第422話 エルフの村、襲撃される(ボーティス視点)

 エルフの村は今日も平和だ。

 私と契約したユステュスが他の仲間と入り口で見張りをしているが、最近ではあまり問題も起きない。人間どもとある程度の交流を持ち始めてから、こちらに好意的な兵がたまに見回りをするようになった。おかげで、エルフを狙う輩も減ったのだ。

「ボーティス様、お茶になさいませんか」

 エルフの女性が声を掛けてくる。

 私は日課であるマンドラゴラの生育日記を付けていた。すっかり育ったマンドラゴラ。薬効が高いのは二年ものや三年ものらしい。まだまだいいマンドラゴラになるマンドラゴラだ、気が抜けない。


 エルフの村に住むようになったのは、ベリアル様から盗賊に壊された村の復興を手伝い、マンドラゴラを育てて届けるよう命令されたからだ。

 これが無事に成長したら、地獄へ帰っていいのだろうか。私はベリアル様の直接の部下ではないから、どこまで従うべきなのか判断が難しい。それにエルフとの生活もなかなか面白い。なんだか癒されるのだ。スローライフもいいものだな。

 さて、お茶をいただくかな。今日は花茶だと言っていた。とても楽しみだ。


 ジャスミンの香りを堪能したら、新しく開拓した私の畑へ向おう。

 復興も無事に済み手持ち無沙汰になったので、開墾して野菜を作り始めた。自分で作ったミニトマトを食べるのが目下の目標だ。果樹もやってみたいが、始めると年単位で時間が掛かるようだしな。

 いずれ地獄へ帰る身としては、さすがに躊躇ちゅちょする。

「敵襲ー!」

 洒落た茶を飲みながらとりとめもなく考えていると、見張りのエルフの声が届いた。ユステュスではない、アイツも応援に行くのだろう。

 エルフどもは森での戦闘に慣れていて、それなりに腕も立つ。要請があったら出ればいい。問題は畑だ。万が一にもベリアル様に献上するマンドラゴラを奪われてはならない。


「……申し訳ありません、あちらに向かいます」

「私も畑の様子を確かめる」

 給仕の女性は農作業用の休憩小屋から、足早に姿を消した。

 私も残った茶を飲み干すと、すぐに立ち上がる。契約者も気にかかるが、マンドラゴラ畑を第一に守らねば! 薬草の中では高価な部類に入る、盗賊なども欲しがるに違いない。

 畑に着くと、ロープで区切った私の畑に敷地に、誰か見慣れぬ人物の姿があるではないか。

 男が三人、種を蒔いた場所に入り込んでいる! 人間め、私の野菜の芽が出なかったらどうしてくれる!

 不幸中の幸いか、離れた畑にあるマンドラゴラにはまだ気付いていない。薬草に詳しい人物でなく、野菜の一種だと勘違いしているのか。


「新しい畑かな、なんもないわ。隣はなんか出てるな」

 隣はユステュスの畑だ。一緒に開墾したのだ。

「おい、目的を忘れるなよ」

「わーってる、わーってる」

 緩い会話をするコイツらが襲撃者の一味なのかは、まだ判断がつかない。見張りが安全だと通した人間、という可能性も捨てきれない。

 どちらにしても、ただでは済ません! 耕した柔らかい土に、足跡が増えていくのだ。種を蒔いてあるのが分からないのか?

 許せん……!

「貴様ら、よくも私の畑を土足で踏み荒らしたな!」


「え? 畑は土足だろ?」

「あれ、エルフじゃないし貴族っぽいぞ」

「でもなんで、こんなとこで畑やってるんだ?」

 首を捻る侵入者ども。

 いい方を間違えた、とにかく荒らすなと言いたいのだ!

