第111話 エクヴァル君と皇太子殿下(殿下の視点)

 エクヴァル・クロアス・カールスロアという、私の側近の一人が久方ぶりに帰国した。任務が一段落着いたので、報告の為だ。


 しかし先に戻ったエンカルナの話では、護衛対象に首ったけで何か秘密にしているらしい。あのエクヴァルが、護衛対象に特別な感情を持つ……?

 にわかには信じられないが、確かに親衛隊を辞すなど彼らしくない発言があった。私の為に命をかけると誓い、任務に失敗した時に自害しようとまでした彼だったのに。

 私は一度の失敗で命を奪うような、狭量な男ではないつもりなのだよ?

 早速彼との謁見だ。連絡を受けていたので、既に準備は整っている。さて、どうでてくるのか。

 


「できれば、君とアーレンスに戻ってもらいたい。護衛が必要ならば、代わりの者を行かせる」

「……殿下。それにつきましては、報告がございます」

 やはり簡単には頷かなそうだ。その秘密、とやらが明かされるのだろうな。事前に誰にも聞かれないよう、完全に人払いして欲しいと頼まれているし。


「“アルベド”というものをご存知でしょうか?」

「不完全な賢者の石、だろう? はるか昔、完全な賢者の石が作製されたと言われている。しかし詳しい作り方も残っておらず、文献によって製作過程が違う、本当に完成できるかすら解らない技術だ。我が国は魔法を第一義に、魔法アイテム作製にも力を入れているが、さすがにそんな当てのないものは度外視しているよ。他国でもそこまですら完成させたとは聞かない。まあ、黙っているだけかも知れないけれど……」

 突然そんな幻のアイテムの話を切り出すなど、どういうつもりだろう。彼はひざまずいて頭も上げない。顔色を読まれたくないのかな。


「……彼女は、そのアルべドという白い石の作製に成功しております。まだ小さな欠片を数個、という状態ですが……」

「まさか! そんな偉業を成し遂げて、誰にも告げていないとでも……!? いやそもそも、それは本当にアルべドなのか? 誰も見たこともないアイテムを、どうやって判別したというんだ?」

「セビリノ・オーサ・アーレンスが、これはアルべドだと明言致しました。そして、共にマグヌス・オプスを完成させたいと……。私はこちらは詳しくないので、それが何を指す単語かは解りませんが。彼女はアーレンスと賢者の石の研究を続けたい、と申しておりました」


 戸惑う私に、淡々と告げられる。

 我が国きっての魔導師、鬼才セビリノ・オーサ・アーレンスが認めたというのか……? 彼は確かに魔法にも、魔法道具にも造詣が深い。

 マグヌス・オプスとはその白い石を、赤い完全な賢者の石にする作業。

 本当の最終段階だ……!

 そこまで研究を進めているのか……? どの国の機関よりも先んじている。

 エクヴァルめ、言葉の意味を調べなかったのはわざとだな。知らない単語を使い、彼女の言葉だという信ぴょう性を高めようしているのか。そしてこの単語が、錬金術の重要な事柄を意味するとだけは気付いている。

 私を試しているな……、いやらしいヤツだ。


「それが本当なら、アーレンスを呼び戻すのは得策ではない……。賢者の石の完成は、各国の悲願だし。全く……、これが報告されれば自分も呼び戻されないと思っているのだろう」

「アーレンスも喰わせものですな。私にアルべドを見せるとは……。魔導師長の件が片付いても、彼女がこちらで研究をするわけではないなら、アーレンスを止めるべきではないでしょう。……そして私も、彼女の護衛を続けたいのです」

「……秘密を知る者を増やせないからね……。もし知られれば、どの国からも破格の好待遇で迎えられるだろう。彼女の争奪戦になる」

 参ったな。これでは呼び戻しなどできない。完敗だ。

 戻って欲しい私の気持ちも、汲んで欲しいものだ……。


「国へ仕えることは望んでいないでしょうが、彼女が求めるどんな条件でも飲む、と引き抜きが後を絶たなくなりますな。ですから、先手を打って抑えておかれる方が宜しいかと」

 エクヴァルも、国の利益についても考えてはいるらしい。

「……それが最良だろう。君は、引き続きこの事実が知られないよう、警戒して。くれぐれも、彼女からの信頼を揺るがせないよう」

「……はっ!」

 待ってましたと言わんばかりの返事だ。アーレンスを食わせものだと表現しながら、エクヴァルだって相当じゃないか。


「君は彼女が好きなのかい?」

「……そうなんでしょうねえ」

「エンカルナから聞いたよ、色々と説明していないようだね? 私は君を罰したくない、継続するならちゃんと手綱を握るようにしてもらわないと」

 ため息交じりの私に、エクヴァルは曖昧に笑ってみせた。

「……彼女は私にとってまぶしく遠い、太陽のような女です。無慈悲なくらいで、ちょうどいいんですよ」

 無慈悲って……、どんな女性なんだ、イリヤさんというのは。

「やっぱり君って、振り回されるのが好きなタイプ?」

「……そうなんですかねええぇ……!」

 あ、頭を抱えた。少しは自覚があるらしい。


 これ以上は揺るがしようがないな。堅苦しい話は終わりにして、チェンカスラーでの生活などを聞いてみる。わりと色々な火種がくすぶっているようだが、彼なら上手く立ち回るだろう。

 それにしても……楽しみ過ぎてないか?

