第32話 リザードマンの襲撃
北の町、テナータイトへ向かう日の朝。太陽が昇るとともに集合だ。
私はベリアルと一緒に待ち合わせの北門へ向かった。
そこには数台の馬車が連なる商人の隊列があり、たくさんの人が集まっている。こんな大きな隊商なんだ!
誰に声を掛けたらいいのか解らなくてキョロキョロしていると、ビナールより少し年下の男性が、見慣れた人達に話をしていた。
「そろそろ来ると思うんだが、お世話になっている商人から一緒に連れて行ってほしいと頼まれている人がいてね。若い男女らしいんだ。お客人だから、くれぐれも粗相のないように」
それって私達のこと!? 客人だなんて、ビナールは何て説明してるの? おまけくらいの気持ちでいたんだけど。
「あれ、イリヤ?」
商人から説明されていたのは、イサシムの大樹という、Dランク冒険者の五人だ。よく露店で私のポーションを買ってくれている。
二日前に町へ戻って来たばかりだったのに、今回の護衛にも応募したようだ。私は軽く手を振ってから、彼らと一緒にいる男性に深くお辞儀をした。
「お初にお目に掛かります、イリヤと申します。この度はご同行させて頂き、心より感謝申し上げます。道中お世話をお掛けすることと存じますが、何卒宜しくお願い致します」
「これは、ご丁寧にどうも。アランです、こちらこそよろしく……お願いします」
アランも慌てて頭を下げる。
イサシムの五人は、私たちのやり取りを笑顔で見守っていた。
「まずは、こちらをお納めください」
私は手に持っていた通常のポーションと中級ポーションを五本ずつと、マナポーションも五本手渡した。往来でアイテムボックスから出すのはやめた方がいいと思ったから、最初から手持ちにしたの。
「は? いや、これはそんな!」
必要ないと両手を振ったが、受け取ってもらえないと困る。
「馬車に乗せて頂くお礼です、どうぞ遠慮なさらずお受け取り下さい。お役に立つ品と存じます」
アランは戸惑いつつも、受け取ってくれた。ビナールの紹介とは言え、さすがに私もただで馬車を借りるのは心苦しい。
「それにしても……イリヤがいるなら、安心ね」
一段落着いたところで、魔法使いのエスメが私の隣に来た。
「楽しい旅になりそうだなっと!」
「よろしくお願いします、イリヤさん」
弓使いのラウレスと、リーダーで剣士のレオン。今日は二人ともしっかりとした装備だ。最初の頃より、装備が良くなったみたいな気もする。
「君達、彼女の知り合いかい? 魔法アイテム職人さんって聞いてたけど、まさかポーションをくれるとは」
「いつもイリヤのポーションを買うんですけど、効果がいいんですよ! それに、すごい魔法使いだし!」
レーニが私を褒めてくれる。アランは驚いたように目を丸くする。
「え、彼女、職人じゃないの? 魔法使い!?」
「職人で魔法使いで、召喚師。でしょ?」
エスメがベリアルを見上げて言う。
今回の旅は安全になりそうだ、と落ち着いたとき。
「貴様……この前の悪魔!」
あ、Bランク冒険者のウルバーノと、この前ベリアルと一触即発だった天使カシエル……。
これから町まで一緒なの? これ大丈夫!?
「あ~……、よろしくお願いします」
天使カシエルがベリアルに突っかかりそうになったが、“客人だから丁重に”とアランが釘をさしてくれたおかげで、何事もなく出発することができた。
一際大きな、しっかりした椅子のあるホロ付きの馬車に、アラン、秘書らしき年配の人、私とベリアル、あとレーニとエスメも乗せてもらっている。護衛の冒険者は本来なら歩きや他の馬車になるが、私がちょっと無理を言ってしまった。二人とお話ししたかったから。アランさんは嫌な顔一つせずに了解してくれた。
隊商には独自に契約している護衛もいて、他の人を乗せた馬車、町で買う予定の素材を入れる荷馬車などが列を作っている。こういう移動は初めてなので、ちょっと心が弾む。だいたい移動といえば飛行か、騎士団と一緒なので騎馬の列に紛れてって感じだったかな。
「今回は私の
「何の魔法が知りたかったの?」
イサシムの皆はそろそろ敬語はやめて、呼び捨てにしていいとも言ってくれた。友達だからって。友達が増えていくわ! すてきね。しかも馬車で友達と魔法の話。完璧だわ……!
