第68話 エルフの村の夜襲(エルフのユステュス視点)
「敵襲!! 村の入り口側と、後ろからも来ている! 武器を取れ!!!」
夜中に怒号が響き渡り、火矢が撃ち込まれる。最近は大人しくなったと思っていた、人間どもだ。
人間どもがエルフの村を襲うことはたまにあるが、今回は夜盗が今まで以上の群れになり、徒党を組んでの襲撃だ。
「ユステュス!」
木の上で矢を
私は村の裏側で警戒をしていて、視認しただけでも十人はいる男達がやって来るのを、矢を射かけてけん制している。
どうやら私に向けて魔法が放たれていたようで、その警戒の為に声を掛けてくれたようだ。すぐさま別の木に飛び移って事なきを得た。
「助かった、反応が遅れるところだった。魔法使いまでいるのか……」
「表側も人数が多くて苦戦してるのよ! こっちはさっさと片づけて、応援に行かないと……!」
さすがにこちらに人数をさけない。
ほんの三人ばかりの剣士が向かい、私は再び矢で援護をする。できれば魔法使いを打ち取りたいが、木の影に隠れて何かしているようだ。さすがに近づけない。
私にできるのは、弓と回復くらいだ。攻撃魔法が上手く使えない……、悔しい事この上ない。しかしその分、弓の腕は誰よりも磨いてきたのだ。仲間に当たらないよう注意しつつ、敵に向かって矢を放つ。
夜ではあったが、皮肉にも建物の燃える火に敵の姿が照らし出されていた。
村が燃えてしまう、早く消火活動もしたい……っ!
そんな時だった。禍々しい魔力を感じ、魔法使いの男の叫びが耳に届く。
「やった、悪魔だ……! さあ、エルフどもを殺せ! それを生贄とするのだ!!」
なんだって……、悪魔!?
青黒い肩程までの髪に、ラピスラズリのような青い瞳をした悪魔。紺色のコートを着て白いズボンを穿いている。スラッとした男性だ。
「……何故、私を喚び出した」
悪魔の方は機嫌が悪そうだ。私は
我が里の行く末を左右する、重大な問題になる。
「ええい、だからこのエルフどもを殺し、女子供だけ残すのだ。気に入ったものは好きにしていい、それで生贄……」
「そのように貴様だけに都合の良い契約などあるかっっ!! 私をバカにしているのか!?」
次の瞬間、召喚術を行使した術者の首が飛んだ。
男は
残された悪魔は
なんてことだ……。制御不能な悪魔が世に放たれてしまった。人間とは、かくも愚かなものか!!
ゆっくりと歩きながら、盗賊もエルフも関係なく攻撃を加える。先ほど私を呼んだ女性の前に飛び降り、庇うように手を広げた。
「逃げるしかない……この男は悪魔だ、召喚師は殺された!!」
「悪魔ですって!?」
不穏な光を放つ青い瞳が私達を捉え、薄笑いを浮かべている。逃げきれるのか、とあざ笑うような。
「君は早く行け、皆に伝えるんだ!」
「……っ、解った……!」
彼女は私の言葉を聞き、二、三歩後ずさりして、慌てて走り去った。悪魔は彼女を追いはせず、詰まらなそうにこちらに顔を向けている。
「私は別にエルフに興味があるわけではない。供物が欲しいわけでもない。だが……」
言葉が途切れるとともに走り出した悪魔が避ける間もなく目の前まで迫っていて、開かれた瞳からほとばしる殺意を感じた。
「この
終わった……!
