第421話 エルフの森にて(ティルザ視点)
はあい、こんにちは。旅する魔法アイテム職人兼冒険者の、ティルザです。
現在はチェンカスラー王国のレナントって町を拠点にしているよ。わりと平和で住みやすいし、食料も安定しているし、ここに定住してアイテム工房を構えてもいいかな~、とか考えてるわ。
出身は南東の方。南の魔法大国である、バースフーク帝国よりさらに南東。中央荒涼地帯に近いね。中央荒涼地帯っていうのは、砂や岩の地が続き、雨が降らず植物がほとんど生えない不毛の土地のこと。今は中央だけど、大昔は世界の果てだと思われていて、果ての荒涼地帯って呼ばれてたんだって。
ある時、南から徒歩で縦断し、こちら側に辿り着いた人がいるの。お陰で荒涼地帯の南にも大陸が続いているって分かったの。
その人は政権争いに破れ、荒涼地帯に追放された、あっちの王族。
助けられてからはこちらで暮らし、南に戻ることは生涯なかったといわれているよ。
「もー、見当たらないなぁ! そっちはありそう?」
「なーいね~。もっと森の奥かな?」
「あまり奥に進みすぎないようにしよう」
さてさて。今、私が何をしているかといえば。
冒険者として採取の依頼を受けて、エルフの森で探している最中なのだ。ありそうか聞いてきたのは、イヴェットっていう短髪でボーイッシュな女性。髪の色はカミーユと同じ黒で、スピード重視の軽装よ。武器は剣。
もう一人、慎重な意見をいうのが、ブルーグレーの髪を後ろで纏めたカステイス。弓を使う男性で、白いロングベストがオシャレ。でも白って汚れやすいよね、同じようなのを何着も持ってたりするのかな。
二人はパーティーを組んでるAランク冒険者。森での戦闘が苦手だから補佐するメンバーが欲しいって、私を誘ってくれたんだ~。私ならポーションの材料とか、効果を損なわない薬草の採取方法とか、詳しいしね!
せっかくの機会だし、薬草豊富な森を探索して自分で使う分も集めるよ。
途中までは他の人にも会ったけど、森が深まるにつれ鳥の鳴き声くらいしか聞こえなくなる。
「コケー、コッコゴー!」
ニワトリっぽいのに野太い雄叫び、きっとコカトリスね。
「こっちからだな」
カステイスが慎重に木の間に隠れて、声がした方を探っている。石化のブレスを吐くコカトリスと正面から戦うのは、とても危険なのだ。
少し離れた木々の向こうで動く、白い巨体。人より大きな鳥、コカトリスが地面をつついてエサを探していた。
「気付かれる前に倒そう。周囲には、他に人はいないよ」
私がコカトリスに気を取られている間に、イヴェットが周辺を確認していた。カステイスは木の影を移動し、弓で狙える位置で矢を
イヴェットは遠回りしてコカトリスを挟んで反対側へ走り、注意深くコカトリスの様子を確認した。
「……よし、今ね」
イヴェットの合図で、カステイスは矢を放つ。
「グゲーゴッゴ!!!」
矢が羽に刺さり、コカトリスはバタバタと動かしながら、不快な表情をこちらへ向けた。注意を引き付けて、イヴェットが反対側から飛び出す。頭を動かしながらこちらへ移動を始めたコカトリスの背後から斬りかかった。
「……っしゃあ!」
「ギイイィ!」
ズバッと一閃、コカトリスから血が飛んだ。叫びながら振り向くコカトリスの横をすり抜け、イヴェットが合流した。その間にもカステイスが更に矢を射掛ける。
「コケー、コケー!」
「くるわよ!!!」
二人が私を庇うように、前に立った。
オッケー、私の出番ね!
「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」
「コーケコッコ~~~~!!!」
石化ブレスだ。
クチバシを大きく開いて、灰色の煙が放たれた。ブレスの防御魔法は、石化ブレスにも有効だよ! 淡く輝くスーフル・ディフェンスの膜を灰色が覆う。火や氷よりも石化ブレスは勢いがないので、この魔法で軽く防げるのだ。
灰色が薄くなったところで、カステイスが矢を放った。この防御魔法は、物理は通り抜ける。
ブレスの最中で動けなかったコカトリスに、見事に矢が刺さった。
「クエッグエッ」
痛みに呻いているよ。でもまだ早い、ブレスの
「よし! ストームカッター!」
煙が流れて白い鳥の輪郭が浮かび上がり、再びコカトリスの姿がハッキリと視認できるようになる。
ここだ、というタイミングでスーフル・ディフェンスを切った。そして詠唱が短くて手早く使える、ストームカッターを唱えた。
鳥にしては太い首に当たり、羽根が飛び散る。ストームカッターの刃を追うようにイヴェットが走って、痛みに暴れているコカトリスに深い傷を作った。ついに倒れたコカトリスへと、剣を突き立てる。
「クエー………」
コカトリスの悲鳴が聞こえなくなった。倒したかな!
