第138話 摘発
二日後、冒険者ギルドに依頼したアイテム職人が素材を受け取りに来た。
すぐ家に帰り、ゾンビパウダーの作製を開始したらしい。どうやら受け渡しが近いらしく、間に合ったと喜んでいると連絡があった。
「受け渡し日が近いという事は、奴隷にする人材を最近連れてきているんじゃないかな?」
エクヴァルの言葉に、魔導師デリックが頷く。
「その可能性もあるな。壁があるわけでもないし、どこからでも町には入れるからな……」
ところどころ周りにちょっとした柵もあるけど、基本的にどこからでも出入り自由な感じだった。主要な町か明らかな危険がある場所でない限り、壁で囲んで門番が居てってまでには、なっていないんだよね。
とはいえこの町はそれなりに管理されているので、何度も連れて入ってくれば解ったろうから、周辺のほどほどの大きさの町に拠点を構えてるのには間違いなさそう。
魔導師のデリック・エルウッドとヴィクター・レミントン伯爵の兵がアイテム職人を監視し、動きだしたのを察知。町に警備兵としていつも巡回をしている兵たちも協力し、行き先を突き止める。
彼は町から出て少し離れた森へ行き、その近辺で受け渡しをするようだ。街道からそれた場所に行くのを、飛行魔法で上から確認して森の木に隠れる。伯爵の兵たちも、見つからないように少しずつ距離を詰め、小隊が森に隠れている。
しばらくして五人ほどの護衛と、二人の従業員を連れた男性がやって来た。
薬と対価を交換する、という時。
「現場を抑えたよ。抵抗は無意味だと知れ!!」
木の枝に立って見ていたデリックの言葉を合図に、森から左右に別れて取り囲むように、隠れていた兵が姿を現した。アイテム職人と顧客の奴隷商人は、狼狽して周囲を見回す。
「……バカな、これが知られたのか!?」
「金は弾む、しっかりと守れ!!!」
商人は護衛たちに檄を飛ばすが、人数的にもあちらが不利だろう。後は慎重に捕らえるだけ!
護衛の中には二人ほど魔法使いが居たようで、詠唱を開始する。
「
広域攻撃魔法だ。視界が悪くなるし、なかなかいい選択肢だと思う。
広がる兵に向かって唱え、商人たちは別の方向に逃げ出した。デリックが防御魔法を唱えて防いでいる。
効果範囲に入らなかった兵達が追ってくるのを、もう一人が炎の魔法で遮る。
何とか防いでいるけど、広域攻撃魔法まで使われるのは完全に予想外だったみたいで、後手に回ってしまっていた。
剣士に守られながら、奴隷商人とアイテム職人が戦いの様子を気にしつつ、慌てて離れて行く。これは逃がせない。さあ、どうでるか!
伯爵の兵も魔法で攻撃したが、防御魔法で防がれた。意外と連携の取れた人たちだ。森に潜んでいた兵が弓を番えて、足止めをしようとする。
「雲が降りるが如く、囁きが流れに乗るが如く、しじまに呑まれよ。小さき水の粒よ、煙霧となりて視界を白く染めよ。ラルジュ・ブルイヤール」
霧が発生して、視界を遮る魔法だ。弓の命中率は極端に低くなるし、兵からも商人達の場所がはっきりとは解らなくなる。逃げる気満々だ。
そうして追っ手をまいたかと思って前を向いた時に、ラピスラズリ色の紺の瞳をした伯爵級悪魔、ボーティスが地面から姿を現した。青黒い肩程までの髪に、紺色のコートを着用し白いズボンを穿いていて、地中を潜っていたのに全く汚れていない。
ボーティスは飛べない。地属性で飛べない代わりに、地面に潜ることが出来る。それこそ水の中を進むように。地上の様子は見えないけど、振動で誰かが歩いているとかは解るそうだ。地に潜れる者は悪魔でも少数で、特殊な能力らしい。
「な、なんだ!?前にも上空にも誰も居なかったはず、こんな、地面から湧いて出たような!!?」
突然目の前に現れた追っ手に、商人たちはかなりの動揺を見せた。
「……天の者共や、我々悪魔が嫌悪する行為を教えてやろう」
「あ、悪魔!?」
「それは、魂を汚すことっ! 人間の魂の欠損は、奥にある大いなる力までも損なう。なんとも無駄で愚かな所業!!」
直訳すると、勿体ないことをするな、要らないなら寄越せ。
