第65話 こちらが探されていました
防衛都市を発って飛行していると、地上から見上げていた男性が飛んで、こちらに向かって来る。
「……君達、ちょっといいかな。君がイリヤって人で、そっちが……悪魔?」
私達を知っている? でも、初めて見る人だわ。枯れ葉色のローブを着て杖を持った冒険者だ。ランク章がローブの隙間から、チラリと輝いていた。
促されるままに降りると、地上には六人ほど人がいた。彼と合わせて七人、内二人が女性。
その内のリーダーと思われる四十歳くらいの、鎧姿で太い剣を腰に佩いてSランクのランク章を付けた男性が口を開く。
「アバカロフ伯爵から依頼があった。そちらの恐ろしい悪魔に、女性が騙されているから助けてあげてほしい、と。貴女には危害を加えるつもりはない、その悪魔から離れなさい」
「……は?」
どんな創作を吹き込まれたんだろう……??
思いもかけない展開に、間抜けな声が出てしまったわ。
「その悪魔は、村や町を滅ぼした恐ろしい悪魔なのよ!」
杖を持った魔法使いの女性が声を張る。こちらはBランクのランク章。
恐ろしいのは間違いないけど、違うというか。
「……ふふ……、ハハハ!!
ベリアルは楽しそう。ここで頑張って誤解を解いたら、邪魔をしたって怒られるんだろうな。冒険者も依頼を受けているんだし、簡単には引き下がれないか。
それにしても、冒険者を使って復讐をしてくるとは考えつかなかった。
「やはり……! どいていろ、女! こいつは我らが倒すっ!!」
今度は三十代半ばくらいのAランクの冒険者。細めの剣でわりと軽装。
七人は、SランクとAランクの剣士と、Aランクの槍を持った男性、Aランクのメイスの男性と弓の女性、そして魔法使いらしき男女で、男性の方は飛行魔法を使って私達に接触してきたSランク。
とりあえず後ろに下がって、ベリアルから少し離れた。私がいると邪魔になるので。
「一応警告します。あなた方が彼に攻撃をするのならば、私の敵と判断いたします。私は彼の契約者ですから」
「……すっかり洗脳されているというのは本当なのね! 卑怯な悪魔め……!」
弓を持った女性が唸るように叫んだ。
洗脳されているのはそちらですよ、と思うんだけど、多分現時点で説明しても無駄だろう。よくまあこんなに高ランク冒険者を集めたものだわ。
「行くぞ、みんな! 気を引き締めろ、爵位ある悪魔だ!!」
「ああ!」
気合十分だなあ。私はどうしよう?
「炎よ、濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」
ベリアルの手から炎が燃え上がり、赤黒いガーネットのような剣が現れる。
早速斬りかかってきた剣士二人の内、Sランクを剣で、もう一人には炎を浴びせて防いだ。その間にも矢がベリアルを目掛けて飛んでくるが、それは全て燃え尽きて届くことはない。
「こんなレベルで火を使う悪魔なんて、知らないわ……! 話以上の能力ね!」
矢を射た女性が、次を
「聖なる護符よ、力を与えたまえ! いと高き偉大なるお方! サバオトの大いなる御名において、邪悪なる悪魔の力を封じたまえ!」
メイスを装備している男性は、魔法や召喚術を使うのね。護符を掲げて悪魔の制御をしようとしている。
ベリアルの炎が弱まったのを感じた。
「ぬうッ! 煩わしい!」
ベリアルが忌々し気に吐き捨てた。
ここぞとばかりに剣を持った二人が攻撃を仕掛けてくる。ベリアルは軽く下がって、迫る二つの剣を手と炎の剣で防ぐが、翳した手から放たれている火の魔力はいつもほどではないようだ。
「弱めてもこれか! なんて悪魔だ……!」
一人がいったん離れ、待ち構えていたように槍の男がベリアルの胸を狙う。地面から吹き上げる炎で行く手を遮りつつ、槍の攻撃を阻害している。
「光よ激しく明滅して存在を示せ」
最初に飛行魔法で接触してきた魔法使いの男が、雷撃の詠唱を始めた。これは手から放つ方なので、防ぎやすい。防御魔法でもいいんだけど、せっかくだから私も同じ魔法で勝負してみよう。
「光よ激しく明滅して存在を示せ」
追うように詠唱を始める私に、もう一人の魔法使いである女性が、目を大きく開いた。
「あの魔法を使えるの……? しかも、後から唱え始めるなんて! どういうつもり……!?」
「構わないで、貴女も悪魔に攻撃魔法を!」
弓使いの女性が、再び弓を引きながら指示をする。
「「
私は男性に合わせて魔法を詠唱した。詠唱速度は私の方が早いようで、後から始めようが合わせるのは全く難しくない。先に撃てば相手の攻撃を止められるだろうけど、ぶつかった場合の魔法の反応を確かめたい。
同時に放たれた雷撃が激しい音と目を焼くような小金色の光を放ち、衝突する。
けたたましく響き、私の雷撃が相手のそれを凌駕して、押し寄せていく。
「……なるほど、こういう感じ」
同じ魔法をぶつけ合うことなんてなかったので、なかなかに有意義だった。
「ぐあっ!!! バカなっ!?」
魔法を使ったSランクの男性に雷撃が届き、稲光に体が包まれる。そしてドオンという爆発音がして、数メートル後ろに吹き飛ばされて倒れ、装備していた防御のタリスマンが割れて地面に落ちた。
男性は衝撃で、すぐには起き上がれないような有り様だ。
もう一人の魔法使いも、魔法を唱えている。
「水よ我が手にて固まれ! 氷の槍となりて、我が武器となれ! 一路に向かいて標的を貫け! アイスランサー!!」
