第309話 当日談(レミエル視点)

「えー、あー、うーおーあー。お久しぶりです、いや再びお会いできて光栄です……。うーん、お元気でしたかと尋ねるのもおかしいか……」

「……何をしているんですか、レミエル殿」

「ギュンター! これはアレだ、高貴な方がいらしているから、挨拶に失敗しないように練習しているんだ」

 独り言を聞かれてしまった。とても恥ずかしい……!


 神の慈悲、という意味の名を持つ私は、魂を審判へ導く役割を担っている。ラミエルという別名もあり、こちらの意味は神の雷。属性は風で雷鳴を管理し、主なる神の福音を届け、幻視を見せる能力がある。

 主の御前に立つことを許された天使の一人だ。

 私は今、とある方と言葉を交わしたくて仕方がなかった。想像するだけで緊張するし、興奮もする。もう天ではお目に掛かれないお方だ。

 しゅの命令によりエグドアルムという国を来訪したのだが、来て本当に良かった。ギュンターは他の天使の契約者で、エグドアルムへ怪しまれずに潜入する為に、今回は代わってもらっている。

 主よ、心から感謝致します。



 時はパレード開始前までさかのぼる。 


 私はこの国で行われた神への罪を調査する目的で、この世界へ派遣された。

 多くの罪のない者達が無残にも殺され、本来ならばほぼ世界に干渉かんしょうしないこの世界の造物主も、見過ごせない事態となった。

 ただ、被害者の数がかなり多い。

 国ぐるみでの犯行、すなわち虐殺が行われている可能性も考慮して、警戒されないよう招待客に紛れることにしたのだ。友と相談して、彼の契約者に私との仮契約をしてもらい、入国した。

 国内では行方不明事件として捜査されており、我々にも特に女性は絶対に一人で行動しないようにと注意された。国ぐるみではないと判断してもいいだろう。国が関与していれば、例え尋ねられてもそんな事実はないと突っぱねる筈だ。

 ならば調査機関と接触したいな。


 パレードが終わるまでは町の様子を観察したり、警備兵や貴族の動きに注視していた。

 パレードも近付いたある日、唐突に慌ただしくなった。何かを探すように騎士が走っているし、騎士団が出発したのも目撃した。どうしたのか尋ねてみると、食人種カンニバルが現れたのだという。

 本当に食人種なのか? このタイミング、どうやら何か動きがあったようだ。


 違和感を抱えたまま、迎えたパレード当日。

 パレードは盛大で、道には溢れるほどの観衆が集まった。皆が祝福して声を掛け、手を振っている。いい光景だな。

 どういう訳か、ベルフェゴールがいるが。彼女はルシフェル様に付きっきりじゃなかったのか。他にも大きな気配がするものの、宮殿に招かれている私には関係ないな。

 パレードを堪能したら、後は任務に集中しないと。


 まさかそのパレードが襲撃されるとは。

 私は契約者とともに騎士に促されるまま、宮殿の建物の中へ避難した。

 友の契約者を守らねばならないので、防衛に協力はできない。怪我でもさせたら能無しの烙印らくいんを押されてしまう。アイツ、厳しいからなあ……。


 そして驚くべきことが起こった。その場にルシフェル様がご降臨されたのだ!

 もう一度言おう、ルシフェル様だ。ルシフェル様。

 ルシフェル様は人間の世界をあまり好まないお方で、実力が確かで人品卑しからぬ人物の召喚にしか応じない。不本意に召喚を強行すれば、大変な結末を招くだろう。

 つまりルシフェル様がお認めになる人物が存在している、ということだ。

 高貴なるルシフェル様のお供をして、ベリアルまで姿を現した。一緒にいた女性と契約しているんだろう。

 やっばい国だな、ここ。

 ルシフェル様とのパイプもベリアル関係だろうな。天においては一緒にいる姿をほとんど見たことがないような二人だったが、地獄では何故か馬が合ってしまったらしい。戦いにでもなれば私が不利だ、大人しくしておこう。


 最初は混乱があったものの、しかしそれも難なく制圧された。魔法大国の意地、といったところかな。

 まさかの大公アスタロトまで姿を現した……。彼女はベルフェゴールと親しいらしいから、その関係かな。あのルシフェル様にベッタリな秘書が、人間の世界にいるのも不思議だ。

 大公の呪いが使用される現場をこの目にするとは、何とも数奇なものよ。

 本来なら止めるべきだが、私が飛び出したとして、現場まで辿り着くイメージすら湧かない。王二人と大公とか、勘弁してくれ。

 呪いを受けた相手は、私が調査する予定の犯人だろう。アスタロトのげんではないが、改善の見込めぬけがれきった魂だ。むしろ処理してくれたお礼を告げるべきかも知れない。

 ベリアルは契約者の女性と、どこかへ姿を消した。さすがにルシフェル様の御前で宮殿破壊ショーや、人間を煽って攻撃させて、暴れまくったりはしなかった。

 

 この後のパーティーは予定通りもよおされるらしい。

 戦闘になったのは庭園で、宮殿内には一切被害がない。準備は済んでいるし、簡単に延期できるものでもないからな。国の威信がかかっているんだ、大変なもんだ。

 我々は決められた部屋で待ち、案内されるのを待って会場へ入った。今回は立食パーティーで正式な晩餐会は、パレード以前に終了している。

 ここで情報を集めたら、ルシフェル様へご挨拶に伺うのだ。いや、夜は迷惑か。朝になるのを待って……、朝もお忙しいか? 昼近くがいいかな。手土産を持った方がいいか。

 考えごとをしつつ会場に入る。既に多くの人が交流をしており、我々の入場も告げられた。


 とりあえず周囲の様子を一通り眺めて、おかしな動きをする者がいないか確認して、と。もう反乱分子が混じっていないだろうな。

 会場では親衛隊や近衛兵も警備をしている。誰に聞けばいいかな……。近衛兵や第一騎士団はこういった捜査に関わっていないらしいから、親衛隊だろうか。彼らは事件の犯人を特定して、皇太子殿下が狙われていると察知していた。捜査の中核を担っていたに違いない。

