第39話 イリヤの魔法指導(筆頭魔導師バラハ視点)

 あの魔法の威力と追加詠唱は、とてつもないものだった。

 魔物の大群が、一瞬にして雪と氷に覆われた恐ろしい光景が脳裏に焼き付いている。そしてそれは儚く砕け散る。

 薄紫の髪の小柄な女性が、たった一人で放った魔法。

 確かに師匠が使ったのを見たことがある広域攻撃魔法だったが、その時より威力も範囲も大きい。全滅させるなんて……。


 喫茶店でコーヒーを飲みながら考え込んでいると、近くの席から聞き慣れた声が耳に届く。


「これが約束の品です」

「ありがとうございます! まあ、こんなにたくさん」

 男の方はランヴァルト・ヘーグステット。この防衛都市に駐在する軍の指揮官。妻帯者なのに、女性に貢ぐタイプだったかな……。

「バラハに内緒で持って来てしまったよ」

「……大丈夫なんですか? こんな貴重な素材……」

 ちょっと待て、私に内緒だって? まさか私が管理する素材類から!?

「あとで伝えれば大丈夫だろう」

「でも、ソーマ樹液ですよ?」


「ダメに決まってるでしょう!!!」

 思わず声を荒げてしまった。バンとテーブルを叩いた音が響く。

 私が近くのテーブルにいると気付いていなかった二人は、目を丸くしてこちらを見ていた。

 指揮官ランヴァルトと……あの魔法の女性!!

「も、申し訳御座いません。私が無理を申し上げてしまいました。お返しいたします、大変失礼いたしました……」

 女性は立ち上がって深々と頭を下げた。

「いやその……イリヤさん、私の責任なのだからそんなにかしこまらないで。バラハも、私が悪かったから話を聞いてくれ」


 あんなにすごい魔法を自信満々に放った女傑が、なんでこんなに低姿勢に!?

「いやその、私もソーマ樹液と聞いて、つい。お助け下さった方とは気付かずに、申し訳ない」

 三人で頭をペコペコ下げ合う事になってしまった。うーん。


 同じテーブルに移らせてもらい、とりあえず挨拶をする。

「防衛都市ザドル・トシェの筆頭魔導師、バラハです。先日は助けて頂いたのに、驚かせてしまって申し訳ない」

「私はイリヤと申します。こちらこそ、厚かましいお願いをしてしまって、お恥ずかしい限りです」

 どうしよう、落ち込ませちゃったぞ……。あの数の魔物にも怯まないのに、なんでここでシュンとするんだ……。

 ていうか、あれだけの働きをしたら普通はもっと報酬を強請るんじゃないか? アンバランスな女性だな。


「いやその、……ランヴァルトが女性を口説く為に使ったと勘違いしたので。貴女はこの都市の、いえ、国の恩人です。どうぞ、お納め下さい」

「……口説くって、私には妻がいるが?」

「だから余計に怒ったんだよ! 勘違いで良かったよ……」

 女性は私達のやりとりを、きょとんとして眺めていた。

 

 一呼吸おいて、ランヴァルトがおもむろに口を開く。

「バラハだから言うが……、一昨日の戦いで私が追った敵が竜人族ズメウだったと説明したろう?」

「まあ、聞いたよ。ろくな準備もしないで、よく生きてたなと感心した」

「……本当は、腕を落としたんだ。彼女がエリクサーをくれて、事なきを得た。そして、敵を倒したのは彼女の契約している悪魔だ。だから、本当はもっとしっかりとしたお礼がしたいんだ」


 内容が衝撃的過ぎて頭に入ってこない。

 私は思わず隣に座るランヴァルトの腕を掴んだ。ある、あるぞ。体温もあるぞ。

「……エリクサーってのは、すごいな。熱くて苦しかったが、ほんの数秒で腕が戻るんだから」

 更なる衝撃!

