第37話 防衛都市と竜人族
防衛都市ザドル・トシェを襲っていたファイヤードレイクが何故、このような場所に居たのか。
騎士達の説明はこうだ。
まず竜の襲撃を受けたのは二日前。その時にすぐさま伝令を飛ばしたが、全く応答がなかったので、何かしらの妨害があったと結論づけた。
そして都市にいた魔導師達が竜の炎を防ぎつつ、騎士が応戦し、なんとかその日の夜に竜は退けられた。
しかし次の日、つまり昨日、魔物が都市に向かってくるではないか。応戦しつつ昨日の事もあるので念のため街中を探ると、なんと魔物を寄せる香が発見された。香を廃棄し、魔物を退治して皆が疲弊している現在、新たに大群の魔物が確認された。
そしてこの五人の騎士は、二日前に鳥類の聖獣による伝令を阻止された為、危険を承知で伝令役を買って出た……と、いうわけだ。つまり、防衛都市はまだ危険に晒され続けているという。
このファイヤードレイクこそ都市を襲った竜で、まさかの遭遇に魔導師を連れて来なかったことを後悔したという。
「なるほど。では私たちは、ザドル・トシェに向かいましょう」
「そのように言うと、思っておったわ」
ベリアルは楽しそうに頷いた。
私の言葉を聞いた五人が、戸惑って何か話そうとしているが、うまく言葉にならなかったようだ。
危険だと言いたいのかも知れないが、戦力は多い方が良いだろう。
「……申し訳ない、助かります。私は副司令官、バルナバス。私の名を出し助勢に来たと告げれば、話がスムーズに済むでしょう」
「了承致しました。テナータイトではこちらの異変に勘付き、各都市に伝令を送られたと聞き及んでおります」
四十歳くらいの騎士が、兜を外して頭を下げた。私も手を体の前に揃えてお辞儀をして、地面から遠のいた。
「お気をつけて!」
五人の姿はすぐに見えなくなり、巨大な竜が亡骸を晒していた。
防衛都市という名の通り、ザドル・トシェは分厚く高い壁に囲まれている。都市の中も頑丈そうな建物が連なっていた。周囲はティスティー川から引いた堀があり、今はあげられている跳ね橋を下ろさなければ中には入れない。
壁の上を通る通路に魔法使いと弓兵らしき人物が並んでいるのが見えたので、私はなるべく警戒されないように、ゆっくりと近づいた。
私達の姿を発見した魔法使いたちが、何か相談しているのが解る。敵か味方か、というところだろう。
「お伝えします。バルナバス様より要請を受け、馳せ参じました。魔物が広く展開しているとのことですので、広域攻撃魔法を使用致します。こちらの指揮官はいずこにおられますか?」
声を張り上げて尋ねると、一人の魔導師がこちらに飛行魔法で近づいてくる。
ミスリル製の杖に黒い宝石を埋めていて、他の魔法使いとは違う黒いローブを着ていた。
「バルナバス様は、先程出立されたばかり。まだ王都にはお付きではない筈です。どういうことでしょう……?」
「この都市の手前でお会いしました。状況も聞き及んでおります。……アレが、その魔物ですね」
北西に、多種族で混成された魔物の群れが見える。横には何百メートルにも渡って広がっていて、既に襲撃で疲弊している都市にはとてつもない脅威だと窺い知れる。
それが、一体一体を目視できるほどに迫っているのだ。
「……しばらく籠城しかないと決意していたところです。効果の高いマナポーションを切らしてしまったので……。しかも襲撃に気付く直前に指揮官が街で何らかの作戦行動をしていた敵を発見して追跡し、少人数の部隊でここを離れてしまいました。指揮官の不在が連絡された時には、バルナバス様は出立された後で……。今思えば、あれは誘導だったのでしょう」
「これは、いずこかの国による軍事作戦にも思えますね。いずれにしろ、まずは魔物を撃退いたしましょう。魔法を唱えますので、皆さまには絶対にここを出ないようお伝え願います」
「ありがたい! 貴女の魔法でかく乱してから、打って出ましょう……!!」
魔導師の男性は厳しくしていた表情を緩め、私を壁にある哨戒用通路の、魔物の正面に当たる部分に案内してくれた。
ベリアルとその男性が近くに控えていて、他の魔法使いや弓兵は距離を空けて様子を見守っている。
「さて、そなたの実力を披露してもらおうかね」
挑戦的なベリアルに頷いて、両手を広げて詠唱を開始。
「吹雪の軍勢よ、枯野を吹き荒ぶ“死”なる使者よ、訪れよ。我が前に跪き、その威を示せ」
「この詠唱は、威力が強いため販売禁止魔法に指定されているものでは……。コレをどこで……」
黒いローブの魔導師が、ごくりと唾をのんだ。
眼前に広がる平野には肌を刺す冷気が吹き込み、魔物たちを凍えさせる。頭で効果範囲を強く浮かべて、広げていた手を結んで両掌を自分に向けた。
「凍れ、凍れ! 血の一滴たりとも
右腕を手刀に開いて地面と水平に体の横までふれば、平野に突如として猛吹雪が吹き荒れ、目の前まで迫りつつあった膨大な魔物の群れが、アイスモンスターのように凍り付いた。
動く影は一つとしてない。
そして、手をおろしてダメ押しの追加詠唱を加える。
「花は散るらむ、葉は落ちにけり」
詩的で好きなのだが、使用したことがなかったので効果までは知らなかった。
氷の塊となった魔物たちが、全て割れて崩れ落ちたのだ。バリバリと音を競いながら地面へと還る。