「ええい、どうでもいい! とにかく、そこから出るんだ。貴様らは何だ? 襲撃してきた連中の仲間か?」

 三人は顔を実見合わせ、頷き合って畑から離れた。反省している態度ではない。こうしている間も、村の外からは叫ぶ声や物音がかすかに届く。


「……いやいや、関係ないですよ。冒険者をしているんですが、依頼の途中で迷っちゃって」

 男はわざとらしい笑顔を浮かべて、ありきたりな言い訳を口にした。怪しさしかない。

「……ならばさっさと去るがいい、襲撃の知らせが聞こえたろう」

「ええ、そうさせてもらいます」

 村では子供を避難させ、迎撃の準備をしている頃合い。

 私が踵を返して戦闘音がする方へ足を向けると、冒険者をかたった者達はすぐに本性を現した。

 武器を手にし、後ろから襲いかかってきたのだ。

「よっ!」

「あまりにも分かりやすい」


 足を前に出して反転して振り向き、剣の範囲から逃れる。

「バレてたか、ちっ!」

 振り抜いた剣をひるがえし、さらに追ってきた。私はすかさず間合いを詰めて、片手で腕を止め、相手が逃げる前に手刀で剣を叩き落とした。

 地面に落ちた剣を先に拾い、痛みで腕を押さえる持ち主に切っ先を向ける。

いてえ……」

「何やってんだよ、丸腰のヤツに武器を与えんじゃねえよ!」

「仕方ないだろ、こいつ早いんだよ!」

 武器を失った男の前に、残りの二人が躍り出た。かばう程度の仲間意識はあるらしい。

 仲間を簡単に見捨てる者は好まない。

 捨て石にするようであれば殺すつもりだったが、生かしてやってもいいな。


 言い争いをしているかと思えば、もう一人の手から光るものが放たれた。私を目掛けて飛んでくるソレを、剣で叩き落とす。

 投げナイフだ。地面に転がった細いナイフの先端に、うっすら色がついている。毒でも塗ってあるのか、念入りなことだ。

 揉めてるように見せかけて、注意を反らしていたのか?

 口論していた二人はナイフの動きに合わせて左右に分かれて走り、ナイフが転がった次の瞬間、同時に攻撃を仕掛けてきた。私が剣を奪った男はいつの間にか、先の尖った短剣、ダガーを手にしている。

「動じもしない!」

「単なる村人や冒険者じゃねえぞ、油断するな」


 妙に手慣れた連携攻撃だ。コイツらこそ、ただの賊や冒険者ではないな。必ず生かして、背後関係を洗わなければならない。

 振り下ろされる剣を、ダガーの男がいるのと反対側に避けた。

 避けきってから剣を持つ男の体を押し、ダガーの男とぶつけた。二人が体勢を崩している間に、もう一人の投げナイフの男に狙いを定める。

 駆ける私に向けて慌てて投げられたナイフは、先程よりも狙いが甘い。動揺が窺える、接近戦闘は苦手なのか。

 所詮人間だ、どちらでもいいか。低く長く跳び、一気にナイフの男の頭上を越えた。少し後ろに着地すると、相手は弾かれるように振り返った。


「う、うわあ!」

「どうやら貴様達の罪は、私の畑を荒らしたことだけではないようだ」

「あの何もない畑か!??」

「あったのだ! 私の蒔いた種が芽吹く時を待っていたのだ!」

 おっと、畑の話をしている場合ではない、これは後でじっくりするとしよう。うっかりヒートアップしてしまった。まずは他に仲間がいないか、何を企んでいるのかを調べるのだ。

 問い詰める暇もなく、先程の二人が目の前の男を助けようと動く。

 投げナイフの男は隠し持っていた最後のナイフをがむしゃらに振り、私を追い払うような仕草をした。三人で逃げるつもりか、それもいいだろう。仲間と合流するのやも知れぬ。

 見逃して追えばいい、と考えていたが、不意に魔力の流れを感じた。


 魔法使いか!

 離れた場所で詠唱をしていた。おかしな三人組に気を取られて気付くのが遅れた。里の中でも悲鳴が上がる、敵は予想以上に内部に入り込んでいるのか。

 こちらはさっさと片付けねばな。


「燃え盛るほむらは盤上に踊る。鉄さえ流れる川とする。栄えよ火よ、沈むは人の罪なり。滅びの熱、太陽の柱となりて存在を指し示せ! ラヴァ・フレア!」


 パアンと手を合わせる音が響いた。敵が唱えた魔法は、火属性の攻撃魔法だった。高温の火の柱が三本立ち、かなりの熱を帯びている。人なら近くにいるだけで喉が焼けそうだ。

 寸前で地面にもぐってやり過ごし、魔法使いの背後に飛び出した。私は土属性で、大地を海のように泳げるのだ。

「え、うひゃうあうぁお!?? あ、あ、あく!!!」

 品のない叫び声だな。私が地獄の貴族だと、ようやく理解されたか。

 攻撃するまでもなく尻餅をつき集中力を切らしたので、発動したばかりの魔法はあっけなく消えた。当たったら火傷くらいはしそうだった。


「ボーティス様、ご無事ですか? 村の中にも賊が!」

 全て終わったところに女性が二人、息を切らして様子を確認にきた。

「四人ほど制圧した」

 捕縛は小悪魔にやらせていたから、縛り方も分からん。

 とりあえず下半身を土の塊に埋めて、身動きを取れなくする。四人は項垂れて、静かに囚われている。魔法使いが私を”地獄の貴族だから、これ以上の抵抗はしない方がいい”と仲間に助言し、自身も大人しくしたら全員が素直に従った。