「やったね、楽勝。さってっと……」
事切れたコカトリスを切り、中から石を取りだした。結界に使える、アレクトリアの石をゲット。鳥類の魔物から採取できるよ! コカトリスのものは上質だし、高値で取り引きされるんだ。
アレクトリアの石はイヴェットがそのまま持ち、私達は依頼の薬草探しを再開した。ヤイ、ナンセの実、シャリュモー。何種類も依頼があった中で、三種類を見つけたよ。
入手できた分だけ買い取る、という依頼なので、全部揃わなくても買い取ってもらえる。
「高ランクの冒険者が受ける採取にしては、わりと普通のものが多いねえ。ここってちょっと遠いから?」
「あー、さっきのコカトリス見たでしょ? 他にはごく稀に、バシリスクも出るのよ。ランクの低い冒険者だと危険だって言われてるわ。巨人も出没するしね」
「バシリスクは本当にヤバイじゃん」
コカトリスはともかく、バシリスクの危険度はランク問わずだよ。なんてったって厄介な猛毒をもってるんだから。防御魔法で防げないし、視線だけで致死率の高い猛毒を振りまくなんて、危ないなんてものじゃないわ。
下ばかり見て歩いていたら、いつの間にか景色が変わってきていた。不思議な青い植物が生え、曲がりくねった木や怪しいキノコが生えている。
これ、もしかしてもしかする……かな?
「ねえ二人とも、引き返した方がいいんじゃない?」
「……そうだな、僕も賛成だ。森の奥に入りすぎた」
「あ~、手遅れみたい」
イヴェットは高い木の枝に視線を移す。
ヒュッと何かが光って飛び、次の瞬間には地面に矢が刺さっていた。
こっわー! 当たるかと思った!
「我々に用事か? 用がないのならば、即刻立ち去れ!」
素朴な服を着た男性が、木の枝に立っている。長い耳、金色の髪、風に似た音で森の中を移動する、人とはあまり関わらない種族。
エルフだ。噂通り、やっぱり美形。確かこの森のエルフは、人をあまり信用しないとか。それにはすぐ北にある、ニジェストニアという国が関係している。ニジェストニアの人間がバレンで奴隷狩りをして集め、エルフの里にまで手を伸ばしたからだ、とか。
現在このバレンという国は皇帝が変わり、奴隷狩り対策を強化している。
連れ去れたエルフは戻り、人との問題も激減したそうだ。
「すみませーん、道に迷ったのよ。チェンカスラー王国の王都方面はどちら?」
木の枝に立つエルフに、イヴェットは顔を上げて明るく尋ねた。
「……道に迷ったとはいえ、こんな奥地まで。道を引き返したら、しばらくはまっすぐです。曲がりくねった木が途切れたところで、右に曲がってください」
「ユステュス、西側から敵襲だ! 規模は大きくない、すぐに来てくれ!」
「分かった、じゃあ君達は気を付けて」
枝には二人、エルフが見張りをしていたみたい。呼びに来た男性とユステュスと呼ばれた男性、それから女性が枝を飛び移って先を急いだ。
残された私達三人で、顔を見合わせる。
「……敵襲って、人かな?」
私の問いに、カステイスが頷く。
「可能性はあるね。行く?」
「行くっしょ! ティルザはどうする? 想像していたよりエルフも人嫌いじゃない感じだし、待つなら村で待機させてくれそうよね」
「行くよー、見過ごせない!」
「そうこなくっちゃ!」
イヴェットはとても乗り気だわね。私達もユステュスが向かった方へ急いだ。もう戦闘音が届いている、場所は遠くない。
「怪我人は下がれ! 敵の矢がくる、防御を」
「間に合わないわよ、彼女は回復魔法を唱えてる途中よ!?」
どうやら魔法使いの数が足りないみたいね! 回復魔法は途中で止めても危険はない。ただ、魔力がもったいないし、魔法って中断するものじゃないのよねー。
「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」
矢がくる方向を確認して、私がプロテクションを唱えた。
撤退する怪我人を狙った矢が、全て弾かれて地面に落ちる。間に合ったわ!
「エルフどもの応援か!?」
「いや、人間だな……。冒険者だ、ありゃ“残月の秋霜”のイヴェットとカステイスじゃないか! ここらでは有名な、Aランクのやつらだ! 後一人は知らん!」
賊の間に動揺が走る。一つの場所を拠点にして活動すると、名前が知れ渡るねえ。
「ヒュー、有名人!」
「ティルザの名前もすぐに指名手配犯より有名になるよ」
「言い方~!」
軽口を叩きながら、イヴェットが突っ走る。カステイスは途中で立ち止まり、矢を準備していた。
「風よ集え、嵐の戦車となりて我が身を包め。傍若無人なる七つの悪風を従えよ! 立ち塞がる山を突き破れ。雲よ、竜の鱗の如くあれ! シャール・タンペート!!」
どこからか魔法の詠唱が聞こえる。これ、暴風を纏って単身で突っ込む魔法だ! 短剣を手にした男が、暴れる風に包まれて木の影から飛び出してくる。
標的は……私だ!
