第38話 後日の防衛都市(指揮官ランヴァルト視点)

 整理してみよう。


 二日前に中級の火竜、ファイヤードレイクの襲撃があり、半日以上に及ぶ防衛戦の末、夜やっと撃退する。しかし、その時点で伝令は伝わらず、孤立状態と言えた。

 明くる日、散発的な魔物の襲撃。その時に魔物寄せの香を発見。問題は解決したが、兵達は既に疲労状態と言えた。

 そして今日。フードを目深に被った怪しげな男を発見し、質問をしようとした部下が斬り殺される。そして私を含めた十人ほどで追跡、生存は私を含め四人。

 その間に再び都市を魔物が強襲、今度は前回以上の大群で一気に押し寄せている。あの竜人族ズメウは私が指揮官と知って、おびき出していた可能性がある。

 伝令にと走ったバルナバスは、街道で火竜と遭遇。まるで待ち構えていたようだ。

 あの竜人族は、竜を使えたのだろうか…?


 そして。その全てを解決したのが、若い二人の男女。薄紫の髪に白いローブの女性と、赤い髪とマントで、黒い軍服に似た衣装を着た派手な男。

 緊急事態だったとはいえ、誰も名前を聞いていないとは……。エリクサーなどという秘薬まで使わせてしまって、このままというわけにもいかない。解決の仕方もとんでもない。

 ファイヤードレイクは女性が一人で完全に炎のブレスを防御、男は単身で火竜を討った。

 数えきれない程にひしめいて目前まで迫って来た魔物の大軍は、女性の広域攻撃魔法の一発で全滅。

 さらに元凶である竜人族は男が一人で倒し、女性は素晴らしい魔法薬を提供してくれた。


 この防衛都市ザドル・トシェの筆頭魔導師であるバラハによれば、彼女は販売禁止に指定されている魔法を使い、それも通常ではありえない信じられない威力だったそうだ。その上、彼ですら知らなかった追加詠唱まで唱えたとか。

 あのバラハがそこまで言うとは……。彼はこの国でも腕利きの魔導師だ。三方を他国に囲まれたこの都市を守るため、遣わされているのだ。


「……ステット様。ランヴァルト・ヘーグステットさま!!」

「…………、バルナバス」

 結局馬を失った彼は、都市に戻って来ていた。火竜が退治され危険が去った為、馬が無事だった三騎が王都に向かったそうだ。それすらも既に、必要なくなってしまったが。

「もうお休みください。お疲れでしょう?」

「……そうだな。考えても仕方ない」

 

 机の上にはぼんやりと光る魔石の明かりと、散らかった書類。

 夜半も過ぎて、人の足音が少なくなった。久しぶりに少しゆっくり眠れそうだ。



 次の日の朝、私は街の中を歩いていた。安全を確認する為でもあるが、もう一つ。去り際にあの女性は、宿をとると告げてこちらに戻っていた。もしかしたら、この防衛都市に留まっているのかも知れない。一縷いちるの望みを託して、辺りを見回しながら哨戒を続けた。

 腕を失って苦しんでいた時だったのでハッキリしないが、思い起こせばあの竜人族は、男を“人族ではない”と言い放った。人ではない、しかし人以外の種族とも言えない。となると、一番高い可能性は、召喚……?

 そういえば、私が戯れに神と言った言葉を聞き、“神などと忌々しい”と吐き捨てた。

 つまり、悪魔か。では、あの女性が契約している……!?


 思わず顔を上げたところで、あの薄紫の髪が目に入る。

 ……見つけた!

 魔法道具専門店にいるではないか。私も急いでその扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

 店員が声を掛けてくれたのを、軽く笑顔で対応した。

「ああ、……あの、君」

「……はい? 私でしょうか」

 振り返ったその顔は、やはり昨日の女性だ。紫色の瞳、桃色の薄い唇。彼女は私を見つめた後、体の前で手を揃え、キレイな所作で頭を下げた。

「先日の方で御座いましたか。慌ただしくしてしまいご挨拶も申し上げず、大変失礼いたしました」

「え? いや、お礼を言いたいんだ。助けてもらったのはこちらなのに、そんなに丁寧にされても困るのだが……」

「困りますか。ふふ、困るのは宜しくないですね」

 何だか不思議な雰囲気の女性だ。

 

 それにしても、あんな場所で会わなければ、戦場には不似合いな、気品のある慎ましやかな女性に見える。

 うっかり女性に見惚れてしまったが、そういう場合ではなかった。もしかして、私に差し出した分の買い足しではないだろうか。

「そうだ、ちょうど魔法アイテムの店だ。買って返さねばね。申し訳ないが、エリクサーは売っていないので後になるが」

 私がそう提案すると、女性は二、三度瞬きをした。

「いえ、その必要はありませんよ。また作ればいいだけの話です」

「作る!? まさかアレは、君が作ったポーション!?」

「はい」

 確かバラハが、魔法アイテム職人と名乗ったと証言した。本当だったのか! 魔法も召喚術も一流のアイテム職人。そんな万能な人間は聞いたことがない。もしや、どこかの国か貴族に仕えているとか?

