第22話 イリヤとベリアル(レンダール視点)

 繕ってくれ、と渡された服を見た時は驚愕した。

 精密に書かれた図形、しっかりと縫い込まれた魔術の文字列、それから首元に隠された見た事もない文字。それらをまとめて滞りなく魔力を通すアメジスト、そして魔力を蓄えた謎の白い石。

 とても金で買えるような品物じゃない。よりにもよって、こんな魔法芸術とも言えるローブを破ったノルディンの粗忽さには本当に怒りを覚える。そして同時に、不満一つ口にしないイリヤという女性の心の広さに感銘を受けた。

 私ならブチ切れる。

 思わずわざわざ裏に入れてある文字をバッチリ眺めてしまったが、今思えばアレもかなり失礼だった……。何で隠してあると思うんだよ、と。私としたことが、興味に負けた……


 持ち主は元宮廷魔導師見習いだったという。

 見習いにしては契約している悪魔のランクが高いのではないだろうか。

 私、レンダールはAランク冒険者として仲間と共に様々な敵と戦ったと自負しているが、この悪魔はその中のどの敵よりも強いはず。それこそ、下位のドラゴンなどとは比べ物にならないほどに。隠されている魔力を覗こうとすれば、谷に顔を突き出すような恐怖が胸を凍らせた。今の自分が絶対に敵に回してはならない相手だと嫌でも解る。

 鈍感なノルディンのやつは、ここまできても解らないようだ。アイツはいずれ痛い目を見るに違いない。


 魔術師というのは、切り札や自分の力の源については秘密にするものだ。しかしどうしても気になってしまったので、答えなくてもいいからと断りを入れ、思い切って襟元の見慣れない文字について聞いてみることにした。

「……これは、古代に使われていた魔法の力を持つ言語、エグドアルム王国の秘匿文字です」

 とんでもないカミングアウトがきた。


 もともとエルダー・フサルクと呼ばれる最も古い物だけを秘匿としていたが、権威主義の魔導師達が全てを秘匿することにしてしまったらしい。知識を独占し、自分たちの優位を高めようと。彼女はこれには反対だそうだ。基本的に攻撃性があるものではないので、皆で分かち合うべきだという。

「なので、あとでお教えしますね。この文字は“ルーン”と申します。各文字に対応した力を発動させる言葉がありますが、そちらだけは秘密にしますけど」

 にっこりと微笑んでいるが、いいのだろうか。しかし知りたい……!

 念のため、文字だけとは言え本当に私に披露してしまっていいのか確認した。

「大丈夫です。もともと我が国の近辺にある他国でも、流布しているものです。もちろん、危険な知識はお教えしませんよ」

 何を知っているんだろう……。さすがに怖い。

 手が震えるのを抑えつつ、なんとか破れた部分を繕ってから、せめてものお詫びの印として食事にお誘いした。

 彼女は事情を隠しているようだが、Aランク冒険者の私たちが恭しくしていては、少なくとも護衛されている貴族にしか見えない。出来る限り普通に接しよう、という話になった。ノルディンは既に普通にしているが……。アイツの神経はおかしい。


 お互い呼び捨てにしようという話にもなったが、宮仕えしていた方を相手だと思うと、かなり緊張する。

「目上の、しかも殿方を呼び捨てにするのは、失礼ではないでしょうか……?」

 なぜか彼女の方が困惑している。

「問題ないって! 俺たちもイリヤって呼んでいいだろ?」

「勿論です、……ノルディン。そして……、レンダール。……で、いいんですよね?」

 頬をほんのり朱に染めて照れたように笑いながら、肩を丸める可愛らしい仕草。

 宮廷魔導師なんて誰も彼も威張ったヤツばかりだと思っていたが、こんな謙虚な人もいるものだな。

 こうしてみると、偉大な魔導師というより穏やかで可憐な女性だ。


「よろしくな、ベリアルとやら」

「我には敬意を払わんか!」

「うわちッ!!!」

 ノルディンは馴れ馴れしく背中をポンと叩いて、手を慌てて引っ込めた。熱かったらしい。

 バカすぎてフォローする言葉も見つからない。

「ベリアル殿のマントは炎を編みこんだ特殊なもので、彼の意志で簡単に燃え上がりますよ……」

 こっちも高度なマジックアイテムだった。


 ノルディンのやつは、事もあろうにランチいくらとか看板に書いてあるような、ごく大衆的な店に案内した。さすがにコレはないだろうと注意したが、アイツは高級店は肩が張るから面倒だといい、彼女はそういう店は見習い時代によく行ったので、今はみんなが行く普通のお店に入りたいと言う。店の中に入っても、内装がすてき、カーテンが可愛いと、とても喜んでいる。わりと庶民的らしい。

 私は本当なら魔法について彼女と話をしたかったが、どう切り出していいのか解らなかった。

 ノルディンは私たちが元々二人でパーティーだったこと、依頼ごとに他の冒険者たちと組んだりしたこと、そして今は四人でパーティーとして登録しているが、普段は二人で依頼をこなしている事などをベラベラと喋っていた。

 彼女は食事の所作も美しく、隣に座るベリアルの態度は優雅で威厳がある。二人してお忍びの貴族に見えるほどだ。

 私もしっかり見習わなければと思う。貴族からの依頼もあるので、作法はどうしても必要になってくるのだ。


「ところで俺は、剣にしてある魔法付与の相談したくて、この街に来たんだよ。イリヤも一緒に来ないか? 詳しそうだよな」

 詳しいどころかエキスパートだろ。私の説明、聞いてたのか?

