第401話 公爵様にお願い!
喫茶店の角の席で、テーブルを囲んだ。メンバーは私とベリアル、セビリノ、エクヴァルとリニ、それからAランク冒険者のコンビ、リエトとルチア。
私の前には琥珀色の紅茶と、パンケーキが。バターがとろけて、シロップと混ざる。僅かな弾力がナイフを通して手に届き、シロップの染みたパンケーキを口にする。
暖かくて美味しい。
「エリクサーは、ちゃんと買ってもらえたんだ。効果も確かで、とても喜ばれた。……ただ、その貴族が“せっかくだから父の推薦状をもらおう、父と引き合わせるにはもっと実績が必要だ”と、後から言い出して」
「話をもらった時は、確かにエリクサーを用意したら推薦するって言ってくれたのよ。おかしいから、念の為に冒険者ギルドで本当に貴族なのか調べてもらったの」
ルチアはいったん止めて、コーヒーを口に含んだ。
「どうでした?」
「……ちゃんと本人が言ってた通り、貴族だったのよ。ヴォルフ・ロッシャーっていう、伯爵家の次男だって。もしかすると、ランクアップしたい冒険者につけこんで、自分の依頼を優先させて都合のいいように使おうとする人だったのかも。そういう人がいるって、誰かが話してたわ」
冒険者のランクアップも、色々あるのねえ。エリクサーで治療はできたものの、役に立ったかというと微妙な結果になってしまった。
「それだけじゃないんだ。父親に紹介するには、次はユニコーンの角を手に入れろって言うんだ! ユニコーンなんて今じゃなかなか姿を見ないのに!」
声を荒らげるリエト。せっかくエリクサーを手に入れたのに、難題を重ねられたのだ。
「ユニコーンの角なら、所持しております」
「「なんであるの!??」」
二人の声が揃った。だんだん声が大きくなっていることに気付き、二人は顔を向き合わせてから、周囲を軽く見渡した。
「先日アイテム交換で手に入れまして。ご入り用なら売りますが……」
「相変わらず意味が分からないわね、イリヤって。どうする、リエト? 入手してももっと難問を突き付けられるだけじゃないの?」
「うーん……」
リエトは黙ってしまった。ずるずる続けるより、別の支持者を探す方がいいのか、問題だわ。
「ねえ、エクヴァルはどう思う?」
「ん? 伯爵家の次男でしょ。当主や嫡子と比べると、信用は落ちるね。普通は男子のいない家に婿入りしたり、長男や他家、宮廷に仕えたり、騎士団入りしたりする」
エクヴァルも殿下に仕えてお仕事してるわね。ずっとここにいるけれども。
もしかすると、ヴォルフという貴族の推薦にあまり価値はないのかも?
「……国やどこかの家に仕えてそうではなかったわ」
顎に指を当てて、慎重に考えながらルチアが答える。
「話からすると、そのどれもしないで冒険者まがいの討伐ごっこでもして、本人か従者が大怪我を負ったんじゃないかな。普通なら身内を助けてくれた相手を、父である当主が支援しそうなものだよね。これ、父親との関係は良くないね。簡単には紹介してもらえないと思うし、信用のない息子からの紹介なんて、むしろ逆効果じゃない?」
「やっぱり手を引いた方がいいか……」
リエトがガックリと項垂れた。推薦してくれる支持者って、そんなに現れないのかしら。
思い返してみる。レナントにはあまりいなそうだな。
「無駄にしなくていいんじゃないかな? 仕事はしたんだし、ロッシャー伯爵に直接訴えた方が早いね」
「無理でしょ、伯爵よ?」
「イリヤ嬢、アウグスト公爵から頼んでもらおう」
なるほど、公爵家から言われたら、当主と面会できそうね!
