第400話 王都へ

 足りない素材は買って揃え、セビリノとエリクサー作りをする。

 今回は十個作って、私が九、セビリノが八個のエリクサーを成功させた。素材がいいので、成功率が高い。

「さすが師匠、素晴らしい結果です! 勝ってしかるべき! 勝って然るべきですな!!!」

 セビリノの謎のヨイショもすごい。魔法付与大会で優勝した時は茫然自失だったのに、私に負けるととても嬉しそう。

 反応が逆じゃないかな。

 アイテム作製は勝ち負けだとは思わないものの、負けたと嬉しそうにされると微妙な気持ちになるわね。


「あとは依頼主に完成したと知らせないとね」

「では私が冒険者ギルドに伝言して参ります、一番弟子ですから」

「少し眠ってからでいいんじゃないの?」

 エリクサーは作製に二十四時間かかるのだ。定着を待つ間は仮眠が取れるけど、私はもう眠い。セビリノは元気ね。

「私が連絡して来ようか? リニと一緒に、ハヌの散歩をするついでに」

 完成近くになって地下工房へ来ていたエクヴァルが、任せてという。

 ついでならお願いしちゃおうかな。ハヌが最初に家に来た時は動きが緩慢で、外を散歩する感じでもなかった。それは単に寒くて動きが鈍っていただけであって、暖かくなったら大分ハヌも活動的になったわ。


「羨ましいですな。当初ハヌの動きは緩慢で散歩しないと考えたが、今はリニと競争しても勝つくらいに、短距離を早く走る」

「いつの間にハヌとリニちゃんが競走したの?」

 それをセビリノも見てたの? 私も呼んでくれればいいのに。

 普段あまり会話がないセビリノとリニだが、二人ともハヌを気に入っていて、ハヌを挟んだ交流を持っている。

「パッハーヌトカゲに関する報告書を師匠に提出するべく、余裕がある時にハヌの様子を見に行っています」

「私も誘って欲しい」

「ご冗談を。師匠に提出する記録を、師匠と一緒につけていては意味がありますまい」

 一緒に研究して、報告は国にすればいいのに!

 セビリノが褒められたくてする企みは、大抵褒めたくないことな気がする。


 眠くて思考がまとまらない。連絡はエクヴァルに頼んで、私はベッドで寝ることにした。

 リエトとルチアは次の日の朝、受け取りにやってきた。完成品を確認して大喜びだ。

「ありがとう、イリヤさん! 本当にこんなにすぐに、品質のいいものが手に入るなんて!」

「依頼人は王都にいるの。早速、届けるわね。代金はおいくら?」

「では私が受け取ります」

 頼まれたエリクサーは一つだが、予備にもう一つ、それから自分達用にも買ってくれた。セビリノがお金を受け取りながら、注意をする。

「知っていると思うが、エリクサーや回復薬も劣化する。あまり何年も持ち続けず、腕でも落として使うように」

 確かに身体の欠損があったら使うものだけど、“腕でも落として”は余計ですよ!


 リエトとルチアは苦笑いでエリクサーを受け取っていた。この足で王都へ向かうのだとか。気合いが入ってるわね。上手くAランクに推薦してもらえるといいな。

 二日後、イサシムの大樹の皆が村から戻り、エスメがハヌを迎えに来た。

「帰るわよハヌ」

「ハヌを送ってくるね」

「フシュー」

 リニとエクヴァルはイサシムの家までハヌを送り、ガルグイユ二体は塀の上に並んでそれを見送っていた。今日は大人しいわね。

 二人が帰ってきて夕飯で揃ったところで、予定を相談する。


「今度はエルフの村に用があるの。それから海で塩を買いたいから、以前行った海洋国家グルジスまで足を伸ばそうと思う」

「了解。王都にも寄っていく? 結果が気になるでしょう」

「そうね、会えるか分からないけど寄ってみようかしら」

「本当に落ち着きのない小娘よ」

 ベリアル。用事があるから出掛けるだけなんだもの。釈然としない気持ちで出掛ける準備をした。


 出発の日は、雲一つない快晴になった。風は時おりヒュウッと頬を駆け抜ける。逆風を進み、王都へ到着。

 王都は相変わらず賑わっていて、人や馬車が行き交っている。繁華街は高級なお店や、オシャレな飲食店も多い。空から降りて正門の列に並ぶ。並んでいたのは数人で、皆が慣れた様子だったので、私達もすぐに入れた。

