第308話 イリヤと第二騎士団

 エクヴァルが宮殿に向かうので、途中にある宿まで一緒に移動した。

「じゃあリニ、遅くなったら泊まるといいよ。私も今晩は仮眠だけでずっと仕事だから」

「うん……。あんまり無理しないでね」

「平気だよ。それから……君と君、イリヤ嬢とリニに付くように」

 パレード前に付いていてくれた人は、自分の部隊に戻っていた。エクヴァルが代わりに、二人に私達のところへ残るよう指示する。


「はい、カールスロア司令。お任せください」

「任せるよ。もう終わったと思うが油断せず、必ず守るように。イリヤ嬢とリニに比べたら、君達の命はちりに等しいからね」

「……はい」

 相変わらず部下には辛辣しんらつだ。リニが心配そうに見上げる。

「エクヴァル、意地悪を言っちゃダメだよ」

「安心して、リニ。意地悪じゃなくて事実だから」

 堂々と言い放つエクヴァルは、いつもと同じ笑顔だった。


 宿に戻ってから、妹のエリーの部屋を覗いた。エリーと友達のメアリが、私の帰りを待っていてくれた。

「あ、お姉ちゃん! 大丈夫だった?」

「ええ。宮廷魔導師も親衛隊も兵も、たくさんいたもの。すぐに解決したわ」

「すごいね。ところでその子は誰?」

 エリーの視線が私の後ろにくっついている、リニを捉える。

 ベリアルは一緒に戻って、そのまま自分の個室へ移動している。と、見せかけて出掛けたから、ルシフェルとこの後の相談でもしているのかな。

 ルシフェルの別荘を私の家の裏手に建てているので、チェンカスラーまで同行するのかしら。


「友達の契約している小悪魔なの。友達はパーティーに参加するけど、貴族ばかりの席になるのよ。この子は引っ込み思案だから、一緒に食事しようと誘ったの。いいわよね?」

「大歓迎だよ! 私はエリー、こちらはメアリちゃん」

「リ、リニです……」

「リニちゃん。よろしくね~!」

 メアリがリニに手を伸ばし、リニが恐る恐る握って握手をした。


 今晩は宿の人にお願いして、料理を部屋へ持ってきてもらった。

 ベリアルは出掛けたままで、ドアの向こうでは親衛隊員が待機している。

 濃厚なオレンジ色のエビのビスクスープが美味しい。花びらの散らされたサラダに、豪快に魚介の乗ったパエリア。見た目も華やかな料理は、パレードの余韻を呼び戻すのに一役買った。

「リニちゃんの契約者さんも、パレードにいたの? どの人、どの人?」

「えと、エクヴァルは、親衛隊の一番最後で、紺色の髪で……」

 必死に説明するリニ。エリーはすぐにピンときたようで、隣に座るメアリに人差し指を立てて教えている。

「敬礼してくれた人だよ。私の村に来たって話した、あの人!」


「かっこよくて優しそうな人だった」

「うん。あの、エクヴァルは優しいし、仕事も真面目だし、……ね、イリヤ」

 リニのキラキラした瞳が私を映す。

「ええ、今回も怪我人が出ないよう頑張っていたわ」

「それにね、色々教えてくれるの。説明も上手なんだよ。ね、イリヤ」

 エリー達を見て説明した後、リニはまた私を振り向く。エクヴァルがかっこいいと褒められて、きっととても嬉しいんだろう。

「判断が早いし、それにとても強いの。頼りになるわよね」

 私も同調して賛辞を述べると、リニは弾けるような笑顔になった。相変わらずエクヴァルが大好きなリニ。

 エリーとメアリも微笑んで、リニの言葉に耳を傾けていた。


 エクヴァルの話題で親近感を覚えたのか、その後はリニも積極的に話に加わるようになった。

 エリーとメアリがもう仲良しだから、リニが上手く輪に入れなかったら私が橋渡しをしないとと気負っていたけど、その必要はなさそうだ。

 二人は小悪魔と会話をするのが珍しいと、リニが契約した時の状況を聞きたがった。エクヴァルが歓迎会と称してスイーツをたくさん食べさせてくれて、とても嬉しかったと懐かしそうにリニが説明する。

