第21話 Aランク冒険者
ドルゴでの三日目の朝。明日、盗賊に捕まっていた人達を助けて、退治に貢献した報奨金を貰ったら、帰ってもいいらしい。
午前中は予定がないので、街の中を散策することにした。売っている商品を確かめて、自分が作る品物の参考にするのもいいかも知れない。
しかし大通りは朝から人が多い。有名なラジスラフ魔法工房がある事と、エルフの森と言われる薬草豊富な採取地がある事が大きな理由らしい。冒険者も集まりやすく、結果的に商売が盛んになっている。そして朝早く出掛ける人も多いので、朝と日暮れ時が特に混んでいる。
「……いたっ!」
腕に痛みを感じて視線を向けると、向かいから歩いてきた紺色の鎧に身を固めた男性の肘部分に引っかかり、袖が少し破れてしまっていた。
「これはすまん……! ケガはないか?」
三十歳前後だろうか。日焼けした屈強な印象の男性の黒い瞳が、私を心配そうに見下ろす。今まで会った人の中で、一番背が高いかな。私とは頭一個分以上の差があるよ。
「いえ、大丈夫です」
「しかし服が切れてしまったな……、申し訳ない、俺の不注意だ。買い直そう」
こんなに人が溢れているところでお互いさまなのに、わざわざ買ってもらうのも申し訳ない。それに、この服は私の魔導師としての一張羅なのだ。
「とんでもない、繕えば問題ありませんので!」
「……ふっ! そなた、針仕事など出来ぬであろう」
ベリアルが笑う。見栄を張ったんじゃないですよ、気を使わせない為なんですよ!
男性は困ったように眉を寄せている。
「……やはり、新しいものを買った方が……」
「いえ、この服は大事なものですから」
私が断ると、男性は腕を組んでう~んと唸った。
少し悩んでから、名案が浮かんだとばかりに人差し指を立てて、私の前に出す。
「そのままって訳にもいかないしな。そうか、なら俺の友に繕い物の上手なヤツが居る。ソイツにやらせよう!」
「そのようなご迷惑は……」
「宿に一緒に来てくれ。俺はノルディン、Aランクの冒険者さ。君は?」
「私はイリヤと申します、魔法アイテム職人をしております」
大きな背中は返事も聞かずに歩きだしてしまう。仕方がないので、後をついていくことにした。
これから会う人は、同じパーティーの仲間で同じくAランク冒険者、レンダールという名。剣の他に、回復魔法や補助魔法を使うらしい。攻撃魔法も少し使えるとか。裁縫だの片付けだのが得意な、変わった男だと笑った。
歩きながらベリアルが
「……で? 良いのかね、そなたは」
と聞いてきたが、私には何の事かよく解らなかった。
……その時は。
「私どもと同じ宿ですね」
「そうだったのか? どこかで会ってるかもな」
ノルディンと名乗った背の高い男性は、二階にある宿泊している部屋まで私達を連れて行った。
そして扉を叩いて、居るだろ、と声を掛けている。
「……なんだ、もう帰ってきたのか?」
顔を見せたのは、耳は短いけれどとんがって、きれいな淡い金髪を頭の後ろで一つに結んだ、色が白く深い青い瞳が印象的な男性だった。エルフの血が混じっているのかも知れない。
ノルディンが事情を話すと、だから着替えてから出掛けろと言ったのだと怒りながら、私に会釈した。
「連れが失礼した。レンダールという、服は私が確かに直させて頂く」
「お手数をおかけいたします、イリヤと申します。縫物が得意ではなくて、お恥ずかしい限りです……」
挨拶を交わしていると、横からとんでもない一言が飛んでくる。
「んじゃ、さっさと縫ってやってくれよ。ほら脱いで」
「……は?」
「おい!!」
「……くくっ!! 愉快な男であるな、そなた!」
もちろん笑っているのはべリアルだ。とんでもないわ!
「き……着替えて参ります!」
私は慌てて廊下を走り去った。
後ろで“変態か貴様は!”という声とともに、バゴンと鎧を叩く音がした。
いったん部屋に戻って着替えた私は、再び先ほどの部屋を訪ねた。
白い長袖に草色の裾の長いベストを着て行った。
「では申し訳ありませんが、お願いいたします」
「いえ、こちらこそ失礼を……」
気まずそうにレンダールが私の服を受け取る。テーブルの上に置き、破れた袖の部分を広げると……。
ぱらり、と服の合わせの裏が見えた。
……しまった!!
さっきのベリアルの“いいのか”は、これを見られて、という事だ!
表から見ると紫の布が重ねてあるだけに見えるんだけど、裏にはしっかりと魔術の記号や文字が書かれている。魔法も使うというだけあって、レンダールにはそれがどういう事かすぐに解ったらしい。
「……これは……、なんと」
ポソリと呟き息を呑んで、サファイヤ色をした瞳が、魅入られたように文字列を辿っている。
首の裏の部分にある、布を被せて隠していた秘匿文字も、糸がほつれてヒラヒラと隙間から覗けてしまっていた。袖の裏側にも記号が描かれ、胸の部分にある石は、それらの魔術を安定させる為と増幅する物だと、魔術を心得る者が手に取れば理解するだろう。
焦ったようにしつつも、じっと服を睨みつけてから私を……というより、私の服の下にあるルビーの魔力に視線を合わせ、そしてゆっくりベリアルの方へ首を巡らす。
腕を組み壁に寄りかかって立つ彼に、白磁のような顔を更に白くしている。愕然としたような表情のレンダールに、ベリアルは“正解だ”とでもいうように、口元を歪めた。
「おい、どーしたんだよ? 直せそうにないか?」
一人状況が掴めないノルディンの声に、レンダールはやっと現実に戻ったように私を見据えた。
次の瞬間。
「……申し訳ございません! 取り返しのつかない事をいたしました!」
椅子から転げ落ちるように床に降りて、突然土下座をしたのだ。
「は? え?? どうしたんですか? 何を謝罪されているんです?」
「レンダール、なんだってんだよ!?」
私もノルディンも、唐突な彼の行動の意味が解らず困惑している。ベリアルは笑みを浮かべているので、だいたい理解しているようだ。相変わらず人間の心の機微に
「お前も謝れ!! とんでもない事を仕出かしてくれたな!!」
とにかく必死な形相で、当惑するノルディンを怒鳴りつける。
「いや、俺が悪かったがよ、だからって土下座まで……」
「いいか、説明するが! これは単なる服じゃない、魔法使いの重要なローブだ! しかもかなり複雑に魔法の込められた。金を出せば買えるような品ではない!! その上この方の優雅な物腰、口調、それに控えているあの悪魔!! この方は、何処かの国の宮廷に仕えている、高貴な魔導師でいらっしゃるに違いないぞ!」
「なっ!」
すごく一気にまくし立てている。
これだけでそこまで解ってしまうなんて、これがAランク冒険者になった人の経験と観察眼なんだろか。しかしこれはもう……、隠しようがない。
「なんとしてでも弁償いたしますので、どうかご容赦下さい……!!」
レンダールは床に頭をこすり付けるような勢いだ。心配させているみたいで、私の方が申し訳ない。許さないなんて、一言も言った覚えがないんだけどなあ。
「……だいたい正解、というところですね。椅子にお掛け下さい、説明いたしますので」
服をちょっと破られただけで、こんなことになるとは思わなかった……
「私はエグドアルム王国で宮廷魔導師見習いをしていました」
「エグドアルム……あの魔法大国と言われる……」
どうやらレンダールは、私を貴族と勘違いしたらしい。どの国でも宮廷に仕える魔導師は貴族が多いからね。
私は既に宮廷を去った事など、簡単に事情を説明した。今は一般人です、と言っても二人は苦笑いをしている。
「まあ……あの国の貴族が酷い権威主義で、下の者への扱いが悪い事は、有名ですからね……」
「あんな魔物が強いって言われる場所で、討伐ばっかさせられてたら逃げるわなあ」
二人とも多少エグドアルムについて知っているようだ。
「お前は、だから口の利き方を……!」
「いえ、気にしておりません。普通に接して下さい、私も今はただの魔法道具職人ですので」
「普通にって、イリヤさんだってずいぶん固いぜ?」
「……ノルディン!!!」
茶化すようなノルディンに、レンダールが声を荒げる。
解ったわ。これがボケとツッコミってやつなのね。
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