閑話 その頃の第二騎士団(ビッレの視点)

「パレードかあ。応援要請でもない限り、我々は出番なしだな、ビッレ」

「そうだな。代わりにコレまでが忙しかったからな……」

 食堂で晩酌をしながら、同僚の騎士に苦笑いで頷く。第二騎士団は討伐命令が下れば即出動になる為、生活が不規則だ。夜間訓練も頻繁にある。なので、専用の食堂は一日中開いている。

 今日は特に何もないが、夕食の後に晩酌だと数人が集まっていた。

 近く皇太子殿下の婚約披露パレードが催される。各国からも見物人が集まるから、それに合わせて近辺の魔物討伐が念入りにおこなわれていた。集まった客に怪我をさせないように。


 それも終わったので、俺達はパレードまでは討伐指令が下らなければやることがない。見物してもいいし、家族と合流しているヤツらもいる。

 皆が一息ついて、ゆっくりと予定を考えていた。

 隣のテーブルではカードゲームをしている。宮殿内は婚約披露の準備で慌ただしいので、のんびりするのはむしろ優越感があるな。いつもと立場が逆だ。しっかり働け、第一騎士団よ。

 他愛もない会話を続けていると、バタバタと忙しい足音がこの食堂に近付く。おいおい、まさか仕事か……? 誰か食堂の鍵を閉めろ。


「おい、応援要請だ!」

 やっぱり。全員がガッカリしている。俺達はゆったりパレード見物の気分だった。

「魔物か? 警備か?」

食人種カンニバルの調査だ。ラルセン侯爵領の北側だと」

「あまり遠くないのが救いかぁ。どの班が出るんだ?」

 貧乏くじだよな。

 とりあえず俺は出動せずに済んだ。食人種なら見つけたらすぐ討伐だろう。往復も考えると、パレードには間に合わないだろうな。哀れなヤツらよ。


 同時にエリー様が行方不明と聞かされ、それには俺も含む顔を知っている隊員が王都の捜索に協力した。

 ……後に食人種調査は、実はイリヤ様の妹君、エリー様の救出作戦だったと聞かされた。先に教えてくれれば、頼まれなくても向かったのに! 一刻を争う事態になったから、同時作戦を展開したんだな。

 唐突に王都の捜索が打ち切られたのは、ラルセン侯爵の別荘でエリー様の所在が確認されたからだった。

 スミレの君! 我ら第二騎士団、いつでもお力になります!

 まあイリヤ様ご逝去……もとい出奔しゅっぽんから見習いも入ったから、新しいヤツらはイリヤ様の偉大さを知らないのだが。

 説明しているのに、なかなか浸透しない。おかしいな。

 見るんだ、あのデタラメな威力の魔法付与された剣を。強すぎて人に向けちゃいけません状態だぞ。


 さて、そんなこんなでパレード開幕。

 俺は特に仕事もなく、王都の門の付近にいた。パレードは門まで大通りを通って、行きと違うルートで戻るんだが、この門の付近が見物客の少ない穴場なんだよね。

 間もなく賑やかな音楽を引き連れたパレードが来て、無事に引き返した。第一騎士団より親衛隊が目立っていて、ちょっと気分がいい。第一騎士団のヤツら、カッコつけることばかりしやがって。仲間と世間話をしていると。

 何故か人が走ってくるんだが。それも一人や二人じゃない。

「どうした、何かあったのか?」

 門番が走ってくるヤツを止めて、事情を聞く。相手は息を切らしながら、門番の腕を掴んだ。

「宮殿に戻ったところで、パレードが……、襲撃されたの! 魔導師が空を飛んでたわ……、範囲の広い魔法を使われると危ないし、逃げてきたのよ」

 パレード襲撃……!? 前代未聞の不祥事だ。宮殿からここまで逃げる必要はないと思うが、これは押し寄せてくる可能性があるな。


 俺達は門番に協力し、人の整理をした。外に出たい人はいったんそのまま通す。止まられると余計混乱する。

 これが全部魔物なら、討伐するだけでいいのになあ……。

 しばらくして親衛隊が一隊やって来て、整理の手伝いを始めた。アイツらの方が得意だよな、やった。

 ……どころじゃなかった。外に魔物が現れたというのだ。これ、狙われてないか?

