第124話 解毒薬のお礼の訪問者

 ルシフェルの庭園に植える花の球根を注文されていたビナールから、準備ができたと連絡があった。

 早速ペオルことベルフェゴールを喚びだし、セビリノには荷物持ちの小悪魔を召喚してもらう。彼女達は受け取るだけだからと、悪魔二人だけでビナールの商会の本店へと向かった。

 

 セビリノはまた部屋に戻ったので、私は素材やアイテムの在庫でも確認しようかと思っていた時だった。採取に行っていた、エクヴァルとアンニカが、見慣れない高価そうなローブの男性を連れて戻ってきた。

「彼、自由国家スピノンで、君の解毒薬を買った人のお使い。アレだと安過ぎだからお礼がしたくて探してたという、律儀な男性だよ」

「お邪魔します」

 玄関先で、エクヴァルが男性を紹介する。アンニカは食材の買い出しにすぐに出掛けちゃった。気を使って席を外してくれたみたい。


 それにしても、よくここに辿り着いたなあ! レナントにいるどころか、チェンカスラー王国に住んでる話も、全然してないのに。出身地がエグドアルムというのは登録した時に記入したんだけど、現在住んでいる場所は特に書かなくて良かったの。

 スピノン国内在住か、そうじゃないかの記入だけで。それでも解るものなのね。

「私のあるじがね、直接お礼をしたいと仰せで。しかし毒が消えたとはいえまだ体力は戻らないから、大人しくしてろよこのボケ野郎って思ったけど言葉にはせず、代わりに私が来たんだ」

 なんか主に対する部分だけ発言が不穏な。


「なんせ毒見をする前に勝手に食べて、そんな時に限って猛毒が入れられてたんです。暗殺に気を付けろって口を酸っぱくして注意していたのに……! アレで死んだら私達の責任になるのに、こっちの立場も考えろってんだよあのロクデナシ。そんなわけで表向きは病気と公表しておいて、まだスピノンの宿から出さないようにしてるんだ。うろつかれると邪魔だから」

「そ、そうなんですね……」

 すごい、危険な本音がだだ漏れだわ。どう反応したらいいのかしら。

「で、アレだと金額足りなかったでしょう。これを受け取って頂きたい」

 ジャラジャラと音がする布袋を渡された。

 不足だと思った金額を入れてくれたらしい。それにしても、結構重いような……!


「こんなにたくさんですか?」

「そ、主からだから気にしないで。私のお金じゃないから!」

 毒消し三本でこんなに受け取っていいのかしら? 布袋と男性を見比べてみる。彼はこれで安心した、と言わんばかりの笑顔だ。預かったお金だから、持っているのも不安かな。

「でもあの、これ頂き過ぎじゃ……?」

「師匠、そのような心配はご無用です。シーサーペントの魔核とアルルーナ、両方を使った貴重な解毒薬でしょう」

 話し声が気になったのか、セビリノが姿を見せた。男性は背筋を伸ばして立つ、凛とした彼の姿に目を見張る。

「あ、あの……! セビリノ・オーサ・アーレンス様で……?」

「如何にも」


「うわあああ! 本物だ! 初めまして、ヘイルト・バイエンスです。ヘイルトとお呼びください。ただいま鋭意戦争中の、ルフォントス皇国の魔導師です!」

 えええ! それ、こんな場所にいていいの!??

「ルフォントス皇国……、もしや、ガオケレナを産出している森林国家サンパニルの隣では? 我々はガオケレナの更なる輸入先を模索していて、先だってサンパニルに行ったところだ」

「はい! ガオケレナ、バッチリ貢いでもらってます!」

 なんか表現がおかしな人だ。


 ルフォントス皇国という国は皇帝を頂く大国で、近隣に強い影響力を持つ軍事強国。この前行った、自由国家スピノンの南に位置する。

 さらに南西にあるのが、森林国家サンパニル。国土の七割が森のサンパニルは、このチェンカスラー王国から見ると南東の方角になる。大陸の中央を分断するように座している、縦に伸びる山脈を越えて行かないといけない。

 サンパニルはガオケレナをはじめ、薬草や木材が特産品。貿易したいけど遠い国なのだ。アルラウネという魔物の根っこ、アルルーナもよく採れるよ!


