第113話 エクヴァル君とお兄さん
久々にやって来た、エグドアルムの王都。
エクヴァルと、エクヴァルの使い魔リニとセビリノが一緒で、明日実家へ帰る為に今日はお土産を買う。エクヴァルが人気のスイーツのお店を教えてくれる約束をしているの。山村では甘いものが手に入りにくいので、喜ばれる筈。
ベリアルは一人で色々見て回っている。またお酒を物色しているのかな?
「うわあ、おいしそうなフィナンシェ! こっちのクッキーもいいわね」
どちらかだけにする必要はないわよね。両方買って包装してもらっていると、たまにこちらをチラチラと覗く人がいる。立ち止まって様子を窺うような人まで。
宮廷魔導師のセビリノか、親衛隊のエクヴァルが目当てに違いないわ。どちらの職業も憧れの的だからね。
「……エクヴァル」
皆が遠くから眺める中、話し掛ける強者が!
「……マティアス兄上、エルミニア
と思ったら、エクヴァルのお兄さんなの? 妙に二人ともぎこちないけど……?
お兄さんはエクヴァルと同じ紺色の髪で顔かたちもどこか似ていて、隣の綺麗な水色の髪の女性は奥様らしい。
「戻っていたのか、……その……」
途切れた。お兄さんは口下手? 私とセビリノを見て、何を喋ろうか迷っているようだ。
「マティアス様は、エクヴァル様を心配なさっておりましたの。まさか任務に
「いえ、こちらこそご心配をお掛けしました」
奥様がかわりに続きを話してくれて、エクヴァルはやたら他人行儀に、二人に向かって頭を下げる。そしてまた沈黙。男兄弟って、こんな感じなの?
「……そ、そちらはアーレンス様では? その女性も宮廷の方ですか……?」
「いかにも。そしてこちらは私の師匠、イリヤ様であらせられます」
「師匠……、ですか?」
うーん。エグドアルムでこれ、大丈夫かな。あらせられるって、偉い人みたいんなんだけど!?
「一緒にお茶でもいかがでしょうか? 詳しくお話を聞きたいわ、ねえマティアス様!」
奥様が励ますように旦那さんの背を摩りながら、必死に明るく誘ってくる。エンカルナがこの前の時、長兄が仲直りしたがっていると教えてくれたけど、このことなのかも? エクヴァルは渋い表情をしている。
「私もご一緒してもよろしいですか? ちょうど喉が渇いていました」
「イリヤ嬢も?」
「そうだな! 皆で……、どうかな!??」
お兄さんのマティアスはどこか挙動不審で、緊張感がかなり伝わってくる。
「ステキなお店を存じてますの。案内致しますわ!」
エルミニア・イノホサ・テラサス。それが彼女の名前。妹が一人なので、伯爵家の跡を継ぐ旦那様を探さなければならなかった。
お兄さんはマティアス・サバラ・テラサス。なんと伯爵家を継ぐ為に、婿に入ったの! 知り合ったのは舞踏会で。お義姉さんの方が一目惚れでアタックして両想いになり、カールスロア侯爵家を継ぐ予定だったお兄さんが、テラサス伯爵家の跡取りになった。
当時は一大ロマンスとして、噂になっていた。私の耳にも入ってきてたわ。エクヴァルの兄弟の話だったんだ!
「次兄が大事な両親だったから、次兄のカレヴァに跡を継がせられるって、二つ返事でオッケーだったらしいけどね」
「そうなの? そんな立派なお兄さんなの?」
私が紅茶を飲みながら質問すると、セビリノを含めた四人とも凄く困った表情になった。
「師匠、エクヴァル殿の次兄の、カレヴァ・タイスト・カールスロアといえば、無礼な乱暴者でろくに実力もないと、悪評しかない男です……」
「え? そんな人に継がせたいの……?」
「子供の頃は私より剣も学問も
お兄さんが何とも言い辛そうにしている。
どうやら、ご両親に好かれた末にどうしようもない人間になってしまったのね。それでもご両親は、兄弟の中でカレヴァという真ん中の子が一番好き、と……。
「エクヴァル殿は、かなり次兄のカレヴァ殿にいじめられたと噂でしたが」
「あの頃は……、剣の稽古と称してエクヴァルが腕を折られたこともあったんだ。止められなくて、本当に申し訳ない。責任を感じている……」
「ずいぶん酷いですけど、ご両親は何も
思わず声を荒らげてしまった私に、お兄さんは暗い表情で首を振った。
「弱いのが悪い、と取り合わなかったよ……。エクヴァルとカレヴァでは、六つも年が違ったのに」
長兄のマティアスと次兄のカレヴァは二つ違い。でも仲は良くない。両親が常にカレヴァの味方だったから、止められなかったらしい。今だったら絶対エクヴァルが負けないのに!!!
