第304話 パレードは大盛況!

 観覧席がある二階へ移動する。

 窓際がパーテーションで区切られていて、ソファーが外に向けて置かれていた。パーティーを開く広い部屋だ。

 部屋の真ん中にはテーブルが二つずつくっつけて並べられ、片方に軽食、もう片方にデザートが並べられていた。部屋の隅にあるワゴンにはお酒や飲み物が積まれている。


「こちらへどうぞ」

 お店の人に案内されて、ベリアルとルシフェルは二人で中央の席へ。ソファーの間に丸テーブルがあり、グラスが用意されていた。

 私達三人は隣のスペースへ。この方が気楽で助かるね。丸テーブルはソファーと交互に置かれていた。後ろには空の棚があり、一つのスペースごとに店員が付いてくれる。

「観覧席って、ただ椅子があるだけじゃないの……!?」

「ビックリしたぁ……! エリーちゃん達と一緒にしてもらって良かった。一人だったら、全っ然、落ち着かない……!」

「二人とも、座りましょう」

 先にソファーに座って、スペースの入り口で立ち止まってしまった二人を促す。そのうち他の人達も来るんだし、立っているとむしろ注目されるのでは。


「お姉ちゃん、本当にどこへ行っても落ち着いてるね……」

 エリーは隣に腰掛けながら、感心した表情で私に視線を向けた。

「エリーちゃんのお姉さん、都会の人って感じ……! 何のお仕事をしてるんですか?」

「魔法アイテム職人です」

「ぷっ……」

 隣から小さく吹き出すような、ルシフェルの笑い声が。珍しいな、ベリアルが冗談でも言ったんだろうか。話に夢中の二人は、気付かなかったみたい。

「お姉ちゃんは元々、宮廷魔導師見習いっていうのをやってたの。もう辞めちゃったけど」

「宮廷魔導師様!? すごい! 貴族……、じゃないですよね? エリーちゃんのお姉さんだし……。貴族じゃなくても、なれるんですか?」

 メアリが目を輝かせ、身を乗り出して質問する。


「もちろん平民ですよ。魔法養成所でスカウトされたんです。養成所からは、毎年のように見習いを採用するんです」

 宮廷魔導師は、見習いでさえも貴族ばかりだったけどね……。

「へええ、すごいすごい……! あ、でも辞めちゃったのに観覧席を用意してもらえるんですか? やっぱり、キレイなお二人とお友達だから?」

「討伐とかで、色んな人と知り合ったみたい。コネと美形力だよ!」

「そっかー、コネと美形力!!!」

 エリーの適当な説明で納得してしまった。コネはともかく、美形力とはどんなものやら。先程のことといい、彼女達は美形に力が宿ると勘違いしているのか。


 階段の方がガヤガヤと騒がしくなってきた。

 他の客も到着したようだ。兵も増えて、部屋の隅で槍を持って立っている。レストランの入り口にも配置されて招待客しか通さないようにするので、関係ない人が食事をさせろと乱入することはもうないだろう。

「ここはいいね、二階だし見やすそうだ」

「君、飲みやすい白ワインを持って来てくれ」

 注文をしてから席に移動している。先に飲み物を頼むのもアリか。護衛もスペースに入り、また次のグループが階段を上がる。

 段々と賑やかになってきたよ。

 

 しばらくして、沿道からわああ、という歓声が重なって空まで響いた。

 ついにパレードがやって来た!

 ロープの中に人が入らないよう、兵達が垣根のように連なって立っている。すごい、ぎゅうぎゅうだ。

 音楽が近付き、先頭を行く第一騎士団の行進が見えた。大歓声だ。羽付きの派手な帽子を被り、腕まで隠すマントを羽織っている。手を振る人々に、サーベルを掲げて返していた。

 次に通るのが音楽隊。その名の通り、楽器を奏でながら通り過ぎる。

 

 その後に早くも宮廷魔導師達の番。赤い宝石を付けた金の鷹の徽章きしょうが輝く。

 一番先頭が新しい宮廷魔導師長かな。アルスヴィズという馬に乗っている。「あらゆる力の要求にこたえる者」を意味する名の、とても賢い馬。二人に説明したのに興奮してあまり聞いていないようで、生返事が返ってきた。