「でもそれなら、公爵様に直接推薦してもらった方が早いんじゃないの?」
私が素朴な疑問をぶつけると、エクヴァルはうーん、とちょっと困った表情をした。
「……無理じゃないかな。アウグスト公爵からしたら、彼らは庇護している職人からエリクサーを買った客でしかないからね。依頼を完遂したのとは、わけが違うよ」
なるほど、確かにそうだわ。公爵からロッシャー伯爵に連絡を取ってもらうのが一番いいわね。
私達はリエトとルチアも連れて、アウグスト公爵の邸宅へ向かった。
敷地はガーデンパーティーが開けるくらいに広大で、飛んで塀を越えたくなるくらい長い。立派な門には門番が常駐しており、誰かと話していた。
「わあ……、大きなお屋敷……」
ポカンと口を開けるルチア。大人の女性なイメージの彼女には、珍しい表情だわ。
話していた人は、邸宅を振り返りながら去っていく。きっと、援助して欲しいというお願いに来ていたのね。
門番は私の顔を見るなり、門を開けて通してくれた。公爵お抱えの魔導師ハンネスと、侯爵級悪魔キメジェスが慌てて邸宅から出て、迎えてくれる。
「ベリアル様っ! お久しぶりです、どのようなご用件でしょうか」
「小娘の厄介事よ」
むむむっ。今回は私ではありません。
「……ねえ、公爵様のところの悪魔って、チェンカスラーでも一番爵位が高い、侯爵じゃなかった……?」
「しっ。イリヤさんについては、あまり深入りして知りすぎないようにした方がいいって、イヴェットさん達に念を押されてるだろ」
こそこそと会話をするルチアとリエト。ベリアルについて深く追及されても困るけど、なんだかなぁ。
アウグスト公爵は在宅で、案内された部屋で椅子に座ると間もなく姿を現し、本題に入った。エクヴァルから説明を聞きながら、体を傾けて片方の肘をソファーの肘置きにつけ、目を閉じる。
リエトとルチアは緊張してガチガチで、こくこくと頷いている。
「……なるほど、ロッシャー伯爵家の息子がそんなことを。ロッシャー伯爵は宮中伯として権勢を誇っているが、間違っても
「夢なんて見なくても、フェン公国のドラゴンの岩場に行けば、運が良ければ
「アレを運がいいとは言わないんじゃないかな……」
リエトが遠い目をしている。
以前ドラゴンの岩場で鱗取り競争をした時に、思い掛けずヨルムンガンドという上級ドラゴンと遭遇し、危険な思いをしたから致し方なしか。
「
「そうだな、伯爵に渡すものをわざわざ息子を介して遠回りする必要も無いだろう。請け負った」
ふむほむ、なるほど。これならユニコーンの角を望んでいるのが、本当に伯爵なのかも分かるわね! エクヴァルが上手く交渉を纏めたので、リニがエクヴァルの斜め後ろで誇らしそうにしている。
「……最初からイリヤさんが推薦されても良かったのでは?」
私達の会話を黙って聞いていたハンネスが、ぼそりと呟いた。
「え? 私は単なる魔法アイテム職人ですよ」
ちょっと呆れた視線が私に集まる。あれ?
推薦するの側にも実績とか功績とか、身分とかが必要では?