「それが選べなくて、イリヤに意見を聞きたかったのよ」
「……そういえば私、貴方の魔法って見た事ないわ。何を教えたらいいかしら。ストームカッターとか?」
エスメは新しい魔法を覚える機会を奪われて、少し拗ねていたようだ。次こそ新しい魔導書を買わせてもらう為、魔法についてアドバイスが欲しいらしい。私が知っている事なら、いくらでも教えられるけど。
「ウィンドカッターの強化版……かしら?」
「そうよ、切り裂く威力は強いわよ。一番の違いは掌相が決まってることね。親指と人差し指で、こうやって三角形を作るの」
実際に手で示すと、エスメも私の真似をして、三角を作ってみている。やたら指に力が入っているみたいで、指先が赤くなっていた。
魔法を覚えるのには、大きく三つの方法がある。
一つは誰かに師事すること。大きな町には魔法を教える塾があるけど、レナントにはないみたい。もう一つは
最後の方法は、国や軍の施設で覚える事。これはわりと狭き門らしい。
冒険者の大半は、魔導書を購入して魔法を覚えていく。エスメもそうしているらしいが、魔導書はランクの低い魔法でも値段は安くない。ベリアル達、悪魔に教えてもらった私は、ずいぶん得をさせてもらっていると思う。
ちょうど馬車が休憩で止まったので、森に向けて実演することになった。
アランを含め数人が見てる中で、私は詠唱を始める。
「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ、ストームカッター!」
円状の刃になった風がいくつも、森をすり抜ける。触れた木を何本も切って薙ぎ倒し、魔法の通った場所が開けた。
「うわ、威力スゴ……」
見ていたレーニが肩を竦める。詠唱はウィンドカッターに似てるから、知っているなら覚えやすいと思う。
続いてエスメも唱えてみたが、半分の威力も出ていなかった。
「緊張したんじゃないのかしら? プラーナの統制が甘いわ。詠唱もしっかり覚えて自信を持たないと、力を出せないわよ。魔力の魔法への還元率もまだまだね」
「うう……はい……」
「Dランク冒険者の魔法使いに、魔法とその使い方を教える魔法アイテム職人……か……」
私たちの様子を眺めて、アランは苦笑いを浮かべていた。
休憩を終えると、また馬車がガラガラと移動を始める。
「ねえイリヤ、何を書いてるの?」
動く馬車の中でメモを始めた私に、レーニが声を掛けてきた。
「エスメにさっきの魔法の詠唱と、注意点なんかをね。まだ威力が足りていなかったから」
「……え、私に? でも、そういうのは貴重な情報じゃない。……簡単に頂けないわよ」
「構わないわ、友達……だもの」
いつもツンとした印象のエスメだけど、今日は何だかしおらしいわ。やっぱり魔法って距離を近づけるのね。
「旦那様、イリヤ様と言う方は博識で気品がある、とても親切な女性でございますね」
「ああ全く……ビナールさんの紹介じゃ断れないと思ったが、さすがあの人が優遇するだけあって、立派な人物だ」
こんな会話が繰り広げられていた時。
「敵襲!! リザードマンの群れだ、警戒態勢をとれ!」
魔物の襲撃が起こった。
森に紛れて、前と後ろから挟み込むように現れたリザードマン達は、明らかに隊商の護衛達よりも数が多い。進むことも引くこともできなくなった馬車の列が止まり、馬の嘶きが空に木霊した。
「行くわよ、レーニ!」
「ええ!」
レーニとエスメは馬車から飛び出して行った。入れ替わるように、隊商の護衛と思わしき人物が二人、顔を出す。
「会長! リザードマンです、既に交戦状態にあります! 我らはこの馬車を守りますので、皆さまお気を落ち着けて!」
「ああ、大事な客人も乗せているんだ。頼んだぞ!」
アランさんは二人に真剣な瞳で頷いた。緊張感で空気が張り詰める。そんな中でこんな申し出をするのは、ちょっと不謹慎なんだけども。
「あの……、実はリザードマンを拝見したことがありませんので、私も席を外してもよろしいでしょうか?」
「……は? しかし、危険で……、いや魔法使いか」
「では空からなら宜しいですね! ベリアル殿、どうされますか?」
「我も行くかな。あの忌々しい天使の働きを見物してやろうではないか」
