第307話 王都の門の戦闘

 親衛隊が戦っているのは、黒い髪の人型をした魔物だった。気怠げに移動する何体もの魔物。連携などはなく、計画性も感じられない。身近にいる者に攻撃を仕掛けている。

「傷が塞がった……、なんだこの魔物は」

「落ち着きたまえ、伝令を飛ばしたからすぐにでも魔導師が来る。それまで何度でも倒せ!」

 致命傷になり得る傷を与えても再び起き上がる魔物に、兵が弱腰になっている。エクヴァルが鼓舞しながら一体を斬り伏せた。

 しかし魔物は血を流さない。ウオオオオォという不気味な叫びとともに傷はゆっくりと消えていき、服だけが裂けたままになっていた。


「司令、魔法も含めほとんどの攻撃が無効です! 一部ダメージが残っているようですが、現時点で条件を分析できておりません」

 部下がエクヴァルに報告している。冷静に倒し方を考えているようだ。

 早く正体を知らせないと!

「吸血鬼ブルーハだわ! エクヴァル、銀の武器か心臓に杭を打ち込むか、神聖系の魔法で倒すのよ!!」

 警備兵とエクヴァルの部下が複数の吸血鬼と対峙していて、門の外で震えている人もいる。逃げ遅れた人を襲うブルーハを親衛隊員が斬るが、ゆっくりと向き直ってそのまま交戦していた。痛みすら感じる様子を見せない。

 門の付近は戦いを見る人と逃げる人が入り交じっていた。


「イリヤ嬢! これが吸血鬼か……、ミスリルの武器を持つ者は前へ!」

 エクヴァルが指示をすると、五人が前へ進んだ。

 吸血鬼はこの世界では生息が確認されていない魔物で、召喚をしないと存在しない。なので知っている人は少ない。

 しかも人の血を吸って魔力を相手に与え続けると、吸血鬼化すると言われている。なので倫理的観点から召喚禁止なのだ。さすがに罷免された宮廷魔導師でも、即座に吸血鬼の召喚には思い至らないと思う。


 となると、こんな発想をするのは、ヴェイセルなんだろうか。

 一人でこんなに召喚はできないだろう。魔導師と打ち合わせてあったのかな。

 倒し方を知らなければ、一体でもかなりの脅威になり得る。

「いいか諸君、敵は吸血鬼だ。血を吸われた者は浄化を受けるように。そして一人の犠牲者も出さずに、掃討せよ!!!」

「は、カールスロア司令!」

 倒し方が判明して、親衛隊員にも覇気が戻った。どんな怪我をしても立ち向かってくるんじゃ、気持ちが折れちゃうよね。


「イリヤ、ポーション、ある?」

 肩で黒猫のリニが質問してきた。

 ポーション類は、ほとんどお金に換えてしまった。今持ってるのは自分用だけ。

「ポーションが少しと、傷薬ならあるわよ」

「わ、私、怪我した人に、持って行く!」

 怪我人はブルーハから遠ざかり、兵が守っている。あちらに行く方が、むしろ安全だわ。地上に降りるとリニが女の子の姿になる。私はリニにポーションを数本と、傷薬を託した。

「これから神聖系を唱えるから、リニちゃんは後方にいてね」

「うん!」

 薬を大事に抱えたリニが、尻尾を揺らしながら座り込む怪我人の元へ走る。親衛隊員が一人、そっと護衛に付いた。


 ブルーハにはミスリルの剣を持った隊員が対応して、爪での攻撃を避けながら斬り付ける。腕に傷が走ると、ギャアと叫んでブルーハが後退した。

 私は再び飛んで、エクヴァルの近くへ行った。ブルーハは飛べないので、空にいれば被害はない。

「エクヴァル、魔法を唱えるね」

「じゃあ、あの一番大きなブルーハにお願いできるかな」

「アレね! 周囲から人を遠ざけてね、全力でやるわ!」

「いやいや、全力の必要はないでしょ。ほどほどで……って、聞いてる? イリヤ嬢、集中するの早すぎるから!!!」


 飛行魔法を使用しながら他の魔法を唱えるのは、地面でするよりも集中しなければならないのだ。エクヴァルがまだ何か喋っているが、私は示された敵に意識を向けた。

 警備兵が二人で対応していて、二人とも傷を負っている。兵とブルーハの距離が近いから、少し離れてもらわないと巻き込んでしまう。

 戦況を見守りつつ、ゆっくりと詠唱を開始した。

 私の詠唱に合わせてエクヴァルが走り、ブルーハと戦う兵の援護に向かった。一人が攻撃を受けてよろけたところに駆け付け、爪を防いで更に剣を振る。

「退いていろっ!!!」

「は、はい……っ!」

 

 エクヴァルの剣はブルーハを真っ二つにし、体が上と下に分かれた。

 しかしブルーハは長い爪のある手を振り上げ、この状態でもまだ攻撃しようとしている。ヒイッと恐れて息を呑む兵達。エクヴァルはさっと伏せて、体を低くした。

 その上を風の魔法が通る。

 ブルーハの上半身だけがすっ飛んでいっちゃった!

