第五部 賢者の石編
一章 エグドアルムとルシフェル様
第310話 ルシフェル様と魔法研究所
エグドアルムへ帰る目的だった、パレードが終了した。
皇太子殿下の婚約者であるロゼッタに、国を発つ前に挨拶したい。今は海辺の町へ行っているので、王都に戻ってからだな。それまでには、頼んでおいたお祝いのプレゼントも完成しているかな。
殿下の婚約で盛り上がっていたので、宝飾品店は大忙しだったみたい。二人に豪華なお祝いがたくさん届いているんだろう。そんなわけで、私の注文品も順番待ちなのだ。
完成したら宿に知らせてくれる約束になっている。引き払う前に連絡がきますように。
妹のエリーと友達のメアリは、第二騎士団に送られて帰宅した。
エクヴァルは皇太子殿下のお供で、海辺の町に滞在中。セビリノは宮廷魔導師としての仕事をしている。さて、私は待っている間に何をしようか。
「君の職場を案内してもらおう」
アーレンス男爵家にご挨拶か、まだお給料を貰っているから研究所か魔法養成施設で仕事しようかなと考えていた私だが、ルシフェルの鶴の一声で本日の予定が決定した。拒否権がないのだ。
「……宮廷魔導師のところへは行きたくないので、魔法研究所でいかがですか」
「研究所か、興味深い」
そんなわけで、私とベリアル、ルシフェルの三人で魔法研究所へと向かった。
アスタロトはベルフェゴールと一緒に行動しているので、彼女達も海辺の町だろう。今のエグドアルムで暴れる悪魔も天使も、神族すらいないよ。
城の門番はルシフェルとベリアルの顔も覚えていた。お陰で確認もされずに、通してもらえた。
研究所は今日も元気に稼働している。完成したアイテムを抱えて、職員が建物から出てきた。これからどこかへ届けるのね。
「こんにちは~、所長はいらっしゃいますか」
「イリヤ様、所長室にいますよ。どうぞ」
奥にある所長室には背の高い本棚が並び、ギッシリと本や報告書などが詰め込まれている。ここには魔法の本は少なく、魔物についてや他国の情報が書かれた書類が多い。
「所長、失礼します」
「イリヤさん、入って入って」
ノックをするとすぐに返事があった。
部屋には執務机の向こうに所長が一人。頭に三冊、分厚い本を載せている。
「……何をなさっているんですか?」
「背筋を伸ばそうと思ってねえ」
最近猫背になってきたのが気になるそうだ。でも三冊は重くないかな。
「邪魔をするよ。君がここの責任者かな?」
「……はい、これは地獄の高貴なる方。ようこそエグドアルム魔法研究所へ。そちらのソファーにお掛けください」
ルシフェルの姿を目にすると、所長は頭から本を下ろしてしれっと机に重ねた。私だけならあのまま会話するつもりだったのかしら。
「彼女のローブに使われている、白い石。アレはこの研究所で作られたのかな?」
「あー、それはですね、イリヤさんの個人的な研究で。こちらでもイリヤさんの研究を基に、白の段階までは進んだところです。その先はまだでして。研究所のチームで研究しているものは、持ち出し禁止ですよ」
私のローブにこっそり縫い付けてある白い石は、賢者の石の途中段階だ。さすがに見抜かれていた。
国を離れて資料や設備がないので、私の研究は
「ふうん」
普段と変わらぬ笑顔。相変わらずルシフェルの考えは読めない。
「そなた、何が言いたいのだね」
「この世界では、石はまだ完成されていないのかな?」
ベリアルの質問はさらっと聞き流している。
「大昔に存在したという伝説はありますが、どの国からも製作に成功したとの報告はありませんねえ。黙っていて仕舞い込んで表に出されなければ、探りようもありませんが」
「なるほど。君はルビー以外に、ベリアルから貰ったものは何か所持しているかな?」
ルシフェルの視線が私に移った。杖ならあるぞ。
「ベリアル殿から頂いた杖があります」
「……チッ」
アイテムボックスから出してルシフェルに見せると、ベリアルが舌打ちしていた。知られたくなかったのかな。
「……ほう。ベリアルに期待されているね。ベリアルの契約者として、賢者の石くらい作ってみせないとね」
賢者の石くらい!?
この世界では現存しないかも知れないって、聞いたばかりなのに! 白い石から変化しないのよ、そんなにホイホイ作れませんよ。
「相変わらずの無茶振りであるな」
「ふふ」
愉快だと言わんばかりに、ベリアルに笑い掛けている。
ベリアルがくれた杖は
……他にベリアルをからかえるネタはないかしら。
「イリヤさん、研究室はいつでも使っていいからね。私も協力しますよ」
「ありがとうございます、所長。でも色の変化が起こらない原因を突き止められなければ、どの道この先には進めないんですよねえ」
「賢者の石はどういった性質を持つものかを、考えるといい」
ルシフェルからヒントがきたよ。
賢者の石は皆が追究する究極のアイテムだし、私もできれば作りたい。セビリノとも約束したし! 禁書庫に入らせてもらおうかな。エグドアルムでも細々と研究を続けているから、新たな報告があるかも知れない。
魔導師長が代わったのも、研究のプラスになった。前魔導師長は金にならんものに予算はやれんと、研究費をあまり割り振らなかったのだ。幻のアイテム扱いで、完成するかも分からないものだし、無駄に見えたのだろう。
所長が予算獲得の為に戦っていたのを思い出す。
「エグドアルムにいられる間に、私も研究します!」
「頑張りたまえ。成功したら……、そうだね、私が契約してあげてもいい」
ルシフェルが!?