 代わりに別のスペースから「なるほど」と、呟く声が聞こえた。エリー、お姉ちゃんとしてはちょっと寂しいです。

 他にも火属性の大きな狼スコルや、蜜酒を作り出す山羊ヘイズルーン、スザクという赤い鳥を連れた魔導師など、様々な騎獣が大人しく行進する。ペガサスに騎乗した人も。

「すごいねぇ、エリーちゃん! 変わった動物がたくさん」

「見ていて楽しいね。山羊さん可愛かったー!」

 二人にも大好評だ。魔法や獣の強さは分からなくても、珍しい生物は視覚的に楽しいよね。


 麒麟に乗ったセビリノは魔導師達の最後尾だった。

 麒麟の体形は鹿に似て、ひづめは馬、尾は牛に近い。頭に一本の角があり、全身から五色の光を放つ聖獣だ。ほんの少し浮いているので、足音は一切しない。

「アレが麒麟か? では彼が、セビリノ・オーサ・アーレンス?」

 他のスペースでささやき合う声。

 魔導書を書き、エグドアルムの鬼才として知られている彼は注目度も高い。大きな麒麟に背の高いセビリノが乗っている姿は凛々りりしく、皆が手を振っている。

 不意にセビリノと目が合った。

 彼は表情を緩め、こちらに小さく手を振った。私も振り返す。

「きゃああ、あの笑わないアーレンス様が微笑んだわ!!!」

「手を振ったわ、私によ!」

 セビリノも女性に人気があるんだな。式典などではニコリともしないので、笑顔が貴重なのかも。私には大放出するので、レア感が感じられない。

 

 思わず前に身を乗り出していたので、一息ついて背もたれにもたれた。背後でガラガラとタイヤが回る音がする。

「お飲み物は如何ですか」

 ワゴンを押して、従業員が各スペースに声を掛けていた。私は温かい紅茶をもらった。エリー達も飲み物をもらっている。

「喉が渇いちゃうね」

「持ってきてくれるから、席を離れないで済んでいいね。次は何かって気になっちゃって、動けないもの」

 メアリが興奮気味に話す。親衛隊もまだだもの、確かに離れられないね。


 宮廷魔導師達が通り過ぎ、皇太子殿下の親衛隊の番になった。輿の付近は親衛隊で固められている。まずは第一部隊。

 銀糸で模様の描かれた真っ青な軍服を着用したジュレマイアは、あたかも立派な人物のようだ。パレードマジックだわ。殿下を象徴するダリアの形の親衛隊の徽章が、胸元で存在感を示していた。

 それから第三部隊のエンカルナ。にこやかにあちこちに手を振っている。ルシフェルには一際ひときわ大きく手を振る。この距離では罵ってもらえないので、物足りないに違いない。

 続いて魔法を使う人が多い、悪魔好きクレーメンスの第四部隊。クレーメンスはキラキラした瞳でこちらにアピールしている。目当てはベリアルとルシフェルだろう。さすがに飛んで来なかった。


 注意する兵の声が飛び交い、拍手喝采に包まれる。

 ついにメインの、皇太子殿下とロゼッタの乗った輿の登場だ。

 アナベルの第五部隊は、輿の周囲を囲んでいる。本人は殿下達が乗った輿の、一段低い場所にいた。反対側にはベルフェゴール。しっかり眺められたよね、ルシフェルも満足しているだろう。

 いているのは八頭立てで、立派な馬具を付けた白馬。屋根のない輿で、ロゼッタが沿道に笑顔を振りまいている。花の模様の飾りに彩られた華やかな外観が、祝いの場に相応しい。


「遠国からわざわざ皇太子殿下直々に迎え入れたという話だけあって、さすがに仲睦まじいね」

「いつも笑顔だけど淡泊な方と思ってましたが、情熱的なのねえ……」

 女性が小さく、ほぅとため息を落とした。殿下とロゼッタの出会いは、とてもロマンチックに語られているらしい。

「もしかして、あの女性が五番目の側近かな」

「どうなのかな……、反対側は貴族悪魔だぞ。契約者か?」

 アナベルの所属、それからベルフェゴールの階級と、契約者は誰かという話題で室内が盛り上がっていた。


 槍を持った兵の行進もあり、最後を飾るのがエクヴァル達だ。

 エクヴァルも側近の特別な衣装を着ているので、いつもの冒険者風なよそおいと違い、すっかり立派な貴族の様相だ。

「あ、村に来た人だー!」

「エリーちゃんの知ってる人? どの人??」

「紺の髪を後ろで結んでる人。隊長さんだ!」

「かっこいい!」

 エリーが指さし、メアリときゃあきゃあ騒いでいる。少し小さい声にするよう注意すると、恥ずかしそうに肩をすくめた。

 エクヴァルも私達に気付き、敬礼して通り過ぎた。エリーとメアリは敬礼を真似して返している。


 最後に旗を掲げた兵士が歩いて、ついに終了だ。

 後ろを付いて行く人や、終わったと引き返す人がいる。道はまだまだ混んでいそうだな。

「立派なパレードだったわね。でもまだ何か起きないか、心配だわ」

「まさか、パレードに手を出さないよ~」

 エリーが笑いながら答える。宮廷魔導師や親衛隊など、かなりの戦力が練り歩くパレードだからね。

 パレードはまだ半分も行程をこなしていない。今日が無事に終わったら、これから捜査に本腰を入れられるかな? まだ式典が続くのかな?

