第110話 エグドアルムへ里帰り
「ひとまずエグドアルムへ帰って、殿下に直接報告に上がってくるよ」
皆で夕飯を食べていると、エクヴァルがフォークを置いて告げた。
「そうですね。ルシフェル様が戻られ、チェンカスラー王国での賠償も済んでいます。私も共に戻ります」
セビリノも帰るみたい。
そういえば、魔導師長がいなくなったんだし、宮廷魔導師の組織もだいぶ風通しが良くなったらしい。
「……私も帰って家族に顔を見せたいけど、……やっぱりダメかなあ?」
死んだことにして国を出て来ちゃったんだよね……。
「大丈夫でしょ! 一緒に帰ろう、もう危険はないし!」
「師が国を出ざるを得なかったことは、国側の落ち度です。元凶はもうおりません、憂いなく帰郷できましょう!!」
二人とも私が行くことに乗り気になってくれて、ちょっとホッとした。虫が良すぎるかと不安だったわ。
「我がおる。そなたは望むままに振る舞うが良い」
ベリアルも賛成だ。ただし彼の場合は、何かあったら皆殺しという選択肢が含まれているので、注意しないといけない。殺すには私の同意が必要になる契約だけど、相手側からの攻撃があれば別なので、攻撃するよう仕向ける恐れすらある。
その辺がやっぱり悪魔なのよね。
皆でいったん帰国することに決定。
しばらく家を空けるので、知り合いに挨拶をしてから出発した。
遠いから、途中の国で一泊する。
自由国家スピノン。
この国では商業ギルドで登録料を払って登録証をもらえば、どの都市に行っても場所代だけで
貴族と平民が同じ法律で裁かれるところも、他の国と違う。あと差別的発言が酷いと、他者の権利を害すると逮捕される場合もあるらしい。こういう国は珍しい。
国は国民を守るが縛りはしない、という理想を掲げている国。
今回はエクヴァルの使い魔リニも一緒なので、宿では同じ部屋。旅の間は地獄へ帰す約束になっていたらしいんだけど、無理を言って同行してもらった。女の子も一緒がいい!
リニが珍しいものを目にするたびに紫の瞳を輝かせて、エクヴァルの服を引っ張ってアレは何と控えめに聞くのが可愛い。しっぽがいつもより揺れてる気がする。感情で動くのかしら?
召喚術も盛んな国で、人間以外の種族も町に多く見受けられる。
二本足で立った大きな猫のような猫人族や、虎っぽいたてがみと顔の虎人族、ドワーフもいる。上半身が人、下半身が馬のケンタウロスまで見つけた! 差別を禁止しているから獣人も住みやすいのね、きっと。
召喚された獣は名札のようなタグを付けていて、大型でも入っていいみたい。
ベリアルに関しては入り口で色々尋ねられたけど、爵位については有無だけでそれ以上は聞かれず、すごいとやたら褒められた。
冒険者ギルドの建物の隣に、召喚術師組合がある。これは初めて見た。セビリノ達がこの組織を視察したくて、この国に寄りたいと主張したのよね。私もとても気になるわ。
中には広い受付があり、冒険者ギルドと繋がっていて、反対側にはイスとテーブルが置かれている。やはり何か交渉したり、情報交換をする為のものらしい。
「いらっしゃいませ!」
受付にいる女性が元気に声を掛けてくる。
「ひゃあっ!」
近くからは何故か悲鳴。リニと同じくらいの大きさの小悪魔が、一目散に受付の裏側へ逃げて行った。
「ど、どうしたの!??」
受付の女性が契約者だったんだろう。彼の様子に驚いて宥めてから、こちらに顔を向け、ベリアルに目を留める。
ベリアルを恐れたんだよね……! 挨拶するのが正しい反応だと思うけど、反射的に逃げちゃったんだろうな。
「すみません、ベリアル殿は怖くないんで! 大丈夫です」
「……怖くないと言われるのも、
「小悪魔を脅してどうするんですかっ!」
とにかく窓際の椅子に座って、待っていてと追い払った。近付くとまた怯えそうだし。
「すみません、魅惑的な方。しかし心配は不要です、彼は非常に理知的な悪魔ですので」
「はあ……?」
エクヴァルは女性を褒めた。しかし女性は混乱している!