「雲の如く空に浮け、枝の如く水に浮け。我に鳳の翼を与えたまえ! 空の道よ開け! 翔け上がれ、飛翔!」
馬車から飛び出し、飛行魔法で一気に空へ浮く。ベリアルは後からストンと優雅に地面に降り立ち、真っ直ぐ上へと昇った。
馬車の外でその様子を見ていた二人の護衛は地から見上げて、
「と……飛んだ! こんなスムーズに!??」
と、驚いていた。
空から確認した様子だと、リザードマンの攻撃力と防御力の高さに、皆苦戦しているようだわ。
リザードマンとは武装した緑色のトカゲで、皮膚は固く筋力も優れていて、背は人間ほど。知能もある、戦い辛い種族だ。天使カシエルはリザードマンの首魁を探しに空から行ったらしい。統率が崩れれば、戦況は楽になる。
みんな頑張ってはいるが、怪我人も出始めているようだ。Bランク冒険者のウルバーノは先頭付近で一振りごとに敵を倒していき、イサシムの皆は列の中ほどで馬車を守って戦っている。エスメが先ほど覚えたばかりの魔法を使い、魔法の発動後に剣と大きめの盾を装備したルーロフと、軽装をつけて両手で剣を握ったレオンが飛び出して、ラウレスは弓で他の敵を威嚇。レーニは周りの他の護衛へも含めて、回復魔法をかけている。なかなか連携は取れているようだ。
苦戦しているのは後方。退路を断つためか、後ろからも多くのリザードマンが突撃してきている。リザードマンは集団戦を得意とするので、襲われるとわりと厄介なのだ。
「……攻撃力の上がる補助魔法を使いたいのですが」
敵味方が入り乱れている状況で、味方だけを焦点にして魔法を掛けるのはかなり難しい。できれば戦いになる前が望ましかったが、今更言っても仕方ない。
突然べリアルが私を抱き寄せ、外側から大きな掌が瞼を覆った。
「べ……ベリアル殿?」
「仕方ない、我が補助する。存分にせよ」
瞼の裏に感覚的な視覚が広がっていく。真っ暗な中、何故かリザードマンと人間がぼんやり区別がついてきた。これは多分、種族の違いによる魔力の差異を感知しているんだと思う。なるほど、魔法で再現できそう。
「旗を天に掲げ土埃りをあげよ、大地を踏み鳴らせ。我は歌わん、千の倍、万の倍、如何なる軍勢にもひるまぬ勇敢なる戦士を讃える歌を! エグザルタシオン!」
魔法の広がりを確認した私は、そのまま劣勢になっている後方へ向かう。
皆の後ろに降り立つと、気付いた護衛達が思わずこちらを振り返った。
「え、今どこから……?」
「これから魔法を唱えます。巻き込まれないよう、今いる場所より前に出ないようお願いします!」
大声でそれだけ宣言して、早速詠唱を始める。
護衛達は答えるだけの余裕がないほどで、剣戟の間に怪我を負ったのであろう、悲鳴まで混じっていた。
「燃え盛る
体の前で勢いよく手を合わせてパァンと乾いた音をたてる。それを合図にしたように、魔力が熱を帯びて熱くなっていくのが解る。
「滅びの熱、太陽の柱となりて存在を指し示せ!ラヴァ・フレア!」
瞬く間に炎の柱が三本ほど後方に押し寄せるリザードマン達の間に
灼熱の炎の柱を出現させるこの魔法は、近くにいるだけで熱風に晒される為、火属性に弱いリザードマンは多少離れていても弱体化する。
「さやか風の音、葉は揺るるなり。精霊の戯れに耳を傾けよ。ウィンド」
そしてそよ風を操るだけの魔法で、熱気が味方に当たらない様に風を操作する。
「すごいぞ、こんな火の魔法は初めて見た!」
「今だ、奴らは怯んでる! 打って出ろ!」
「攻撃が……あの硬いリザードマンを楽に斬れるぞ!?」
形勢はこちらに良い方に向いているようだ。
天使カシエルが敵首魁を打ち取ったと高らかに宣言し、最後尾を陣取っていたリザードマンの一掃を開始。
崩れ出したリザードマンの陣中に、まずウルバーノが単体突っ込んでいった。襲い掛かる敵の剣を避けて横なぎに切りつけ、返す剣で更に一体に攻撃を入れる。
「うお、すげえ……! これが攻撃増強魔法の威力か!」
力いっぱい剣を振れば盾も鎧も意味をなさず、緑の皮膚は簡単に切り裂かれていく。
他の護衛達もどんどんと前に押し出し、ついにはリザードマンは撤退を始めた。
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