 だとしたら、聞かない方がいいかも知れない。万が一にも敵対国だったりしたら、私たちを助けた彼女が問題視される可能性がある。


「ハイポーションは、ああやって売るんですね」

 彼女の視線の先には、見本として箱に入れられた、空のハイポーションの瓶が飾られている。注文を受けて支払いが済んでから、鍵付きの倉庫から持ってくることになっているのだ。

「高価だからね、盗まれたりしたら大損害だ」

「なるほど。アミュレットも色々あって、見ているだけで楽しいですね」

 職人を名乗るだけあって、アイテムにとても興味があるらしい。嬉しそうな表情で眺めている。

「何か買うのなら、私に言ってくれ。ポーション類のお礼が全然出来ていない」

「気になさらなくていいのに」

 口に軽く手を当てて、クスクスと笑う。

 ……貢ぎたい恋人みたいに思われないか? 妻に見られたらマズイ気がしてくる。やましい気持ちは何もないのだが。


「そういえば、魔導書はどこで購入できますか?」

「ああ、案内するよ。そうだ、私はランヴァルト・ヘーグステット。君は?」

「イリヤと申します。……あの、貴族の方で?」

「あ、その……気にしないでほしい。私も気にしない。気にされても、やはり困るから」

 むしろ君は違うのか……?


 道すがら、エリクサーについて尋ねることにした。

「あの、エリクサーなんだが……。あんな素晴らしい品を使って頂いて、どうお礼をしたらいいのか。アレがなければ、私は騎士ではいられなかったんだ。本当に、何でもいいから言ってほしい。私に出来る事なら、なんだが……」

「アイテムは使う為にあるんですよ。でもそうですね、エリクサーは材料が集まらないんですよね。もし材料があれば頂きたいのですが」

 彼女が提示したのは、我が屋敷や防衛都市に揃えてある品だった。明日渡せると言うと、本当ですかと目を輝かせる。そんなに素材がいいならと、ソーマ樹液を提案すると、手を合わせて喜んでくれた。

 何とか少しはお返しが出来そうだが、素材と高難度製品の完成品……、釣り合う気もしないな。返そうにもエリクサーの在庫がまだあるか、確認できていない。あの戦いの後だ、使い切っているかも知れない。


 魔導書店は、基本的に黒い看板が掛けてある。

 私はこの都市で唯一の魔導書専門店に案内した。だいたいが他の本や魔法アイテムも一緒に販売している。 

 ここは種類豊富で新刊も毎月入ってくるので、私もよく訪れる。そんなに魔法を使えるわけではないが、単に魔法が好きなので。


「これはヘーグステット様! いらっしゃいませ。まだ新刊はございませんよ」

「やあ、……今日はこの女性の付き添いだよ。大変お世話になった方なんだ」

 しょっちゅう新刊はあるかと聞いていたので、先に答えられてしまった。しまったな。

 イリヤさんは端から魔導書を眺めているが、ただサッと見るだけで買う様子はない。タイトルを確認しているだけのようだ。

 魔導書の背表紙には、魔法の名前が書いてある。一冊買うとそのタイトルになっている魔法が記されていて、覚えられるのだ。著者によって微妙に差があるので、自分と相性の合う著者を探した方がいい。

 そして、おすすめ本のコーナーで足を止め、その本を手に取った。


「……この本……! セビリノ・オーサ・アーレンス……!」

 おお! まさか同志? 君もファンかい!?