……もしかして、火属性が得意って隠してるのも、この辺が関係あるの?
「エクヴァル! 私は絶対、エクヴァルの味方だからね!」
「私もマティアス様も、エクヴァル様が辛かったら我が家にいらしてくださってもいいように、準備していますのよ」
「エクヴァル殿、何かありましたら相談してください。宮廷魔導師として、介入しましょう」
私に続いてお兄さんと奥さんのエルミニア、セビリノも皆、彼に向かって力強く頷いた。
エクヴァルは珍しく照れたようで、笑って誤魔化してる。
「私も、……私もエクヴァルの味方だよ」
エクヴァルの隣に座ってるリニが、肘の辺りを引っ張って訴えかける。
「ありがとう、頼りにしてるよ」
「うん」
エクヴァルが頭を撫でると、リニは嬉しそうに眼を閉じる。
「リニちゃん可愛いなあ。エクヴァルの妹みたいだよね」
「そう言ってもらえて、嬉しいね。妹が欲しかったんだよね」
「……エクヴァルの妹なら、私にとっても妹同然だ……!」
言ったぞ! という風なお兄さんだったけど、リニはきょとんとしてるし、エクヴァルは苦笑いだ。完全に外してる。
「……そ、……そんな感じ、なんだけど……」
恥ずかしかったみたいで少し頬を赤くして、
本当にぎこちない兄弟だわ。お互いに手探りなのね。
このお兄さんじゃ、乱暴者の次男とやらに勝負を挑めないのは解ったわ。優しい印象はあるものの、ちょっと気弱そう。エクヴァルと上手く仲良くなれたらいいな。
……って、彼はまた一緒にチェンカスラーに来るんだっけ。セビリノも。
いいのかな、この二人。
ご夫婦はこそこそと何か話をしてから二人して私に顔を向け、それからエクヴァルに視線を移す。
どういうわけか頷いているけど、エクヴァルは首を振っている。
何の打ち合わせをしてるんだろう? もう通じ合ってるの??
「あの、イリヤさんといったね。エクヴァルとは仲が良いのかな!?」
「マティアス様! ゴホン、……イリヤさん、普段のエクヴァル様の様子を教えて頂きたくて……」
「ええ……と、冒険者をしつつお仕事されているみたいで、色々と教えて頂いてます……?」
二人の質問は違う。この様子だと奥さんの方に答えればいいのかな?
エクヴァルはお兄さんを軽く睨んでるぞ。
「イリヤ、イリヤ。おそと」
「ん?」
不審に思いながら紅茶を飲んでいたら、リニが窓を指した。二階の窓際の席だったので、日差しが少し眩しいくらい。そこにスッと赤い影が降りてきた。
「ほう、なかなか品の良い店を知っておるな」
ベリアルが窓の外にやって来た。他のお客にも注目されてしまっている……!
「ベリアル殿、どうしました?」
「うむ、どうも酒の種類が多すぎて選び切れぬ。セビリノを借りたいのだが、良いかね? その者は詳しいであろう?」
「はい、お任せを。師匠、失礼致します」
セビリノがお辞儀をして席を離れる。
夫妻はベリアルをじっと眺めていた。解るのかな?
「これは……、だね」
「そうですわね……」
「エクヴァル、大丈夫! ええと……、多分彼より君の方が良いところがある! 優しいとか!」
「兄上は何を言い出すんですか!??」
お兄さんはエクヴァルの肩に手を置いて、力強く拳を握った。
「エクヴァル様。宜しければ、私の友人で未婚の女性を紹介致しますわ!」
お義姉さんは手を祈るように組んでいた。
「あ、解ったわ! エクヴァルってば、お兄さん達に結婚相手を探して欲しいのね!」
「ちが……違うから!!!」
「私も応援するね。でも紹介できる貴族の友達なんて、こっちにいないわ」
「いや本当にそうじゃないんだ……、紹介してくれなくていいから!」
なんだかとても困っているみたい。おかしいわね。
「えと……違うイリヤ。お兄さん達、エクヴァルが振られたって思ってる……」
リニが好物のフルーツのケーキを前に、切実に訴えかけてくる。
「そっか、振られて他の女の子を紹介して欲しいのね。でもすぐチェンカスラーに移動しちゃうのよね……。あ、チェンカスラーなら紹介できる娘、いるわよ!」
王宮魔導師のエーディットとか、ノルサーヌス帝国のクリスティンなら貴族よね?
うん、あっちでは女の子の友達が着実に増えているわ。いい感じ!
喜ぶかと思ったんだけど、彼はどこかガッカリしている。
「もう嫌だ。君は悪魔だ……」
「それはベリアル殿よ」
「「ええ!? さっきの彼、悪魔?」」
夫婦の声が揃った。気付いていなかったみたい。
あの確認は、なんだったんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます