第64話 シーブ・イッサヒル・アメルを探して

 コアレまで戻った私達は、もう夕方も近かったので、ここで一泊することにした。死海が閉鎖されている影響で、宿の部屋は閉鎖が解かれるのを待つ人で埋まっている。五軒目にやっと空きがある宿を見つけられた。

 あとはシーブ・イッサヒル・アメルという薬草さえ手に入れられれば、アムリタが作れる……! この薬草は綺麗な水の中に生息していて、なかなか探しにくい。


 チェックアウトしてから死海の塩を買って、町を散策してみる。今朝、討伐隊が死海に向けて出発したと、宿の人から教えてもらった。

 悪いことをした……。もう倒しちゃった。

 蛇も倒したし、シーサーペントは死海に浮いたままだろう。手に入れた黒竜の鱗はどうしようかな。装備に加工するにしても、けっこう重いんだよね、これ。


 お店を眺めていると、昨日会った筋肉質でグレーの髪の、髭を生やした初老の男性がこちらに気付いて声を掛けてきた。服は変わらず、長袖長ズボンに、腰に茶色い布を巻いている。

「昨日のお嬢さん!! 良かった、まだ町を発ってなかったんだな!」

「先日は慌ただしくしてしまい、申し訳ありません。お怪我の様子は如何ですか?」

 私がお辞儀をすると、男性はこりゃどうも、と頭を下げた。

「いやはやご丁寧に……、あの軟膏を塗ってから、だいぶ調子が良くてな。今日は普通に歩けているのだ」

 私はすかさずノートを取り出し、持続時間や効果についての実感を詳しく質問し、メモをしていった。困ったように笑いながらも、男性は真摯しんしに答えてくれる。


「なるほどなるほど……、傷痕を観察させて頂いても?」

「ああ。もちろんだが、一日で変わるものではないぞ?」

「そうなんですけどね、やはり気になるのですよ」

 男性が近くにあったベンチに座りズボンの裾をまくってくれたので、私はしゃがんでじっくりと傷痕を確認する。

 僅かに薄くなったような……。これは、完治の見込みあり。できれば毎日経過を観察したいところ。

「……そなたはこのような場所で、何をしておるのだ」

「あ、ベリアル殿。昨日痛み止めをお使い頂いたので、どのような状態かと思いまして」


 別のお店で買い物をしていた、ベリアルがやって来た。宝飾品店を覗いていたらしい。彼は基本的に、宝石や金など、光る物が好きなのだ。

「……契約を、しているのか?」

「お分かりになりますか? 悪魔のベリアル殿です」

 さすがに戦いをしてきた人だ、危険に関して勘が働くのかな。そして悪魔や召喚について知識のある人なら、むやみに爵位を尋ねたりもしない。なぜ質問するのか、そこから疑われるし嫌がられる。

 たまに自分からバンバン自慢げに話す悪魔とかもいるけどね。

「お嬢さんは魔法アイテム職人かと思ったが、召喚師……?」

「現在の職業は職人でございますが、召喚師でも魔法使いでもありますよ」

 お決まりのセリフになってきたわ。


「雑談は終わりにせぬか、そろそろ参るぞ」

「あ、はい。ではこれで。ご協力ありがとうざいました」

 ベリアルに促されて立ち上がると、男性が慌てて止めてくる。

「死海は討伐が成功すれば、明日から出入りが解除されるが?」

「いえ、そちらはもう大丈夫です。現在はシーブ・イッサヒル・アメルという水の中に生える薬草を探しております」


「……聞いたことがあるな。このワステント共和国では、採り尽くされてもう手に入らんと言われていたような。チェンカスラー王国なら、あるかも知れん」

 なんと! この男性は、私の探しものに心当たりがあるらしい! アムリタを使って、アムリタを作る材料が手に入る。これが循環というものか。

 そしてさらに、男性は説明を続ける。

「通常は売っておらんよ。冒険者ギルドで依頼として出すといいだろう」

「ご親切にありがとうございます。チェンカスラーから参りましたが、全く存じ上げませんでした。早速戻って依頼をしてみたいと思います」

 親切に教えてくれた男性にお礼を告げて、頭を下げる。

「いや、こちらこそ世話になった。ところでお嬢さん、この薬は何というんだね? できれば買い取りたいんだが」

 聞かれてしまった。まあ、もう会わないだろうし、いいかな。

「そちらは差し上げますよ。お陰様でまた作製できそうですので。アムリタ軟膏と呼ばれる薬です」

「アムリタ……!?」


「では、失礼いたします。」

 驚いている男性の顔を横目に、私達は空へとサアッと翔けた。



「うーん……でもきっと、レナントにはないですよねえ……」

「帰り道であるし、防衛都市にでも寄ってみてはどうかね? あの者達ならば、存じておるのではないか?」

 あの者達とは、以前関わりがあった防衛都市の指揮官ランヴァルトと、筆頭魔導師バラハだろう。確かにこういう薬は使うだろうから材料を仕入れていそうだし、仕入れ先を尋ねてみるのもアリかも。

「では、次の目的地は防衛都市ザドル・トシェですね!」

 前回は火竜、魔物の大群、竜人族ズメウと色々あったけど、平和にいくだろうか。

 ……もしかして、ベリアルはまたトラブルを期待しているんではないだろうか。


 そして見えてきた、高い防壁に囲まれた防衛都市、ザドル・トシェ。

 今回は跳ね橋が掛けられている。あそこから入らないといけない。厚い壁の上の歩廊には常に見張りがいるから、飛行魔法でこっそり入ろうにも止められてしまうだろう。表に回るしかないな、と思っていた時だった。

 都市から誰か飛行魔法でやってくる。ミスリル製の杖に黒い宝石を埋めていて、黒いローブを着た男性。

「バラハ様! お久しぶりです!」

「やっぱり、イリヤさんとベリアル殿。今日はまた、どうしてワステント共和国側から?」

 

 私達は彼と一緒に防衛都市の壁の内側に降りた。

 さすがに筆頭魔導師と一緒なので、誰にも咎められない。

「実は死海に行って来たのです。その後シーブ・イッサヒル・アメルを探していたら、チェンカスラーで入手できると聞き及びまして」

「……死海は観光、じゃなさそうな。……もしかして、アムリタでも作る?」

「その通りです!」

 この材料で、やはり解るのね。でも自分で言い当てたのに、なんでバラハは驚いた顔をしているんだろう?


