん感傷だよ…。」

「若気の至りよ。もう飽いたわ。」


 ベリアル殿はかなり女遊びをしたのね…。今は騒がれるのは気分がいいみたいだけど、だからと言って声を掛けたりするかといえば、そうでもない。飽きたからなの…。


「ところで、お前と彼女はどういう知り合いだ?」

「それであるか。この者はアイテム職人で、我が契約者の弟子である。」

「契約者!会ってみたいぞ、その物好きに!」

「構わぬが…、物好きとはどういう意味だね。この我と契約を結べた、幸運の持ち主であろうが。」


 ベリアル殿とこのシェミハザさんは、元見守るものウォッチャーズで堕天使仲間なんだと言う。見守るものって何だろう。

 とりあえず一緒にイリヤ先生の家に来ることになった。お客さんはもう帰ったかな?

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