悪魔の手が伸び、高められた魔力ごと掌底が私の腹に打ち込まれる。せいぜい、少し身を引くくらいの抵抗しかできなかった。だが。
バチンと大きな音がして、悪魔の魔力が分散する。そして手が腹に当たり、すっ飛ばされて地面に打ち付けられた。だが魔力による攻撃が防がれたので、腹の痛みと背を打った衝撃に
「なに……、なんだこれは! どうなっているのだ!?? 護符に守られていたか? しかしそんな強いものが……いや、アレは」
自らの魔力が簡単に散らされ、狼狽して独り言を続けた後、悪魔は私に向かって大股で歩いて来た。
とどめを刺すつもりかと身震いがしたが、腕を引っ張ってチラチラ揺れるブレスレットに視線を合わせる。
「……おい、貴様! これをどうした!?」
「……これは……、ぐ、イリヤという女性と……ベリアルと、いう悪魔が……」
「べ……ベリアル様……!!!」
打たれた腹と地面に激突した背の痛みに耐えながら答えると、悪魔は目を大きく見開いた。そしてブレスレットの赤い石を凝視してから私の手を放し、しばらく動かなかった。他の仲間もただ黙って呆然としている。
「……私は知らん!! お前がベリアル様に関係ある者だと、全く知らんぞ……! なんということをさせるのだ、あの召喚師めが……! 殺しただけでは飽き足りん!!」
“悪魔と何かあった時には、ベリアル殿の名を”そう告げた彼女の言葉を思い出した。
どんな高位の悪魔と契約していたんだ……! ほんの冗談や軽い社交辞令だと考えていたが、このブレスレットと名前にそんな大きな意味があったなんて! 守りの力も凄いものだ、魔力を完全に消し止めた。
仲間たちも、どういうことだ問い掛けてくるが、私にもまだ訳が分からない。
「このままではいかんぞ! おい、ベリアル様はどちらにいらっしゃる!?」
私は彼女との会話の内容を、必死で思い返した。
「確か、チェンカスラー王国のレナントという町で……、ここから川を渡ってもっと向こうだ」
私が指が示す先へと、悪魔が視線を巡らせる。ちょうど暴虐の限りを尽くす盗賊と交戦するエルフの同胞、黒い煙を立てて燃えている村が映る。
「……これは、うーむ……」
悪魔は何か悩んでいるようだ。
仲間であるエルフの剣士の一人が、こそこそと私の横に来て肩を掴む。彼も悪魔に一度攻撃され、腕を痛めたようだ。
「どういうことだ、ユステュス? お前は召喚などできないんじゃ?」
「……つまり、その……人間の女性と、その女性が契約している悪魔に会ったんだが、どうやらその悪魔の関係者らしい。私にも何が何だかサッパリだ。その悪魔についてはベリアル、という名しか知らない……」
大した関係者ではないことに気付かれるとまた攻撃される恐れもあるので、相手に小声で説明した。
「なんと……、不思議な縁だ……」
縁、か。そういうものかな。今日助かる為に、あの時会ったのだろうか……。
「……やはりそうだな、それが正解に違いない」
突然悪魔が一人で頷いた。何の答えを出したのだ?
「良いか、そこの金の髪のエルフ。私は騙されてお前に攻撃してしまっただけだ。お前は全くの無傷、痛みなど微塵もない。そうだな?」
「は、はあ……???」
唐突に何を言い出すんだ。痛いんだが……。
「そして、お前の敵を共に倒す。つまり、
「もしや……盗賊を退ける手伝いをしてくれるのか……!?」
攻撃を止めてくれるだけでも助かるのに、これならば被害が最小限になる!
「私が駆逐してくれよう!」
言うが早いか、悪魔は鋭く輝く金色の剣を抜いて手に持って走った。
エルフの女性を捕まえようとしていた盗賊の前に風のような速度で辿り着いて、あっさりと斬り捨てた。そしてスッと飛んで子供を連れ去ろうとしている男の前に立ちはだかり、掌底に魔力を込めて打ち込み、一撃で大柄な男を絶命させる。
圧倒的な強さだ。
悪魔の魔力が高まり、地が尖った状態で盛り上がって盗賊を襲い、逃げ出す間もなく突き刺す。
次に足元から地面に亀裂が入り、集団でいた盗賊達の元まで届いた。土煙や石が飛び散って視界を塞いで、混乱する間に悪魔の剣が一人、また一人と討ち取って行く。悲鳴を上げる暇もないような
突然の強力な乱入者に、盗賊達は焼き討ちの手を止め、
戦えない者は、怪我をした仲間の治療や、水の魔法を使って消火活動を開始。
勝利は近い! 今回ばかりは壊滅も頭によぎったが、なんという奇跡だろう!
「何故そなたがここにおる。ボーティス」
突然頭上から声が響いた。間違いない、赤い髪の悪魔ベリアルと、契約者であるイリヤだ。彼女達こそ、どうしてここに?
「ベリアル様!! いえ、召喚をされまして……!」
ボーティスと呼ばれた青黒い髪にラピスラズリの瞳をした悪魔が、私に説明しろと視線を送ってくる。
なるほど、言い訳を考えていたのか。
このベリアルという悪魔は、かなり高位の悪魔なんだろう。
「賊どもは敗走していますね。まずは鎮火させねばなりません」
イリヤが私の隣に降り立った。私のことを覚えてくれていたようだ。
「それは今、魔法も用いて仲間たちが開始しています」
「お久しぶりにございます、ユステュス様」
相変わらずの丁寧だ。お辞儀した彼女の頬を、放火による炎が赤く照らしている。
「久しぶりです、イリヤさん……」
様、と付けるべきだっただろうか。もしかして人間の貴族の魔導師だったりするのだろうか?
彼女は不快な表情など浮かべず、優しい笑顔を見せた。そして、盗賊たちの放った火で燃え、暴れて壊された建物などに一通り目を配る。
「火が回っておりますね。現在の消火では間に合わないことでしょう」
「それは、確かに……」
木の建物ばかりで、予想以上に火の手が早いのは確かだ。火矢に加えて魔法による放火まで、賊どもは遊びのように火を点けまわってくれた。
「雲よ、綿々と広がり覆い尽くすまでになり、蒼天を閉じよ。
彼女が詠唱すると雲がわき出て、ぽつぽつと雨が降り始めた。だんだんと雨脚が強くなり、天を目指していた黒い煙の塔が勢いをなくしていく。火が、消えていくではないか!