「我々はエグドアルムの者なのだが、宜しければこの召喚術師組合がどういった役割をする組織か、ご説明頂きたい」
こんな状況を目の当たりにしても、やはりセビリノはマイペース。
それが逆に冷静になれたみたいで、受付の女性はハッとして辺りを見回した。
「それは……、あ、組合長!」
奥にいる年配で短い髪をしたローブ姿の女性を見つけると、声を張って呼んだ。ここの組合長は女性なのね。
「何事?」
「こちらにいらっしゃるエグドアルムの方々が、組合について説明してほしいとのことなんですが…」
「エグドアルム王国の方が、我が組合に興味を? それは嬉しいわね。どうぞ、こちらの応接室にいらしてください」
「あ、じゃあベリアル殿も……」
頬杖をついているベリアルは、面倒だと言いたげだ。
あまり長く待たせると機嫌が悪くなるだろうし、好きにしていてと伝えた。町に繰り出すのも、狩りに出るのも良し。
私とセビリノと、エクヴァルとリニがソファに座ると、女性のギルド長は堂々とした物腰で説明をしてくれる。
「わが国では召喚術師を登録制にして、管理しています。危険な召喚を避ける為に。なにせ二十年近く昔、隣国で地獄の王を喚び出して召喚実験塔が破壊されましたからね。死傷者もかなり出たようでした。燃える様な赤い悪魔だったそうです。」
……ああ多分それ、犯人知ってます……。
「召喚術の講義を行い、契約の仕方や注意事項などを広め、家事妖精や小悪魔との契約を支援します。人型についての説明など、隣の施設で授業や実践も行います。人型についてはご存知ですよね?」
「はい、人に化ける種族と、人と同じ姿を本性として持つ種族です」
人型には二種類ある。
まずは狐やムジナみたいに、人に化けるもの。危険なものだと、人に化ける食人種の魔物もいる。それらは身近な人間に化けたり、好きに姿を変えられる。
もちろん、化け術の技術にもよるのだけど。特に長く生きて魔力の高い狐は、化けているのか人間なのか、見分けが難しい。
そして悪魔や天使に代表される、人と同じ姿を持つ者。これは化けているわけではないので、違う人の姿にはなれない。小悪魔でも貴族の悪魔でも、獣の姿など、別の姿を持つ者もいる。しかし彼らの“人型”は根本的に化けるものと違い、本来の姿、というべきもの。
人の姿は、神の似姿。神とは完全なるもの。つまり本来の姿が人の姿に近い方が、完全な姿に近いということになる。
なので、小悪魔はリニみたいに角があったり尻尾があったり、人とは違う姿になる。隠す能力がある小悪魔もいるみたい。
だから猫人族や羊人族なんかの人と動物が合わさったような姿の者より、人間が優れていると言う人もいるけど、それはまた違う気がするのよね。
竜神族のキングゥは神族なので、人と見分けがつかないあの姿は、神としての姿。彼らの竜の姿は戦闘用。竜で現れたら、人間は逃げることも適わないくらいだと思う。
ちなみに、普段一般的に言われる“神”は、造物主という、無からの創造の能力を有する神のこと。キングゥとかは出来ない。
「施設での危険への対策は?」
セビリノが質問すると、組合長はよくぞ聞いてくれたとばかりに、笑顔で頷いた。
「係りの者が必ず付くようにしていて、初めから床に魔法円と座標を書いてあります。魔法円は召喚術師ならば自ら紙や板に書いて使いますし、座標はその都度、書き記すものです。しかし自分で書けずちゃんとした知識がなければ、自宅で召喚は出来ません。利用時間を短めにし、書き写しも禁止しています」
なるほど、それなら確かに危険が減るわ。小悪魔のつもりが爵位のある悪魔とか、ごくたまにあるのよね。ろくに召喚も知らない人間が怒らせたりしたら、大変な事態になる。
「上位の存在を召喚する方々については、登録して頂いておりますので、もし何かあった場合に連絡し、解決に助力してもらう約束になっています。ただしむやみに召喚をして危険に晒した者は召喚資格をはく奪し、国外追放などの処置もありますよ」
丁寧な支援と、断固たる処分。なるほど、これで管理するわけね!
