第18話 悪魔流の救出方法?
んん……首が痛い。
目が覚めると見知らぬ石造りの部屋で、冷たい床に寝ころんでいた。後ろ手に縛られて、脚も縄で縛られている。月明かりがうっすらと窓の鉄格子の形を浮かび上がらせ、部屋は青い闇に覆われていた。
周りには女性と子供ばかり10人以上居て、皆同じように手足を縛られている。
内三人は長耳のエルフで、大人一人と子供が男女で二人。ユステュスが言っていた者たちで間違えはないだろう。
「……大丈夫ですか?」
エルフの大人の女性が声を掛けてきた。
「……はい、ここは……」
「盗賊のアジトだと思います。私たちも捕らえられたんです……」
見ると、エルフの女性には魔力を抑える首輪までされていて、腕には痛々しい切り傷がある。子供を人質に取られ、捕まってしまったそうだ。ここはかなり昔、人間たちとエルフが物々交換をする際に使っていた小屋だったらしい。そこにいつの間にか盗賊が住み着き、建物を増やして拠点にしていたのだ。使われていたのは人間たちの記憶からは消えてしまっているほど昔の話で、人間の兵はこの場所に気付いてもいなく、捜索はなされていないという。またここは森からはだいぶ下っていて、エルフ達もこの場所まで捜索の手を伸ばしていない段階だという。
近くに盗賊たちの姿は見えない。しかし大勢いるようで、部屋の外からは何を言ってるかまでは解らないけど、雑談する楽し気な声や足音、武装しているのであろう、金属が擦れ合う音が聞こえている。
話を聞き終わってから、私は火属性の魔法で腕と足の拘束を焼き尽くした。魔法を使っているところを見られたわけではないからか、魔力を抑える首輪はされていなかったので、簡単だった。ちなみにこの程度の魔法抑制の道具では私の魔力全てを抑えることはできないので、もし付けられていても縄を焼き切るくらいならば問題ないよ。
ネックレスは奪われたらしくて身に付けていなかったけど、目を覚ました時にベリアルへの信号は飛ばしておいたので、何かあったと気付いてくれるだろう。早ければもう着いているのではないだろうか。
アイテムボックスを奪われていなかった事には安心した。知識のない人には単なる安物のカバンでしかなく、中も空にしか見えないので、価値がないと思ったみたい。わりと危険な品も入っているので、盗られて中身に気付かれたら危ないところだったわ。
普段は使っていないけど、私が主に召喚魔法の儀式に使う棒と回復魔法用の杖が一本ずつ、さらにタリスマン以上に強力な護符も実は持っている。落とさない様にベリアルの印章入りプレートまで仕舞ってあるし……。これを紛失しては、召喚術師としてかなり問題があるぞ……。
魔法薬類はまた作れるからともかく、エグドアルムで纏めた資料が奪われても取り返しがつかないしね。
赤くなった手を擦る私を、皆が不思議そうに見ていた。
「油断していて捕まりましたが、私は魔法使いですから。それに、すぐに私の契約者が助けに来て下さいますよ」
ああ……でも油断して捕らえられたなんて、恥ずかしいし怒られる……。
けが人に回復魔法をかけて、一人ずつ皆の戒めも解いていく。しかし魔法を抑制する拘束具はすぐには外せなかった。下手に外すと、爆発するよう仕掛けてあったからだ。なんて卑劣なの……!
「ありがとございます。でもこの後は……」
「おねえちゃん、助かるの? 殺されない?」
「怖い人がいっぱいいるよ!」
「逃げたら追われるよ……」
子供たちが不安そうを口にする。長い子は何日もここに閉じ込められていて、もう少し人数が集まったら、隣国に売ると話していたという。お腹や服に隠れる部分を殴られたり蹴られたりした子もいて、相当怯えている。
「それは……、あ、こうきたんですか……。皆さん、私の周りに集まって下さい」
「どうしました?」
「いえ、助けが来たというか……」
外から感じる魔力の高まりが、危険水域にあるというか。
助けという言葉に、みんながすぐに集まってくれた。私はだいたいの範囲を決めて、防御の魔法を急いで唱える。
「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」
詠唱を終えると、半円状の薄い膜が私たちを中心に展開される。
続いてとんでもない爆発が発生し、轟音と共に建物の天井も壁も崩れていく。子供たちが悲鳴を上げてしゃがみ込み、手で顔を隠した。エルフの女性だけが信じられないものを見たという顔で立ち尽くして、私と周囲の様子をまじまじと眺めていた。
壁は一部が残っただけで、天井の代わりに夜空が広がっていた。隣にあったはずの小屋は跡形もなく、もう一棟あったと思われる盗賊が建てたのだろう建物は、廃墟の様相を呈している。あちこちから白い煙がのぼり、何かがプスプスと燃えている。
盗賊たちは生きているのか死んでいるのかまでは解らないが、立っている者が一人もいない事だけは確かだ。壊れた壁に挟まれたり、吹っ飛んで木に引っかかってたり地面にすごい格好で倒れて居たり…
「ここにおったか。探す手間が省けたわ」
普通に話しかけて、空から姿を現すベリアル。
「これ……助けるって、言います……?」
「不満かね?」
助けられたというより、更なる災害に見舞われた気分だ……。まさか全部破壊して見つけようとするとは思わなかった。他の部屋にもさらわれた人が居たらどうするんだろう。いや、どうもしないかも。契約内容からすれば、私の身体の安全が第一義になっているのだ。後は知らないと言いそう。迂闊に人質にもなれないわ……。
子供たちは最初はビクビクしていたが、盗賊たちが伸されている姿を見て、助かったんだと実感したらしい。手を取り合って喜んでいる。
「それは置いておいて……、ベリアル殿、この首輪は外せますか?」
私は気持ちを切り替えて、エルフの女性につけられた魔法抑制のアイテムを見てもらった。
ふむ、と赤い瞳が覗きこむ。
「造作もない」
指先で触れるだけで、それはあっという間に地面に落ちた。
「あ……ありがとうございます!」
あまりに簡単に外されて驚いたエルフの女性が、震えながらお礼を口にする。
「しかしイリヤよ、その程度のものも外せんのかね? だから捕らわれたりするのである、愚か者が」
「う……反論の余地もございませんが……。爆発させる術式も見えたので、熟慮が必要かと……」
ああ、やっぱり言われた。でもニヤニヤしてるぞ。バカにできて楽しいとか?
