第137話 九つの薬草の呪文
デリック・エルウッドの計画はこうだ。
まず、冒険者ギルドで依頼されている素材を、当のアイテム職人に渡させる。
実際にゾンビパウダーを作らせて、薬の注文主に納品する所を押さえる。実物があれば言い逃れは出来ない。できればレシピを教えた人物まで辿り着きたいけれど、その後も接触している可能性は薄いし、尋問で聞きだしてみるしかない。
犯人を確保した後、ゾンビパウダーによって自由意思を奪われ奴隷にされた被害者は、違法奴隷として開放する。
もし持ち主が拒めば違法奴隷の不法所持で投獄できるので、渋々でも従うだろう。
被害者の回復方法は、この国の、少なくともここを収める伯爵の周辺の人物は知らないらしい。だから、解放して治療を施すまで、私たちにここに居て欲しいとお願いされた。
もちろんそのつもり!
ただ知識はあるけど、さすがにゾンビにされた人を回復させたことはないのよね。どの程度回復できるのか、未知数。やれることをやるしかない。
ネクタルの在庫確認をお願いしておいた。
「身柄の確保にも、必要であれば協力致しますので」
「いや、危険が伴いますから……」
「……我がおるのに、何が危険だと言うのかね?」
ベリアルが不満気に言うとデリックは彼をじっと見て、あっと口を開いた。
「彼は、悪魔でしたか!?」
「私が契約してる、ベリアル殿です」
「素晴らしい……! このように立派な悪魔の方とは初めてお会いします、実に堂々たる姿だ!」
険しい表情だったのに、急にとても笑顔になった。彼は悪魔が好きみたい。
夜も更けた頃、伯爵に報告する為に、彼は帰って行った。
あとは私達は待つだけで、デリックが罠を仕掛けるのね。
ゾンビパウダーを作っている魔法アイテム職人の住んでいる場所は大体解っているみたいで、その村に見張りを置くらしい。
日が明けると、ボーティスとユステュスはエルフが他に居ないか探しに出た。
エクヴァルは猫の姿のリニを連れて、冒険者ギルドのサロンで情報収集。セビリノはたまにエグドアルムの宮廷魔導師と知っている人がいるから、犯人の移動範囲に居る事が知られて警戒されないように、日中は少し離れた他の町まで被害者が居ないか探りに行っている。
私とベリアルはというと、領主の御屋敷に呼ばれている。
理由は、アイテム作り。
民と軍の衝突が散発しているこの国では、比較的平和なこの地方へ、逃げ出した人が流入している。しかも怪我人が多くて薬や魔法が必要なのに、国からは供出を求められ、国軍は暴動の鎮圧の為にこの地から引き上げてしまった。薬も人手も足りないけど、素材の在庫はまだあるという状況だ。
きちんと賃金を払うとまで言ってくれているし、作成を引き受けた。
領主の館に行ってみると、館の外にも怪我人がたくさん溢れている。
「あの、これは……?」
「イリヤ様ですか? この方たちは、治療を待たれている方々です。先日も大規模な衝突があり、治療が全く間に合いませんで……」
外は怪我の程度の浅い人、酷い人は館の中に緊急に治療室を作って、簡素なベッドに寝ているという。町にある治療所もいっぱいらしい。魔導師は私が会った彼と、もう数人いるけれど、あちこちで衝突があって人が運び込まれるため、回復魔法でも間に合わないとか。
「私が広域回復魔法を唱えましょう。その方が早いでしょう」
「広域……? 広域を使えるのですか!? それは助かります、国には使い手がおりますが、ここにはいないのです!」
「……毒を受けている方も見受けられますね。皆、外に出られますか?ここで使います」
私の話を聞いた執事の男性が館の主である伯爵に伝え、伯爵は皆を動員して中にいる怪我人を外へと移動させてくれた。どうしても動かせそうにない者は、伯爵に仕える魔導師が回復させる。人数さえ減れば問題ないみたい。毒はここに来る途中、魔物の襲撃を受けて侵されたんだとか。
