第19話 エグドアルム王国side(2)
今回の顛末や過去の業績も含め、イリヤという女性の調査は秘密裏に続行されることになった。そして主に報告する前に一つ、どうしても気になる点があったので、独自に確認してみた。
思った通り、そもそもイリヤという女性がエリクサーを完成させた記録がない。その女性がエリクサーを作製していると、私が知らないはずだ。第二騎士団に卸していただけなのか、それとも横流しされていたのか。いや、第二騎士団に渡すだけでも完成させたという報告は必要になる。エリクサーの完成は、国の大事なのだから。
エリクサー用の素材は彼女が何度も発注していたので、作製していたのは疑いようがない。もしも発注したのが宮廷魔導師なら、まだ調べられただろう。しかし見習いの女性が材料を何度も発注して、それでも成功させなくても、誰も不審には思わない。正式採用されるべく努力しているが、結実しないだけだと思うからね。
この意識の隙間を縫って、横流しをしていたんではないかと疑っている。
まあ、エリクサーを報告しなかった一番の理由はだいたい想像がつく。
彼女が庶民で、女だからだ。
それだけで正統な評価を下せない頭のおかしな貴族が、この国には多いものだ。
魔導師長については他にも疑惑が浮上していて、それは他の者たちが調べ始めている。どうやらこの事を機に、宮廷魔導師の組織全体にメスを入れようとしていると思われる。
我が主は魔法を好む方なので、有能な魔法使いを使い潰すような真似をした魔導師長に、かなり怒りを覚えている様子だった。しかもエリクサーの記録を隠蔽させたとなると、もはや失脚は免れない。どうりで嫌に隠したがるわけだ。
やるとなったらやる方だ。これは徹底的に行く気と見た。
ふふ……私が手を掛けなくとも、包囲網は縮まっていくな。これは我が国にとっての僥倖だろう!
と、いうわけで私、エクヴァル・クロアス・カールスロアは、王都の一般市民が住む区域近く、第二騎士団がよく利用しているといる噂の酒場に足を向けている。もちろん酒を摂取したいわけではなく、あくまで調査の一環である。うん、女性に関する調査で良かった。
なぜ酒場かというと、宮廷内では口に出せないような話を聞けるかも知れないからだ。何せ、高位の貴族が多い宮廷魔導師達が事実の隠ぺいを謀っているのだ。迂闊な事を言っては、どうなるかわからないだろう。特に第二騎士団は、困難な討伐時に宮廷魔導師と協力することが多いし、やはりポーションの心配もあるから。
洋服屋のある交差点で曲がって細い道に入り、数軒歩いた場所にその店はあった。通りは掃除されていて、店の前には魔石式の石灯篭が薄く光を漏らしていて、脇にはゴミ箱が置かれている。日が暮れた事もあってか、通行人は多くはなかった。
木の扉を開くと、中には予想外に客が多くいる。一般市民が多い中、奥のテーブルを三つ占領しているのが第二騎士団の連中だろう。やたら体格のいい男ばかりだからな……。私は彼らの近くにある、壁際の二人掛けの席に座った。
何か頼まなければと、手書きのメニューを眺める。お、地酒が多い。これはいい。
「やっぱり見つからないらしいな……」
「ああ……、セビリノ殿はぼんやり海を眺めてるらしいぜ」
「……気持ちはわかるな」
「あの人も真面目だからな。早く立ち直って頂きたいが……」
騎士団の連中は、かなり暗い雰囲気だね。正直言って得意ではない。学生時代、失恋して落ち込んだ友人を励まそうと飲みに誘ったことがあるが、逆に“うるさい、君に彼女の何が解る”と殴られたことがある。どうやら私は慰めることが上手ではないらしい。
後に相手は謝ってきて、和解はできた。他の奴らには、失恋で相手を美化している時期はそっとしとけよと、笑われた。物事にはタイミングというものがある、それを深く胸に刻んだ出来事だった……
「すみれの君が最初に討伐に加わったのって、15歳の時だって?」
いかん、感傷に浸っている間に過去の思い出話が始まっているぞ。私は適当に酒とつまみを注文して、騎士団の連中に注意を向けた。
「あの時は驚いたな。今まで宮廷魔導師なんて、テキトーな見習いを派遣して、しかもソイツが“自分はエリート中のエリートですよ? あなた方は盾の役割でもしてればいいんです”って見下した態度で、協調も何もなかったからな~」
「最近はセビリノ殿を筆頭に、マトモなのも増えてきた気がするが。まあそんな時に女の子が来て、討伐の作戦を練りましょうって言われても、最初はバカにすんなって思ったよ」
「とても魔物なんて倒せそうにない、普通の女の子にしか見えなかったもんな」
「その子がエリクサーを、使ってくれって差し出すとかさ……」
ストップ! エリクサーを15歳で……? 早すぎないか!? 天才か!?