「数秒で済むわけないだろ! 身体の欠損を回復するんだぞ!?」

「いや、数秒だったと思うが……」

 言い争いになりかけたところで、イリヤが冷静な分析を告げた。

「九秒程でしたね。効果は上々だったと思います。光の収縮も素早かったですし、腕もすぐに末端まで動かせたご様子でした」

 検証してたのか……。戦闘中だろう? その状況でよくもまあ。


 どうやら、あまり目立ちたくないらしく(ムリだと思うけどなあ……)、自分の手柄については特に触れてほしくないようだった。

 竜人族はランヴァルトが倒した、これでいいらしい。

 しかし広域攻撃魔法、火竜の討伐、エリクサーの使用、そのうえ高価なポーションの譲渡。そして敵首魁を打ち取った……。

 こんなとんでもない功績をこの素材だけでお礼だ、というわけにはいかない……! ランヴァルトの気持ちは、さすがによく理解したよ。

 なんとか謝って、素材は受け取ってもらえた。


「これでエリクサーとソーマが作れます!」

 自作なのかっっ! そういえば、魔法道具職人って名乗ったな。万能すぎだ……。


「ところで、バラハ様は素晴らしい魔導師とお見受けしますが、なぜあの人数でファイヤードレイクに苦戦を?」

「いや、普通は苦戦するでしょ……。そもそも私達は他国の侵略に備えていたから、ドラゴンの攻撃を想定していなかった。ブレスを防御する魔法すら知らず、普通の魔法防御なんかで対応したけど、魔力も無駄に消耗したし、それでも防ぎ切れなかったよ……」 


「ならば、私が使うブレスを防御する魔法をお教えいたしましょうか?」

「いいんですか!?」

「勿論です! これで心置きなくソーマ樹液を頂けます!」

 ええ、まだそこ気になってるの!?? 勘弁してよ!


 喫茶店を出て、私達は軍の魔法実験施設へと向かった。

 実際に使って試したかったからだ。

 店を出たあたりから赤い髪の男、つまり悪魔と思われる派手な男も合流した。今までどこに行ってたかと聞いたら、狩りだがいい獲物がいないと答えがきた。

 いい獲物とは何かは、聞かないでおこう。


 実験施設は半球状になっていて、二階ほどの高さの所にぐるっと広い通路がある。ここは見学用で、通路の手前を特殊なガラス壁で囲み、魔法を防ぐ結界が何重にも張ってある。一階部分の結界のすぐ外に小さな部屋があり、術者はそこで詠唱する。例えるなら、亀の頭の部分のような。勿論、結界内部は目視出来るようになっている。

 他の魔法使い達も興味を掻き立てられて見守る中、イリヤさんと二人で詠唱用の部屋に入った。彼女に教わった詠唱をしっかり暗記してから、早速唱える。


「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフルディフェンス!」


 うっすらと光る透明な壁が弧を描くように展開されて、炎と吹雪などのブレス攻撃は反らされるらしい。大きく展開すれば、都市は守れる! やったぞ!

「では追加詠唱に参ります」

「……え?」

 イリヤは魔法を手早く唱えるが、展開がとても速い。すうっと空気が呼応するように、壁が出現するのだ。


「壁よ包み込むものとなれ、丸く丸く……柔らかき檻、怨敵を捕らえたまえ」


 目の前に現れた光の壁は今度は球状になり、自分達ではなく敵と想定した部分を包んだ。ブレスをこの中に閉じ込めるらしい。

「詠唱が長くなりますし、中にブレス自体を閉じ込めるわけですから魔力消費も増えて制御が難しくなるので、周囲が危険な時にだけ使用することをお勧めします。周りの方と協力しても良いですね」

 

 すごい知識だ。昨日の魔法といい、どこで学んだんだろう。しかし私も防衛都市の筆頭魔導師として、負けていられない! いいところも見せたい!

「ありがとうございます。では私の魔法もお見せしましょう!」

 これは知らないだろうと思う呪文を選んで、披露する。このチェンカスラーで、かなり研究された氷魔法だ。


「原初の闇よりはぐくまれし冷たき刃よ。闇の中の蒼、氷雪の虚空に連なる凍てつきしもの。煌めいて落ちよ、流星の如く! スタラクティット・ド・グラス!」


 鋭い冷気と共に、鋭く尖った氷の柱が二つ、上から突き刺さる。他の魔法使い達が感心している声がする。

「なるほど、問題が解りました」

 ……あれ? ここは、すごーいってなる所じゃないの!? 

