第125話 ウォッチャーズ!

 買い物に出ていたアンニカがなぜか、ベリアルとリニと一緒に帰って来た。あともう一人、見た事がない人…、いや人じゃない存在が一緒。


「シェミハザという。お邪魔する。」

「我が友である、丁重にもてなすようにな!」

「……ベリアル、何か企んでいるな?」


 あ、やっぱりベリアルが親切なことを言うと、そう聞こえるよね。


 彼の名はシェミハザ。見守るものウォッチャーズとして人間の世界に派遣された天使。

 ベリアルは先に見守るものとして派遣され、肉欲に溺れて堕天した。天使は人間と性交渉をすると、堕天して天使ではいられなくなってしまうの。


 彼は二度目の見守るものの長として人間の世界を訪れ、人間を監視し、導く役目を担っていた。彼の下には十人の天使長がいて、派遣された天使は総勢二百名。しかし可愛らしい妻と出会い、子をもうけて家族になった。その時の大半の天使が、人間と結ばれちゃったみたいね。

 そう、二人とも人間と契って堕天した天使。違いは、彼は結婚して夫婦となりずっと人間の世界で暮らし、ベリアルは遊ぶだけ遊んで地獄に移住したって所かな!

 ちなみにそれはここではない人間の世界で、既に滅んだ世界の話だそうだ。


 二人はしばらく見守るもの時代の昔話をしていた。

 それからベリアルが地獄に住んでからの話、人間界を放浪していたシェミハザの旅の事。

 シェミハザは召喚されてこちらに来て、一人との契約を終えてからはずっと契約せず、この世界に居るらしい。あまり食料が必要ではないし、世界中を歩き回って時折小さな村にしばらく滞在したりする、気ままな生活を送っている。


「そして亡き妻に似たこのアンニカを見掛けて、懐かしくなってな。」

「ならばこの者と、け」

 ベリアルの発言に肩をビクッとさせたアンニカが、慌てて割って入った。

「あたし、結婚は…できません!今日初めて会ったばかりですので!」

 顔を赤くして必死に否定する。


「契約、である。契約をすれば良いと言うつもりであった。いくら連れ合いに似ておったとはいえ、突然結婚など勧めぬ。」

「あ…!!」

 だろうね。ベリアルの友達ならどの程度かは解らないけど、かなり戦える筈。町の外へ出る移動や採取の際に、冒険者を雇わなくて済むようになるだろう。シェミハザの方は、なんだか楽しそうに笑っている。


「そうだな。私に食事を提供してくれるならば、護衛をしよう。もちろん君は自由に恋愛していい。いくら似ていても、君は妻ではないから……。」

「この者は、そうであるな。地獄ならば侯爵程の実力であるかな?」

「まあ、良くてそんなものだろうな。自分では伯爵程度かと思うんだが。戦闘はあまり得意ではない。しかし魔法や回復アイテムなら解るぞ。彼女が職人ならちょうどいい。」

 勝手に進んで行く話に、アンニカが動揺して肩をすぼめている。

「そ、それってすごい事じゃ…!?」


 普通は地獄で爵位を持っているって言うだけで、十分凄いんだよね。私の契約者は地獄の王ベリアルだから、爵位を持った悪魔に会ってもベリアルに敬意を表す。

 解ってるけど、凄さが解りにくくなるんだよなあ。


「でもあたし、召喚とかできないし、契約なんてわからない…。」

「契約書は私が作成してある。君は名乗って承諾すれば、成立する。召喚術は必要ない。私はここにいるし、他に帰る世界もない。」

 色々と説明してもらい、アンニカも納得したようだ。二人の契約は、成立した。彼を食べさせればいいだけなら、護衛代が浮く分安いもの。薬草が解るみたいだから採取を頼めるし、魔法の訓練も見てもらえそうだし、これなら私がいなくても上達できるね!


 契約事項についてなど話をしていると、ベルフェゴール達が戻って来た。

「ベリアル様、お戻りで。ちょうどようございました、お話があります。」

「……彼女は?」

「ルシフェル殿の使いよ。すまぬがこちらを優先させてもらう。」

「それは当然だ!ルシフェル様のお使いの方とあれば、何をおいても優先すべき!」

 シェミハザ、お前もか。

 思わず言いたくなるわ。悪魔だけじゃないのね、ルシフェルファンって。もと天において最も輝ける者、だものね。彼は堕天使だけど、もしかして天使にもまだファンが…!??


