第23話 閣下が御自らお名乗り遊ばしました(やっと!)


 ちょっとした波乱のあった冒険者ギルドを後にし、目的のラジスラフ魔法工房へ向かった。

 工房では昨日と変わらず皆が慌ただしく作業をしていて、とても活気がある。私の姿を見つけた工房主のラジスラフが、手を振って招き入れてくれた。

「おお、イリヤさん! 今日は何を作るんだね!」

 忙しい中で場所を提供してくれているのに、親切な人だよね。

「先日はお世話になりました。こちら、冒険者のノルディンとレンダールです。ノルディンが剣の魔法付与について相談があるとの事なので、共に参りました」

「そうか、二人ともようこそ! まず話を聞こうか、おいベイル、こっちへ来い!」

 呼ばれて走ってきたのは、魔法付与を専門とする職人だそうだ。帽子を脱いで、挨拶をしてくれる。


 他に仕事のあったラジスラフとはここでいったん別れて、工房内の武具製作所にある、打ち合わせ用の席に案内された。

 壁には様々な武器や防具が飾ってあって、本棚には辞典やノートが乱雑に詰め込まれている。

「実はこの剣に付与されてる魔法なんだが……」

 ノルディンが剣を鞘から抜き放つと、厚みのある刀身が銀色に鋭く輝いた。ポンメルと呼ばれる柄頭に一つと、見事な飾りのガード部分の裏表一つずつ、全部で三つの宝石が埋め込まれている。かなり高価そうな品物だ。

 それをベイルと呼ばれた職人が受け取り、真剣な表情で隈なく眺める。


「ほう……ミスリル製か。こりゃ素晴らしいな。付与されてるのは二つか」

「あの、私も見せて頂いても?」

 久々の魔法付与された武器。ちょっとテンションが上がる。

 持ってみると大きさのわりに意外と軽く、しっかりと手入れされていて、刃こぼれ一つしていない。宝石は少し表面に傷があった。

「これは、攻撃力上昇と氷の魔法を付与してありますね」

「そんなすぐに解るのかい!? こりゃ若いのに立派だな。親方が気に入るわけだよ。ところで、斬る所が見たいんだが、ちょっとやってもらえるかい?」

 ベイルという職人が感心したように私に頷いてから、ノルディンに声を掛けた。

「おお。で、何を斬りゃいいんだ?」

「ちょっとこっちに来てくれ」


 この部屋から直接隣の部屋に続く扉がある。そこを潜ると窓がなく、しっかりとした壁に囲まれた無機質な部屋があった。厚みのある布を巻いて紐でしっかり縛った円柱状の物がいくつか転がっていて、それが二つと、丸太のような棒、金属のように見える細めの棒状の柱が立っていた。

「これこれ、この布のやつさ。魔法の発動具合を見るんだ、ちょっと装置を入れるから待ってろ」

「これは……珍しい装置ですね」

 一緒に来たレンダールがしげしげと眺める。彼は魔法道具全般に興味を持っているようだ。私のローブもすぐに見破ったし。

 ベイルは棒の後ろ側に行って何かの機械を操作してから、こちらに戻ってくる。


 ノルディンが布の前に立ち一呼吸おいて剣を振ると、布はアッサリとまっぷたつに切れて、ピキピキとひび割れるような音がしてから、切り口がパキンと凍りつく。

 ベイルは落ちた布を跨いで、機械に再び向かった。

「ふむ……、あまり出力がないようだ。魔力が薄れているかな」

「それに魔法の発動が遅いですね」

 機械は宝石から放出される魔力量を量っていたのね。出てきた紙に書かれた、グラフを眺めている。

「できればもっと効果を上げて、もう一つの宝石にも何か付与したいんだ。でも、一つの剣に三つはムリだと言われてなあ」

「一つの剣に三つって言うのは、剣の強度の問題もあって、あんまり良くないらしいからなあ。やるなら剣自体に耐久性の強化を足す方を、お勧めかするよ」

「なるほど……、とりあえずちょっと貸して」

 私はノルディンから剣を受け取った。この程度の出力のままじゃ、正確な性能が計れない。宝石に魔力を足すよりも先に、ちょっと確かめたい事があった。


「こちらの布も、斬っても構いませんか?」

「いいけど嬢ちゃん、剣は扱えるのかい?」

 ベイルが困ったように笑う。

「剣は使えませんね。私が使えるのは……」

 言いながら宝石を通して、剣に外から魔法を纏わせた。そして発動が遅いと思っていた回路を、強引につなぐ。

「魔法だけですから!」

 振り上げたら少しよろけたけれど、巻かれた布に剣を叩き込んでみる。

 今度は剣が通り過ぎる瞬間に布は凍結し始め、布全体が一瞬にして氷に包まれた。そしてゆっくりと落ちて、床でパアンと砕けて散らばる。壁まで滑った欠片が、ぶつかって軽く跳ねた。