正直、それほど若い内にエリクサーを完成させたなどと、聞いたことがない。ポーション類には魔力を注ぎ込まねばならないが、エリクサーを作るための魔力操作はかなり難解な筈だ。なんせ「四元の呪文」と言われる、制御の難しい特殊な魔法を使わなくてはならい。要するに、4大元素である地、水、火、風を全て封入するわけ。失敗が多いのはこの為なんだ。
だからこそ、この国の魔導師の最難関である、宮廷魔導師になる為の審査に用いられているのだ。
「最初の討伐でワイバーン退治に加わって、元凶になっていたニーズヘッグを撃破、キュクロプスには特攻仕掛けて、コカトリスをほぼ無効化させる……」
「召喚術師が制御できなかったケルベロスを捕らえた事もあったなあ」
「ハーピー退治の話も外せないな!」
「はかなげでいてむちゃくちゃ強い……」
とんでもない女傑じゃないか! イメージがどんどん変わるんだが……
なんだその、キュクロプスに特攻とかニーズヘッグ撃破とか。どんな魔法を使ったの。しかもコカトリスをほぼ無効化? 補助魔法も最強クラスなのだろうか? いかん、私の理解の範疇を超え過ぎて、言語中枢に異常をきたしそうだ。こういう時は酒が効く。これもいい薬なのだ。
「魔法付与も色々してくれたよな」
「ああ、剣に炎の魔法を付けてくれた時は驚いたが……」
「覚えてるぞ、魔物が全部ウェルダン事件だな」
「威力が強すぎて困る日がくるとはな……。丸焦げのゲンブ、初めて見た」
「あのあとセビリノ殿と研究してくれて、効果のオンオフが可能になったんだよ」
「……やることが半端じゃないな」
え、なにウェルダンて。どんな魔法を付与したんだ……!? しかも魔力操作式でなく、常時発動型でわざわざオンオフを付けたの? 魔力を送って効果を出させる、操作式じゃだめなの?
騎士団の連中は酒を追加して、何本も瓶を開けている。強いなアイツら……。私は酔ってはいけないからな、任務中だし。
それにしても全く、聞くほど人間像が掴めなくなるぞ……
エリクサーを量産できる才女で、魔物討伐のスペシャリスト、魔法付与にも造詣が深い。そして貴族達に虐げられても凛として自分を貫く凛々しい女性。
そんな感じだろうか。
なんだかまだ列伝が出てきそうだ。
酒をちびちび口に運びながら、酔って一層盛り上がるすみれの君の過去の勇姿を肴にして、こうだったのだろうかと思い描き、一人目を細めた。
「あ、美しいお嬢さん、この串焼きを一皿追加して頂けませんか?」
料理は美味しいし酒の種類はあるし、何よりも店員さんが可愛い。とてもいいお店だなあ。
それにしても、彼女はどのようにしてそのような魔法を学んだというのだろう? 養成施設に来た時は、既に多くの魔法を知っていたらしいのだが。出身は田舎で魔法を習得できるようにも思えないし、ずいぶんと謎と秘密の多い女性だ。魔力が高いだけならともかく、知識は学ばねば身に付かない。
……そんな女性が、本当にあっけなく亡くなったというのか……?
どうにも引っ掛かりを覚える。
次は何度も話に出てくる、セビリノ殿とやらに直接聞きに行こう。
宮廷魔導師のセビリノと言えば、男爵家の嫡男、セビリノ・オーサ・アーレンスの事だろう。素晴らしい出来のエリクサーを提出して宮廷魔導師に合格した、鬼才だ。かなり研究熱心で、社交界よりも研究所を好むと聞いている。
男爵家の領地は僻地で運営が思わしくなく、我が国の中でも強い魔物が出没する地帯。防衛費もバカにならない。その為、休みになると領地に戻り、彼が積極的に魔物討伐をしていると聞く。討伐任務に積極参加するのも、討伐の実績と報奨金が欲しいからではないかという噂だ。そして、家の為に役に立てている立派な人物である、と。
そういや何であいつら皆して、アーレンスをファーストネームで呼んでるんだ? 騎士団と宮廷魔導師は、そんなに近しい間柄ではなかった記憶があるけど……。まあいいか。
そのような男がここまで心を砕く、イリヤという女性は本当はどのような人物なのか。そして彼は、彼女の秘密について何か知っているのではないだろうか。
ちなみに私は、仕事よりも女性と過ごすことを好む。
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