第112話 エクヴァル君と親衛隊(親衛隊の誰かの視点)
「聞いたか、帰って来てるらしいぞ……」
「ああ、ヤバイな……」
「……地獄が待ってるな」
昼下がりの親衛隊の訓練施設は、暗い雰囲気に呑まれている。
皇太子殿下の親衛隊第二部隊のうちの精鋭隊三十人には、恐怖が
国を離れていた殿下の側近、エクヴァル・クロアス・カールスロアが帰って来たからだ。現在は殿下に謁見中だが、済めばこちらに足を向けるだろう。
皇太子殿下の親衛隊は、五つの部隊に分けられている。そして各々、側近預かりとなっている。
第二部隊はカールスロア司令の下に付き、命令があれば彼に従い訓練や任務をこなす。しかし側近達は潜入任務などで通常手段では連絡すら取れない時もあるので、普段は各部隊の隊長が指示を出していた。
我々精鋭隊は、親衛隊の中でも直接殿下のお近くでの警護を任じられる、名誉ある部隊だ。親衛隊全体では現在千人。
そしてこの第二部隊は、エグドアルムの中で最も厳しい訓練を課される親衛隊の中でも、実は特に過酷なのだ……。
何故ならカールスロア司令は、表で見せる顏は明るく楽しい女好きなのだが、いったん軍の任務に入ると誰よりも厳しく、自らの命も惜しまない苛烈な性格に変わる。あの人の下なら楽そうでいいよな、とか言ってる奴らにも受けさせてやりたいよ、あの訓練を……!!!
あの人、表層人格と深層人格が違いすぎるよ!!
「……君達。随分な失態を演じてくれたねえ……」
来た……!!! うわああ笑顔だ! これは一番危険なヤツ……!!!
彼と殿下は、宮廷魔導師長を特に嫌っていた。そして今回はカールスロア司令の進言を切っ掛けに不正を暴くとっかかりができた為、かなり気合が入っていた。調査の甲斐があって芋づる式に色々と掴め、捕縛して喜んでいたところで逃げられたのだ……。怒りは相当なものだろう。
我々が警備担当だったんだけど、色々と後始末が多くて人数を割けず、賄賂と策略を使って逃げれらてしまったのだ……。
露見していなかった財産の隠し場所を教え、踏み込んでいる間に自分が逃走するとは……。見張りはしっかり買収されて、外との連絡も付けられていた。
「今回はかなり危険だったよ……。よりにもよって地獄の王を喚び出したんだよ、あのクズ。まあ、関係ない者を巻き込むタイプの方ではなかったから助かったけどね! あの後チェンカスラーで謝罪もさせられたし。本当は死ぬくらいまで訓練をした方がいいかなと考えていたんだけどね、殿下があまり厳しくしないように仰るんだ」
さすが殿下! 皆が胸を撫で下ろした。
が、しかし。
「だから殿下へのご迷惑の分は減らそう。しかし、私が惚れている女が君達のせいで泣いたんだよ。許せないよね……! 女性を泣かす男って、最低だと思わないかな?」
よく解らないけど、それって前宮廷魔導師長のせいで、私達の責任じゃないと思います!
……とは言えない! 目が危険……!!!
ていうかこの人、女性を好きになったりするのか? 女性とは軽く遊ぶだけで、そんな感情は欠落しているんじゃなかったのか。人間みたいな一面もあるものだ。人間だけど。多分、人族。
それにしてもどんな女性だ、とても興味ある。
「では恒例のお楽しみタイムだ。真剣でもいいよ、かかってきたまえ!!!」
本気度が怖い……!
ちなみにお楽しみタイムとは、カールスロア司令一人に親衛隊の第二部隊の精鋭三十人が攻撃するというもの。
最初はふざけてるのかと正気を疑ったものだ。だが彼は多人数との戦いが本当に好きで、嬉々として向かってくる。怖いというより気味が悪い。
そしてまた、早くて強いんだ……。我々一人一人も剣に自信のある者だったんだけど、彼には歯が立たない。そもそも一発二発当てても、意に介さないとばかりに攻撃の手を緩めない。
痛覚は生きているか? 聞きたい。
そう、これはカールスロア司令にとってのお楽しみタイムなのである!