「あら、結構使えるのね。これならちょっと工夫すれば問題ないわ、ノルディン」

「ぷ……っ、くく、そなた本当に武器の扱いが稚拙であるな! 見ておれんわ、我に貸せ」

 目を丸くしている三人とは対照的に、ベリアルはなんだか声を立てて笑っている。そんなにみっともない振り方だったかしら……。確かにふらついたけど。

 私が持っていたノルディンの剣を奪うように取ると、カツカツと優雅な歩みで真っ直ぐに金属の棒の前に進む。

「はっ……、おい、そんなの切ったら刃こぼれしないか!? てかベリアル殿、剣を扱えるのか?」

 布は二つとも斬ってしまったとはいえ、よりにもよって固い方に向かうベリアルを、ノルディンは慌てて止める。もちろん彼は人の話など聞かない。

「少しは使える。たとえ壊れたとしてもその為の工房であろうよ、安心せい」

「安心できねえって……!」

 ベリアルが何かを見透かすように剣を眺め、宝石に視線を合わせた。手から溢れるほどの魔力が流れていくのが解る。


 そして無造作に片手でひゅっと剣を振り上げ、一気に振り下ろす。

 布の前に構えて、両手で握ってから布を断ったノルディンに比べて、あまりにも大ざっぱだ。

「ああああ!! 剣が壊れる!!」

 ノルディンは慌てて叫んだけど、次の瞬間には剣が金属の棒を通り過ぎていた。

「まあまあであるな」

 囁きの後に、刃の道のように棒に斜めに線が現れて、線の上と下でスッとずれた。

 落ちる、そう思った時に金属の棒は内側から凍るように突如氷で覆われ、突きつけるような冷気が押し寄せる。

「この方がおもむきがあると思わんかね? ……ほれ」

 空いている左手の掌を上にして棒に向け突き出し、何かを掴むように握った。

 それを合図にしたように、パアアンと小気味いい音がして、凍った金属は細かい無数の氷のかけらとなり、花弁のように床へと散った。


「…………」

 静寂が部屋を過ぎる。

 私は息を呑んだ。これは、これは……

「……これです!! 閣下!!!」

「……ぬ?」

「お見せ下さい、あ、もう回路が閉じてありますね! ……これは私への挑戦ですね! なんと素晴らしい発想……、これは剣の使えぬ私達には簡単には思い至らぬことです! ああなんてこと、ここにセビリノ殿がいらしたら、思う存分議論を交わしたいのに……!」

 剣を再び受け取った私は、あらゆる角度からそれを確認して、急いで宝石に残る魔力を読み取る。


(閣下……!?今、彼女は閣下と言ったか!? 言い間違え…? いや、無意識に言い間違えるとは思えない。少なくとも爵位を持っているであろうことは感じていたが、本当に上位の貴族なのか…!? しかも言い知れぬ威圧感、計り知れぬ魔力、加えて優雅な動作。それだけではない気がする……、この悪魔は……もしかすると、もっと上の……)

 とてつもない悪寒にレンダールが動けないでいるのを、ベリアルの紅の双眸が尊大に見下ろしている。

 私はそんな事には全く気付かず、足早でテーブルについた。


 アイテムボックスから白い紙とペン、そして自作の資料をどんと机の上に出す。数冊に別れてファイルされているソレには、研究の成果や魔法に関する言語、呪文、図式、印章などが項目別にびっしりと書いて綴じられている。


「二つの効果を最大限に引き出すには武器の強度がかなり必要、でも斬る時に必要なのは切れ味。ということは、まず柄頭に籠められた攻撃力上昇を引き出して、次に氷魔法が発動するように仕掛ければいいんだわ! 同時である必要は、なかったのよ……! なんでこんな単純な事に気付かなかったのかしら。ああ、あとでセビリノ殿にもお知らせしなくては! 第一に発動条件を整えて。剣を学んでいる人は、インパクトの瞬間に握り込むと言うから、その時に一気に攻撃力上昇を流し、その魔力の発動を機に氷魔法が追うように発動……! これね!」

 無意識に呟きながら、紙に剣を前と後ろから見た図を簡単に書き、宝石と籠められた魔力について書き加えた。

 付箋がたくさんつけられた資料の、魔法言語の項目をパラパラとめくる。


 手でざっと書かれた剣の絵の脇に、魔法言語を何種類か手早く書きだしていく。

「こっちよりもこれ……いえ、ここはもっと工夫が必要だわ。ペンタグラムを入れて、模様を追加。そしてもう一つの宝石で、氷魔法を補助させて効果を増幅させる」

 新しい紙を出して、剣の刃の部分だけを書き、その背に魔術文字と図形を書き連ねた。そして勢いよく立ち上がる。

「これでどう、ノルディン! 剣と氷魔法の強化をこの三つの宝石で行うのよ! 今みたいな強い効果が出せるし、剣の耐久性にも問題ないわ!」

 興奮気味に突き出された紙を、ノルディンが呆気にとられた表情で見るともなしに眺め。 

 そして。

「いや……俺には解らんから、任せるわ……」

 返ってきたのは、気の抜けた返事だった。


 剣に文字等を刻む彫金職人をベイルが呼びに行くと、一緒にラジスラフも見学に来た。無残になった試し切り用の棒を見て驚き、私の図案を見ては二人して顎に手を当てて唸っていた。





□□□□□□



 工房の裏には井戸があり、建物の裏口からすぐに水が汲めるようになっている。

 レンダールは気持ちを落ち着けようと、そこで新鮮な空気を肺にためた。

 大きく息を吐くと、誰もいないはずの後ろから聞こえる低い声。


「……我に問う事があるのではないかね?」

 悪魔ベリアル。緊張から身を固くしつつ、レンダールはゆっくりと体ごと振り向いた。

「……それは……、」

「ふ、慎重であることは肝要である」

 レンダールが静かに首を振る。 

「“我が誰”か、“閣下”が如何なる存在か……、探るのは下世話と言えましょう」

「やはりそなたは、既に答えを得ておるな」


 目を細めて不遜に笑う表情は、夜を支配する畏怖すべき不吉なブラッドムーンのようでもあり。

 ぞくり、とレンダールの背に恐怖が走った。知ってはならない秘密に手を出したような、足元から這い上がる言い知れぬ恐ろしさがあった。

「……勘違いをしているようだが、我は別に隠しておらんぞ。探られるのは好まんが。そなたの態度は、我が意に沿うものである」


「故に名乗ろう。我は皇帝サタン陛下の直臣にして、五十の軍団を束ねる地獄の王が一人、ベリアルである!このほまれを、暗黒の支配者、炎の王と謳われた我が力を、隠す必要などない!」


 ある程度予想していたつもりのレンダールだったが、この悪魔は想像よりも更に恐るべき存在だった。召喚術には詳しくない彼でも、魔王クラスを召喚すること自体、危険極まりなくかつ無謀なことだと理解している。国によっては、はっきりと禁止されているほどだ。しかもその魔王たる存在が、一介の人間の女性と契約を結ぶなど、信じられない状況だ。

 ベリアルはばさりとマントを翻して井戸の向こう側まで歩を進め、レンダールに背を向けたままで更に言葉を続けた。


「あの小娘は、この我に他人を助けるような望みしか言わん。憎々しい事に、金銀財宝も、権力も、有能な使い魔も、我が与えられる富の何も望まぬのだよ。この王たる我が自ら施す恩恵に、あずかろうともせん不届き者だ」

「……彼女らしいですね。彼女には悪魔を“使役”するなどという発想は、ないように見えました。自らの事は、己で成す。貴方に願いを叶えてもらおうとは、考えてもみないのかも知れません」

 イリヤへの慈しみを感じさせるベリアルの言葉は、恐怖の象徴ともいえるべき存在の内側に隠れる、穏やかに凪いだ海を思わせる。


「そうであろうな。だが……我はアレに、与えてやりたいのだよ」

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