「さすがです……! 先に見張りをおびき出して、村に入り込んだようなのです。村の中も見張りも別々に交戦中で、できれば村にお戻り頂きたいのですが」

「もちろんだ、君達二人はこいつらを見張っていてくれ。逃げられても追わなくていい」

「はい」


 すぐに村の援護をせねば。

 その前に魔法使いの側へ行き、使っている護符の宝石にほんの僅かに私の魔力を残した。数日で消える程度だ。

「お前は逃げても、すぐに場所が分かる。安心して逃げるがいい」

「ひいいいぃ! 逃げません! だから助けてください……!」

 身を縮ませて命乞いをする。脅えているし、本当に逃げはしないだろう。

 私はその場を離れ、村の中心部へと向かった。道の途中に村外れで遊んでいて、逃げ遅れた子供を捕まえている連中を発見する。

 連れ去る為に、こんな大がかりな事件を起こしたのか。エルフは美形が多くて寿命も人より長く、金になるらしいからな。けしからん!


「待たんか!」

「見つかったか」

 一人が子供を抱え、もう一人は両脇に抱え、三人の子供を連れ去ろうとする。女の子があと一人、走って逃げたのか少し離れた場所で転んでいた。

「ボーティス様、そいつら悪いヤツです!!!」

 女の子は泣きながら友達を連れ去ろうとする男を人差し指で示す。

「私に任せなさい」

 ……というか、先程から悪寒がするので早く終わりにしたい。

 来る、きっと来る。いやもう来ている。トラブルと共に登場する、地獄のお偉い方が……。

 地面に亀裂を走らせて逃げられないようにして、ちゃちゃっと子供を助けた。亀裂に落ちたヤツらは、亀裂を塞いで埋めておいた。全部で六人ほど。顔は出てるから問題ないだろう。


 村の中は混乱していて、怪我人が子供と避難していた。ある程度の年齢の子供が、怪我人を助けようとしているのだ。

 戦争において、兵が一人死ぬのは一人分の損失だが、足などを欠損させて介助を必要とさせれば、二人、三人分の労力を奪える、と聞いたことがある。怪我人の補助を戦闘員に任せないのは正しい判断だ。

 

 子供を捕えようとしていたのだし、賊の目的は子供達に違いない。となると、避難した先を狙っているのでは。

「……お前達、ここは私に任せて子供や女性を護れ。子供を連れ去ろうとしている人物を見掛けた、連中の目的は子供だ!」

「ボーティス様、分かりました! 避難所へ行けるヤツは全員急げ!!!」

「では我が参ろうかね」

 空から降ってくる声。ぎゃあああ!

 赤い髪に赤いマント、鮮やかな赤が風に舞う。私は最初にエルフの村へ召喚された時以降、ベリアル様がとても苦手なのだ!!!

 できれば来訪の前に連絡をくださり、三十年くらい気持ちを落ち着ける時間を与えて欲しい。


「ベリアル殿、避難所の場所はご存知ですか?」

「混乱の隙に賊が忍び込んでいるのであろうが、空から望めば隠れようもないわ」

「なるほど」

 隣に飛ぶ薄紫の髪に白いローブの女性はベリアル様の契約者で、イリヤという名だ。王を恐れぬ不屈の精神と、もう何も怖いものなどないだろうというほど壊れた価値観を持つ女性。

 二人はスイッと村の住宅が並ぶ地区の外れにある、避難所へ移動した。以前火事があったので、火事になっても巻き込まれないよう、避難所は住宅とは少し離れた場所に移転している。


 一人も残さず捕えねばならん。

 私は気合いを入れ直し、交戦中のエルフと合流した。放たれた矢を掴んで投げ、賊から奪った剣で鎧を切り裂き、逃げようとする輩を追い越して屈服させる。

 魔法使いは魔法を唱えている最中にエルフが弓で攻撃し、途切れさせていた。詠唱を完成させなければ、魔法使いなど脅威ではない。


 住宅の先には、屋根より高く炎がくゆる。

「ふはははは、燃えよ、燃えよ!」

 ベリアル様が楽しそうだなぁ。

 村まで焼きませんように……。

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