プロテクションはエルフに使っちゃった、間に合わない!
「プロテクション!」
慌てる私の前に、半円状の光の壁が出現した。先ほど守ったエルフがいち早く敵の魔法の目的に気付き、唱えてくれたのだ。
助かった……!
安心したのも束の間、男がプロテクションにぶつかると、壁に亀裂が入った。男は纏った風を全て、プロテクションに叩き込む。
プロテクションは粉々に割れ、男が目の前に迫る。
短剣の切っ先が私を狙い、白く輝いた。
「ひいいやああぁ!」
「もらった!」
こうなると、魔法系の私にはなす
最小限の動きで、ナイフが喉元を狙う。
バランスを崩しながら必死で一撃目を避けた。息つく間もなく、万全の体勢の相手はすぐにナイフを翻して足を踏み込んだ。
「うぐっ」
突然男が体を震わせ、ナイフは再び宙を切る。
カステイスの矢が、男の背中に刺さったのだ。
「早く逃げろ!」
「うわっしゃあ!」
私はよろけながら走り、退避中のエルフと合流した。距離を空けるか護衛がいてくれなくちゃ、魔法を唱えられない。
追う男の前に、斜め上から矢が降ってくる。
ユステュスだ、助かった! 後方を守るべく応援に駆け付けた他のエルフが、前に立ちはだかる。
矢を追ったままの男は私を追うのをやめ、ヨロヨロと退避した。
不意に森にキラリと光るものが見えた。まだ交戦中のエルフに、賊側の弓兵が矢で狙いを定めている。
「光よ激しく明滅して存在を示せ。
弓兵を雷撃で倒し、徐々にこちらが優勢になってきた。賊どもは押されて、後退しているぞ! イエイイエイ!
「引け引け、もういい!」
賊のボスとかなのかな、全員に届くよう声を張り上げた。
「では手筈通り、魔法を唱えましょう。撤退準備を」
後方の離れた場所に、まだ魔法使いがいたんだ。初級の魔法だと、攻撃範囲に入らないくらい距離がある。
なんかヤバイ雰囲気……。どんな魔法を使うつもりか、注意深く耳を傾ける。
届いてくる詠唱は。
「燃え
知らん、まーったく知らない。
ただこの詠唱の長さ、魔力を籠めてゆっくりと唱えるこのやり方。
これは広域攻撃魔法じゃないの? 文言からして、かなり危険な火属性の魔法に違いないわ! 皆が散らばってるし、防御魔法で防ぎきれない!
今も逃げる賊をエルフやイヴェットが追っている。
「追わないで、退避! 敵は広域攻撃魔法を唱えるつもりっぽいよ!!!」
全員の視線が注がれ、賊の誰かが嗤っている。
「ひーっひっひ、気付いたところで遅い!」
「防御魔法を早く! 魔法使いを中心に固まれ!」
エルフって魔力が多いわりに、強い魔法使いが少ないのよねえ。魔法の詠唱の研究が進んでないのかな。
慌てて退避する私達をあざ笑うように、賊はゆっくりと逃げていく。
フッと周囲が暗くなり、空に暗雲が立ち込めた。雷雨の前兆のような黒雲が発生している。
……雷の魔法!? 一体誰が……?
「雲よ、鮮やかな闇に染まれ。厚く重なりて
轟音とともに、太い雷が落ちた。光で目が開けない。
広域攻撃魔法は、雷はどうなったの!??
ゆっくり薄く目を開いて、賊の方を見た。広域攻撃魔法を唱えようとしていた男性は、倒れてピクリとも動かない。
ヤッバイ雷の魔法を使われたわね! エルフの魔法使い?
周囲を見渡していると、空から見慣れた白いローブの女性と、真っ赤なマントに黒い軍服の男性が降りてきた。後からもう一人、紺のローブに短髪の男性が。
魔法を唱えたのはイリヤさん! そしてベリアルさん、一番弟子のアーレンス様!
空中ではワイバーンが旋回していた。エクヴァルさんとリニちゃんが乗ってるのね。わああ、勝った! どんな賊より危険な味方の登場だあ!
賊は切り札の魔法使いが倒れ、近くで護衛していたヤツらも動けなくなった。完全に形勢逆転だよ。あわあわしてる。
「く……、だがもう、こちらの目的は果たした。貴様らの村には、今頃俺達の仲間が到着してるぜ!」
「なんだって……!」
ユステュスが叫んだ。
こっちは、おとり!??
里はどうなってるの!? 振り返る先には木しか見えない。あ、里がどこにあるか詳しくは知らないなあ。どの辺りかな……?
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