第69話 使用禁止魔法

 エルフの森からの帰り道、王都のアウグスト公爵のお宅に寄った。

 ベランダから中に入ると、ちょうど皆が応接間に集まって話をしている。


 アウグスト公爵と、横には最初にお会いした執事の方、それから家令のピシッとした男性、公爵様お抱えの魔導師ハンネス、契約している侯爵級悪魔キメジェス。

 そしてエクヴァルとSランクの剣士セレスタン・ル・ナン、メイスを装備したAランクの光属性魔法を使うパーヴァリというメンバーだ。

 公爵は王都で私にマトヴェイ・チェレンチェ・アバカロフ伯爵が絡んだ挙句、冒険者をけしかけた事態を重く見ているようだ。さらにエクヴァルが他の声にあがらない被害も調べてくれた。

 おおむね女性問題と、平民に対する粗暴な振る舞い。他には自分の領地に展開する商会などへの不当な圧力など。

 始末は任せるようにとアウグスト公爵が明言してくれたので、この問題に関してはもう心配ないだろう。

 

 さて、私達が来たのには別の目的がある。

「実は公爵家の魔法実験室をお貸し頂きたいのです。こちらのパーヴァリ様は光属性の魔法の使い手でございまして、夕べはその話で意気投合して……」

「光属性!! それはぜひ、ご披露頂きたい! 宜しいですよね、公爵閣下」

 魔導師ハンネスが、かなり乗り気。悪魔二人はちょっと微妙な表情だけど。

 それまで頭の痛い問題に渋い表情をしていた公爵もパアッと笑顔になって、すぐに快諾してくれた。

「これは私も見学が楽しみだ! 早速行こう!」

 公爵は本当に魔法がお好きなようだ。皆で実験室へ移動する。


「聖なる、聖なる、聖なる御方、万軍の主よ。いと貴きエル・シャダイ! 歓喜の内に汝の名を呼ぶ。雲の晴れ間より、差し込む光を現出したまえ。輝きを増し、鋭くさせよ。いかなる悪の存在をも許さず断罪せよ! 天より裁きの光を下したまえ! シエル・ジャッジメント!」


 パーヴァリが魔法を唱えると天から白い光が注ぎ、床で爆発を起こす。私がほとんど止めちゃったから前回は見られなかったけど、かなりの威力だ。

 ハンネスも公爵も、感心して眺めている。光属性の内、神聖なる神の名を唱える神聖系と呼ばれる魔法。場が神聖化されて悪魔が有する闇の力が弱まるから、悪魔達には不評なんだけどね。

「では私の番ですね。神聖系でない、光属性の魔法を唱えます」

 楽しそうに頷く公爵。私の魔法もお気に召してもらえるといいな。


「太陽の道筋を示せ。冥界まで照らす光明、地上の全てに浸透し諸々もろもろを崩せ。裁きの主よ来たりて、銀の矛の一閃を輝かせよ」


「……そなたら、協力して防御魔法を張れ」

「は? はい」

 ベリアルが二人に告げると、パーヴァリとハンネスが戸惑いつつも頷いた。

「私も初めて聞く魔法ですが、光属性なんですよね。では私が同じ光属性の防御魔法を唱えるので、ご協力を願います」

 パーヴァリにハンネスが頷いて、あちらも詠唱を開始する。


「神聖なる名を持つお方! いと高きアグラ、天より全てを見下ろす方よ、権威を示されよ。見えざる脅威より、我らを守護したるオーロラを与えまえ! マジー・デファンス!」


 防御の光が結界の中に展開されて、頑強な結界がさらに強化され、あたかも魔法の要塞のようになる。

 これなら思い切り唱えても良さそう。私は魔力を更に込めて、詠唱を続けた。


金烏きんうよ舞い降りたまえ、翼を広げ烈火の如き紅焔こうえんを拡散させよ。惨憺さんたんたる鉄槌を下せ! ユスティティア・ソル!」


 白い糸のような、細い輝きがツッと実験施設の真ん中に走る。周りで小さな点滅がチカチカとたわむれ、徐々に降りていく。

「ふうむ……意外と地味な」

 公爵がそう、言い掛けた時だった。

 糸のようなものの先が床に触れて、そこから鮮やかな銀色が広がっていき、直後に凄まじい耳をつんざく音とともに大爆発を起こした。銀と赤の光が入り乱れて室内を覆う。

 実験施設にはズドンと大きな揺れが走り、二人の防御魔法は最初の爆発で脆くも割れて消えた。ボコボコとマグマが湧くように、熱による小さな爆発も続いている。

 施設の床がえぐれて、結界も全て崩れただろうか。

 いつの間にか、キメジェスが結界の向こう側に防御を張っている。そこまで届いたようだ。予想以上の威力だ。

 施設内は爆発に伴う灼熱の蜃気楼で、景色が歪んでいた。


「あ、これしばらく熱いんで入らないよう願います。比喩じゃなく死ぬほど熱いと思うので」

 ……あれ? 誰も返事がないよ? エクヴァルすら半笑いのままだよ?

