第20話 ドルゴの街とハイポーション

 ドルゴの門は固く閉ざされていた。

 夜だから当たり前なんだけど。

 私はちょっと待っててと皆に告げて、飛行魔法で壁をひょいと乗り越えた。すごいと、子供たちの歓声が聞こえる。


「夜分に申し訳ありません、この街の警備の方でいらっしゃいますか?」

 門の内側には詰め所があって、窓から覗き込むと、二人の男性が飲み物を片手に雑談していた。兜がテーブルの上に無造作に転がっている。

「……どうかしたのか?」

 1人がグラスを置いて立ち上がった。

「実は盗賊に捕らわれまして、子供たちと共に逃げて参りました。門の外に皆おりますので、門を開けて頂きたいのですが……」

「盗賊に!? 子供たちとは……、どういう事だ!?」

 もう一人も慌てて立ち上がり、こちらにやってくる。

「とにかく開門しよう。おい、アイツも起こして来い!」

 交代で寝ていたと思われる奥に居た男性を叩き起こし、三人はかんぬきを外して、ゆっくりと扉を開いた。外で不安そうにしている子供たちの姿を確認すると、喜んで中に招き入れてくれる。


 すぐさま都市の防衛隊本部に一人が連絡に走り、保護した子供たちをいったん詰め所の中へ集めた。怖かっただろう、大丈夫かと問い掛けられて、子供たちは言葉少なに頷いた。

「ところで……あなた方は? あなたも捕らわれたんですよね?」

 痛い質問だ。

「ええ……その、恥ずかしながら……。彼は私が契約している悪魔ですので、助けて頂きました」

 ベリアルは子供があまり好きではないらしく、先ほどから言葉を発していない。赤い瞳でつまらなそうに見ている。

「なるほど……! 召喚術師の方でしたか。お疲れさまでした! まず拠点の場所を教えて下さい、すぐに討伐隊を派遣することになります」

「場所ですか。ええと……」

 若い兵が出して来た地図を、照明を頼りに確認する。街があって、森があって……森の中に小道が……??

 細かい道は書かれていないので、どこを通ってきたのだか全く解らない。

「……ここである」

 ベリアルが離れた場所から人差し指で地図を指すと、突然地図から小さな火がチラリと燃えて、焦げ跡に直径五ミリくらいの丸い穴を作って消えた。

 男性は地図を落としそうなほど慌てたけれど、穴の場所を確認すると少し落ち着いたようだ。

「うわっ……、あ、……? こ、ここですか。ありがとうございます……!」 


 ほどなく応援の兵がやって来てバタバタと人の行き来が始まり、騒ぎに気付いた町民達もちらほらと集まって、詰め所の様子を眺めている。

 子供達が助けられたことは瞬く間に町中に広がり、何人かの子供は駆けつけた両親との涙の再会を果たした。

 別の町から浚われた子も居たため、全員とはいかなかった。また、既に他の場所へ移されてしまった子もいたようで、落胆する家族の姿も見受けられる。この先も調査に忙しくなるだろう。

 私たちは明日、事情聴取を受けて欲しいと求められた。さすがに断るわけにはいかないけど、あんなに破壊してしまった言い訳を、どうしたらいいのだろう……。助かったから、それでよし! で、済むといいな……。


 宿は手配してもらえた。それもお代は向こう持ちで、とてもいい宿に! わざわざ案内してくれて、宿の人には恩人なので丁重にもてなすようにと、付け加えてくれる。

 夜遅くの到着だったのに広い部屋へ案内され、美味しい食事まで用意してくれた。部屋はもちろんシングル。ベッドが柔らかいし、猫足の可愛いテーブルには花が飾ってあり、窓にはふわりと柔らかいレースのカーテン。夜着まで用意してある。暖かい布団でぐっすり眠って、朝にはおかゆメインの朝食も頂いた。


 今日はどうすればいいのかなとぼんやり考えていると、昨日案内してくれた若い兵が訪ねて来ているという。

「おはようございます。お疲れでしょうが、宜しいですか?」

「おはようございます。大丈夫です、どのような御用件でしょうか?」

「朝からすみません、聴取の前にまず冒険者ギルドへ案内するよう言われてるんですが、準備して頂けますか?」

 早くから聴取が始まるんだと思ったが、違うらしい。それにしても冒険者ギルドは、まだレナントでも行った事がない。

「……私は冒険者ではありませんけど……?」

「それは問題ないです。子供たちの捜索依頼があったので、成功報酬を受け取れるんですよ。その後に聴取の方をお願いします。……ところで、あの悪魔の方は……」

「彼は“我にはもはや関係ない、寝ておる”と言って……」

 兵はどこかホッとしたような表情だった。居ないと困るんじゃなくて、居たら怖かったのね。

 では貴女だけでと、私を冒険者ギルドまで案内してくれた。


 冒険者ギルドでは受け付けに並んでいる冒険者たちを横目に、奥にある部屋へ案内された。ギルド長から直接報奨金を渡され、感謝までされる。ちなみにギルド長は、悪魔を見たかったとガッカリしていた。