 むしろ私が蚊帳の外にならないように気をつけないと。

 三人とも、テンションが高いな。色々とあったものの、いい思い出として記憶に残ったらいいな。


 夜遅くまでお喋りして、リニは余った部屋に泊まった。借りている部屋が全てツインだったので、どっちのベッドを使うかでしばらく悩んだと言っていた。

 朝食時は親衛隊の人が別のテーブルにいて、夜の間に戻っていたベリアルとルシフェルは部屋に運ばせて一緒に食事しているようだ。あの二人は不思議と仲がいいなあ。

 食事が終わったのを見計みはからって、親衛隊の男性がこちらの席の脇に立つ。

「聞き取りですが、予定していた場所が急遽、先日の襲撃の聴取に使用されることになってしまいまして……。我々が使用しているレストランの個室を手配致しました。そちらで宜しいでしょうか」


「あ、はい。勿論です」

「詰め所かなんかの予定だったんですよね? レストランの個室の方が、緊張しなくて済みそう」

 襲撃の影響で聞き取りが延期かもと心配していた二人は、予定通り行われるので胸を撫で下ろしていた。早く済ませてしまいたいよね。

「わ、私も一緒にいてもいい?」

 リニが親衛隊員と目配せしている。エクヴァルに頼まれてたのね。きっと調査官のから上がる報告だけじゃなく、リニからも聞きたいんだな。

「リニちゃんが一緒だと嬉しいけど、楽しいお話じゃないよ?」


「だ、大丈夫。私、親衛隊のお仕事を手伝うのが、お仕事だもの……!」

 気合いを入れるリニ。むしろ雰囲気がほのぼのする。

「お姉ちゃんはどうするの? 心配を掛けるから、聞いて欲しくないな……」

 エリーが申し訳なさそうにした。身内に聞かれるのは、嫌なのかも知れない。

「それなら、同席しないでおくわ。エリーが帰るのは、明後日? 第二騎士団に伝えておくわよ」

「また送ってもらえるの? 護衛を雇うお金も持ってきたよ」

「そっか、エリーちゃんは山に住んでるんだもんね。私は王都から近い村で、隣町まで定期馬車が出てるから、それに乗るんだ」


 主要な町を繋ぐ定期馬車があるのだ。安く移動できて、護衛も一人は必ず付くよ。ただし路線はあまりない。

「お二人とも、我々が責任を持って送り届けますよ」

「忙しいんじゃないんですか?」

「お気遣いありがとうございます。全員が調査に加わるわけではないので、問題ないですよ」

 親衛隊が当初の約束通り、家まで送ってくれるようだ。

 でも第二騎士団はエリーを送るつもりでいるかな? 聞き取りの間に、私が挨拶ついでに確かめておこう。


 食事が終わると、私はベリアルと宮殿を目指した。

 ルシフェルは宿の部屋がそれなりに気に入り、今日は部屋でゆっくりするそうだ。気が向けばふらっと出歩くんだろうな。

 宮殿の敷地内は警備兵がいつもより多く、門番の人数も倍以上で、警戒態勢なのが見て取れた。

 中央の広い通路を、何台も連なった馬車が走り抜ける。止まらずに済むよう開門され、兵達が頭を下げている。外国の王族か、それに連なる高貴な貴族だろうな。


 目的の第二騎士団の詰め所は、宮殿の裏で皇太子宮とは反対側に位置する。詰め所には宿舎と食堂、訓練場が併設されている。

 私はまず、皆がよくいる訓練場へ向かった。魔物討伐専門の騎士団なので、色々な魔物に対応できるようプールまであるのだ。

 懐かしさを感じつつ歩いていると、訓練場から声が聞こえてきた。やはり今日も訓練をしているんだ。

「我々も是非ともイリヤ様の……」

「……が、必要ですよね」

「やはり師匠がいらっしゃる場所こそが……」

 セビリノまでいる?

 どうも悪い場所に居合わせてしまった予感。


「イリヤ様! お久しぶりです!」

「師匠、丁度いいところへ。実は第二騎士団と、師匠のお話をしておりました」

「人気であるな、そなた」

 ベリアルが愉しんでいるともバカにしているともつかない、皮肉な笑みを浮かべていた。

「その笑いは、絶対にろくな内容じゃないと思ってますね」

「早く行ってやれば良い、待っているではないかね」

 ぐぬぬっ。聞こえなかったフリをして、回れ右をしたいわ。


「なんと、イリヤ様崇敬会に我々も入会させて頂けるんです!」

 第二騎士団の団員の一人が、とても嬉しそうに報告する。

 やめておくんだ、実態のない団体ですよ。

 私を知らない見習いが、愛想笑いを浮かべているわ。この人どういう人、と尋ねられる雰囲気でもない。私としても、彼らの中で私がどんな存在になっているのか理解しがたい。

「それで崇敬会の本部をどうするかと相談しておりまして」

 セビリノが真剣な表情で悩んでいる。何故こんな話を真面目にできるのか。

「イリヤ様は、また南へ行ってしまわれるんですよね」

「はい、チェンカスラー王国に家を買っておりますし」

 団員の問いに答える。更に質問は続いた。


「入会資格はイリヤ様を尊敬している者! それだけでいいですよね」

「資格も何も、いらないのでは……」

「さすがイリヤ様、お心が広い!」

 崇敬会自体がいらないと断っているのに、誰でもウェルカムだと曲解された。どこまで自分大好きだと思われているのか。

「阿呆であるな、そなた。ここで難解な条件を付ければ、誰も入れなくなるではないかね」

 その手があったか……!

