第420話 ラファエルとガルグイユ
レストランで食事中も、ベリアルはいつになく苦い表情でワインの赤を睨んでいた。ルシフェルの別荘の内部が壊されてしまったからだ。きっと、ルシフェルの方はもう把握しているんだろう。
とにかく、一日でも早く修復しなければならない。
そしてあの危険な警備の石像、ガルグイユを教育しなければ。侵入者が出る度に破壊されたら、大変だわ。
「リニちゃん、デザートはどうする?」
「…………え、ええと……ぁの……」
一人で食べるのも気が引けるので、リニに声を掛けた。しかしリニは機嫌の悪いベリアルの顔色を窺っている。
「ベリアル殿、リニちゃんが怯えてますよ。ただでさえ目付きが悪いんですから、余計に怖い顔をしないでください」
「うるさいわ!」
「ガルグイユの暴走は、ベリアル殿が魔力を籠めたのが原因だと思います。性格の影響を受けるんですね、興味深い結果です」
「……楽しんでおらんかね。ルシフェル殿であろう、我の影響ならば思慮深くなるはずである」
まーた自分に都合のいいように想像しているわ。どう考えてもベリアルとバアルの影響だ。
「ルシフェル様だけが魔力を籠めた屋内の一体は、とても大人しいですよ」
そろそろ認めて頂きたい。
まあベリアルだものね、私はスイーツを選ぼうっと。
「ガルグイユは本来、ほぼ動かぬ像である。あの滑らかな動きは我が魔力により可能であり、ブレスの使用など我が仕込んだからこそであろう。高性能であることは確か」
お、店員が料理を運んでいるわ。戻る時に近くを通るわよ、追加注文のチャンス!
「すみませーん、バナナタルトください」
「聞かぬかね!」
「いえ店員さんが通ってちょうど良かったもので。リニちゃんも頼んでね。さ、どうぞベリアル殿、ご高説を続けてください」
「続けぬ! ワインをボトルで持って参れ!」
な~んだ、ベリアルも追加したいんじゃないの。すっかり縮こまっているリニの分はエクヴァルが注文し、セビリノは特に追加しなかった。
食事が終わった頃には、外はすっかり暗くなっていた。ほろ酔いの人が帰宅し、冒険者や一緒に歩く小悪魔ともすれ違う。ベリアルのご機嫌が斜めなので、どの小悪魔も避けて歩くわ。
家に着くと、裏手のルシフェルの別荘から声が聞こえた。
ベリアルがげんなりとして確認に行くので、私とセビリノも付いていく。エクヴァルとリニはそのまま家に入った。
別荘の玄関の前に、エメラルドグリーンの髪と大きな真っ白い翼を持つ天使の姿がある。ラファエルだ。杖を突いて、石像二体にせつせつと説教をしていた。
「いいね、何度も言うように、屋内でのブレスの使用は禁止する。何かに引火して火事になりかねないからね。中に入られる前に対処するよう、可能なら裏側も警備しないと。せめて定期的に見回りをするよう」
「ガガガ……ぶれす室内禁止……」
「ギギギ……見回リ、了解」
すごい、理解させたわ!
石像なのでぶつかっただけでも物は壊れるものの、ブレスの使用を制限させられたら一歩前進ね。どこまで守るかが微妙なところだわ。
別荘の中に入ってこないと思ったら、ラファエルは外から侵入されやすそうな、脆弱な場所を調べていたのね。
「誠意を持って訴え続ければ、伝わるんですねえ」
「……我の命令に従っていればいいものを」
誠意がないから、ダメなんじゃないですかね。
言わなかったのに睨まれた。
「侵入しやすいルートを確認したから、一緒に見回ろう。説明するよ」
「敵ノ作戦ニハ乗ラナイ」
「天使ハ敵、天使ハ敵」
今さらガルグイユが反抗している。どうもムラのある石像だなあ。
「……天の者が、我ら地獄の事情に口を出すからである」
ニヤリとやたら高圧的なベリアル。ガルグイユが従わなかったので、嫌味を浴びせるチャンスと思ったのかな。
「ここは中立地帯だし、関係ないね。ルシフェル様の
「残念ながら、どれほど希求しようがルシフェル殿は天には戻らぬよ」
「それが理解できないのは、四大天使ではガブリエルだけだね。彼女はどうも情動的だから。ミカエルは本心では理解したくない、という印象だったな」
相手が涼しい笑顔で流してしまうので、仕掛けたベリアルがぐぬっと口を引きつらせる。
大体の天使が、今でもルシフェル大好きなのねよね。
「いずれ戦う相手であろうに」
「そうならないように願っているよ。あ、でも君のことをぶち殺したい天使は大勢いるよ。筆頭がウリエルだね。昔、君が堕天した時、主より与えられた使命を果たさず、遊び呆けてそのまま堕天したでしょう。あの後始末をウリエルがしたんだ。迷惑をかけられたと、かなり怒っていたね」
楽しそうな笑顔で話すラファエル。優しい印象とうらはらに、わりとクセのある天使なんだな。
「まだ根に持っているとは、執念深い陰気な性格であるな」
「あはは、執念深いっていうのは、君みたいなタイプを指すんだよ。一年前でも千年前でも覚えておいて、いざという時に使おうとしているでしょう?」
「何が悪いのかね!!!」
うむ、否定ではなく正当化しようとしているわ。
執念深い選手権はベリアルの勝利である。
ガルグイユは会話が終わるのを待たずに、持ち場へ戻っていた。飽きっぽい石像だわ。セビリノは大人しく会話に耳を傾けている。またおかしな学習をしていないといいな……。
問題がなかったので、特に何もせず家へ帰った。
ラファエルと私達が去ってから入れ替わりに、ガルグイユに学習させていた小悪魔がやってくる。今日は五人だわ。