「さような時は、爆発命令を出す回路を先に閉じるのだ。さすれば何の憂慮もない」
「な……、なるほど。思い至りませんでした……」
く……悔しい……!
「それよりも、そなたの首より提げていたものはどうしたのだ!」
「……奪われてしまったようで。面目次第もございません、すぐに探します!」
怒ってる怒ってる! まあ当たり前なんだけど! 落ち込んでいる暇はない。私はくるりと向きを変えて、瓦礫を飛び越えて走り出した。誰かが持っているか、略奪した品物と一緒にしてあるのか。解らないけど、宝石や貴金属が保管してある場所を見つけて、その中にないか確かめよう。
「あれは、初めてベリアル殿から賜った、私の宝物なんです。絶対見つけますから!」
あのルビーはベリアルとのリンクが強いので、アレがあれば私の居場所はいつでも彼が把握できるし、その気になれば簡単な通信もできる。籠められた力を開放して使う事さえできるのだ。勿論誰でも出来るわけではないが、高位の魔導師ならば使い方が解るかも知れない。そんな不安以上に、大事なものなので無くしたくない。
「……全く、そなたは本当に抜けておるな。探さずとも、よほどの封印でもされん限り、我には在処がわかると言うに。」
ベリアルが呆れながらも指をクイッと弾くようにあげると、瓦礫の間から赤い光が線のように漏れた。
「あああ! ありました、コレです!!」
邪魔な瓦礫をどかして拾い、私はすぐさま首から掛けた。そしてしっかりと服の下に仕舞い込む。
そんな私の様子を、ベリアルはなぜか不思議そうな表情で眺めていた。
「……それだけかね? 他にも宝玉はあるようだが?」
「いえ? それは私のものではありません」
足元には色とりどりの宝石や金の装飾品、少し壊れた芸術品が転がっている。踏まない様に歩こう。
「あの……お探しのものは見つかりましたか?」
エルフの女性が戸惑いながら声を掛けてきた。子供達もどうしたらいいのか解らないようで、成り行きを見守っていた。
「申し訳ありません、私事で! それで、どうされます? お送りした方が?」
「とんでもない! 助けて下さって有難うございます、本当に感謝してます! お礼もできなくて申し訳ないですが、皆が心配していると思いますので、私たちはこのまま里へ向かいます。ぜひいつか里に遊びに来て下さいね、イリヤ様、ベリアル様」
「お姉ちゃんありがとう! 絶対来てね!」
「ご馳走用意してもらうから!」
あ、さっきのやり取りで私達の名前が出てたっけ。子供たちの笑顔に、本当に無事で良かったと思った。
私はエルフの女性に人里までの道を尋ねた。細い道を3回曲がって、少し広めの林道を下って行けば、ドルゴという街に着くという。ちょうど行きたかった街だ!
子供たちを連れて暗くなった森を抜ける。夜の道は狼やフクロウの鳴き声や、何かが飛び去る音が聞こえて子供たちには怖かったろうけど、それよりも皆早く盗賊たちの拠点から離れたいようで、きちんと歩いてくれた。一番年上の、アレシアより少し年上に見える少女が、小さい子たちを励まして声を掛けてくれている。
森を抜けると、広い平原にいくつか集落が見えた。
一番近くの、石の壁に囲まれた大きめの街がドルゴらしい。他の街りも、明かりがたくさん灯っている。
夜遅くなってしまったが、なんとか無事に辿り着きそうだ。
月明かりに照らされた街道は他に歩く姿もなく、静まり返った森が私たちを見送った。
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