「いやあ、ずいぶん強い悪魔を従えてる召喚師さんなんだねえ! 若いのに立派だ」

「……従えてはおりません、契約をしているのです。召喚師よりも、私は魔法アイテム製作の技師でありたいと思います」

「これは失礼……、それにしても魔法アイテムか」

 恐縮して謝ってくれるギルド長。ちょっと口調がきつかったかも。後ろで待っている兵も、苦笑いを浮かべている。召喚の契約を自分の手下を作るように思う人も多いんだけど、私はその考え方は好きではないの。契約は対等だし、召喚する際は敬意を払うべきだと思う。


「もしかして、エルフの森に?」

「はい、薬草採取が目的で。早くポーションを作りたいんですが……」

「なんだ、なら場所を提供させよう。この街にラジスラフ魔法工房って所があってな、あそこは俺の友人がやってるんだ。午後からにでも使わせてもらえるよう、交渉しておくよ。調書なんて午前中で済むだろ?」

「え、それは僕じゃ解りませんが……」

 思いがけない提案に、私も兵の人も困惑してちゃったけど、ギルド長は勝手に話を進める。

「問題ないって! さっさと調書とってこい、俺はヤツの工房に話を付けに行く。すぐ行動、ホラ!」

 かなり強引な人物らしいが、私には願ったりかなったりだ。

 すぐさま防衛隊本部に案内され、顛末が伝えられると、アイツにも困ったものだと言いながら聴取が始まった。


 聴取が終わったのは昼を過ぎてからだった。討伐隊は拠点が壊滅されていて驚いたらしいが、破壊活動については不問で済んだ。昼食をとった後、工房へと案内してもらえることになった。



□□□□□□□□□□(以下、視点が変わります) □□□


「親方! 上級ポーション20本、できました! すぐに届けてきます!」

「おう! 転ぶなよ!」

「こちらは新しい依頼です、マナポーションを50本。受けますか?」

「んん~……いっぱいいっぱいだな。予約が多いから一カ月先だって言っとけ!」


 工房は慌ただしく稼働している。近隣からも注文が来て、断る事があるほどだ。上級は何人か作れるからいいが、ハイポーションは俺にしか作れないし、俺も成功率が高くない。これに関しては、予約は受けない事にしている。

 こんな忙しい時に、ギルド長をやってる悪友が“盗賊に浚われた奴らを解放してくれた女性がポーションを作りたいって言ってるが、まだ帰してやれないから場所を貸してやってくれよ”などと言って来やがった!


 確かにそれはすごいと思う。だがその女がどんな薬を作りたいんだか知らないが、神聖な工房を簡単に使わせろなどと、よくぬかしたもんだ。あんまり下手な腕だったら、いくらアイツの頼みでも追い出してやる。 

 工房の主であるこの俺、ラジスラフに弟子入りしたいというヤツは多いが、いい加減な奴に技術は教えない。

 忙しさと身勝手な頼みにイライラしていると、ついにソイツがやってきた。


「親方、工房を貸してもらえるって聞いてるんスけど……、本当に大丈夫ですか?」

 声を掛けてきたのは、街の若い兵隊だ。案内をしてきたらしい。

 続いて後ろから、二十歳そこそこに見える紫の瞳をした若い女が、やたら整った顔をした、赤い髪の男を連れてやってきた。護衛にしては良い身なりをしている。

「失礼いたします。お初にお目にかかります、イリヤと申します。この度は私の我ままを聞いて下さり、場所を提供して頂き、誠に感謝いたします。御迷惑をお掛けしないよう細心の注意を払いますので、何卒よろしくお願い申し上げます」

 深々と頭を下げて、薄紫の髪がさらりと肩から流れる。

「……いや、まあ……、こちらこそヨロシク」

 あんまりにもばかっ丁寧なんで、完全に毒気を抜かれてしまった。


「んじゃ、これを使ってくれ」

 俺は工房で使っている大きな釡を指した。街でちょこちょこ作ってるヤツは鍋で煮てるんだろうが、一気にやってさっさと終わらせてもらいたいからだ。分量なんかは教えてやるしかない……と思っていると、予想外に嬉しそうにしやがった。

「まあ! こんなりっぱな釡、久しぶりに使います! わざわざご用意くださり、ありがとうございます!」

「……なんだアンタ、こんなでけえの使った事あるのかよ?」

「ええ、きゅ……研究所で使用したことがございます」

「ほお……」

 なかなかちゃんとやってる奴じゃないかと思ったが、見ると女は釡の八分目まで水を入れている。ただでさえ重い釡に、運ぶ前から入れすぎだ! 持てとか言う気じゃないだろうな!