「……失礼、尋ねたいことがあるのだが」

 親衛隊の一人を選んで近付いた。勤勉そうな若者だ。

「皇太子トビアス・カルヴァート・ジャゾン・エルツベガー殿下、並びに婚約者であらせられるサンパニルの侯爵令嬢ロゼッタ・バルバート様、ご入場!」 

 アナウンスとともに二人が入場し、会場中に拍手が巻き起こる。

 しまった、タイミングを間違えた。


「……どうされましたか?」

 仕切り直そうとした私に、若者は何事もなかったように答えた。ありがとう。

「行方不明事件が起こっていると、注意喚起されたろう。実はあの件の調査に来ている。詳しい話が聞きたい」

「……少々をお待ちを」

 男性はサッと周囲を見渡し、この場を離れた。特に質問されなかったので、天からの使いだと気付いたのかな。それなら話が早い。

 私の連れの男性ギュンターは、他の国の要人に挨拶をしている。ここには危険はないだろうが、護衛をする契約だから、たまには行動を確認しておかないとな。


 賑やかな笑い声を遠く聞いていると、先程の親衛隊員が女性を連れて戻ってきた。

「お初にお目に掛かります、親衛隊の第三部隊を預かるエンカルナ・アーダ・ノルドルンドと申します。現在調査の責任者が席を外しておりますので、私がお伺いします。こちらへどうぞ」

 エンカルナと名乗った女性は、会場から出て別の個室に移るよううながした。さすがにここで気軽にする会話ではない。

 男性も付いてきて、部屋には入らず扉の前で止まっていた。他の人が入らないよう、見張りをするのか。


「実はエグドアルムで残酷な手段で大量に殺人が行われているのを、神が憂慮しておられたのです。魂の正しい輪廻に差し障りが生じる、と」

「……そちらでしたら、解決致しました。もう被害は増えません。皇太子殿下を襲った、あの男の単独犯です」

「彼一人で、ですか。会話はしなくていいので、近くで見ることは可能ですか?」

「後日、機会を設けます」

 彼女は現在把握している情報を惜しみなく語ってくれた。

 犯人の魂の消滅は避けられないで、主に報告したら罰もなく終了するだろう。

 良かったな、破壊の天使でも派遣されたら、邪魔する者は皆殺しの勢いだからな。シムキエルなんてヒャッハーとか雄叫びを上げて攻撃を仕掛けてくるので、どちらが悪魔か分からないともっぱらの噂だ。

 ささ、パーティーが終わったらルシフェル様にご挨拶に行くぞ。


 会場に戻ると、なんとルシフェル様がいらっしゃるではないか……!

 隣りにいる夜空のようなグラデーションのドレスの美女は、アスタロトだ。星に見立てた宝石がキラキラと輝いている。あの悪魔は普段は男装だが、フォーマルは女装なんだな。女性だから正装か?

 いつもより宝石を増やしたベリアルもいるぞ。相変わらずのハデ好きめ。

 ここは地獄の宮殿だったか……?

 ベルフェゴールは契約者である皇太子の婚約者の側にいて、代わりにアスタロトがルシフェル様の面会者を選別している。彼女を乗り越えなければならないのか……。

 いや、怯んではいられない。チャンスだレミエル、勇気を出すのだ。


「お、お久しぶりです、ルシフェル様」

「……レミエルではないかね」

 ベリアル、お前に話し掛けてないぞ。相変わらず目付きが怖い。

「……ああ、主のめいを帯びてきたね」

 さすがルシフェル様、その通りです!

 が、地獄に身を堕とされた方。答えるわけにはいかないのが歯がゆい。

 アスタロトは黙ってワイングラスを揺らした。止められないから、続けていいんだろう。早く次の言葉を喋らねば。

「ルシフェル様がいらっしゃるとは、夢にも思いませんでした」

「ふふ、地獄も退屈でね。たまには人の世界を覗くのも悪くないだろう」

「その通りですね」


 お陰でお会いできました……!

 緊張しつつも言葉を交わして、御前を後にした。去り際にアスタロトが視線を私に流す。

「……君の獲物を横取りしてしまったかな?」

 ヴェイセルという犯人を指しているな。さすがに口にせずとも、私の目的は見当がついているか。

「問題ない。罰を与えるのは私の役目ではない、調査に来ていただけだ。むしろ即死の呪いでなく助かった」

「そう。次は戦場で会いましょう」

 ……こっわ〜。一応戦えるけど、私は戦闘要員じゃないよ!

 やめてくれよその笑顔、お前自分がなんて呼ばれているか知ってるのか? 恐怖公だぞ。何をしたらそんな二つ名が付くんだよ。

 乾杯するようにワイングラスを向けるんじゃない、意味深すぎる!


 さっさと離れてギュンターと合流して振り返ると、ルシフェル様はベリアルと談笑されていた。

 二人に接触しようとした人間がいて、すかさずアスタロトが声を掛けて間に入る。邪魔をするな、ということだろう。

 ともあれ、私は全ての目的を果たしたな!


 これで大手を振って天に帰れる。

 あ、あのヴェイセルとかいう犯人の魂の状態なんかを近くで観察せねばならないんだった。犯罪内容が読み取れるから、あまりやりたくないんだよなあ……。

 イメージが混乱するくらい多いんだろうな、憂うつだ……。

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