昔は契約で魂をとる事もあったけど、最近はなくなった。わりと扱いが難しいので、面倒だとベリアルが言っていた。力は十分にあるし、そういう契約は天使と揉める原因にもなるから、昨今では
ボーティスが地面を蹴るとドンと彼の前が揺れて、逃げていた者達が転んだり膝をついたりした。
追い付いた数人の兵達が捕縛に入るが、魔法使いが膝をついたまま魔法を唱える。
「吐息よ固まり、
水属性の中級の魔法で、拳より一回りは小さい、氷の礫をぶつける魔法。
悪魔の側に逃げるのは断念し、別方向から来た追ってを強行突破する気になったらしい。既にボーディスから
追う伯爵の兵の内、魔法を使える者が防御を唱えているが少し遅く、展開される前に氷が迫った。当たってしまう、その時。
炎の壁が突如出来て、氷を全て溶かした。
「な、なんだこれ……!」
高く幅の広い壁を越える事は難しいだろう。
「これ以上のくだらぬあがきで我の気分を損ねるのならば、代償を貰おう」
私とベリアルは、少し離れた森の上から眺めていた。戦闘が始まって注意がそちらに集中してから、近づいて来ていたのだ。
自ら作った壁の前にベリアルが降り立つと、マントがふわりと揺れた。赤い髪とマントを靡かせて、燃え上がる炎の壁を背に立つベリアルは、恐ろしい悪魔に映るんだろう。
商人達が震えている。
ちなみにベリアルは反撃するなではなく、するならもっと派手にしろ、見ていてつまらぬと言っている。
すっかり戦意喪失の彼らを捕縛し、途中で待っていた馬車を呼んで、捕虜の収容所へと送った。以前の戦争時に使われていた建物で、現在は犯罪者などを仮に入れておく施設として使われている。
同じ建物内の来客室で待っていた私たちに、魔導師のデリックがゾンビパウダーのレシピを販売した男が解ったと教えに来てくれた。
足元までの長くて暗い色をしたローブを着て、目深にフードを被っていたため、顔などは解らない。宝石の埋め込まれた杖を持ち、わりと若そうな声の男性だったそうだ。魔法の研究が好きな魔導師で、非人道的な危険な実験も楽しんで行うという噂の、狂気じみた人物。
「奴隷が言う事を聞かないんだって?金さえ積めば、僕がい~い薬を教えてやるよ。一生従順になるぜ?」
そんな言い方で、どこからうわさを聞き付けたのか、自分から売り込みに来たらしい。
その人物は、他の犯罪が露見して、軍が何かの作戦に強制的に協力させたとか。作戦の際に捕虜となり、つい最近解放されて、報告だけして何処かへと去って行った。
その後の消息は不明。
聞いたことがある人物像だ。
「その人……、グロス・トゥルビヨン・ドゥ・ネージュや雷撃を使いませんか?」
「もしかして知っているのか!? 水属性の広域攻撃魔法や、雷撃を使うと証言があった!!」
「チェンカスラーの、防衛都市ザドル・トシェに攻撃してきた魔導師かと思います。遊びだと言い放ち、兵達を平気で殺そうとしておりました。国に対する忠誠心は、うかがえませんでしたが……」
もう解放されたんだよね。こんな事なら、もっと捕らえていてもらえば良かった……。危険な薬の作り方を売っているなんて、とんでもない人だ。
このニジェストニア国にはもういないだろうから、指名手配はするものの捜索は諦める事になった。それよりもまずはゾンビパウダーの被害者の救済だ。
エルウッド伯爵の兵が現在解っている被害者を開放する為に、奴隷の所有者の元へ一斉に踏み込んでいる。エクヴァルとリニ、セビリノもそちらに参加。ティ・ボナンジェが閉じ込められたツボを見つけるには、高位の魔導師や天使、悪魔が適役だから。
大体の者は壷が何だか解っていなかった。奴隷商人は、壷は奴隷に関するものだから見つからない場所に保管しておくように、とだけ説明。解毒剤については、この奴隷の為に必要な薬で、定期的に摂取する必要があると買わされていただけで、そこまで危険な薬物が使用されていたとは知らなかったという。様子がおかしい事には気付いていただろうけど。
壷はほとんどの者が素直に差し出した。それを被害者の奴隷の前で開ける。
名前を呼び、意識が戻ればもう大丈夫。戻らない人間は、魂の欠損が広がっているという事。