「気になるけど、午後はラジスラフ魔法工房に行く予定で……」

「そうそう、そこ! 俺もそこに行こうと思ってんだ!」

「まあ、でしたらご一緒しましょう」

 ……! 久々にお前を褒めたいぞ、ノルディン! 図々しいのも、ここまでくれば特技だな!

 食後に出された紅茶を飲みながら、内心ガッツポーズをした。工房なら、無理のない流れで魔法付与やタリスマンについて話ができそうだ。もしかすると、彼女の実力も披露されるかもしれない。これは貴重な機会だ!


「で、先に冒険者ギルド寄っていいか?」

 だからお前は―――!!!



 冒険者ギルドは馴染みがないというイリヤは、喜んでついてきた。正直、登録すればすぐにAでもSでも望みのランクがつけられるんではないかと思う。それだけの実力はあるし、Bランクから講習を受けさせられる、作法や言葉使いもバッチリだ。貴族や有力者の依頼を受ける為に、最低限の礼儀を学ばないとAランクにはなれない。更に人柄も重視されるらしいので、懸念があるだけでもBからは上がれないと言われている。

 私は未だに、ノルディンまでAランクに昇格できたのは手違いではと疑っている。


 ギルドの木戸をくぐると、私たちを見知っている者が居たらしく、Aランクのノルディンとレンダールだと、ひそひそと噂話が聞こえてきた。後ろの二人は護衛対象か、と話している。

 依頼を書いた紙が貼ってある掲示板に向かえば、近くにいた者たちがそっと避けた。


「これが依頼なのね。たくさんありますね」

 珍しそうに端から眺めるイリヤに、私が説明する。

「この辺りは町が集まったような場所で兵が少ないから、国による討伐があまり行われないからね。討伐依頼は他よりも多い」

 私は普段と同じように話せているんだろうか……。

「マンティコア、ヒッポグリフ、火食い鳥……弱い魔物ばかりね」

「だよな、もっと割のいいのが欲しいな」

 いや、その発言に周りがざわめいてるぞ。Aランクのお前はともかく、イリヤは隠す気があるのか……?

「私が住んでたのは海辺の国だけど、出身は山間いの村だし、まだリバイアサンって見た事ないんですよね」

「こっちで同ランクってなるとベヘモトか?」

「どうせなら竜の情報はないかね? たまには狩りたいものだ。」

「ああ、ドラゴンの肉は野営のご馳走だよな」

 どれも低ランク冒険者なら確実に命を落とす相手だ。ベリアルまで話に混じると、カオスだ。

 それと多分、ノルディンの言う竜とベリアル殿の言う竜では、ランクが違うだろう。


「巨人族の相手も楽しいものよな」

「そうやこの前、ウルリクムミって岩で出来た巨人の討伐したんだよ。聞いてたよりよっぽどでかくて。」

「アレは絶えず大きくなるのよ。早めに倒さないと。他の巨人と同じで足が弱点だけど、水にも弱いから倒しやすいですよ」

 この前のアレは大変だった。イリヤはさすが博識だな。覚えておこう。

 しかし周囲が畏敬の目で見ているが、三人とも気付かないんだろうか……?



「……で? そろそろ視線が鬱陶しいのだがね、そなたらの知り合いであるか?」

 いや、君たちの会話に皆が聞き耳を立てている……と思ったが、それではないようだ。

 ベリアルの言葉を聞いた影のような何かが、棚の脇から慌てて逃げようとする。

「我に背を向けるのかね……?」

 掲示板の前に居たはずの赤い髪の男が、言うよりも早くその影のような何かの前に、明らかに不機嫌だという素振りで立っていた。

 逃げようとしたのはインプと呼ばれるデーモンで、言う事を聞かせやすいのでよく召喚される。ダークウルフと戦える程度の戦闘力があり、背が人の半分もないし足音を立てないので、見つかりにくい。髪はなく肌は緑色、とがった耳にぎょろりと大きな目と牙を持っている。


 比較的扱いやすいとはいえ、普段は不遜なデーモンが悲鳴を上げて平伏した。異常な光景だ。

「ひいぃ! すみません! そこの二人を探って来い、と命を受けたのです! まさか貴方様が……」

「……我が誰であるかは、他言無用である」

「…ひ…はひ…!!!」

ね。二度目はない」

 血も凍るような視線と低く吐かれた言葉に、ひどく怯えながら何度も頷いて、転げるように姿を消した。

 

「気付かなかったな……。私たちを探っていたとなると、どうせ同業者だろう。どんな依頼を受けるか、どのような装備をするのか……、そういう事を知りたがる人種もいるからね」

 “我が誰”かは気になるが、聞くべきではないのだろうな。


 そして私たちはギルドを後にした。

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