完全なる殲滅だった。全ての命が一度で失われたのだ。
「ええ!? 効果がありすぎる……! 怖い!」
さすがに自分でも恐ろしくなってしまった。
「だから! 実戦で実証実験などするのではないわ!!」
「仕方ないんです! 実験施設で試そうとしたら、詠唱の途中に“魔力が結界の許容範囲を超えて壊れる”って、止められてしまったんです!」
実はエグドアルムの設備でさえ試せなかった魔法というのも、いくつかある。アレは全部こんな感じなんだろうか……。しかもこの魔法、水系の最強でもないんだよね……。
「あ……あの、貴方は……どのような方で? 白い衣装ですが、王宮付きの魔導師ではありませんよね? Sランクの冒険者でしょうか? それに、最後のあの追加詠唱は一体?」
黒いローブの魔導師は、声を震わせて聞いてきた。チェンカスラーの王宮付きの魔導師って、白い衣装なの? とりあえず、現在の職業を告げることにした。
「いえ、魔法道具職人です」
「……職人……ですか?」
嘘だろ、と言いたそうだ。
ここはひとつ、さっさと逃げよう。
「ところで、指揮官様がご不在だとか。どちらへ向かわれたか解りますか?」
「あ、はい、東の方向です。あの峻険な山に向かって進む感じです」
示された方には林が薄く広がり、その向こうに岩山が
敵が山に逃げたの……? まさか登らないよね。岩山の間の道にでも行ったのだろうか。
「では、様子を見て参ります!」
「あ、お待ちください! お名前を……」
返事はせずに、ベリアルと共に荒涼とした山の道を目指した。
どうやら途中で戦闘が起こったらしい。
岩と土の道に、血の跡が残っている。倒れている鎧姿の騎士も見掛けたが、既に事切れていた。鎧は酷い損傷をしていて、敵はかなり攻撃力があるようだ。
遅過ぎたかも知れない……。
そう思った矢先、まだ見えない先の方から男性の言葉にならない悲鳴が聞こえてきた。
近くに荒い息をしている生存者を発見したけど、戦っている者がいるのなら、そちらを優先させることにしよう。目が合った騎士も怪我をした部分を押さえたまま、解っているというように苦し気に頷いた。
「あとは貴様のみだな」
道の真ん中に座り込んでいる男性は、右腕が二の腕で斬られてその先がなく、
一人で何人も斬り捨て、鎧を破壊し、腕を斬り落とす……。噂以上に危険な種族のようだ。男性は脂汗をかいて右肩を抑えながら、歯を食いしばり今にもとどめを刺さんとする敵を睨みつけている。
「ほう、
するりと私の前へと進んだベリアルを、向かい合う二人が同時に振り向く。
「なんとも
蔑むように嗤う。
「貴様……! 何者か知らぬが、儂を愚弄するか!!」
「愚弄? おかしなことを。あのような惰弱な輩に都市攻めなどをさせる、つまらぬ手しか持たぬであろうが!」
これは注意を引いてくれているのか、我の分の獲物がなかった! という抗議なのかは解らないが、とりあえず私は道の隅に避けて、こっそり怪我をしている男性に向かうことにしよう。途中で落ちている剣を拾っておく。
挑発は大成功のようで、竜人族はベリアルに向かい一直線に飛び込んできた。さすがに動きが速く、一瞬で間合いを詰めて、竜人族が持つ片刃の剣とベリアルの炎の剣がぶつかり、鋭い金属音が響く。
次の瞬間、竜人族は剣から腕まで燃え上がらせて、すぐさま後ろへ飛びのいた。
「な、なんだこれはっ! 魔術か!?」
火に慌てながらも水の魔法を使ったらしく、炎はすぐに消し去られる。
「そう驚くでない。ほんの挨拶だ」
「貴様……人族ではないな!」
さすがにすぐに解ったらしい。ベリアルは答えず、口端を上げただけだった。
竜人族は氷魔法を飛ばしながら踏み込むが、ベリアルの炎の前では瞬く間に水に還り、全く意味をなさない。
あと一歩で間合いに入るというところで、地面から吹き上げる炎に阻まれて隙を見せてしまえば、すかさずベリアルの炎の剣が弧を描いて迫ってくる。何とか躱したようだけど、左腕に筋のような傷ができた。赤黒い血がすうっと垂れる。
私は白い鎧を纏った男性の所まで行き、カバンからエリクサーを出した。
「回復薬です、お飲み下さい」
「う……ぐ、すまな……い」
利き腕を失くし、かなりの痛みがあるのだろう。辛そうな表情をしていて、血も多く失い今にも倒れそうだ。男性の背を支えて瓶の蓋を開け、赤く揺れるエリクサーを口元に差し出す。
一気に飲み干した男性は、ふうと息を吐いた後、目を見開いて肩を竦めた。
「う……、ぐ!! 熱いっ! ……まさか、毒……!?」
失礼な。身体の欠損を痛み無く治せるわけないでしょう。
男性は肩を抑えたまま地面に倒れ、呻きながら身を縮ませている。
変化はすぐに訪れた。
「つ……っく……」
呻きは徐々に小さくなり、金色に光る魔力が体を覆って、失った手を
「……!!?」
ハッと気付いたように目を開いた男性は、弾かれたように右手を見た。
恐る恐る、指を動かしてみる。五指を小指からゆっくりと握り、また開いてみた。
「これは……腕が!?」
「どうぞ、剣です」
身を起こした男性に、両ひざをついたまま拾っておいた剣を渡す。
男性は剣を確認してから、私と顔を合わせた。
「……君は? そしてこの薬は……」
茶色い髪に、何処かで見た様な緑色の瞳。誰かに少し似てる?
