第428話 サバトとサキュバス三人娘

「ココハさばとノ会場デス。悪魔ト契約者ノ、女性ダケガ入レマス」

「アナタハ女性デスカ? 悪魔デスカ、契約者デスカ?」

 入り口の前では二体のガルグイユが門を挟むようにして向かい合い、同じセリフを繰り返す。

 サバトが始まり、受け付けにはガルグイユとリニ、それとエクヴァルもいる。参加するわけじゃないからいいよね、とエクヴァルは自主的に手伝ってくれているのだ。

「ガルグイユだ、オシャレなサバトね。ここが会場よね?」

「は、はい。会場は二階です。一階の倉庫には、入らないで、ください」

「サンキュー!」

 リニの案内を聞いて、一本角の小悪魔少女が外階段を上る。壁と床に矢印をつけて、明かりも灯してあるので間違えないだろう。


「やってるわね」

「エスメ、ハヌのお散歩?」

「フシュー!」

 ハヌは温かくなってから動きが大分機敏になり、トカゲ好きの魔法使いエスメがいると毎日のように散歩をしている。町の人もすっかりハヌを覚え、奇異な視線を向けられなくなったそうだ。

「準備を、お手伝いしてくれて……ありがとう。会場、キレイに飾れたよ」

「どういたしまして。リニちゃんも張り切ってたものね。どう、集まってる?」

「ええ、順調よ」


 イサシムメンバーは、皆で飾りや案内を作る手伝いをしてくれた。お陰で会場が華やかになったわ。

「二人も会場へ行ったら? ここは私とエクヴァルさんに任せなさいよ。ねえ?」

「そだね、ガルグイユもいるし」

「それが心配なのよねぇ……」

 エスメも手伝ってくれるなら安心だけど、ガルグイユが暴走したら大変なのよね。張り切っているのが余計に心配。

「ギギギ、ぱっはーぬとかげト受ケ付ケル」

「ガガガ、ぱっはーぬとかげ、仕事」


「ヒューシュー」

「ほら、ハヌもイリヤ嬢とリニに楽しんでもらいたいみたいだよ」

 エクヴァルがリニに行っておいで、と優しくささやいた。リニは嬉しそうに、はにかんだ。

「じゃ、じゃあ、お願いしようかな。ハヌ、あとでお礼をあげるね……」

 しゃがんでハヌを撫でながら、リニがハヌに話し掛ける。

「シュプ~」

 どこまで理解しているのか、ハヌはなんだか嬉しそう。お言葉に甘えてリニと会場へ行こうとしたら、今度は建物の所有者であるビナールがやってきた。


「イリヤさん、始まってるね!」

「ビナール様、会場をお貸し頂きありがとうございます」

「ありがとう、ございます」

 リニも頭を下げた。様子を見に来たのかな。いつもの護衛と、今日は後ろに女性も同行している。黄緑色の髪の女性は、私と目が会うとニカッと笑って軽く手を振った。職人兼冒険者のティルザだわ、エルフの森から戻ってたのね。

「いやあ、ポーションの納品をありがとう。あの数を高品質で、しかも一週間も経たずにきっちり届けてくれたから、注文するのを見ていた支店長が驚いていたよ。それで、今日はまたお願いがあってね」


 喜んでもらえて良かった。サバトが気になったのよね、家主だから入れても問題ないわよね。

「もちろん会場へご案内しますよ。会場を無償でお貸しくださった方と紹介させて頂きます」

「女子会に混ざろうと思わないよ! そうじゃなくて、彼女を参加させてくれないかな。知ってるよね、職人のティルザさん。うちに優先的に納品してもらえるよう交渉中で、色々と相談に乗ってるんだ。小悪魔を雇うか考えているっていうから、参加させてもらえたら参考になるかと思ってね。契約前だと無理か?」

 ティルザだったら直接、私に言ってくれれば良かったのにな。

 あ、関わっているって知らなかったのかしら。

「いえご紹介ですし、問題ありません。私が案内します。リニちゃんはニナちゃん達と合流して、不足がないか確認してね」

「……うん、先に行ってるね」


「じゃあイリヤさん、ティルザさんをよろしくね」

「はい、しっかり案内させて頂きます」

 ビナールはティルザを連れてきただけで、すぐに去った。入りたい訳じゃなかったんだ。

「サバトって初めて。楽しみだなあ。ここで小悪魔と交渉してもいいの?」

「契約のない子でしたら、大丈夫ですよ。じゃあエクヴァル、エスメ、よろしくね」

「了解」

「楽しんできたらいいわ」

 エスメとエクヴァルに見送られ、ティルザを伴って二階のサバト会場へ移動する。


「ぱっはーぬとかげ、受ケ付ケノ仕事ヲ教エル」

「ココハさばとノ会場デスト説明スル」

「シュー、スシュ」

「合格」

 いいの? ガルグイユにはハヌの言葉が理解できるのかしら。……解っていない気がするなあ。おかしな先輩風を吹かせているわね。


 会場には女性の人と小悪魔が集まり、お菓子を食べたりお喋りしたりして、笑い声があふれていた。楽器を演奏している小悪魔もいる。

「たっのしそう! あ、私の差し入れでーす」

 ティルザから小さな紙袋を受けとる。四角い缶が入っていて、中にはチョコレートがぎっしり詰まっていた。

「ありがとうございます、皆で頂きますね」

 箱の蓋を開け、差し入れの焼き菓子など並ぶテーブルに置いた。早速、小悪魔の一人がチョコレートを二つ持っていった。

「すっごい色々ある! これ全部食べていいの?」

「勿論ですよ。ケーキも食べ放題です!」

「すっごーい!」

 お菓子を食べながら、召喚と契約についての話をする。召喚術が使えなくても、この世界にいて契約がない状態の悪魔なら交渉次第で契約できること、一般的な条件についてなどを説明した。


「ちょっとパティ、食べてばっかいないで仕事して!」

「待ってよニナ、このケーキめっちゃウマ!!!」

「ケーキ、追加しないと……なくなっちゃうね」

 リニの友達のニナとパティが騒いでいる横で、リニがケーキやお菓子の残りを確認している。空いたお酒の瓶を片付けている人もいるわ。

 二人にもリニが残りの料理の具合を教えて、ケーキの追加を買いに行く結論になった。リニがニナと出ようした時、ちょうど扉が開いた。新たな参加者だ。

 コウモリの羽にすらりと長い足、魅惑的な体型をした悪魔が三人。


「なかなか盛況なサバトね。チーズを持ってきたわ」

「甘いものばかりじゃん。はい差し入れ、激辛ポテト」

「あなたって本当に辛いものが好きねえ。私はこれ、ミックスナッツ」

 三人は近くにいたリニとニナに差し入れを渡した。受け取って、すぐに並べる。

「ねえねえ、なんか小悪魔ちゃん達と雰囲気が違うね」

 ティルザが私につつつっと近付き、小声で囁いた。三人娘にも聞こえていたようで、先頭の長い亜麻色の髪の悪魔が首の辺りで髪をいじりながら、こちらに視線を流した。

「うっふふ、小悪魔と一緒にされたら困るわね。私達はサキュバスよ。それも女大悪魔プロセルピナ様にお仕えする、地獄の女官なの」

「王様や高位貴族の元に派遣されるのさ」

「小悪魔や、男をたぶらかすしか能のない他のサキュバスとは、格が違うわ」


 得意気に語る三人に、小悪魔達から羨望の眼差しが集まる。

「なんかすごい気がする」

 ティルザもよく分らないまま感心している。

「私らみたいな小悪魔だと、下位貴族のお屋敷に雇われただけで自慢になるんだよ~。王様のお城とか行ってみたい!」

「広いんだろうねえ、ご飯も美味しいのかな」

 ニナのお友達の小悪魔、パティが両手を握って騒いでいる。他の小悪魔も賛同していた。

 小悪魔の話に気分を良くしたサキュバス三人娘の一人が、胸に手を当ててずいっと前へ進む。


「へへん。私は一時期、王様のお城へ奉公していたのよ。ベリアル様って王様でね、とーってもかっこいいお方だったわ!」

 彼女の視線は私とティルザに向けられている。どう反応したら良いのかしら。とりあえずねぎらっておこう。

「そうなんですか、それはお疲れ様でした」

「ちょっと、王様のお城よ!? 反応が薄いんじゃないの!!?」

 え、怒られた? リニが何か言おうとオロオロして、手を動かしている。見かねたニナが頭を掻きながら口を開いた。

「あのさー、イリヤはね」

「まあまあ、人間には分んないわよ。王様なんて簡単に召喚に応じてくれないんだもの」

「そうだよ。サキュバスを色気だけと思ってる人間も多いんだし、すぐには理解できないさ」


 サキュバス仲間二人が軽い調子でなぐさめる。そんな様子を遠巻きに眺める、小悪魔と契約者の人間。

「いいかしら? 地獄の王様っていうのはね、貴族とは一線を画した実力をお持ちなのよ。しかも軍団に命令をくだせば、大勢の悪魔を動かせるの。例え公爵様でも、王様の意に反した行動はできないわ」

