第311話 エリクサーくじ開幕!?

 朝からルシフェルに来客があり、今日は私とベリアルで魔法研究所を目指した。

 賢者の石など、特別なアイテムを研究する為の作業室は空けてもらっている。所長も一緒に作業するから、話が早いね。

 ちょうどセビリノも到着したところだ。

「師匠、おはようございます! 研究日和ですな」

 室内だから、晴れでも雨でもどうでもいい気がするんですが。

「おはようさん、セビリノ君。残念ながら君はお仕事優先ね」

「所長!??」

「セビリノ、仕事を頼まれているんですか?」

 セビリノはどうしてバレたんだ、という顔をしている。所長に確認すると、大きく頷いた。


「今回お越し頂いた国で、セビリノ君ご指名でエリクサーを作って欲しいという申し入れがあったと、魔導師長が教えてくれてね。それが一カ国じゃないんだ。せっかくお祝いに来てくれたんだし、色よい返事をしたいよねぇ」

 現在の宮廷魔導師長と、研究施設の所長は仲がいいのね。全部筒抜け。でもこれが普通の状況よね。

「指名だなんて、ありがたいですね。それは作らないと」

「しかし、賢者の石の研究が……、師匠との研究の方が大事です」

 少し歯切れの悪いセビリノ。

 このまま別に作業しても、セビリノは気が散ってしまいそうだわ。

「所長、今日は皆でエリクサーを作りませんか」

「そうね、それがいいよ。久々にやろうか、一人十個、誰が一番たくさん成功させられるか」

「うむ! 素材を確認しましょう!」


 三人でエリクサーを作ると決まったら、セビリノが俄然がぜんやる気になった。元々私もセビリノもアイテム作製は好きだし、賢者の石の研究がなければ普通に楽しめるだろう。

 さすが研究所、素材はしっかりと揃っている。ドラゴンティアスは上級ドラゴンのものかな。悪くなさそう。

 宮廷魔導師専用の作業室もあるが、セビリノも研究所の作業室で作る。

 エリクサーを作るのは、二十四時間かかる。皆で作れば交代で食事にして、その間も目を離さないでいられるから安心だ。


「くだらぬ。我は出掛ける」

 ベリアルは外に出ていった。たくさん待たせるのも悪いし、自由に行動してもらおう。

 部屋をしっかりと浄化し、お香も焚く。今回はホワイトセージ。ここの丸い赤銅のお香立ては葉のような模様が彫られていて、とてもオシャレだ。

 さすがにエリクサーの作製となると、気引き締めなければ。しかも国としての取引なのだ、下手な品は出せない。


 普段は飄飄ひょうひょうとしている所長も、作業中は真剣な眼差しをしていた。四元の呪文を二度唱え、じっくりと火にかける。

 研究所の職員が端のテーブルに飲みものと軽食を用意してくれたのも、すぐには気付かなかった。作業の合間に頂く。緊張するからか、喉が渇くのよね。

 エリクサーが仕上がったら紙に五芒星ペンタグラムを描いた魔法円マジックサークルを敷いて、その上に瓶を載せる。そして零さないよう瓶に詰めるのだ。

 そして最後の定着させる魔法を唱える。


「地に在りて天を仰ぐ、宙に在りて陸を臨む。つなぐは虹、栄光にきらめく六星は二つの三角、六芒星を描く。緋に染まりし流体、九天は汝の内に在り」


 ようやく作製の工程を終え、あとは六時間待つだけ。

 成功しているように祈りながら、食事を摂った。所長は机に突っ伏して仮眠している。

「セビリノのエリクサーが欲しいのよね? 何個必要なのかしら、私達の作品でも満足して頂ければいいんだけど」

 作っておいて今更だけど、他の人のじゃ必要ないって言われたらショックだな。

「師匠のエリクサーを拒否する者などおりませぬ」

「それはセビリノだからよ」 

「師の実力を目の当たりにすれば、全ての人間がひざまずくのですが」

「はいはい」

 別に跪かせたいわけではないのですが。


「ふぁ〜、確か五カ国から打診があったそうだよ。研究もあるからね、足りない分は我々ので我慢してもらおうね。エリクサーはエリクサーだし」

 所長がお目覚めだ。そろそろ完成かな、時間を確認する。

 今回は所長が九個成功させるという素晴らしい結果で優勝、私とセビリノは七個ずつだった。まあまあだわ。