まごうことなき変人だ!
「エクヴァルー! お仕事終わらない?」
「イリヤ嬢……! ここは関係者以外、立ち入り禁止なんだけど! セビリノ君まで!」
誰だ、入れたヤツは! これは機嫌がめちゃくちゃ悪くなるぞ。これ以上は危険水域だってのに……。
この訓練施設は飛行魔法で入って来られるよう、屋根の下に入り口が六ヵ所ほど
「殿下が、ここにいるから見ておいでって仰ってくださったの。スイーツ店を教えてくれる約束なのに、来ないんだもの」
「あ、そうだっけ……、明日実家に帰るんだよね。うーん……」
「仕事中なら仕方ないわ、セビリノと何か探すから」
そういえばあの女性、アーレンス様もカールスロア司令もファーストネームで呼び捨てだな。すごすぎないか。
どういうことだ? 特にカールスロア司令は、礼儀のなってない馴れ馴れしい女は嫌いな筈だけど。あとプライドしか取り柄のないような、貴族の女性。
「師匠、参りましょう。私は菓子類は解りませんので、詳しそうな者に尋ねてみます」
「頼むわね。じゃあ行くわ、エクヴァル。あ、そうだったわ。殿下から、断られたらこう言いなさいって言われてるの」
「何? なんか嫌な感じだなあ……」
「エクヴァル君の嘘つきっ! て。ふふ、お仕事頑張ってね!」
ふふじゃないよ! 楽しそうに手を振って、なんだソレ……。カールスロア司令は目に手を当てて、呆れてるじゃないか。
「うっわ~……、何アレ。可愛い……!!!」
……オッケーらしい。もしかして彼女が惚れてる女!?
殿下はさすがに、カールスロア司令の好みを熟知しておられる……! ご学友として長い付き合いらしいしな。
「……ああもう! 約束だし、私も行く! 訓練の続きは明日でいいから。君達、今日はここまで。じゃ、ね」
カールスロア司令はそう言い残し、そそくさと走り出した。かなり本気っぽいぞ、これ。殿下の呼び出し以外で投げ出すとは。
もう充分痛めつけられたとも思うけど……。そもそも、既にカールスロア司令以外誰も立ってないからな……。カールスロア司令も何発か入れられているんだけど、あの人は本当におかしい。
「着替えたりするの? じゃあその間にホルス鳥が出たらしいから、セビリノと討伐してくるね。正門で合流しましょう」
「師匠、では私の魔法を見て頂けますか?」
「もちろんよ、セビリノ!」
「いいなあ。私、飛行魔法使えないからなあ……」
え? 発言がおかしくない?? 暇つぶしに危険な討伐するの?
さすがカールスロア司令の好きな人、全然普通じゃ無かった。ていうか師匠ってなんだ、さっきから。
「遅かったな! ホルスは我が討ったわ!」
今度は赤い髪とマント、黒い服の派手な男が飛行魔法で現れた。
いや、これ……悪魔!? 爵位を持ってるな! しかも高位貴族と見た。今まで会った悪魔の中で、一番強そうだ……!!!
「あ……ベリアル殿。やられちゃったわね、セビリノ」
なんてこった、彼女の周りはハイスペックで癖のある者が集まるのか。
癖の強さならカールスロア司令も負けないだろうけど、あの人は重そうだからなあ……。監禁とかしそうなタイプだよね。
しかしこれなら、監禁されても助けてもらえるね! 良かった!
ていうかセビリノ・オーサ・アーレンスの師匠なわけ? 本当に!?? じゃあもうエグドアルム一どころか、世界一の魔導師じゃないの!?
カールスロア司令の好みって、自分より強い女……??
もう彼女しかいないんじゃない?
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