 いや、それも私の為にこれだけやってという、酷いワガママでは。


「会の活動としては、ズバリ、イリヤ様の啓蒙けいもうです!」

「あと親睦会とかいいですよねー」

 結局私をネタに宴会をしたいだけでは。勝手に盛り上がる面々に困っていると、後ろから男性が声を掛けてくる。

「おいおいお前達、いい加減にしないか」

 振り向くと、大きな体に焦げ茶色の髪が目に入った。ヴィルマル・ニコライ・アルムグレーン。第二騎士団の団長だ。

 手に横長の木の板を抱えている。看板でも立てるのかな。

「お久しぶりです、アルムグレーン団長」

「イリヤさん、元気そうですね。初めて会った頃はあんなに小さかったのに」


 団長が自分のヘソくらいの高さで、手のひらで撫でるような仕草をする。

 ちょっと待って、初めて会ったのは私が宮廷魔導師見習いになってすぐ、くらいですが。そんなに小さくないですよ。

「団長、ついにイリヤ様の前でもそのネタを披露するようになったんですか」

 まさかの持ちネタ。ベリアルがフッと笑った。

「イリヤがそのくらいの年齢の頃は、手の付けられぬ跳ねっ返りであったわ」

「おお……お小さい頃のイリヤ様は活発な……、あ、今でもわりと活発ですね」

「昔から進歩のない小娘である」

 ベリアルまでこの話に加わった。騎士団員が興味津々だから、勝ち誇った表情をしている。意味が分からない。

「そうか、その方は悪魔でしたな。イリヤさんの小さい頃……、お聞きしたいですが、用件を済まさないとならないな。ほらコレ」

 団長は手に持っていた板を胸の前に出し、皆に披露した。


『イリヤ様崇敬会 エグドアルム支部』


「なるほど、支部!」

「うむ! 本部は私がチェンカスラーで立ち上げよう!」

 セビリノが生き生きしている。本部いらない。しかも先に立ち上がる支部。

 団長はもっと理性的な人物だと信じていたのに、しばらく会わないうちに随分お茶目になったものだ……。

「……あのー、エリーは親衛隊が送ってくれるらしいんで、それでいいですかね」

 私は諦めて本題を告げた。

 するとすごい勢いで騎士達の視線が集まる。

「イリヤ様のお役に立てる機会を横取りしようとは……。……よし、当日戦って勝った方が送り届けるのはどうでしょう」

 なんでじゃ。

「ヤツらも本気らしいな。どちらが護衛に相応ふさわしいか……。いいだろう、戦争だ」

 良くない。やたら燃える面々。

 式典ではやることがなく、暇だったせいかな。


「先輩方、落ち着いてくださいよ。対人戦闘では親衛隊に敵わないですよ、我々は魔物との戦いの訓練ばかりです」

 見習いがなだめようとしている。しかし戦闘になる前提から崩して頂きたいところ。

「ふはははは! 権利は勝者にのみ与えられるもの! 者ども、心してかかるが良いであろう!!!」

 ベリアルが無駄にあおる!

 騎士達はウオオ訓練だ、と剣を掲げた。

 アルムグレーン団長は声を立てて笑っている。止める素振りも見せない。


 これはもう、どうしようもないわ。私は放置してこの場を後にした。

 ちなみにこの件を親衛隊の人に伝えると、とてもドン引きで「第二騎士団にお任せします」と言ってくれた。ついでにメアリも第二騎士団に任された。


 さて、今回の襲撃事件。

 後に「パレードを反皇太子派が襲撃し、皇太子妃を守護する地獄の大公によりたいらかにされた。皇太子を標的にしても、皇太子妃には触れるな」と、間違っているが嘘ではない噂になって伝わったという話だ。



 ★★★★★★★★★★★★★★


第四部も終了! あと後日談ならぬ、当日談が一話あります。

第五部はぼちぼち考えているところ(未だそんな感じ)。

エグドアルムから始まって、チェンカスラーに帰る予定でっす。

ここまでで、約132万字です。お疲れ様です!

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