 しかし、これだけ人がいる中で二人を探すのは難しそうね。せっかくだし、アウグスト公爵に挨拶だけでもしようかな。事前連絡をしていないから、会えなかったらお抱え魔導師のハンネス様にだけでも。


「リエト君とルチア嬢は私が捜してくるから、イリヤ嬢は買いものでもしていて。ベリアル殿と一緒にいてくれれば、リニが分かるから」

「分かったわ。でも無理しないでね、これだけ人が多いんだし」

「冒険者ギルドで尋ねてみるよ」

 なるほど、ギルドに寄っている可能性は高いわね!

「……行ってくるね。私達に任せて、イリヤは楽しんで、いてね」

 リニはエクヴァルと手を繋ぎ、笑顔で見上げて何か囁いている。

 私はなるべくギルドに近い場所を散策することにした。エルフと、バラハの先生に手土産を買おう。エルフってどんなものなら喜ぶのかしら。回復アイテムは作っていたし、素材はエルフの森で新鮮な薬草が揃うわね。

「ねえセビリノ、エルフの村に何を買って行ったらいいと思う?」

「そうですな……、回復アイテムは自分達で用意していましたし、素材も森で良いものが採取できますな」

 やっぱり同じ見解だわ。しまった、エクヴァルとリニがいるうちに聞けば良かった。リニの選ぶ手土産は、いつも本当に喜ばれるもの。


「そなたらはそれしかないのかね」

 ベリアルが呆れ顔で見下ろしている。

「ではベリアル殿は、どういう手土産がいいと思いますか?」

「宝石であろうな」

 即答だ。大体見当がついていた答えだわ。これも違うと思う。

「土産というより、献上品みたいですね」

「献上ではなく下賜かしである!」

 ムキになるわね。お店を眺めて、良さそうなものを探そう。あ、アンニカのお店があったわ。アンニカに聞いてみようっと。

 私は早速、二番弟子であるアンニカの魔法アイテムのお店を訪ねた。相変わらず女性客が多いが、冒険者らしき姿もチラホラと見受けられる。薬の効果が知れ渡ったかな。丁寧ないい仕事をするからね。


「ベリアル、また来たのか」

 短い黒い髪に紫の瞳をした堕天使、シェミハザだ。女性客の多くは彼目当てなのだ。

「悪いかね!」

「ベリアルさん? じゃあ、イリヤ先生もいらしてますよね」

「久しぶり、アンニカ。どんどん人気になるわね」

 落ち着いたピンクの髪の女性職人、アンニカ。転職して正解ね、お店は大成功だわ。


「繁盛しているな。うむ、修行の成果が表れている」

「セビリノ先輩もお久しぶりです! あれ、エクヴァルさんとリニちゃんは別ですか?」

「二人は冒険者ギルドへ向かった。実は師匠がエルフに買う土産を考えている。何が良いかアンニカの意見を聞きたい」

「そうですね……、とりあえず中へ」

 店の外にいる人が、アンニカさんの先生だって、と私達を噂していた。遠巻きに眺めているお客はシェミハザに任せて、店内へ入る。


「ひゃぁー!!! 美形お二人様とイリヤ大先生! お久しぶりです、ようこそ!」

 美形大好き店員は今日も絶好調。ん? イリヤ大先生?