この程度なら、弱まっていてもベリアルの前には何の意味もないので見送る。
魔力でAランクの剣士を吹き飛ばし、アイスランサーを水に還す。攻撃を
「やはり効果が薄くなっておる……!」
「まだまだ、遊ばせねえぜ!!」
槍を持った男が、再びベリアルに向かった。
しかしこの状態でも、ベリアルに攻撃が
さてこちらだ。私だったら、水属性といったらこれかな! という魔法を唱えることにした。
「原初の闇より
尖った氷の柱が三本、中空より現れて冒険者達に襲い掛かる。
「な、何コレ! あの子、凄い魔法使いだわ……!」
Bランクの女性魔法使いが、アイスランサーの数倍も太い氷の柱に驚き、視線を天に向けた。彼女は雷撃を放って負けたSランクの男性魔法使いに回復魔法を唱えていて、逃げられない。
「神聖なる名を持つお方! いと高きアグラ、天より全てを見下ろす方よ、権威を示されよ。見えざる脅威より、我らを守護したるオーロラを与えまえ! マジー・デファンス!」
光属性の、防御魔法だ。これは魔法のみを防ぐ。
メイスを持った男性は、光属性の魔法をよく使うようだ。対悪魔に徹底してるのかしら。もしや、攻撃も光の属性? その中でも特に、聖なる神の名を唱える神聖系がくると、場が神聖化されていき悪魔の力は弱まる。
今回も“アグラ”の御名を使っている。
防御魔法には傷を治してもらっているSランクの魔法使いが慌てて補助に加わった為、私の魔法は大分防がれた。それでも魔力を多くした真ん中の一本が防御魔法を突き抜け、威力は弱まったが槍を持った男性に当たった。
男性は痛みに眉を顰めつつも、すかさずポーションで傷を癒す。魔法使いの女性は、今度はベリアルの剣で怪我をしたAランクの剣士に回復を唱えていた。彼女は回復中心ね。
その間にもベリアルの火が地面を走り、敵の近くで燃え上がったり爆発を起こしたりしている。Sランクの剣士は、器用にそれを避けながら攻撃と退避を繰り返す。
傷を治した剣士と槍使いも再度加わり、緩急をつけた攻撃が繰り返された。
「……何かしら、この違和感……」
弓の女性の攻撃が止まっている。そして、離れた所から感じる二つの魔力。
私は上級のマナポーションで補給しつつ、神経を集中させた。
Sランク魔法使いはストームカッターを唱え、ベリアルを狙った。よく訓練しているようで、剣の二人と槍の男は、魔法が発動する前にベリアルからしっかりと離れている。
ベリアルは動きもせずに魔法を全て魔力で防いだ。
そして真空の刃が通り過ぎるとともに、Sランクの剣士が勢いよくベリアルに向かう。さすがに行動が早い。
メイスを持った男がついに光属性の内、神聖系の攻撃呪文を開始。それをSランクの男性魔法使いが補助をする。
「聖なる、聖なる、聖なる御方、万軍の主よ。いと
光属性の内、光の属性強化の効果も
「地の底より深き下層、東の果てより遠き彼方、汝が行く末に際限はなし! 七つの門をくぐりて、全ての装飾を削ぎ落とせ! 門番よ、七つの魔力を封じよ! 地上の扉は開け放たれ、光なき死者の国への道は開かれし! スレトゥ・エタンドル!」
「闇属性!? なんだ、あの魔法は! この光属性の攻撃魔法を防げるのか……!?」
メイスを持った男が驚愕している。
さすがにSランク魔法使いが補助に入っているだけあって、攻撃を防ぎきれてはいない。とはいえ、ほぼ威力は抑えられた! 上出来だわ!
二人の魔法使いは、マナポーションで補給している。私もまたこのタイミングに飲んでおこう。
「ベリアル殿!! 何か罠を仕掛けているようです、お気を付けを!」
「確かにな! 我も四方に何かあると感じておる……、魔力が注がれつつあるわ!」
私が注意を促すと、戦う手を止めずにベリアルが答えた。
もしかして、何か見極めたくて放置しているのかも……。
「気付かれてるなんて……!」
弓を持った女性が唇を噛む。この連綿と続く攻撃の間に、勘付かれているとは思わなかったんだろう。
ではこちらは闇属性で攻撃を!
「望むは有明の月、満ちては欠ける美しき神秘。星を従える麗しき佳人よ、
中空から闇属性の黒い矢が無数に現れて、標的に向かって一斉に飛んでいく。
しかしさすがに魔法使いがあちらには三人いるので、攻撃魔法は防がれた。
闇属性と光属性の引き合いのようになっている……。
滅多にない光景だ。私も本当は水属性と光属性が得意なんだよね。でもこれ以上神聖系に偏るとベリアルの力が削がれてしまうので、闇属性にしていかねばならない。
突然パアンと光が弾け、ベリアルと冒険者達を四角い空間が囲んだ。
私とBランク魔法使いの女性、そして弓を装備したもう一人の女性だけがその外にいる。
「これは……」
「完成したよ! これは、火を打ち消す結界の呪法!!! これでもう、炎の力は使えない!!」
魔法使いの男が声高に明言する。
ベリアルの手から炎の剣が消えた。
火を編み込んだマントからも、魔力も感じられなくなる。
これは……
何てことをするんだろう……
「……攻撃かと思っておったが。やってくれたわ! これは愉快!! 人間どもよ、褒めてやろう! この炎の王の、火を封じるとは……! 愚かとしか言いようがないわ!!!」
空間にベリアルの笑い声がこだましている。優位を確信していた冒険者達には、それが余裕の現れなのか、負け惜しみなのか解らず、少し離れて様子を探っていた。
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