でもそうするには、ベリアルとの契約を解除しないといけないのでは。
「もったいないお言葉ですが、遠慮させて頂きます。ベリアル殿と契約していますから」
「そう」
ルシフェルは変わらない微笑。どうも真意が掴めない。ベリアルは不機嫌そうに、ルシフェルに鋭い視線を向けている。
「では私は久々に禁書庫に入ります。お二方はどうされますか?」
「人間の禁書がどのレベルなのか興味はあるけれど、私が入るわけにはいかないだろう?」
「外で吹聴しないで頂ければ構いませんよ、私の許可があれば入れるんです」
気を遣ってくれたルシフェルに、所長がどうぞと快諾してくれる。
そんなわけで所長も一緒に、四人で禁書庫へ移動した。受付の女性がこの場合はどうするんだっけと慌てているのを、所長が優しく指示をしている。
久しぶりに足を踏み入れた禁書庫は、相変わらず古い本や新しい報告書など、色々なものが納められて独特の香りが漂っていた。全て持ち出し禁止なので、ゆっくり読めるように椅子やテーブルが準備されている。
私のお目当ては、賢者の石の最新研究報告だ。
賢者の石に関する記述の項目の場所は、記憶している通りだった。所長がこれだよと出してくれて、自身は他の本を手に取っていた。
ルシフェルはゆっくりと一周しながら気になった本を手に取り、ベリアルは大人しく座っている。
最初は禁書庫に地獄の王が二人いる状況に戸惑ったが、報告書を読み始めれば集中するので気にならなくなる。
魔力の変容をもたらすようなアイテムが必要……、やっぱりこの説かな。人の持つ魔力では、賢者の石を白から変色させられない。全属性の魔力を試したし、これが有力だと思う。
となるとアイテムは杖、指輪、護符……、どんなものがいいのかしら。素材は? 詠唱は? 決め手になるような発見は、まだもたらされていない。
判明しているのは、必要なアイテムは一つではないだろう、ということ。
「研究施設では、指輪を作っているんですね」
最新の研究結果を
「そうそう。ギゲスの指環、という名前にしているよ。何パターンか作ってみたんだけどねえ、どうも魔力の籠め方が難しくてねえ。入れる文字や模様が良くないのか、上手く発動しないんだ」
「それはとても興味深いですね」
「イリヤさんなら楽しんでくれると思ったよ」
「何が楽しいのやら、我にはさっぱり理解できぬ」
所長と笑い合っていると、ベリアルがわざわざ茶々を入れてくる。派手なことと策謀にしか興味がないから、彼は地味な研究は好みじゃないのだ。
……本当にどうしてここいて、大人しく待っているの?
実験室で開発途中の指輪を試すのは、また明日。セビリノも呼ばないと恨まれそうね。所長が連絡を取っておいてくれる。
報告書を棚に戻して禁書庫を退出し、所長室でお茶を用意してもらった。
地獄の王二人と人間二人。このティータイム、盛り上がるかな。
「イリヤさんの研究は非常に役に立ったよ。賢者の石を作ろうにも、
所長の言葉に、ルシフェルが二度
「……おや? もしかして知らないのかな? 賢者の石は石という呼び名だけど、形状は石であったり砂であったり、液体だったこともある」
「……え……? じゃあ、あの白い粉も、賢者の石の段階だったんですか……?」
「私は目にしていないから断言はできないが、可能性はあるね」
私は所長と顔を見合わせた。
賢者の石だから、石を作るのだとばかり考えていた! これは固定観念に
賢者の石とは、“もの”というより、“性質”を指すのかも知れないわ。
帰り道、後ろでベリアルがルシフェルにこそこそと話し掛けている。
「……どういうつもりだね、そなた。我の契約者と契約しようなど」
「ふふ、まさか。王との契約を簡単に乗り換えようとする者と、この私が契約を結ぶとでも?」
うわ、酷い罠だった! やっぱりベリアルよりルシフェルの方が、性格が悪いところがあるよね……?
「……相変わらず底意地の悪い男よ」
「君には敵わないよ。禁書庫に彼女が集めた呪法の模倣はなかったね」
「それを確かめておったのかね。いくら間抜け娘でも、我らの呪法を記すほど愚かではないわ」
一通り眺めていたのは、私が呪法を広めていないかチェックしていたのね……! ただの遊びじゃなかった。
「……恐らく」
ベリアルまで疑念の目を向けてくる!
しませんよ、研究所が灰になる!
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