「ずいぶんと嫌な魔法を覚えたものよ……。そなた、あのまま唱えればここら一帯は無事では済まされんぞ」

「防御魔法を張ってもらえるだろうし、立派な魔導師が二人、悪魔も二人いらっしゃるので、問題ないかなと思いました」


「いやあの! どういう魔法!? イリヤ嬢、何なのコレ! とんでもないんだけど! 聞いたこともないよ!!!」

「何なのと言われても、初めて使ったのよ。外で試すのはムリな感じなんだもの。光属性の最強クラスの攻撃魔法でね、広範囲にわたって肌を焦がして命を落とすほど、熱くなるの」

 エクヴァルが珍しくかなり動揺してる。この魔法は、属性問わず最高クラスの攻撃力がありそうだ。


 パーヴァリとハンネスはたかぶる気持ちを抑えるように、ゆっくりと喋り出した。

「……シエル・ジャッジメント以上の魔法もあると聞いてはいましたが、この恐ろしい魔法がそれなんでしょうか……」

「光属性は効果が強いと言われていますが、これはもうそういう問題でもないですな……!?」

「まあ、シエル・ジャッジメントに熱を加えただけみたいなものです」

「その程度の違いじゃないでしょ!!」

 エクヴァルのツッコミが入る。公爵は黙ったまま、呆然と実験室内を眺めていた。マズかったかな……?


「ベリアル様……なぜこのような魔法を……」

「我が教えるわけがなかろう。勝手に学んできおった……。まさか使えるとは思わなんだ」

 溜息をつくベリアル。でもこれは神聖系ではないから、場の神聖化はしない。 

「あ!!! も、もしかして禁書庫から探してない、コレ……?」

「そうよ。詠唱を分割してあったり、暗号が入ってたり……、再現するのに苦労したの」

「……ひどい……。恐ろしい娘だよ、君は……。それを唱えちゃダメでしょ……!!」

 言われてみれば、そうだったかも。エクヴァルが何か思い出したらしく、手で顔を覆っている。

「威力を確かめたくて、つい。次から気を付けるね……」

「もう、ホントやめて! 君に付いてる、私の責任問題になるから! 皆さんも、他言無用でお願いします。これはエグドアルムで継承すらためらわれた、使用禁止魔法です……」

 継承すらためらわれた魔法? しかも使用禁止だったの!? 全然気づかなかった。そういえば長い注意書きがあった気がするけど、解読するのが楽しくて興奮してしまって、あまり覚えていないわ。


「……了解した。確かに人に話せる魔法ではないですね。使用禁止魔法……よく使ったものだ」

 パーヴァリが真面目に頷いて、チラリと私を見る。

「使用禁止とは知らなくて……」

「禁書庫にあれば解ると思うんですが…、私も誰にも漏らさないと誓います」

 確かにハンネスの言う通りだ。いやでも折角復元した魔法、試したくなるじゃない!?


 とはいえ、うっかり壊しすぎてしまった。

「公爵様……、もしかして、弁償せねばならないでしょうか……?」

「……は!? いや、いや! その必要はないぞ! いやいや、いや、気にされぬよう!!!」

 なぜか、いやばかり言っている。やっぱりちょっと怒ってるのかな、思い切り首と右手を左右に振って、挙動不審だわ。

 そして何か思い出したように、あっと一言呟く。

「チェンカスラーには結界魔法を使えるものが少ないから、紹介してもらえれば助かるんだが……」


「結界の修復なら、専門家に伝手つてがある。まあ、君達に仕掛けたアイツらなんだがな」

 剣士セレスタンだ。彼が雇った人達だったのか。炎を完全に消す、見事な結界だった。

「ならば腕は確かですね。アレクトリアの石を使えば、強固な結界ができます」

「まあ君には簡単に崩されたが……」

「私は結界の作り方はあまり学ばなかったんですが、壊すのは得意なんですよ。結界の耐久テストに呼ばれた時、あまりにもすぐに壊せるので、テストにならないから次からは来ないでくれと断られました……」  

 エグドアルムの実験施設での切ない思い出。けっこう楽しかったんだけど、壊された術者は確かにかなりガッカリしていたわ。

「そ、そう……」

 セレスタンも苦笑を通り越して乾いた笑いが出ている。


「それほど理解してるならば、張ることもできるだろう……」

「キメジェス。彼女は魔法に関して完璧主義なようだから、使える程度のことはできるに入らないんじゃないかな……」

 呟いた悪魔キメジェスに、契約している魔導師ハンネスが答える。確かに一応、張り方の知識くらいはあるんだけどね。

「薄い結界なんて、無いのと一緒じゃないですか?」


 ちなみに結界魔法は通常の魔法とは違い、強い魔物から採れる魔核や、強い魔力を帯びた特殊な鉱石である魔石と言われる石を使い、主に防御の魔法を張り巡らせておくもの。魔法だと魔力を送り続けなければならないが、結界は魔力の供給を切っても続くので、こういう施設の防御に向いている。

 前回の炎を封じる結界というのはそういう意味ではイレギュラーな、変則的な使用法といえる。

 結界の根幹となる魔石もしくは魔核に魔法を仕込んでおいて、全ての角に置いて囲み、発動させる為の呪文を唱える。そういう手順だ。今のところ真っ直ぐな線状でしか効果範囲の決定ができないため、丸い結界は作られていない。四角形や六角形が人気。


「セレスタン達はこの後どうするの?」

 実験室を出て、いったん公爵邸に戻りながら尋ねた。

「ああ、冒険者ギルドに寄ったら、師匠が呼んでいると伝えられてな。いったんワステント共和国へ帰るんだ」

「私も一緒に行ってみるつもりです。彼の師匠は、とても有名な将軍なんですよ! 引退されてしまっていますが、是非お会いしたい」

 パーヴァリとセレスタンは今回の依頼が初顔合わせだったらしいのだけど、意気投合していた。付いていくと喜んでいる。

「俺は今まで基本的に一人で動いていたんだ。チームを組むのはその時次第で、仲間とはいえ縛られるのは面倒だからな。しかしこいつは話していてなかなか楽しいし、何より博識で勉強になる。今回のこともあるし、少し学ばせてもらいたい」

 お互い尊敬できて、補い合える良い関係みたい。

 あとは途中で他の仲間達が待つテナータイトに寄って、今回の報告をするそうだ。

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