「その著者は、最近魔導書を出し始めたんだけど、とても詳しい上に読みやすくて、私もお勧めだよ」

「そうなんですか!? セビリノ殿……魔導書まで記されていたなんて。知りませんでした」

 セビリノ殿? これはどう聞いても、本は知らなくても著者を知っているようだ。

 嬉しそうに本を眺めている。

「……彼を知っているのかな?」

「はい、……エグドアルムの出身で」

 ……それでこの、チェンカスラーにいる……? これはどうやら訳アリのようだ。

 恩人を探るのも気が引けたので、本の話だけさせてもらおう。


「彼がどういう人物か、尋ねてもいいかな? 宮廷魔導師ということは本に書かれていて、知っているんだけど」

「そうですね、貴族なのに威張ったところがなくて、何にでも真剣に取り組まれて。とても素敵な方ですよ」

 憧れの著者の人となりを聞ける……。これはかなり嬉しい。

「アーレンス男爵領は、強い魔物の出没する、危険な土地で僻地です。領地運営も厳しいらしくて、彼はそれは皆の為に努力されていました。尊敬できる人物です」

 セビリノ・オーサ・アーレンスについて語る彼女は、本当に楽しそうだった。とてもいい方なんだろう。その話を聞いていた店員が、私達に声を掛けていた。


「そのセビリノ・オーサ・アーレンスに手紙を出せますよ。もちろん、彼の著書を買ってもらって、追加料金もかかりますけどね」

 慣れ親しんだ女性店員だが、その話は初耳だ。私はもう全部持っているんだが!

 何でも、本の執筆と研究の為に、広く意見を募りたいのだとか。出版元の黒本堂が新しい本を持って来た時に手紙を受け取って、取りまとめて渡してくれるそうだ。

 新刊は基本的に毎月一日。あと半月近くある。


 彼女は喜んで二冊の本を選んだ。浄化と炎の壁の魔導書だ。私が払うというと申し訳ないと恐縮していたが、お礼だからと先にお金を出して支払いを済ませた。

 私の分も手紙を持って行ってくれるというので、私も書くことにした。魔導書の不都合な点、良かった点、知りたい魔法、単に応援。内容は何でもいいらしい。緊張する。


 買った魔導書を即座にザッと読んで、彼女は手紙を書き始めた。

 そして渡せないと思いつつも以前書いた手紙があるので、これも出来れば一緒に送って欲しいと頼んでいた。

 追加料金はかかったが、受け取ってもらえたようだ。私も手紙を託して、魔導書店を後にした。

「そういえば。他の魔導書は買わなくて良かったのかな?」

「全て、知っている魔法でしたから」

「全て!??」

 とんでもない知識量だ。この都市の筆頭魔導師のバラハでさえ、たまに魔法を仕入れに来ている様子だったが……。


昼を過ぎていたので昼食に誘うと、初めての町だからどこかお勧めを教えてほしいと言われた。

 少し込み入った話もしたかったので、行きつけの個室になっている店へと案内する。白い壁に囲まれていて、石造りの建物に装飾のある豪華な外観の店だ。入口が広く、個室には重厚感のあるテーブルにキャンドルが立っていて、壁には絵画。

 初めて入る女性は喜んでキョロキョロするものだったが、彼女はただ静かに付いて歩く。慣れているのだな。やはり貴族の女性と来たような気分だ。

 料理を適当に注文して、話に入った。


「……気を悪くされたら申し訳ないんだが、防衛の都合上、質問したい事がある」

「なんでしょう?」

「あの、貴女と共にいた悪魔についてなのだが」

 イリヤはすぐには返事をしなかった。少し考えたあと、フッと小さく笑う。

「……なぜ御存知かと思いましたが、あの戦いを見ては解りますね」 

「それに、神など忌々しいと呟いていたらね。他人を害さない契約をしているかが聞きたい。彼は脅威だから」

「私の同意なしに他者を殺さない契約です」

 話をしている内に料理が出来上がって運ばれてきた。三種類の前菜の盛り合わせが、三分割された長方形の皿に乗っている。


「それならば問題ないね、安心しました」

「ただし、私の生命を守る条項が優先されますので、私の危機においてはその限りではありません」

「……なるほど、それは納得だな」

 確かに、緊急事態には対応出来た方がいい。特別それで危険というわけではない。身を守る為にやむなく襲撃者の命を奪うことは、普通に人間でもする。


「だから、私に攻撃を仕掛けるよう仕向けたのですよ。止めを刺す為に」

「……仕向けた?」

 私が剣を受け止めたあの敵の攻撃は、わざと見逃されていたのか……?

「最後の足掻きが、予想外に迅速に実行されて少し焦られたようでしたね。貴方のおかげで助かりました」

 あの状況なら倒すことに同意するのにと、まるで世間話のように、メインの肉料理にナイフを入れながら言葉を続ける。

 これが召喚師というものだろうかと、物恐ろしいと感じた。

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