「差し支えありませんでしたら、召喚施設の見学をさせて頂けませんでしょうか?私たちは皆、召喚術の知識があります。お邪魔は致しません」
私が頼んでみると、組合長は二つ返事で了解してくれた。
「ぜひご覧ください!」
組合長に連れられて裏手にある施設に入る。
三階建てで、一階は受付や集会室、二階が講義室、三階は学習室や書庫があり、入室資格のある人のみしか行かれない。そして召喚室は地下。
ちょうど召喚が行われていて、小悪魔を呼び出していた。荷物持ちにしたいんだって。わりとそういう仕事を小悪魔に任せる人が多い。妖精だと重い物は持てないし、天使は下位でも荷物持ちなんて、なかなかしてくれない。
小悪魔は収入を得て上納したいから、ちょっとした仕事でも引き受けてくれやすいよ。
座標も
やり方は、ただしい……。
「組合長!! あの魔法円……、大事な文字が消えかけてます! あれでは防御の役割が果たしきれませんよ」
「なんですって!? ……本当だわ、誰も確認しなかったの……!!?」
床は文字が消えやすいのよね。歩くと擦れちゃうし。
確認は大事なのに、毎日のことで疎かになってしまっていたんだろう。よりにもよって、神聖なる神の名であるテトラグラマトンの文字の一部が消えかけるなんて。
喚ばれた小悪魔は、魔法円の壁が薄いと気付いたようだ。
指導員がどの程度戦えるのか……、どうも施設長の狼狽した様子だと、あまり戦えない人なのね。
「失礼します!」
こうしてはいられないので、ドアを開けた。通常召喚が行われている時は、扉は開けない。守られているのは召喚円の中だけだし。
今回に至っては、その中すらも守られていないんだけど。
「何をしているんだ、君達!??」
指導員は怒鳴りながらこちらを振り向た。しかし、召喚円の欠損には気付いていない様子。
壁を厚くする為の詠唱を唱えていたので、薄いとだけは解っているみたいね。
召喚した人物に向かって、走り始めた小悪魔。
背が男性の腰より少し高いくらいしかなく、緑っぽい肌に尖った耳と牙、鋭い爪。この子、荷物持ちじゃなくて狩りを得意とするタイプの小悪魔だわ……! 色々違いすぎる!
組合長も把握したようで、杖をかざして何か魔法を唱えようとしている。
「ここは私の出番かな!」
エクヴァルが魔法円よりも前に躍り出て、小悪魔の攻撃を受け止めた。爪と鉄の剣がぶつかる音が何度か響いて、小悪魔はヒュッと後ろに飛んで距離を空けた。
「ギェギェ……、腕の立つ人間だな。だが俺は荷物持ちなどせんからな、バカにしやがって……」
「いやいや、普通に仕事の依頼のつもりらしいよ。召喚円の欠損には、彼らは気付いてないみたいだね」
「欠損!?」
召喚師と、指導員が足元を確認する。少ししてやっと消えかけた文字に気付いて、目を丸くしていた。
エクヴァルの使い魔のリニは、入口で様子を覗いている。顏を半分だけ出して、少し不安そうにしていた。
「こちらの方は、荷物持ちをしてくれる小悪魔をお探しです。ご紹介頂けませんか?」
私が小悪魔との交渉を開始しちゃおう。どうも指導員は動転していて、頼りにならない。本当なら交渉する時は魔法円の中にいなきゃいけないんだけどね。
「誰が人間なんかにっ!」
「もちろん、ご紹介の手数料はお渡しいたします」
「……手数料がもらえるのか? なら、考えたっていいがよ……」
小悪魔の心が傾いた。少なくとも危害を加えようとは、もうしないだろう。
これなら後は任せて大丈夫だわ。小悪魔は敬意を払って対等に扱えば、多少怒っても話を聞いてくれるものなの。
「組合長、交渉はお任せしても?」
「勿論です、なんとも手慣れた方ですね。さすがエグドアルムの使節の方々!!」
なんだかとても感激された。私はもうエグドアルムとは関係ないけど、訂正しなくていいか。
「我が師でありますから、当然です!」
セビリノは、どうしてこう……。
見学を終えて、街を散策してから宿へと向かった。
また明日も長距離の移動があるので、ゆっくりと眠っておこう。
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