「うん、効果はやっぱりイリヤさんのが一番強そうだね。魔力がよく収まってる。長持ちしそうだ」

 ポーションやエリクサーも、劣化するのだ。

 特にエリクサーは魔力が漏れてしまうと効果が落ちるし、劣化が早い。備品として保存しておく場合は、状態が悪くなったら入れ替えなければならない。

「それで、その五カ国の方にどう渡しましょう」

 全員セビリノのエリクサーが欲しくとも、数は限られている。

「いい考えがあるんだよ」

 所長がいたずらっぽく笑う。これは遊び半分に違いない。


 午前中に完成させ、少し休んで午後。研究所の応接室。エリクサーを欲しい人達が、一堂に会している。魔法アイテムの管理や販売をする官吏も同席している。

 挨拶を交わし、所長が渡し方のルールを説明だ。

「ここに七個ずつ、三組のエリクサーがあります。我々三人で作りました。製作者の名を伏せておき、皆さんに選んでもらいます。セビリノ君のエリクサーが当たる確率は三分の一、さあ運試しをどうぞ」

 名前を伏せた入札になった。

 左からABCと番号が付いていて、まず番号を選ぶ。数は同じ番号を選んだ人達で相談して決める。

「ちなみに私のエリクサーは九個完成しているので、あと残り二つはこれが済んでから受け付けますよ」


 五カ国の代表は、職人や魔導師など目利きする人を連れて、エリクサーが置かれたテーブルの前を行き来している。

「どれかがアーレンス様のかしら……」

「選ぶ方は責任重大ですな……。ところで、貴殿は魔法研究所の所長だそうですが、そちらの女性は宮廷魔導師の見習いか何かですか? もう一つも、確かなエリクサーなんですね?」

 セビリノが反応しそうになるので、抑えないと。私の立場が一番不明なのは仕方がない。

「彼女のエリクサーも私が保証しますよ。どれも最高級のエリクサーです。当然、私が作ったものもね」

 代表達が笑って、ちょっと緊張がほぐれたようだ。

 おのおの慎重に相談しながら、どれにするか選んでいた。決めた国から、テーブルに札を置いていく。


「はい、出揃ったので結果発表~! まずAは、イリヤさんでした」

「あの女性か……。仕方ない、我が国ではエリクサーを作れる人材が少ない。せめてなるべく多く買わせてもらおう」

「私の見立てでは、このエリクサーが最も高品質だと思ったのですが……」

 Aに札を置いた二カ国の人が、こそこそと会話している。完全にハズレ扱いだ。

 意気揚々と見守っていたけど、申し訳なくなるわ。来るんじゃなかったかも。


 所長はお構いなしに次のテーブルへ移動する。

「次はB! これがセビリノ君!」

「やった、大正解だ! ははは、悪いな。アーレンス様の品は全て我が国で購入させてもらう!」

 Bを選んだのは一カ国だけだったので、この国がセビリノが作った七つ全てのエリクサーを購入することに決まった。

 かなりの上機嫌で、選んだ職人に褒美をやろうと豪語していた。


「最後のCが、私のエリクサーでした。さ、数を決めたらこちらの官吏の男性に教えね。エリクサーはしっかり梱包して、代金と引き替えでお渡ししますよ」

 結果発表が終わったので、エリクサーはいったん運び出される。瓶が割れないように緩衝材を詰め、専用の箱に入れて渡されるのだ。貴重な薬なので、運搬時にはしっかりと護衛もつくよ。

「エグドアルムの魔法研究所の所長はアイテム作製が得意で、宮廷魔導師の品に勝るとも劣らないと言われているからな。しかし国内用しか作られないので、通常は出回らない。我々は満足だ!」

「次は配分か。我が国の予算では、せいぜい三つかな」

 七個をどうするか、相談が始まった。


 無事にセビリノのエリクサーを購入する権利を得た国は、早速代金を計算してもらっていた。請求書を受け取り、またすぐ支払いに来ると一番に部屋を出て行った。

 他の国も多少揉めたりしたが、話し合いで購入数の折り合いをつけた。

 余分にできた所長の二つのエリクサーは、欲しい国が三カ国あったので、所長がその場であみだくじを作って決定。高価な薬なのに、こんな決め方でいいんだろうか。

 ぐわあぁ、うおおお、と外れた国の代表が顔を両手で覆って、滑稽なほど大げさに嘆いている。あみだくじで起こるリアクションじゃないよね。

 