損傷だらけの鎧が、戦闘の激しさを物語っていた。
「その話は後にしましょう」
私は戦いを続けているベリアル達に視線を移した。
ベリアルはまだまだ余裕がありそう。竜人族を相手に、遊んでいるようにも映る。相手は魔法と剣を駆使しているが、一切通用していなく、かなり焦っているのが見て取れた。
いったん距離を空けて、竜人族は何か詠唱を始めた。
「危ない、アレは!!」
目の前の男性が叫ぶ。彼も使われた魔法なのね。
竜人族の後ろから質量を持った水の龍が出現し、三つの首が勢いよくベリアル向かって襲い掛かる。
……思ったほど大した魔法じゃなかった。三つだけだし。せっかくだから九個の首があって斬るとすぐに再生する、ヒュドラくらいは欲しい。
ベリアルも詰まらないとばかりに溜息を吐いて、水の龍に向かって普通に歩いた。水はベリアルに届いて重なり、閉じ込めようと密度を増す。
しかし大量の湯気がもうもうと発生して、周りは真っ白い霧に覆われて何も見えなくなった。
「なんだこの煙は……なぜ、こんな!?」
唱えた方が解っていないらしい。単純にベリアルの炎で蒸発しているだけだよ。
遮られた視界から突然影が現れ、それがベリアルだと気付いた時には、竜人族は腹に一文字の傷を負っていた。竜の鱗で出来た固い鎧すら、ものともせずに切り裂く。
「……そなたはつまらぬ。そろそろ飽きたわ」
「うおおお! こんな、……こんな馬鹿なっっ!!!」
完全に蔑むような視線に、竜人族は叫びをあげて後ずさる。
チラリと目を動かし私を確認した気がした。
「かくなる上は……貴様も道連れだ!」
こちらに向けて最後の力を振り絞ったような、凄まじい速度で間合いを詰める。早過ぎて私には対処できない。驚いて声も出ないでいる内に、目の前にはもう竜人族が立っている。
剣を振り上げた、その瞬間。
私の前に影が出来た。
ガキン!
すさまじい音で剣と剣がぶつかる。
先ほどの騎士が立ちはだかり、両手でしっかりと柄を握って、攻撃を受け止めてくれていた。
「貴様……、貴様の腕は斬り落としたはず……!??」
「神の贈り物かも知れないね」
目を見開いた竜人族は、そのまま無言で動かない。
やがてゆっくりと崩れ落ちる。
後ろにはベリアル。炎の剣が背を覆う固い竜の鱗を貫き、腹まで突き通していた。
「……神などと忌々しい」
ようやく戦闘も終わった。これで本当に最後の敵だったようだ。
この
迷惑な話だよね。
「それで……貴方は?」
「バルナバス様より要請を受け、馳せ参じました」
「……バルナバスが? なぜ」
あ、そうか。この人、更なる魔物の襲撃の前に出てるから、伝令に出たのも知らないんだ。
「それはご本人よりお聞き下さい。それよりも、先ほど息のある方を見掛けています。治療が先でしょう」
「確かに。……生きていても二、三人程でしょう……。恐ろしい相手でした」
沈痛な面持ちで目を伏せた。何人もの部下をあの竜人族一人で失ってしまったのだ。動きは俊敏な上、一太刀でも致命傷になるような攻撃を仕掛けてくる相手だった。仕方ないと言えば仕方ないけど……。
「では、これを。ハイポーション二本と、上級のポーション二本です。あまり持ち合わせがなくて……」
アイテムボックスから四本のポーションを出し、相手に差し出す。
「そのような、頂けません! エリクサーまで使わせてしまったのです!」
「いえ、本来ならば治療のお手伝いをしたい所なんですが、急ぎますので代わりにこちらをお使い頂きたいのです」
それだけ告げると、ベリアルを振り返り、行きましょうと告げた。
「お待ちください、まだ何もお礼をしていない……」
「すみません!もう夕方なんで、宿を確保したいのです!」
「は? 泊まる場所くらいこちらで……、お待ちを!」
彼が引き留めた時には、私は既に飛行魔法で空に浮かび、再び防衛都市を目指していた。
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