「この場は任せた。行くぞ!」

「はい、カールスロア司令!」

 確かカールスロア侯爵の三男か。親衛隊所属で、イリヤ様の元に行かれていたんだよな。いいな~。

 我々は門の中に残り、魔物が現れたから外に出ないよう告げる。外に逃げた人々も、続々と戻ってきた。怪我人が出ている、近くに治療する場所を作っておかないと。


「なんだあの魔物……! 死なない!!!」

 ……死なない? そんなバカな。俺はいったん門の外へ出て、人の間から親衛隊や兵の戦いを眺めた。数体いる人型の魔物は、噛みつくものの食人種のような動きは取らない。おかしな魔物だ。

 カールスロア様は剣で魔物を一刀両断し、他の連中も順調に倒している。

 しかし、数が減らない。

 斬られても魔法が命中しても、起き上がるのだ。血も流れない。

 うわ、気持ち悪い。魔物に詳しい魔導師でもいないと無理だぞ、これ。我々も討伐の際は宮廷魔導師を派遣してもらうからなあ、こういう理由もあるんだ。

 倒しても倒しても襲ってくるなんて、心が折れる……。


「落ち着きたまえ、伝令を飛ばしたからすぐにでも魔導師が来る。それまで何度でも倒せ!」

 カールスロア様はそう活を入れつつ、先ほど真っ二つにして体をくっつけ直した魔物を、初めて会った敵のように切り伏せる。

 すごい精神力してるな……! アレを目の前にしたら、誰でも動揺するだろ。え、普通に倒せる?

 彼と同年代のヤツが平凡だとか、可も不可もない女好きと言ってたが、騙されまくってるな。


「吸血鬼ブルーハだわ! エクヴァル、銀の武器か心臓に杭を打ち込むか、神聖系の魔法で倒すのよ!!」

 空からスミレの君キタアアァァ!

 スミレの君の金言に、カールスロア様はミスリルの武器を持つ者は前に出るよう命令した。冷静に指示しているし、吸血鬼についての知識があるのかな。俺はぼんやりしか知らない。

 ていうかこの世界に住んでないだろ。こんなのを放つのはやり過ぎだ。

 イリヤ様に同行していた赤い髪の男性は、周囲を見渡してから低い位置に移動し、じっと止まっていた。何かを探しているのか。


 偉大なるイリヤ様の来訪により、吸血鬼ブルーハはどんどん討伐された。

 倒し方が分かれば、親衛隊の敵じゃないな。かなり厳しい訓練を課せられていると噂だったが、カールスロア様の態度でハッキリ分かる。

 第二騎士団も厳しいが、親衛隊には入りたくない。

「あ、あ、あの。ポーション……使って、もらえま、せんか」

「ん?」

 出番がないと門の中へ戻った俺に、小悪魔が声を掛けてきた。紫色のつぶらな瞳の女の子で、山羊のような丸い角が生えている。気が弱そうな子だ。

「イリヤのお薬を、預かって、きまし、た」

「イリヤ様の!? それは是非治療に役立てよう、ありがとう小悪魔ちゃん!」

「ひゃっ……!」

 俺が大声を出してしまったのが怖かったのか、彼女は肩を震わせた。


「ごめんごめん、イリヤ様のポーションにはいつもお世話になっていたので」

「……イリヤのポーション、すごいよね。わ、私は何もできないけど、お手伝い、します」

「ありがとう、怪我人があっちに集まってるから、薬を渡してあげてくれるかな」

「うん!」

 めっちゃいい子だな。和んだ。

 誰の小悪魔だろう、イリヤ様のお知り合いだろうな。彼女はポーションや薬を渡し、空になった容器を回収していた。めっちゃ気が利く。めっちゃ可愛い。めっちゃめちゃめっちゃ。もう語彙ごいが『めっちゃ』しかない。


 思い掛けずイリヤ様の魔法を堪能できた。

 あの一緒にいた赤い髪の男性が、ブルーハを召喚した魔導師を探して追い詰めるという、さすがイリヤ様の関係者だなという場面も目にした。

 パレード以上にいいものを見たよ。


 パレードもパーティーも終わった。落ち着いたが、まだ訓練する気分にならない。外で集まって、それぞれの見たものを情報交換していた。今回は話のネタが盛りだくさんだ。

 エリー様捜索隊の報告、王都の門でのこと、襲撃の一部始終。

 中でも衝撃的だったのが、セビリノ殿が他の魔導師と「イリヤ様崇敬会」の会員であると宣言したことだ。

 なにそれ。入りたい!