すっかりくすぶるだけになった頃、雨もちょうどやんで空はスッキリと晴れ渡る。星々がチカチカと身を焦がして、再び存在を主張していた。
「魔法の力で雨が降るとは! ありがとうございます!」
戦闘に使うだけじゃない、こんな魔法もあったのか! 私が興奮気味にお礼を述べると、イリヤさんは照れくさそうに笑う。
「さて、そなたの話の番であるな。ボーティス?」
あんなに堂々としていたボーティスと呼ばれた悪魔が、ベリアルに呼ばれて肩をビクッとさせている。
私は、この悪魔が盗賊どもの魔法使いに召喚されたが、こちらを手伝ってくれたと証言する。
イリヤとベリアルは、守りの魔法が発動されたことを感知し、夜中にもかかわらず、来てくれたらしい。ついでにマンドラゴラを買い取りたいという。
「マンドラゴラですね。畑が無事だといいんですが……」
私と、先ほど私が逃げろと言った女性もやって来て、二人で案内する。畑は大部分がダメになっていた。踏み荒らされ、そして悪魔の土魔法による被害で……。
「……ボーティス。そなた、なんということをしてくれたのだ。我が契約者は、マンドラゴラを望んでおるというに! わざわざ来た意味がないわ!」
「そのような事情とはつゆ知らず、申し訳ありません……!」
せっかく助けてくれた悪魔ボーティスが、怒られている! そんなにマンドラゴラが欲しかったのか!? え、我々の命より大事なのか?
「ベリアル殿! 皆が無事ならいいではありませんか。どうせまだ、シーブ・イッサヒル・アメルも手に入らないのですし……」
「それなら、倉庫に少しあると思います。燃えていなければ、ですけど……」
一緒に来た女性が慌てて倉庫に走った。
この薬草は村の近くにある透明な美しい泉に自生しているが、絶やさないように少しずつ採取している為に、あまり量を用意できない。
私はその間に、無事なマンドラゴラを幾つか引き抜き、彼女に手渡した。野生じゃないマンドラゴラは、そんなに大きな声は出さない。
彼女は被害があったのに貰っていいのかと恐縮していたが、彼女達のおかげで助かったようなものなので、受け取ってもらった。
シーブ・イッサヒル・アメルも大した量ではなかったけれど、渡すことができた。大恩に報いるといえる程でもないのに、とても嬉しそうにしている。
「あ! この前のお姉ちゃん!!」
村の子供がやって来て、彼女に手を振る。盗賊から子供二人と女性一人を救ってくれたのも、彼女達だったのだ。しかし村がこんな状態では、お礼ももてなしも、できようハズがない……。
彼女は薬草を用意した女性のエルフと一緒に、再会を喜ぶ子供に連れられて離れてしまい、ここには悪魔二人と私一人になってしまった。逃げそこなったぞ。
「これは復興までに時間が掛かりそうであるな。ボーティス、そなたも手伝ってやれ」
「……は?」
突然の提案に、ボーティスは間の抜けた声を出した。ベリアルはお構いなしに続ける。
「そなたのせいでマンドラゴラを失ったのだ。再び栽培し、我らに届けよ」
「あの、そのようなことまでして頂かなくとも、マンドラゴラならお届けしますが……」
むしろ助けてもらったのだ、そこまで手伝ってもらうのも悪い。
「……ならば、どう償う?」
「いえっ! やはり乗り掛かった舟というやつでしょう、復興まで手伝うのが筋! さすがベリアル様、素晴らしい裁定です!」
不穏な声色になったベリアルに、ボーティスが肩を
しかし償う必要がどこにあるんだ? そもそもこの畑は、我らエルフ族の畑なのだが。
悪魔とはやはり思考が違うようだ。
ボーティスは結局、この村の復興を手助けしてくれることになった。契約をしないと悪魔は本来の力が出せないので、私と契約をした。
“一年間復興を手伝い、マンドラゴラとシーブ・イッサヒル・アメルを受け取る”という、ボーティスには何の旨みもない契約を……。しかもベリアルが見ているので、誤魔化しようも改定しようもない。
二人は翌日の昼頃ここを去り、エルフの村には一年限定ではあるが、悪魔が一人住み着いた。
ボーティスは戦闘よりも知識を得ることを好む悪魔で、マンドラゴラの栽培はわりと興味深そうに協力してくれている。そして意外と紳士的だったので、エルフの村にはすぐに馴染んだ。
彼が伯爵クラスの悪魔であることは後に聞いて、とても驚いたものだ。
では、あのベリアルは一体……!? とんでもない恐ろしい悪魔と契約している人間だ。
あの時、すぐに謝罪して良かった……。
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