 会話をしていると、誰かが足早に近付いて来る。

 金茶の髪に緑色の瞳をして、白い鎧を纏った騎士。この都市に駐在する軍の指揮官、ランヴァルト・ヘーグステットだ。

「イリヤさん? イリヤさんではないですか! 先日は両親が大変な失礼をいたしました」

 いきなり頭を下げられた。わああ……目立つ!

「そんな、謝らないでください! こちらこそ事情も存じ上げず、生意気なことを申しまして……」

「なんなの? 何かあったの、二人とも?」

 事情を知らないバラハが焦っている。

 通り過ぎる人が振り返っているよ。この場所だと目立つので、近くの喫茶店に移動しようと、ランヴァルトが提案してくれた。


 喫茶店で注文をしてから、私が成り行きを口にした。

 ヘーグステット子爵に、ランヴァルトとジークハルトの二人を騙している、金目当ての庶民だと中傷されて頭にきて、中級ブリザードドラゴンを凍らせちゃったこと。

 その後、子爵のお姉さんが子供の頃病気で亡くなっていて、その時に薬を作るとの名目で騙す人が多く不信感を抱くようになったと、耳にしたこと。

 ランヴァルトも父である子爵のお姉さんについては詳しく聞かされていなかったようで、目を瞬かせていた。


「こ……凍らせる……? ブリザードドラゴンを?」

「凍っちゃいましたねえ……」

 バラハが引きつっている。そりゃそうだよね、私も白く凍るとは思わなかったわ。

「一体どんな魔法を使ったわけ!? ブリザードドラゴンは、凍るものじゃないだろ!??」 

「私も全く覚えのない詠唱だった。毒の効果まであるなんて……」

 ランヴァルトも気になっていたようだ。でもこれはさすがに教えられないな。

「……そうですね。前回お見せした、吹雪の軍勢より上位の魔法、とだけ説明しておきますね。」

「「アレよりも!?」」

 二人とも、ものすごく驚いて声が揃った。

 その反応にベリアルは声を殺して笑っている。

 大体の人が吹雪の軍勢、グロス・トゥルビヨン・ドゥ・ネージュが水の最上位の魔法だと勘違いしていて、その上があると知ると驚くんだよね。猛毒まで付帯する危険な魔法だから、普通は簡単には使わないし、存在すら教えないかも。


 注文していたパフェが運ばれてきたので、とりあえず食べる。フルーツの載った美味しいパフェ! バニラアイスとの相性が最高だわ……。アイスは高級品に入るので、庶民的なお店だとなかなかメニューにないよ。

 エグドアルムでは貴族の食べものになっている。

 バラハも甘いものが好きらしく、プリンパフェを堪能していた。ランヴァルトとベリアルは紅茶だけ。


「イリヤさん、本当に美味しそうに食べるね」

 ランヴァルトの緑の瞳が、優しく細められている。ちょっと恥ずかしい。

「好きなんです、スイーツ。この前お茶に招待して頂きまして。アウグスト公爵の邸宅で、初めて憧れのアフタヌーンティースタンドを……」

「ちょっと待った! 何で公爵!?」

 しまった、口が軽くなってる! スイーツの魔力だわ。

 スプーンにプリンを載せたバラハが突っ込んでくる。

「いえ、その、庇護して頂けることになって」

「だからってさ……」

「……公爵は、魔導師や職人を優遇されることで有名だからね。さすがイリヤさん」

 穏やかな口調でランヴァルトが、さり気なくバラハの追及を止めてくれる。

 ベリアルはニヤニヤしている……。

 自分からバラすとはとか、そんな感じだろうな。くうう。


「それよりもそなた、シーブ・イッサヒル・アメルであろう」

 珍しく助け船が出された。これは泥船じゃないことを祈る。

「ああ、そうだったね。バラハ、ありそうか?」

「残念ながら、ないよ。依頼で出した方がいいと思う。確か山にある泉で採れる、とか聞いたかな」

 なかったか。でもこの近辺に生育しているのね。私が泳げたら自分で探して採ってもいいんだけど、泳げないんだよね……。

「で、もう竜はおらんのかね」

 これが本題でしたか!! ランヴァルトはこのふざけた質問に、真面目に答えてくれた。

「この近辺は、通常なら竜は出現しない地域ですよ……」

 ベリアルはかなり、ガッカリしていた。元から竜の出る恐れがある場所だったら、魔導師がブレスの防御魔法を習得していないわけはないでしょう。


 シーブ・イッサヒル・アメルに関しては受けてくれる人がいないと時間が掛かるから、ランヴァルトが代行して依頼を出してくれることになった。チェンカスラーでは泳げる人が少ないらしい。

 早くアムリタを作りたくて気が焦るが、仕方ないだろう。 


 ランヴァルトに託して、防衛都市を後にした。

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