さて私も、アスクレピオスの杖を装備。伯爵にご挨拶して治療を開始しよう。
「貴女がデリックの代わりに来て下さった方でしたか。私は当主のヴィクター・レミントン。よろしく頼みますよ」
壮年のレミントン伯爵は、背は高くないけど武人らしい体格をしている。ここはワステント共和国との境も近いし、守備に当たっているって所かな。現在ではワステントとの戦争は、ほとんどないけど。あるのはチェンカスラーに、この国が攻めようとするくらいで……。
「イリヤと申します。微力なれど、お力になれればと存じます。こちらは私の護衛をして下さる、ベリアル殿です」
「デリックが言っていた悪魔ですな。いやあ立派だ、さすがにあの悪魔びいきが興奮していただけある」
赤い髪と瞳で、紅いマントを翻すベリアルを、つま先から頭まで興味深そうに見ている。黒い軍服に黒いブーツ、ルビーやエメラルドなどの宝石で飾った派手な姿。
「下らぬことは良い。さっさと回復魔法を使わんか」
「あ、はい」
女性に褒められる方が嬉しいみたい。それとも何か、別の意図を感じてるのかな?
「慶祝の慈雨よ、頭上より注ぎたまえ。光の粒、天に七色の虹を掛けよ。乾いた大地を潤し、万象の傷を癒したまえ。水たまりよ、雲の波路に覗きし碧空をとらえ、白き光を讃えよ。ヒーリング・レイン」
銀に輝く細かい雨粒が、パラパラと広範囲に降り注ぐ。この魔法は外でしか使えず、少し濡れるけど毒も癒せる。ただ、回復の効果は他の広域回復魔法より薄いかな。
とはいえ私は水属性が得意だから、バッチリな筈よ!
突然の霧雨に天を見上げた人たち、全てが範囲に入った。空にはぼんやりと七色の虹が浮かび、ほのかに光る。これは効果が最大限に引き出された証拠。魔力が足りなかったりすると、虹は浮かばない。
虹を指さしていた人が、腕の傷が消えているのに気付いて、周囲と喜色を浮かべて確かめ合っている。
「これは……、効果が広い上に高い! いやはや素晴らしい魔法を使われる……!」
伯爵も喜んでくれたみたい。
「重傷の方の完治には及ばないでしょう。こちらは他の方にお任せしてよろしいでしょうか?回復アイテムの作成をいたします。工房へ案内して下さい、レミントン伯爵」
「休まれなくて宜しいのですかな?」
気を使ってくれているけど、時間は限られているからね。
「マナポーションがありますので、問題ありません」
「それならば我が家の常備品をお使いください」
執事の人が近くにいる使用人に命じて、取りに行かせた。マナポーションも不足しているんだろうし、自分の物を使いたいけど、折角だからご厚意に甘える事にしよう。
伯爵邸の隣に建つ魔法実験施設に、工房がある。りっぱな設備で、石で出来たかまどやしっかりした棚、保存用の部屋まであった。少し離して五つ並んだかまどには簡易的な区切りがあり、魔法が影響しあわないようにされていた。もちろん蒸留器に大きな釜、水を入れた甕もある。
現在は二人ほど作業をしていて、釜は三つ空いている。
まずは中級のポーション。なんだかんだで一番よく使う。
引き出しがたくさんついた棚に、ラベルが貼ってあって薬草の名前を記してある。乾燥した薬草がかなりの種類用意されているんだけど、さすがにポーション類や傷薬の材料はだいぶ減っている。
水をいっぱい入れた甕をベリアルに運んでもらって用意をしていると、一緒に来ていた伯爵が少し困った表情をした。
「あまり一度に作られると、失敗したり効果が下がってしまわんかな?薬草も消耗が激しい、無駄にせずなるべく効果を上げる様に頼みたい」
「解りました、では効果を強めましょう」