「大変だったんだって~?」
「俺達に手伝えること、あるかなぁ」
「ぶれすガ屋内使用禁止ニサレタ」
「当然だろ! え、この王様の別荘の中でブレスを使ったの!??」
小悪魔達は驚いて別荘の中へ入っていった。被害状況を確認するんだろう。
だいたいリニとエクヴァルが片付けてくれたから、それなりにキレイになっていると思う。
「師匠、ベリアル殿から頂いた龍珠ですが……」
家に戻り扉を閉めたところで、セビリノが話し掛けてきた。
「モレラート女史の助言通り、セビリノに任せるわね」
魔力操作に重点を置いた指輪にするのよね。中心に龍珠を置いて、他にも石が欲しいわね。
「……ユカナイトはどうかしら。ユカナイトを周囲に配置するの」
ユカナイトは不透明なモスグリーンで、ピンク色が染みのようについている。情緒が安定し、質の良い睡眠が取れるようになる効果を持つ石だ。
「さすが師匠、素晴らしいお考え! 全く以てその通りです!」
「いや、普通に話し合いがしたいんだけど……、セビリノはどんな石がいいと思うの?」
だんだん過剰になっているわ。意見を交換させてください。
「私もユカナイトのつもりでしたので、他に意見はございません」
「あ、そう……」
素晴らしいお考え、自分にも当てはまっているよ、セビリノよ。逆に私がそうやって持ち上げたら、どういう反応をするかしら。
……喜ぶだけかも。
基本的に恥ずかしいとか感じないよね、セビリノって。結局、はたから見たら過剰に褒め合う、おかしな人になってしまうわ。
地下の工房に移り、指輪に使う文字は色々と相談を重ねた。案を出しては違うと二人で悩んだ結果、神様の名前を入れないことになった。
最終的に決定した単語は『SATOR OPERA TENET』。
“創造主が己の作品を保持する”という意味である。SATORは魔方陣でも好んで使われる、わりとポピュラーな単語だ。
次は指輪を作ってもらい、セビリノが魔法付与をすれば完成する。
先に頼んだギゲスの指輪はどうなっているんだろうか。進捗を尋ねがてらエルフの森へ行き、終わりそうだったらこちらも頼もう。
「……あれ、君達まだ作業してたの?」
「エクヴァルも遅くまで起きているわね」
「いやいや、もう明け方だよ? 私は起きたところ」
「えええっ!??」
朝になってるの!? 楽しくて気付かなかったわ。
「もう朝でしたか。すっかり集中してしまい、時間の経過が分かりませんでした」
セビリノも驚いている。
窓から朝日が入らない、地下の工房は危険ね。つい時間を忘れてのめり込んでしまうわ。それにしてもお腹がすいた。
朝食を済ませてから、一寝入りすることにした。さすがに徹夜で仕事を続けられないわ。
眠る前に装飾品を作ったドウェルグを召喚し、修理を依頼する。前回の召喚から時間が経たないうちだったので、さすがに
報酬として要求された宝石や金は、ベリアルが支払う。逃げ込んだ盗賊にも、後でいくらかでも請求するらしい。
ここに逃げ込んだのが運の尽きだったわね。
今日もリニは朝から別荘の片付けに向かう。相変わらず真面目だわ。
私は寝室でパジャマに着替えて、大きなあくびをした。部屋の窓からは裏の別荘が視界に入る。
「隊長」
「隊長、散歩シタシ」
「た、隊長……!??」
ガルグイユがリニを隊長と呼び、リニは困惑していた。命令を聞くように言われているから、その影響かしら。
リニ隊長。
可愛い響きなのに、部下は可愛くない石像だけ。まだガルグイユが敷地から出る許可は降りていないので、リニを先頭に見回りをかねて建物の周囲をぐるっと一周していた。
裏の窓は割れたままだったな。窓の修理屋さんも呼ばないとなぁ……。
カーテンを閉めると、すぐに眠りに落ちた。再び目が覚めたのは、お昼も過ぎてから。なんだか外が騒がしい。
「何これ、ちっこい城?」
「観光用か? 面白いな」
「これは貴族の別荘よ。入っちゃダメよ」
若い冒険者の男性二人組がルシフェルの別荘に興味を持ち、敷地に入ろうとしている。それを通行人の女性が止めていた。
「近くで見るだけ!」
「な~。しかしこんな住宅街の外れに別荘?」
確かに景色がいいわけでも、貴族の邸宅が集まる高級住宅街でもないしね。悪目立ちするのは仕方がない。
二人の若者は迷いもせずに別荘の敷地に足を踏み入れ、窓から内部を覗き込んだ。
「ガガガ……侵入者ヲ確認」
「ギギギ……即刻立チ去レ」
ガルグイユの瞳が怪しく点滅し、最初の警告を発する。
若者は声に驚きビクリと肩を震わせ、周囲を見回して石像の目が光っているのに気付き、思わず後ずさった。
「ぶ、不気味な像が喋ってる……!?」
「わりと可愛いデザインだと思うけど、喋るの……コレ?」
可愛いかな? 独特の感性の人だわ。
ガルグイユは翼を動かし、ゆっくりと移動を開始した。目標は侵入者の若者二人だ。
「排除スル」
「ぎゃーーーー!!!」
四歩足で進み、迫る石像。二人は勢いよく振り返り、脇目も振らず道まで走った。敷地の外までは、ガルグイユは追わない。
「……逃ゲラレタ」
「残念至極」
これでいいのよ!
今回は無事に解決したけど、どうも反省が足りないわねえ。
若者に注意して一部始終を眺めていた女性は、だから言ったでしょ、と笑っていた。若者は気まずそうに苦笑いで誤魔化し、そそくさと道を曲がって姿を消した。
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