「師匠は世界最高の魔導師であらせられます。師匠が推薦されれば、ハヌでもSランク冒険者になれます」
「それもないでしょ、セビリノ君。両極端だねえ」
「全く、阿呆しかおらんのかね」
「え、まさか私も混じってますか?」
わざとらしくため息をつくベリアルに、エクヴァルが聞き返す。その様子に、公爵やハンネスがクスクスと小さく笑った。
「さすがベリアル様、鋭いツッコミですな!」
「お笑いなどやっておらんわ!!!」
即座に怒られて、謝罪するキメジェス。褒めたつもりだったのかな。キメジェスって、どうして余計な失言をするのかしら。
リニは迂闊に笑えないし、かといって地獄の侯爵を慰めるのおかしいので、どう反応していいのか分からずソワソワとしていた。
「で、イリヤさんはこれからどうする予定なのかな?」
室内の雰囲気が落ち着いてから、公爵が私に尋ねた。
「エルフの村に用事があるので寄って、その後は海まで行きます。塩も欲しいので」
「海か、変わった薬草でもあったらハンネスに買ってきてやってくれ。頼めるか?」
「はい。勿論です!」
珍しい薬草とか、見つかるといいな。
無事に話は済んだので、次の目的地へ。私とベリアルとセビリノはベランダから飛び立ち、エクヴァルとリニは王都の門の外からキュイに乗る。エルフの村で合流するのだ。
「助かったわ、このお礼は必ずするから!」
リエトとルチアがベランダで手を振っていた。 二人は伯爵と連絡が付くまで、この公爵邸に泊めてもらえる。公爵はなんだかんだで、人と交流するのが好きなのよね。
「無事にAランクに昇級してから、お願いしますね」
推薦をもらってランクアップの候補に挙がってからも、テストがあったり課題として依頼をこなしたりするらしい。
頑張って欲しい。
私達はエクヴァルより先にエルフの森に到着し、ユステュスの家を目指した。
ここには地獄の伯爵ボーティスがいるから、ベリアル襲来がすぐに分かる。肩までの青黒い髪を揺らして、走ってきた。紺色のコートが以前より薄汚れているような。
「ボーディス、小娘が彫金師に用がある。呼び出さぬか」
「は、はい!」
「こちらから行きますよ、案内してください」
仕事を頼みに来たのに、なんだか無駄に威張るわね。合流したユステュスと一緒に、先導してくれる。
到着したのは普通の家で、あまり広くもない。呼び掛けながら家の中に入った。
二つ目の扉を開けると、室内で机に向かっている男性の姿があった。机の真ん中に長細い引き出しが三段、左右に小さな引き出しが縦に五段並ぶ。
机の上には彫金用のハンマーやヤスリが転がっていて、彫るタガネという工具がフタを開けたケースにたくさん入っている。別の棚の上にはケースが重ねてあり、指輪やチェーンなどが仕舞われていた。
「おう、ユステュス。客か?」
「以前も彫金をお願いした、イリヤさんだ」
「っと、これは失礼! 恩人ではないですか」
エルフの村や住民を助けたりしたので、すっかり覚えてくれているわ。彫金も一度頼んだしね。
「実はまたお願いしたい図案がありまして」
「最優先でやらせて頂きます!」
セビリノと私の指輪を渡し、紙に書いたデザインを見せる。男性は真剣な眼差しで紙をじっと眺めた。
「……こりゃ、なかなか大層な品になるのでは?」
近くに他人がいるわけでないのに、男性は声を潜める。
「私達がこういう指輪を作っているのは、秘密にしてくださるようお願いします」
「心得ました。森で二、三日、心を落ち着けてから作業に入ります。必ずいいものになるようにしますから」
「完成が楽しみですな、師匠!」
セビリノもテンションが高い。宝石も預け、後は完成を待つだけ!
次に目指すのは、海洋国家グルジスね。
外に出ると、エルフの子供が広場に集まっていた。中心にはキュイが頭を低くしていて、子供がおっかなびっくり片手で撫で、笑顔になる。大人は数人、離れた場所から眺めているわ。
「だ、大丈夫だよ。キュイは……とっても大人しい、いい子なの……」
リニがキュイの首のところに寄り添って、エクヴァルが見守っていた。
キュイとの触れ合いコーナーだわ。でもそろそろ出発しないと。
「エクヴァル、リニちゃん、お待たせ。用が済んだわ。出掛けましょう」
「あ、……うん。イリヤ、キュイ大人気……だよ!」
「じゃ、皆。飛ぶから離れてね」
二人がキュイに乗る。子供達は名残惜しそうに後ろに下がった。
「また来てね、ワイバーンちゃんも!」
「きっと、来るね……!」
リニが手を振っているけど、キュイの背に乗って飛んでいるから、見えないだろうなあ。
ベリアルは退屈そうに飛んでいる。小悪魔の方が、やっぱり可愛くていいね。
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