 ティルザは勉強になる、と頷いている。その様子に、サキュバスは誇らしげに続けた。

「ベリアル様っていう王様はね、王の中の王とうたわれる、ルシフェル様という尊いお方と親しくされていらっしゃるのよ。私も遠巻きにお二人のお姿を目にしたわ。光り輝くようなルシフェル様、赤く燃えるようなベリアル様……、もう眺めるだけで至福だったわ」


 ほうっと思い出してため息をつくサキュバスに、別のサキュバスが肩をすくめて両目を閉じた。

「何度聞いても羨ましい~! ああ……できるならベリアル様の寝所にはべりたいわ」

「女官よりそっちがいいな……、って何その目は」

 はっ、いけない。ドン引きが表情に出てしまったのね。とはいえ、同調するのもなんだか癪だわ。

「えー、まあアレです。ベリアル殿も喋らなければ意地悪ではないですし、モテれば喜ばれると思いますよ」

「アンタ、地獄の王様をバカにしてんの!???」

 更に怒られてしまった。ニナとパティはお腹を押さえて笑い、リニが余計に困ってしまっている。


「こちらがサバトの会場だね」

 収集が付かなくなりそうな場面で、新たな参加者が登場。長く淡い金の髪に赤い瞳、白一色の衣装。男装が似合う美女悪魔、アスタロトだ。

 出迎えるという名目で逃れよう。

「アスタロト様、遠い所をようこそお越しくださいました」

 確か東の山脈を越えた先にある小国、モルノ王国に滞在しているんじゃなかったかしら。エグドアルム王国の式典でもお会いしたわ。皇太子妃になるロゼッタが契約している、ベルフェゴールと仲がいいみたい。

「ベリアル様にお招き頂いてね。契約者がミスをしないか見張っておれ、と仰られていたよ。甘いものがたくさんある。これはベルフェゴール殿がいたら喜んだろうね」


 女子会サバトに拗ねて出掛けていると思ったら、わざわざアスタロトを誘いに行っていたの……! しかも私を見張れとは。相変わらずの性格だわ。

 ……ここで余計な発言をしない方がいいわね、また怒られる。話題を反らそう。

「ベルフェゴール様はスイーツがお好きなんですか?」

「彼女はケーキならホールで抱えるね」

 ホールで。秘書的な見た目に合わない気もするが、スイーツは正義なので仕方なし。

「地獄の大公、アスタロト様ご到着! ご挨拶はお話が終わって落ち着いてからねー!」

 ニナが会場に響く声で知らせると、拍手と歓声が巻き起こった。サキュバス三人娘はすっかり毒気を抜かれ、ポカンとしている。


「アスタロト様ですって……」

「なんてうるわしいお姿、気品が漂っているわ」

「あ、あの人間……、アスタロト様と親しいの……?」

 主役とばかりに堂々としていた三人が、急に小さく集まったわ。

 アスタロトの瞳がサキュバスを捉えると、彼女達はキレイな姿勢でまっすぐに立った。さすが王にも仕える女官。

「……君達の話が少し聞こえていたよ。彼女はベリアル様の契約者だ。失礼があってはならない」

「え、え、ベ、ベリアル様の?」

「嘘……」

「申し訳ありませんでした……!!!」


 三人の顔色がみるみる白くなる。あちゃちゃ、バレてしまった。急に下手したてに出られても、居心地が悪いなあ。

「気にせず楽しんでください。せっかくのサバトですから」

「「「はいいいー!」」」

 まだ事態が飲み込めていないのか、サキュバスは言葉少なく何度も首を上下に動かした。その様子に、アスタロトの口許が小さく微笑を浮かべる。

「盛り上がっていたのに、静かになってしまったね。私が一曲演奏しようか。私の手土産がすぐに届くから、受け取っておくよう」

 アスタロトが銀に光るフルートを取り出すと、即席ステージにいた小悪魔達がサーっと退いた。アスタロトの登場で踊りを止め、成り行きを見守っていたのよね。


 アスタロトの演奏が始まると、皆の目が釘付けになった。容姿も美しいし、フルートの音色はこれまた透き通るようで耳に心地いい。会場中が静かに演奏に聞き入っている。

 一曲終わる頃、アスタロトが手配していたケーキやチキン、サンドウィッチが皿に盛られて運ばれてきた。お店に配達を頼んだようだ。そっか、こういうやり方もあったわね。


「では次は地獄で有名な曲にしよう。自由に演奏に加わるよう。楽器だけでなく、歌える者は歌い、踊れるものは踊って自由に楽しもう。自由とよろこびこそ、サバトの醍醐味なのだから」


 割れんばかりの拍手の音が壁を叩き、サバトは最高潮の盛り上がりを見せた。私もケーキ食べ放題をしよう! 新しい差し入れもあるし。

 ティルザとお皿を持って、食べものを盛り付ける。食べ終わったら受付の交代をしなきゃね。

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