「イリヤ様崇敬会? 会費いくら?」

「入りたいな……! やっぱりスミレの君だから、シンボルはスミレか?」

「情報が! 情報がもっと欲しい!」

 我々が盛り上がっていると、背が高く髪の短い男性が姿を表した。

 噂のセビリノ様だ!


 セビリノ様のご厚意で、我々も崇敬会のメンバーに加えてもらえた。ただ、本部をどこにするかだ。イリヤ様はまたチェンカスラーに戻られるらしい。

 その後イリヤ様や団長が来て、崇敬会の話も進んだぞ。

 イリヤ様と一緒にいた男性は契約している悪魔で、イリヤ様の子供の頃をご存じだった。


 イリヤ様のご幼少のみぎり。

 知りたい。とても興味ある。いくらでも払うから講釈に来て欲しいとお願いしたいが、絶対に相手の方が裕福だ。満足する報酬を支払える気がしない。

 しかし彼、ベリアル殿と呼ばれる悪魔は、イリヤ様の子供の頃の話をしたかったらしい。

 夜、食堂に集まっていると唐突に登場して、当たり前のように席に座り、ワインを用意させて子供の頃の秘話を語ってくれた。


「あの小娘は、とんでもない跳ねっ返りであった。山で迷子になり冒険者と戯れておるわ、薬草採取をさせれば勝手にウロウロしてどこーなどと騒ぎ、挙句の果てに珍妙な歌と間抜けな踊りを恥ずかしげもなく披露し、勝手に遊んでおった」


 さすがイリヤ様、普通の子供とは一味違う!

 仕方ない、どうしようもないと言うわりに、ベリアル殿は楽しそうだ。いい関係なんだな、さすがイリヤ様。召喚術の腕も最高だ!

 宴もたけなわ、そろそろ終わりという頃。

「遅くなった……! イリヤ様を語る会は、まだ続いているか?」

「残念であったな、もう終わりよ」

「うおおぉ……! セビリノ・オーサ・アーレンス、一生の不覚……!」

 飛び込んできたセビリノ殿が、とても悔しがっている。

 彼はチェンカスラー王国まで追い掛けるほど、イリヤ様に一途だからな。あんなにひたむきで恋愛感情を感じさせないのも、珍しい。


「うわ、セビリノ君がいつになく急いでいると思ったら、こんな楽しそうな集会を……! 聞き逃した、悔しいな……!」

 セビリノ殿の慌てぶりが気になったんだろう、親衛隊のカールスロア様まで顔を出す。彼もイリヤ様の崇拝者だったのか!

「明日も開催されるのですか?」

 セビリノ殿が尋ねる。

「明日はチェンカスラーでの暮らしぶりである」

「ぐっ……、私の知らない師匠を知りたい……!」

「どの道、私は明日には殿下のお供で、海辺の町だからねえ」

 我々には気になる話題だ。ベリアル殿は息せき切らせる彼らが面白くて、意地悪で知っている話題にするんじゃないかな。


「ところで……、崇敬会の歌として『スミレの君讃歌』を皆で考えるのはどうだろう」

「いいな! 歌なら広まるかも知れない」

「しかしスミレの君……いささか弱そうな二つ名だ」

 そりゃセビリノ殿のエグドアルムの鬼才に比べればね。そんなことが引っ掛かっていたとは。

「イリヤ様の可憐さを表現しているんですよ」

「可憐で強い、規格外魔導師」

「ふむ、なるほど……! 私の心得違いだった」


 セビリノ殿も納得してくれた。

 さあ、皆で歌を考えよう!

 タイトルでしばらく揉めて、激論の末『至高なるスミレの君』に決定した。イリヤ様に披露できる日が楽しみだ、気に入って頂けるよう練習をしなくては!

 その日から団長の采配さいはいで、声楽を学ぶ時間を週に一時間だけ、取ってもらえるようになった。

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