「ルフォントス皇国は、第一皇子派と第二皇子派が争ってるんですが、第二皇子が本命ですね。皇帝の正妃の子なんです。第一皇子は側室の子。ちなみに私は、その残念な第一皇子派です。そしてその本命皇子が、森林国家サンパニルの侯爵令嬢と婚約してまっす。上手く騙して併合でもしたいんですかね」

 よく解らないけど、戦争を進めてるのも第二皇子派で、武力を見せつけて王座を確固たるものにしたいのだとか。

 ていうか赤裸々だなあ。いいのかしら。

「なるほど。その状況では、サンパニルにも出陣要請が出ているか。先だってあちらに行った時に、どうもキナ臭いと思っていたのだが……」

「サンパニルからも応援が来てましたね。少し前に開戦したんですが、もう終わると思いますよ。小国相手のデモンストレーションみたいなものですから」

 うわあ、いやな実演だわ。


 魔導師長事件の時にセビリノがいたのが、森林国家サンパニルだったのよね。今度は行かないなと思っていたら、戦争の雰囲気があったからなんだ。

 フェン公国もトランチネルが危険だし、なかなかガオケレナの新規輸入先を探すのは大変なのね。

 逆か。貴重なガオケレナが収穫できるから、狙われやすいのか。


 戦争が終われば、第二皇子の婚姻の準備にかかるらしい。

「第一皇子派の主要な人物は、この戦争のドサクサで消しちゃえ計画があると嗅ぎ付けて、もういっそ隠れちゃえってなったわけです。で、外遊中を狙ってコトを起こされたんです。何か準備してると思って詳しい居場所を黙っていたのに、まさかねえ。ま、仕方ないですね、向こうはイケイケなんで」

 諦めているのか、お手上げのジェスチャーをして普通に話している。

 この人も命を狙われてるのかな? その割に軽いなあ! 

「有意義な情報、助かる。時を空けて、そちらに行ってみよう」

「お力になれて良かったです! で、物は相談なのですが……」

 それまでこんなに簡単に喋っていいのって不安になるほど雄弁に語っていた男性のトーンが、急に落ちた。セビリノの様子を窺うように、見上げている。

「なんだ?」

「アーレンス様の魔法を見せて頂きたいです!」


 セビリノはエクヴァルを見た。怒られると怖いから。

「情報料として少しくらい、いいんじゃない? ただ、場所がね。冒険者用の普通に施設だと、君ら壊しちゃうでしょ」

 冒険者ギルドに練習施設があるものの、初心者向けだからね。エクヴァルはセレスタンというSランク冒険者と一緒に上級者向けの特別な訓練場に入ったと言っていたけど、Dランクの彼では使わせてもらえない。

 あとは皆、冒険者じゃないし。

「とりあえず行ってみましょ。初級の魔法を使えばいいでしょ」

「初級だからって、安全かなあ……」



 冒険者ギルドに行って、エクヴァルが受け付けをする。ついでにカパルという魔物がいたと報告をしていた。

 私達は初めて訓練場を使うので、受付で説明を受けた。

「代表者の方が冒険者でしたら、違う職業の方も入って構いません。軍人や魔法使いを生業なりわいとされている方に、稽古を付けてもらう方もいます。ただし召喚術は、こちらの施設で使用なさらないでください。契約した存在を入室させるのは問題ございません」

 お金を払えば指導してくれる人もいて、ギルドに登録してある教官の紹介もしてくれるとか。


 練習場は外と室内があり、弓の練習場や剣などの物理攻撃の練習の場所、そして結界を張った魔法の練習場が室内に一つ。

 現在空いているのは、外にある簡易訓練場。一組が使っているが、二区画に区切られているので、もう一つの方を魔法や訓練に使っていいと許可が下りた。

 ただし、飛び道具は外れて飛び出すと危険だから、壁で囲われた所に立ててある、的に向かってしか使ってはいけない。私達は物理の遠距離攻撃じゃないから、関係ないね。


 ギルドの裏手にあるその場所に行ってみると、弓を番えている女性がいた。的に何本か刺さっていて、でも後ろの壁や地面にはもっとたくさん落ちている。だいぶ外したみたいね。

 すぐ脇では棒を持った男性が、二人で打ち合って稽古している。

「それで、どの魔法を見せて頂けますか……?」

 ヘイルトは期待に溢れた目を、セビリノへ向けた。彼は考えながら地面の状態を確認して、ひとり頷いた。

「……ふむ、土が固められただけの場所だ。同じ状態に戻せば、土属性でいいだろう」

「ならこの前の、スタッティング・ピックは? 今度はちょうど十本にしましょう」

「は、師匠! ご覧あれ!」

「……君、初級って言わなかった? 初級じゃないよね?」

 セビリノはやる気だ。エクヴァルの抗議は、この際無視で!


「地表に峻険なる山を隆起させ、刺し貫く尖塔を築け。針の如く突け、林の如く伸びよ、くちばしの如く鋭くあれ!! 神殿の柱となりて敵を打ち、檻となりて隔絶させよ! スタッティング・ピック!」


 セビリノが目の前で二本の指を立てて、掌相をとっている。

 地面が槍の穂先のように鋭くなって盛り上がり、十本ほど天に向かって一瞬で伸びた。太さも高さも同じ土の塔が十本。彼は几帳面だから、こういう細かい調整は得意なのよね。


「土は埃と風化せよ、大地に還れ。再び強固な地盤とせ」


 そして解除する為の追加詠唱を唱えると、すぐに元の状態に戻った。

「さすがに鮮やかね」

「すごい……、同じ大きさのトンガリが十個できて、全く元の状態に戻った!」

 ヘイルトは地面を撫でて、滑らかさを確かめている。こんなに綺麗に解除するのも、かなりの魔法操作が必要とされる。

「私は水属性が得意なんですが、宜しければアドバイスなど……、頂けますか?」

「水。我が師と同じ。羨ましい」

「……先程から、師とは……?」

 セビリノの存在だけで興奮していて、師という単語にピンときていないだけだったみたい。今になって聞かれた。

 恥ずかしい紹介をされなくて良かったと、思っていたのにな。

 