「あ、ベリアル殿! すみません」

「良いからさっさと集中せんか」

 俺の心配をよそに、連れの男は水のたっぷり入ったそれをひょいと持って、軽々とかまどに運んだ。

 とてもそんな剛腕には見えないのだが。欲しい人材だ。


よこしまなるものよ、去れ。あまねく恩寵の内に。天より下され、再び天に還る水。つきぬもの、ウロボロスの営みよ。汝の内に大空はあり、形なき腕にて包み給え。水よ、水より分かたれるべし」


 釡を前に、女が僅かな塩を入れながら呪文を唱え始めた。まずは水を浄化しなければいけないからだ。釡の水面がさざめき、水が銀色の光沢を放つ。

 ……やたら魔法の効果が高い。魔法が得意なのか?

 そしてキレイに洗って、丁寧な下ごしらえをした薬草を天秤で量って水に沈めた。

「この材料……ハイポーションか!?」

「ご名答だ」

 答えたのは男の方だった。おもむろに手を肩の高さに上げパチンと指を弾くと、ポンとかまどに火が点いた。

 女は真剣に釡を見ながら、木の棒でゆっくりかき混ぜている。

「にしても、浄化の呪文が途中から全然違ったぞ?」

「アレは、水の浄化に特化した術である。知らんのかね?」

 聞いたこともねえよ! 男は見下ろしながら口端を上げ、高慢にニヤリと笑う。コイツ絶対、性格悪ィな。


 ハイポーションを作るためには、まず一時間弱火でじっくりかき混ぜる。

 そして火を止め、次の材料を入れるのだ。これがまた入手しにくいものだ。

 魔物の動力源とも生命の源とも言われている、魔核。たいてい歪なひし形など四角形をしていて、石にしては柔らかい。それを粉にして入れるのだ。粉に引くのがなかなか重労働である。

 女は何を思ったのか、まだ核のままのソレを釜の上に両掌で掲げた。

 目を疑う光景だ。様子を見ていた職人たちも、ざわざわとしている。


「塊なるものよ、結び目をほどけ。我が爪は其を引き裂く鍵となり、月日の前に全てはほころびる。風に散る塵の如く、海に押さるる砂の如く」


 初めて聞く詠唱が終わると、核はボロリと崩れて粉状になり、指の間を滑って釡へと降り注がれた。

 両手を広げれば、水に対流が起きて見る間に粉が溶け、元の水の色になる。そこに魔力を注ぎこみ、再びとろ火でかき混ぜながら煮込まなければならない。

 ポーション作りは、魔力と集中力と根気がいる作業だ。魔力が足りなければ効果が出ないし、集中しなければ失敗してただの水に戻ってしまう。ハイポーションにかかる時間は六時間なので、その間、根気よく作業を続けなければならない。


 四時間経過したところで、再び火を止めて追加の材料を入れる。これは特に決められているわけではなく、個人で思い思いの素材を入れて効果を高めるのだ。どれが最もいいかなど、未だに結論が出ていない。

 女は蜂蜜を加え、ハーブを数種類入れたようだ。

 そして光属性に値する魔力を注入する。これが最後の厄介な作業。

 これさえ終われば、一旦冷まして再び過熱するだけ。まだ時間が掛かるが、ここまで来れば基本的に失敗はない。

 ハイポーションへ聖なる魔力を注ぎ込む女は自らも光を放つようで、風もないのに靡く髪とふわりと揺れるスカートが幻想的だった。


 全部で六時間経ち、ハイポーションは見事成功。

 俺がハイポーションを作る時は、数日前から食事に気をつけて、マナのあふれるエルフの森でリラックスして魔力を取り込み、自分の状態を準備してから取り掛かる。それでも失敗することもしばしばだ。それをこの女……イリヤは、ロクな準備もなく、材料が手に入ったから作ります、なんて手軽に作ってしまった。

 とても信じられない。魔法薬ならラジスラフと、そう言われていた俺のプライドは砕けそうだ。

 量も俺が作る時よりもたくさんできている。俺だったらこの水の量で十三、四本だが、イリヤは十九本も作った。魔力を通すのが早いし、かなり魔力自体も多そうだ。だから余分に煮詰めなくて済むのだろう。しかも魔力操作が見事という他なかった。見習いたい技術だ。

 試しに試験紙に一滴落とさせてもらうと、効果も俺が作るよりも高いという結果になった。


「場所を貸して頂いたお礼です、お受け取り下さい」

 イリヤはせっかく作ったハイポーションを、惜しげもなく俺に一本差し出してきた。

「……いや、さすがにこれはもらえないだろ」

「いえ、とても助かりましたので。ラジスラフ様の御高名は、レナントでも聞き及んでおります。工房で作業させてもらっただけでも、自慢になります」

「ま、まあじゃあ貰うぜ? いいンだな?」

「勿論です」

 笑顔で答えるイリヤに、明日の午後も作業に来ていいと告げると、破顔してぜひ、と返事が来た。

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