 他の人達もゆっくり混雑が収まるのを待って帰るようで、誰も席を立っていない。部屋の中央のテーブルになら並べられたお菓子から幾つか頂き、紅茶も淹れてもらった。道がすくまで待っていよう。

 ルシフェルとベリアルも会話をしながら、ワインをお代わりしている。


「メアリちゃんはどうするの?」

「明日の事情聴取が終わったら、帰るよ。家を教えるから遊びに来てね」

「行かれたらいいなあ。こっちにも来てね」

 手を握るエリーとメアリ。

「それなら第二騎士団の人達が定期的に村へ参ります、一緒なら護衛もいりませんよ。私の名前を出せば大丈夫なように、伝えておきますね」

「……お姉さん、本当にすごい人だね……」

 私の友達だとでも告げれば、二つ返事で連れて行ってくれるはず。冒険者いらずになるね。

 今晩はどこで何を食べようかとか、そんな話でしばらく盛り上がっていた。

 すると、どこからともなく叫び声が耳に入った。


「……なんか、お城の方から人が走ってくるよ」

「どうしたのかな」

 エリーとメアリが窓際に寄って、道を見渡す。爆発音もする。やっぱり問題が起こったの!? 輿は城に戻ってきている時間だ。どうしたんだ、と室内も騒がしい。

「ベリアル殿、様子を見て参ります!」

「ふはは、ついに祭りの本番であるな!」

「……ハメを外さないようにね」

 待ってましたと言わんばかりのベリアルに、ルシフェルが釘を刺す。エリーとメアリには落ち着いたら宿へ戻るよう告げて、部屋を出ようとした。


「お客様、危険ですのでこちらでお待ちください」

「大丈夫です、飛べますので!」

「そういう問題ではありません」

「あれれ」

 断られるとは予想外だった。そもそもエグドアルムでは討伐する側だからなあ。

「こちらは防衛に協力してくださる方です、責任は私が取りますので通してください」

 困っていると親衛隊の女性が口添えをしてくれた。

 だいたいこういう貴族も使うような建物は、二階以上には飛行魔法用の出入り口があるのよね。廊下の突き当たりの、扉の向こうにある小さなバルコニーがソレだ。今回は扉に鍵が掛けてあったが、開けてもらえたよ。

 親衛隊の女性はエリー達を守ってくれるので、お城へは私達だけが向かう。室内は先程までの明るい笑いに包まれた雰囲気から一転、緊張した空気が満ちていた。


「お気を付けて」

 店員が頭を下げて見送ってくれた。私達が飛び立った後、扉は再び閉められる。

「ルシフェル様もいらっしゃるんですか」

「私はベリアルがやり過ぎないよう、見張るだけ。手を貸さないよ」

「ありがたいです」

「……何故襲撃があって、我が見張られねばならぬのだね!」

 それは襲撃犯より危険だからです。


 空に浮かべばすぐに、宮殿が視界に入る。

 宮殿の庭園に竜巻があったが、すぐに霧散した。竜巻の魔法を唱えられ、誰かが風の魔法を打ち消す魔法を使ったんだろう。

 上空には宮廷魔導師と敵の魔導師が対峙していて、夕方まで解放されている筈なのに閉じられた正門、庭園の途中で止まった輿。警備兵の中にも敵が混じっていたようだ。同じ鎧の者同士が戦っている。

 誰が敵かの判断も難しい。

 皇太子殿下とロゼッタは輿の上では狙われてしまうので、降りている途中。ロゼッタにはベルフェゴールが付いている。親衛隊も警護に動いている。

 宮廷魔導師の一部はまだ門の外にいた。召喚して契約した騎獣のお披露目をしていたのだ。セビリノの麒麟のような大人しい聖獣なんかを、民が間近で触れ合える機会を作ったんだって。

 

 ピイイィと指笛が響き、宮殿の裏手からヒッポグリフがかける。王妃殿下が騎獣にしている魔物だ。王妃はワインレッドのドレスを着て、宮殿の民にお披露目をしたりする大きなバルコニーに、国王陛下と並んでいた。

狼狽うろたえるんじゃないよ、見苦しいっ! 盛大な花火で祝うようなもんじゃないか、しっかりおやり! 誰にも怪我をさせるんじゃないよ。陛下はさっさと奥へ引っ込んで。親衛隊長! 必ず陛下を守るんだよ!!!」

「はい、王妃殿下!」

「王妃いいぃ」

 王妃殿下が仕切っている! あの情けない声が国王陛下……。

 ちなみに王妃はおおやけの場所ではほとんど喋らない。気をつけても、すぐ今のような口調になってしまう、というのが理由だ。

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