「彼女が私の師匠であらせられる、イリヤ様です」

「え……? ど、ども……?」

「どうも……」

 よくぞ聞いてくれたとばかりに、自信満々に胸を張って私を指し示したセビリノ。ヘイルトの方はやっぱり訝し気。

「ええと……、何を唱えましょうか。最近シエル・ジャッジメントを教わったんですが、使うわけにはいかないですものね」

 どうやらこのことに関する思考を放棄したようだ。目を泳がせて、使う呪文を考え始めた。


「まあ、シエル・ジャッジメント。ならセビリノが魔法無効化を使って威力を抑えることにして、使ってみては如何でしょうか? 属性の調整は私がします。いいよね、セビリノ?」

「闇属性も得意としていますので、意にかなうと存じます!」

「魔法……無効化ですか?」

 魔法防御はともかく、無効化って意外と認知度が低いみたい。

 とにかく使う魔法は決定だ。エクヴァルの視線がちょっと痛い。やっぱりやり過ぎると思った、って所だろうか。


「聖なる、聖なる、聖なる御方、万軍の主よ。いとたっときエル・シャダイ!! 歓喜の内に汝の名を呼ぶ。雲の晴れ間より、差し込む光を現出したまえ。輝きを増し、鋭くさせよ。いかなる悪の存在をも許さず断罪せよ! 天より裁きの光を下したまえ! シエル・ジャッジメント!」


「地の底より深き下層、東の果てより遠き彼方、汝が行く末に際限はなし! 七つの門をくぐりて、全ての装飾を削ぎ落とせ! 門番よ、七つの魔力を封じよ! 地上の扉は開け放たれ、光なき死者の国への道は開かれし! スレトゥ・エタンドル!」


 ヘイルトとセビリノが、同時に詠唱を開始する。ヘイルトは光属性の内の神聖系で、唱えると攻撃と同時に光属性が溢れる、対悪魔に適した魔法。大抵の悪魔は光属性は苦手なの。

 セビリノの魔法は、闇属性の魔法無効化で、発動と同時に闇属性が溢れる。光と闇で、相殺しようというわけ。

 やはりセビリノの方が上手だわ、闇の属性の方が強く感じる。スレトゥ・エタンドルは地獄に続く七つの門を開くごとに魔力を減じさせ、最終的に呪文を無効化させるもの。でもこれは、七段階も必要なさそうね。


「深淵を乱すものよ、歩みを止めよ! 第七の門は固く閉ざされるべし。門番よ、かんぬきを降ろせ!」


 第七の門は開けない、これでだいたい均等になるかな。

 セビリノが抗議するような目でこちらを見ている。この門を全部開く感覚はなかなか爽快で、最後の一つを閉ざしちゃうのは不完全燃焼なんだよね。

 あとは光と闇のバランスを考えて、ヘイルトに少し魔力を供給した。

 天からすうっと白い光が差し、闇の中に消えていく。

 隣で訓練をしていた人達も、いつの間にかこちらに注目していた。こういう魔法戦は、あまり見ないし面白いと思う。

  

「師匠、それは反則にございます……」

「だって、だいぶ差があったんだもの。一番確実でしょ?」

「なんだったんですか、あの感覚!? 闇属性が途中で強制的に途切れたような!??」

 解るなら、かなり魔法に関して感度がいいね。

 説明すると、さすがアーレンス様のお師匠様ですと、さっきまでと態度が変わってしまった。

 彼はこの後、町を散策して買い物をしてから明日の朝出立するらしい。

 彼自身も回復アイテムを作れるので、必要な素材を買い集めたいそうだ。正直、スピノンに戻った方が色々ありそうだけど、迂闊に外を出歩けないみたいね。


 最後まで何も言わずに見ていたエクヴァルが、セビリノの方に近付いていく。

「……イリヤ嬢のああいう魔法の使い方って、普通かな……?」

「効果を阻害する追加詠唱ですか? 魔法によっては存在します。しかし、針に糸を通すような繊細さが求められるのです。使い手は極端に少ないと言えましょう。闇属性は私が得意としているのですから、あんなにもキレイにサッパリ阻害されるとは……」

「さすがに君もショックかな?」

「いえ、師の術の秀逸さに、打ち震えております!!!」


 それまでショックだったのかなという態度に見えたセビリノだけど、この感じはどうやら違ったようだ……。もしかして反則って、褒め言葉だったの?

「うん、処置なし!」

 エクヴァルが元気に頷いて、訓練場を後にした。

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