「今、あなたは詠唱前に柱を何本にするか、考えていませんでしたね。イメージの曖昧さが魔法の威力を損なっております」

「あ、はい……その通りです」

 調子に乗って唱えました。すみません。

 「十一個の目標物を用意して下さい。一個は中央に、後の十個は円を描くように配置して頂きたいのです」

 私は彼女の指定する通りに魔力測定用の機能を備えた目標物を置くよう、指示した。並べられたそれにザッと視線を巡らせ、イリヤはすぐに詠唱を開始。


「原初の闇より育まれし冷たき刃よ、闇の中の蒼、氷雪の虚空に連なる凍てつきしもの。煌めいて落ちよ、流星の如く! スタラクティット・ド・グラス」


 何もない虚空から十本の氷の柱が発生し、目標にしていた器具を襲った。すると五個は壊れ、残り五個はダメージ八十%前後を示した。

 まさか……、壊れた物と無事なものが交互になるなんて。

 なんて魔力操作……!


 そして更にもう一度、同じ魔法を唱え始める。

 この魔法の掌相は両手とも人差し指と中指だけ伸ばして手を握り、第一関節付近を交差させるんだが、左手だけしっかりとグーにしてそこに指先を当てている。


「スタラクティット・ド・グラス!」

 一本だけ現れた氷の柱はドオオンという轟音を上げて中央の目標を貫き、勢いで周りに残っていた目標物も破壊した。部屋は著しく気温が下がり、衝撃で実験室は揺れたほどだ。


「こんな威力、確認された事ないぞ……!」

「イメージ……、つまり視覚化ビジュアライゼーションと一つだけ氷柱を落とす時の、特別な掌相の効果です」

 淡々と説明してくれるこの女性は、どう考えても私以上の魔導師だ。いや、一昨日解ってたんだけど。魔力操作でも知識でも、敵う気がしない……。この都市の筆頭魔導師になってから、こんな敗北感は初めて味わう。

「掌相の違いなんて、研究されてなかった……」

「魔力の魔法への変換はとても宜しかったと思います。威力のある魔法なので、明確な視覚化と、今以上に精密な魔力操作をすれば、さらに効果を上げられるでしょう」

「はい……」

 師匠に絞られてた頃を思い出す。周りに部下がいなくて良かった、とても見せられる姿じゃない。


 部下達はこんな威力があるのかと、大盛り上がりだ。

 二階の見学スペースに行ったら騒ぎになりそうだから、そのまま実験施設を後にすることにした。

 ランヴァルトとベリアルという悪魔も合流する。ランヴァルトはいつになく興奮した様子でイリヤさんに魔法の感想を告げて、悪魔ベリアルはただ薄く笑っている。カッコつけようとして完全に敗北したのを、見透かされているな。


 二人はもうレナントへ帰ると言う。 

 私もランヴァルトももっと魔法の話をしたかったが、仕方がない。そのうちレナントへ行くからと伝えた。

 門の近くまで行くと、私のフェニックスが飛んで来た。火属性の鳥であまり攻撃力はないが、不死の象徴とされていて炎の攻撃にめっぽう強い。しかし今回は火竜のブレスを耐えるのに何度も協力してもらってしまった為か、フェニックス本来の火が弱まってしまっている。


「珍しい鳥がおるな。そなたが契約者かね?」

「ああ、でも炎が弱まって……」

 ピュイイと鳴く声は、いつもよりも弱弱しい。火竜の火とはあまり相性が良くなかったんだな。

「確かにだいぶ衰えておるわ」

 悪魔ベリアルは腕を出して、フェニックスを止まらせようとする。私は慌ててそれを止めた。

「ちょっと待った、そいつは契約者以外が触れると燃える……!」

 私の心配を他所に、フェニックスは翼を緩めて悪魔の腕に静かに留まる。炎に包まれているその体に触れても、彼は全く平気だ。どうなってるんだ?


「我の炎を欲しがるとは、贅沢な鳥よ」

 言うが早いかベリアルの腕から炎が噴き出して、フェニックスを包んで燃え上がる。山吹色の火の粉が飛び、フェニックスは精練された華やかな赤へと変化していく。もとより美しい、高貴な赤。

「……フェニックスが……」

「彼は一昨日も炎を操っていたよ」

 ランヴァルトは火炎と化したフェニックスから目を離せないようだ。再び飛び立ったその姿は、今までよりも一回りも大きく見えて、力強くよみがえっている。

「きれいですね。では、これで」

 門に向かって飛ぶフェニックスの後を歩きながら、イリヤは眩しそうに呟いた。

「あ、ありがとうございました!!」

 声が届くとイリヤが振り向いて頭を下げ、二人して飛行魔法を使い空へと消えた。 

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