 エクヴァルめ。いずれ私も、抜き打ちで訪れてやろう。


 エクヴァルが退出した後、私は侍従に告げて城の外へ出た。ある女性と接触するためだ。

 斥候に所在を確認してもらっていたので、真っ直ぐそちらに向かう。公園にあるベンチに、ちょうど座っているところだった。

「こんにちは。君がイリヤという女性? 私はエクヴァルの友人、トビアス」

「エクヴァルの! イリヤと申します、お初にお目に掛かります」

 すぐさま立ち上がって、挨拶を返してくる。さすが元々宮廷に仕えていただけあって、キレイなお辞儀だ。

「……ずいぶんと物々しい友であるな」

 しまった、護衛が隠れているのを見抜かれている。さすがに爵位のある悪魔だ。


「彼らを連れないと、自由に歩かせてもらえないんだ。以前もいて逃げたら、外出禁止にされた」

「エクヴァルの友だけあって、胡散臭い男であるな。用を端的に申せ」

 どうも不信感を抱かれているらしい……。護衛が付くのは仕方ないんだよ。

 居場所を確認させていたのも、気付かれていたか? そもそもエクヴァルが、この悪魔に不審に思われているんじゃないか?


「イリヤさんに、これを差し上げたくてね」

 宮廷魔導師の物に似た、プラチナの勲章。

 前置きは抜きにして、すぐに本題に取り掛かる。

「これは……? どうして私に頂けるのでしょうか?」

「これはね、宮廷の外部顧問に送るもの。国を離れてもエグドアルムに関係ある者だと解るようにね」

 この言葉を聞いて、彼女は表情を曇らせた。宮廷魔導師見習いだった者が死亡したと偽装してまで国を出ているのだ、不安になるのも当然か。

「……恐縮ですが、こちらは受け取れません。私はもう、国を離れた身でございます」


「心配しないで、仕事をさせようというわけじゃないんだ。禁書庫まで見た君を他国に召し上げられるわけにはいかないから、そういう時にこれを出して断って欲しい。かわりに、何か研究するならば支援は惜しまないから」

 彼女はまだ戸惑っているようだが、後ろにいる悪魔は全て理解したようだ。エクヴァルが報告していた通り、一筋縄ではいかないな……!

 しかし賢者の石などと、明言するわけにもいかない。たとえ侍従にでも、聞かれたくない。


「貰っておけば良い。虫よけになろう」

「ベリアル殿。……他の国に仕えなければいいんですか?」

 戸惑っていた彼女だが、悪魔の言葉で前向きに考えてくれたようだ。

 しかし勲章を虫よけとは、言ってくれるな。虫とは、他国の面倒な勧誘や干渉を指しているのだろう。これから先、彼女の才能に気付き、接触してくる国があるだろうから。

 我々も危惧しているところだ。

「そう。それとアーレンスがまたそちらに行くから、色々と指導してあげて欲しい。彼から君について色々と聞いているよ」

「……セビリノ……、恥ずかしいなあ、もう!」


 そんな無慈悲な女性には見えないけど? 魔法以外には、ちょうどよくうといようだ。簡単に話がまとまりそうで助かる。

 勿論、彼女に不利な条件では無い筈だ。今度こそ見限られるわけにはいかない。あの魔導師長さえいなければ、この才能を我が国でしっかりと抱え込めたのに……!

「もめごとに巻き込まれたら、エクヴァルに全部回してくれていいから。積極的に困らせてあげて」

「……え?」

「ははは、そのくらい頼りになるよって、ことだよ。」

 そうすれば全てこちらにも報告されるし。あの策略家を思う存分、振り回してやって欲しい。


「そうですね、上級ドラゴンでも一緒に戦ってくださいますものね」

「……アイテム職人って、ドラゴンと戦う仕事……あったかな?」

「ドラゴンティアスを必要と致しますので」

「そ、そうだね、……そう。」

 彼女、ドラゴンティアスを自前で用意するのか!? そんなのはアーレンスだけだと……、あ! アーレンスの師匠か……!

 想像していたより、彼女の護衛は危険度が高い。護衛を上級ドラゴンと戦わせるのか。確かに無慈悲だ。

 エクヴァルにはちょうど良さそうじゃないか……。


 彼女の笑顔は、無邪気過ぎてとても不安だ……。

 次にくるチェンカスラーからの報告は、エクヴァルの死亡通知じゃないだろうな。

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