確かに薬草は無駄にできない。なので、効果アップの為の魔法の粉! ドラゴンティアスを使う。今ならたくさん持っているのだ。
水の浄化をしたあとは、カノコソウ、シャリュモー、イタドリの若芽、ブスクラコ、サリチフォリアなどの材料を入れる。ドラゴンティアスはしっかり煮立てて、一時間くらいしてからがいいかな。最後は濾して瓶に移す。
通常の中級ポーションには、スクラオト、シャリュモー、オローヌ、カノコソウ、レモン草などの内、三種から四種類を使う。
レモン草とスクラオトは初級のポーションの材料としても使えるため、消費が激しいので今回は使わない。代替品を使用して、計五種類の薬草で作った。薬草も輸入に頼る事が多いエグドアルム王国では、通常の材料が手に入らない時の為の、代替品の研究が盛んなのうまくいけば、エグドアルムで採れる素材に切り替えたりもできるし。
次は痛みと毒に効果がある、軟膏を作る。九つの薬草の呪文という、特殊な詠唱を必要とする薬だ。
マッグウィルト、アトルラーゼ、スチューン、ウァイブラード、マイズ、スティゼ、ウェルグル、フィレ、フイヌル。この九つの薬草を粉にして、リンゴの果汁と混ぜて水で練って煮立て、更に卵も入れて軟膏を作る。
「黄昏に忍び寄るは悪意なり。九つなる栄光の枝を取り、九つに砕け散りぬ。毒を持つ蛇を遠ざけたまえ、汗は玉となって流れ、痛みを流せ」
この薬を作るための特別な呪文を唱える。出来上がった薬を伯爵が覗き込み、指で少しすくって目の近くに持って行き、眺めている。
「中級のポーションの処方が違っているし、この軟膏は初めて見る薬だ。これはどういった……?」
「中級ポーションは、減っている薬草を使わないようにして代替品を使用致しました。こちらは私の出身であるエグドアルム王国で作られている軟膏で、怪我と毒の治療に効果を発揮致します」
特に秘密というわけでもないけれど、知名度は高くないらしい。大陸の北の方で良く作られる薬だ。
私の説明を聞いた伯爵はたいそう喜んでくれて、満面の笑顔だ。
「素晴らしい知識だ! どうだろう、我が家に専属で仕える気はないか?」
勧誘されました。こういう時に出すんだよね?
エグドアルムで殿下にもらった勲章を取り出し、
「エグドアルムの外部顧問とのお役目を頂きましたので、他国には仕えられないんです」
とまあ、こう、断ればいいのよね。
一緒に来ていた執事や、一息ついてこちらを見ていた職人さんがあっと声を上げた。
「それは、エグドアルムが宮廷に仕える者達の輔佐や指導役として、国と契約した人物に与える勲章では!?」
……輔佐はともかく、指導役として?
他の国に仕えなければ、いくらでも支援するよとは言ってたけど……、確かに顧問って、指導とかそういう意味になる。思い返してみれば、“アーレンスをよろしく”とも言われていた。ああ、深く考えていなかった! 殿下って事は、エクヴァルの上司なのに!
伯爵はすぐに諦めてくれて、出来上がった薬を大事に棚に並べた。
あとで分析でもすれば、あの粉がドラゴンティアスだったって解るよね。どんな反応をするのか、ちょっと楽しみ。
これで終了、報酬をもらってみんなと合流する。
なるほどエクヴァルが、勧誘されたら殿下に頂いた勲章を見せて断ってと、わざわざ言っていたわけだ。
「アレは、そなたをエグドアルムという国が抑えておるという事と、国の技術力を示す為に言わせておるのだよ」
ベリアルが全部終わってから教えてくれた。私の周りは、こういう些細な意地悪をする人ばっかり!
★★★★★★★★★★
九つの薬草の呪文について
ゲルマンの民間伝承から。薬草や呪文は、ウィキペディアに書いてあるよ!呪文は変えてあるけど、薬草そのままです。
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