 全部終了すると、これまでの緊張が嘘のように和やかな雰囲気になった。

「いやあ、ともあれエリクサーが購入できて良かったです。アーレンス様のものも、いつか機会があれば買わせて頂きたい」

 私のエリクサーを買った、国で作れる人があまりいないと言っていた男性が、セビリノと握手をしている。

「うむ、その時には師匠の元で研鑽けんさんを積み、今以上の品を作れるようになっているだろう」

 いや、アイテムの指導はしていないよ。ていうか、する必要ないくらいの腕前じゃないの。

「鬼才と呼ばれるアーレンス様が、更に上を目指しておられるとは……! それにしてもエリクサーを迅速に、しかもこんなにたくさん用意して頂けるとは思いませんでした。さすが魔法大国ですな」


「素材が揃っておりましたので。二十四時間あれば作れますからね」

 私が答えると、「ん?」と首をかしげて各国の代表が私に顔を向けた。特にお付きの魔法使いなど、目利き役の人が眉を寄せている。

「随分と軽くおっしゃいますが、良い品を作る為に精神を統一したり、精進潔斎をされたりするものでしょう?」

「その方が良いんですが、作りたい気持ちが先に立ってしまうんですよね」

 もっと真面目に取り組めってところかな。

 一日遅らせた方が良かったかしら。

「そのような準備をせずとも、師匠の作られるアイテムは常に最高の状態です」

「セビリノはすぐ褒めるから信じられないわ」

「私は真実しか申しません」


 今度は各国の人達が顔を見合わせた。

 ほら、セビリノがおかしな言い方をするから。

「……アーレンス様のお師匠様は、他国にいらっしゃるのでは? 国を出てお師匠様の元に身を寄せ、修行をしていると伺いましたが……」

 所長のエリクサーを選んだ人が、いぶかしし気にセビリノに尋ねる。

「? その通りだ。そしてこちらが、師匠のイリヤ様であらせられる」

 隣に立つ私を、指を揃えて示した。いつも通りの無表情で。

「「「師匠~!!???」」」

 皆の声が合わさる。わざわざ紹介しなくてもいいのに。


「本気にしないでください。セビリノの師匠になれるほど、実力に差があるわけじゃないんです」

「私のエリクサーは、未だ再生に十秒を切ったことはございませんが」

「こういうアイテムは、私や所長の方が得意ってだけじゃない」

 所長はアイテム作製が得意な人で、セビリノより練達している数少ない人材なのだ。なので今回のエリクサー、実は三人の中でセビリノが一番苦手だったりする。

 セビリノが得意なのは、疾病しっぺいに効く魔法薬の方。魔法付与も、私のように強過ぎると苦情がきたりはしない。非常に安定しているよ。

 勿論、セビリノのアイテム作製の腕前は、宮廷魔導師の中では一、二を争う実力である。


「十秒……? 十秒って、十秒以内に再生するって意味ですか? そんな早く治癒するんですか……!?」

 声を震わせるのは、私のエリクサーを最も効果が高いと判断して推してくれた女性だ。

「滅多にそこまで早くはできません、やはり精進潔斎した方がいいですねえ」

「もう必要ないっしょ。なんなの? なんなの? 規格外生命体なの? 凄すぎて意味わからん」

 丁寧に話していた女性の口調が突然砕けて、ぶんぶんと首を振っている。

 規格外生命体とは何ぞや。


「イリヤさんは楽しいからやったっていう愉快犯タイプだから、自分の実力に無頓着なんだよねえ」

 所長が私を犯人扱いする。アイテム作製は犯罪じゃありません!

「じゃあAが大当たりじゃないか! やった、大きな顔で国に帰れるぞ!」

 ハズレだと消沈していた私のポーションの購入者達が、突然元気になった。

 そもそも全てちゃんとしたエリクサーなんですよ。効果にも、当たりハズレというほど差異はない。単にセビリノが一番有名なのだ。

 興奮し過ぎて、誰かがテーブルにぶつかった。エリクサーを下げた後で良かったわ。なんだか盛り上がり、しばらく誰も帰らなかった。


 先に部屋を出にくいし、さっさと引き上げてくれないかなあ。

 さすがにもう、ベッドでゆっくり眠りたいわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る