新しい奴隷は正気に返ったけど、十日以上経っている者は遅かったようだ。なるほど、十日が最初の生命線になるのね。貴重な資料になるわ。
解放された奴隷たちは、伯爵の館に運び込まれている。怪我人を治療して空きが出ていたから、良かった。依頼のあったエルフから先に、ネクタルを飲んでもらう。エルフは今のところ五人。
口端から少し零しつつも、なんとか飲んでもらえた。
「シルヴェストル、テオドル、エレオノーラ……」
ユステュスが五人の名前を呼び続けると、少しずつ目に正気が戻って来て、何度も呼び続けてようやく返事が返ってきた。
「……ユ…ステュス……」
「! 意識が戻ったか!? そうだ、私だ!」
ネクタルの効果があった! 三から五分ほどかかったけど、意識は戻った。
「これまでの事は、覚えていますか?」
「君は……? ここは、どこだ?連れて行かれて、何故か急に……寒くなっていって」
彼は数年前から行方不明になっていた。現在十八歳、十三歳からの記憶が曖昧らしい。なんとなく、とても寒く体がだるくて、畑にのろのろと歩いて行って作業をしていたような、そんな記憶はあるらしい。五年も経過している事にはかなり驚いた様子だった。
体も弱っていて、すぐにこの国を出立することは出来なそうだ。食事もまずはスープと茹でた野菜などの軽いものから。一晩寝たら逆に疲れが出たみたいで、起きられないと言っていた。
セビリノが体調などについて質問しながら、経過をつぶさに記録している。あとで写させてもらおう。
ネクタルは伯爵の所には二つだけしかなかった。
まずは弱っていそうな人に優先的に与える。まだ足りないし、これからも被害者が出てくるかも。
「ネクタルの材料はオプスト、モーリュ、ガオケレナ、エピアルティオン。どれも不足しますが、一番入手しづらいのはガオケレナですね」
前回使わせてもらった施設で滋養強壮の薬を作りながら、デリックに話しかけた。彼は薬草がゆを作っている。
ラインツフトヘーフェは王都で買えるし、レナントでも多くはないけど取り扱いがある。オプストも手に入りやすい。エピアルティオンとモーリュは採取場所を知ってるけど、もっと入手しておきたい。
「ならばワステント共和国の薬草市に探しに行きませんか?そろそろ開かれる時期です」
自分も行きたいから一緒に行こうと、デリックが提案してくれる。
「薬草市! とても面白そうですね。是非ご一緒したいです!」
「あ、お礼を……」
薬が出来たか確認に来ていたのだろう、話が途切れるのを待って、ユステュスが私に告げてきた。旅立つ相談をしていたから、ここに居る内に相談しようとしてくれたのかな。
お礼かあ。考えていなかった。ネクタルっていくら?
「そういえば、エルフの方々は皆、自分たちでなさるんですよね。もしかして、彫金職人の方もいらっしゃいますか?」
「私どもの里には一人、いますけど。趣味の域をでませんよ?」
「構いません。これをやって欲しいんです!」
アイテムボックスからファイルを取り出す。たくさん紙を挟んで重くなったファイルをドスンと作業台に置いた。
そこから数枚のデザイン画を取り出す。
魔術文字の刻まれた指輪、短剣、特殊な護符。
デリックは焦げないように粥を見つつ、こちらが気になる様子だった。
「これですか? ご希望に添えるか解りませんが、必ず作製いたします」
「お願いします!」
材質や使う宝石についても指定しちゃってあるけど、お願いしよう!エルフなら人間に漏れる事もないし、何より里単位で生活するから、広まる恐れもない! どんな秘密も任せて安心なんだわ。
危険なものを頼むわけじゃないんだけど。
他にはエルフの森の素材も分けてもらえることなった。お金は伯爵からアイテム製作の代金と、逮捕に協力した謝礼をもらえたし。
明日にはここを発ち、ワステント共和国に行くことになった。ぎりぎり間に合うくらいらしい。それは急いで行って、売り切れない内に買わないとね!
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