「大先生?」

「そりゃアンニカさんの先生様ですから!」

 アンニカが聞き返すと、堂々と頷いた。何故かセビリノも同時に。急にシンクロするの、やめてくれないかな。

「なるほど、大先生」

「……イリヤ先生、こちらへどうぞ」

 アンニカに案内されて、奥へ移動した。美形大好き店員は残念そうにしながらも、ちゃんと接客していた。


「すみません、いつも騒がしくて」

「元気でいいじゃない。あの子もアイテムを作っているの?」

「はい。まだ簡単な薬だけですが、任せるようにしました。エルフのお土産の件ですけど……、森の奥に住んでいるから、塩なんてどうですか?」

 塩。なるほど、確かに手に入りにくそう! いいわね。

「そうよね、アムリタを作るのに必要だし」

「いえ、食用の、調味料としてです」

 即座に否定されてしまった。私が今所持しているのは薬にする為の塩。料理に使っても問題はない。ただ、量が欲しいだろうし、大きめの袋入りを買おうかな。


「ふはぁ! アンニカさーん、イケメン割引していいですかー!??」

 店員が勝手な割引をしようとしている。アンニカはため息をついた。

「ダメですよ、平等にね! ……先生すみません、様子を見てきます」

 アンニカはさっと立ち上がって、店舗部分へ顔を出す。主力商品は回復アイテムやハーブティー。陳列棚には空いている部分も多く、売れて減っていた。

「ちゃんと払うよ、いい商品だって噂だからな」

 お客が安くしてもらえると期待したら揉めそうだけど、ちゃんと正規の料金を支払う気になってくれているわ。それにしても、聞き覚えのある声ね。私は奥からこっそり覗いてみた。


 狭い店内には数人の女性客と、男性の二人組がいた。背が高く体格のいい冒険者と、淡い金髪と尖った耳で、エルフとの混血を感じさせる男性。

 Aランク冒険者、ノルディンとレンダールだわ。

 ちょうどいいわね、エルフの血が流れているレンダールなら、エルフの好みを把握しているに違いない。

 二人が代金を支払うのを待った。アンニカがしっかりと正規の料金を受け取り、美形大好き店員は応対をさせてもらえず、残念そうにしていた。


「ねえレンダール、相談に乗ってくれないかな?」

「……イリヤ、ここは君の関係のお店だったのか。相談なら幾らでも乗るよ」

「イリヤの関係者なら、薬も期待できそうだな!」

 二人は私を見ると破顔して、ポーションの瓶を布で包んで仕舞った。

 カウンター越しにエルフがどんな品を貰ったら喜ぶか、尋ねる。レンダールは眉根を寄せて、ああ、と小さく呟いた。しまった、彼とお母さんが困って頼った時に見捨てられた経緯から、エルフには悪印象だったんだっけ!


「……確か母が、人の作る絹織物は素晴らしい、と言っていた。絹や、肌触りのいい布は喜ばれる……と、思うよ」

「布ね、ありがとう。買ってみるわ」

 塩と布。買うものは決まった。

 ノルディンとレンダールは、依頼を受けているから、と去っていった。

 私はアンニカにお勧めのお店を教えてもらって、早速選びに行く。ベリアルも布を興味深そうに眺めている。バラハの先生には、塾の生徒用のお菓子にしよう。王都には美味しい甘味がたくさんあるわ。


 手土産を購入して喫茶店を探していると、エクヴァルとリニが私達を見つけて手を振った。笑顔だわ。どうやら会えたみたい……、見れば彼らの後ろに、二人ともいる。

「わざわざ来てもらったの?」

「それがねえ、うさんくさい事態になったよ」

「うさんくさい事態?」

 想定外のエクヴァルの返事に、思わず聞き返した。リエトとルチアは、微妙な表情をしていた。


「エリクサーは買い取ってもらえたし、効果もバッチリだったの。ただ……推薦はまだ出来ないって」

 ため息をつくルチア。約束を守ってもらえないんじゃ、ガッカリするのも当然だわ。

「エリクサーの入手が試験じゃなかったの?」

「僕らもそう思ったんだけどね……」

「思ったというより、故意に誤認させられたんだね」

 エクヴァルが含みのある言い回しをする。

 ただ勘違いしただけじゃないみたい。私達は喫茶店で詳しい事情を聞くことにした。パンケーキを食べながら。

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