 ベルフェゴールはベリアルだけをともない、奥の部屋へと入って行った。



□□□□□□□□□(以下、ベリアル視点)


「ベリアル様。どの程度、御存知で?」

「…ルシフェル殿からかね。そうであるな、だいたいは見当がついておる。あの者が来たのならば、暴れておろう?」

「さすがですね。ルシフェル様は、彼が過ぎて天の者が出張る事態になることを、危惧しておいでです。出来ればお近くにいらっしゃる、ベリアル様に状況をご確認頂きたいのですが…」

 ルシフェル殿は調和を重んじるからな。あやつが無意味に暴れすぎる事態に、眉を顰めていよう。かなりルシフェル殿に忠実な者であるはずだが、解らぬかね。


 しかし状況を確認すると言っても、トランチネルまで我が出向くわけにはいかぬ。フェン公国まで行ってみるか、しかし気付いてこちらに来るかも知れぬな。

 どうにも行動が読めぬ。


「この世界で我がアレと鉢合わせては、最悪の事態になりかねん。面倒なことであるな。今しばらく、様子を見るしかあるまいて。」

「バアル様にも注意を払って下さるよう、お願い致してあります。悪戯が過ぎると思われれば、お声がけください。バアル様にお出まし願いましょう。」

 それは良い。バアル閣下ならば、度が過ぎておれば叩きのめして止めて下さる筈。我とて戦う事態になったとしても負けるとは思わぬが、実力を披露するわけにはいかぬ。既に天の者も監視しておろうて。


「無難な選択であろう。よもやバアル閣下のお言葉に異を唱えるほど、愚かではあるまい。」

 先に反論できぬ程、痛めつけられるやも知れぬがな。


「全く面倒なことです。人間が引き起こした問題ですから、人間どもがどうにかすれば良いものを…。」

「…召喚した時点で、どうにもならぬと定められておったろうよ。」

「そうでございましたわ。よもや、人間を嬲り殺す事が悦びであるあの方を召喚し、契約まで致したのですから。愚鈍もここまで行くと罪悪です。」

 ベルフェゴールは眉根に指をあて、頭が痛い問題だとでも言いたげである。

 ルシフェル殿が来たならばすぐにでも解決するのであるが、人間が勝手にもたらした事態の幕引きなぞに、わざわざ出張るほど物好きではないからな。


 アレは今頃、己の手を鮮血で染め、返り血を浴びて楽しんでおろう。無粋である。

 王たるものの所業ではないわ。地獄の、悪魔の王である上は、跡も残さず焼き尽くし、血の一滴までも凍る恐怖を与え、国を潰すのであれば国内にいる悪魔どもを奮起させ、内側から崩すべきであろうな!全く、イリヤとの契約さえなければ、我が手本を示してやろうものを!そして手中に収めた国を、皇帝サタン陛下に献上するのである。


「……ベリアル様。下らぬ思考に耽っておいででは?」

「…対策を考えておったのだよ。」

 ぬぬ。鋭いな。さすがルシフェル殿の秘書。


 とりあえずは現状を見守り、被害が他国にも拡大するようであれば終息へと向かわせることとなった。ルシフェル殿は自ら犯した愚行に手を差し伸べるような生温なまぬるい性格ではないが、関係のない国の者にまで被害が及ぶことは望まんであろう。


 だいたいあやつは、珍しいドラゴンを飼い始めたというので狩りの獲物にしようと提案したところ、

「ならば、私の獲物は君かな?」

などと、笑顔で言い放つ容赦のない性格である。皆、騙されておるぞ!!あの柔和な表情は、単なる見せかけであるからな!


「私は人間の世界などより大事な、ルシフェル様の庭園の造園を任されておりますので、これで失礼させて頂きます。今回はあの愉快な女はおりませんのね、人間にしては見所のある者でしたのに。」


 ベルフェゴールは用を済ませてさっさと帰って行きおった。

 面倒な問題を残しおって…。

 ひとまずは会わぬようにして情報を集めるしかあるまい。しかしまだ動く時期ではなかろう。エグドアルムから戻るのではなかったわ。シェミハザと会い見守るものウォッチャーズ時代を思い出しておったら、まさか今度は地獄の王の監視をさせられる破目になるとは!

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