 魔法を使うのはここね、私は一気に魔法を完成させた。


「聖なる、聖なる、聖なる御方、万軍の主よ。いとたっときエル・シャダイ!! 歓喜の内に汝の名を呼ぶ。雲の晴れ間より、差し込む光を現出したまえ。輝きを増し、鋭くさせよ。いかなる悪の存在をも許さず断罪せよ! 天より裁きの光を下したまえ! シエル・ジャッジメント!!」


 天から白い光が差し、ブルーハの上半身を貫く。

 目がくらむほどに輝き地面を大きくえぐって、ブルーハの体は一瞬で消えた。離れている下半身も砂になって風に散る。

「こういう風になるのねえ……」

 穴の底には、生物がいた痕跡も残っていない。

 上半身と下半身を別々に攻撃するなんて、普通ではありえないことをやったのはとても有意義だった。セビリノもヴァルデマルも見られなくて残念だったろう。


「え……シエル・ジャッジメントって、ああいう魔法だっけ……?」

「まさか、神聖系だぞ。あんなに物理的に破壊しないよ」

 ぼそぼそと囁き合う親衛隊員。彼らは神聖系の魔法は使えない。

 再び誰かがシエル・ジャッジメントを唱え、空から一筋の光が降りてくる。兵じゃない誰か、唱えたのは冒険者らしき人。

 ブルーハは激しい光に焼かれて、ゆっくりと灰と化していく。

 地面にはほんのりと黒い跡が残った。割れたり穴ができたりはしなかった。もしかして、私がおかしいのかしら……?


 ミスリルの武器を持った人は積極的に攻撃を仕掛け、他の人がそれを援護している。ブルーハは一人、また一人と消えていった。吸血鬼も倒し方が分かれば、他の魔物と大差ないのね。

「襲撃を見届ける為に、召喚師が一人は残っている筈だ。手が空いたものは周辺を捜索したまえ。民間人を人質に取られないよう、最大限の注意を払うよう!」

 状況が優勢になると、エクヴァルは周囲を見渡して次の指示を飛ばした。

 確かに、召喚術は数人で使ったにしても、命令をするのに最低一人は残るだろう。魔法攻撃をしてきたわけでもないので、隠れられたら地道に探すしかない。

 

「う、うわあああぁ! シエル・ジャッジメント!!!」

 門の外で、またもや天から一筋の光が差した。

 しかしそれはブルーハを狙ったのではなく、全く関係ない場所を攻撃する。

「これが攻撃魔法かね? 詠唱を待ったかいがないわ」

「ひぃ、ひいいぃい!!! ブルーハ俺を助けろ、ああ、いない……っ」

 ローブを着た人物が、一目散に走ってきた。ブルーハは既に全員討たれている。ブルーハの指示役の召喚術師ね!

「犯人だね! 身柄確保!」

 エクヴァルが相手を示すよりも早く、親衛隊は動き始めていた。

 

 魔導師の後ろからは、ベリアルがゆっくりと歩いてくる。

 ブルーハ退治に加わらないと思ったら、かくれんぼをしていたらしい。鬼は地獄の王。泣きたくなるようなかくれんぼだ。

 魔導師が必死に逃げる姿を、目を細め口元をゆるめて眺めている。

 後ろから迫る悪魔、前の正門側には親衛隊。魔導師は王都から離れるように逃げるが、親衛隊員は三班に分かれて確実に追い詰めた。

 気持ちが体より急ぎ、転びそうになる魔導師の足元から火の手が上がる。


「火が、火がっ!!!」

 足がもつれて体が前のめりになり、そのまま倒れてしまった。

「ふはは、火の魔法など見慣れておるのではないのかね!」

 とても楽しそう。魔物退治よりも面白い玩具を発見してしまったようだ。

 助けようか悩む。

 相手は私が宮廷魔導師見習いの時に、討伐をサボって三時のお茶を欠かさず飲み、嫌みばかり言っていた人物だ。今更助けるつもりにもならないし、事実がベリアルに知られたら、むしろもっと酷い目に遭うに違いない。

 うん、黙っているのが人情というもの。

 どうせ親衛隊が保護してくれる。


 私は怪我人の治療の手伝いを買って出た、リニの元へと向かった。

 当初は倒し方が分からず、しかも複数のブルーハが現れた為、兵士や逃げ遅れた人に怪我人が出ている。吸血鬼だと判明したので、噛まれた人は浄化の魔法を唱えてもらっていた。

 リニは魔法を使っている場所から離れたところで、空いたポーションの瓶を回収していた。緊急時はうっかり散らかしたまま解散してしまいがちになる。リニはとても気が利くわ。

「ありがとう小悪魔ちゃん、すごく効果の大きいポーションだね!」

「……うん。あ、あの。怪我は、もう大丈夫?」

 男性の冒険者が、腕を回してみせる。年齢はセビリノに近い。

 動きもスムーズだし、きちんと回復しているね。リニは私の姿を見つけると、満面の笑みで迎えてくれた。


「イリヤ! イリヤのポーション、褒められたよ」

「役に立って良かったわ」

「……イリヤ? イリヤちゃん?」

 リニが呼んだ私の名前を、男性が繰り返す。知り合いだったかな……?

「え、イリヤちゃん??」

 近くにいた別の女性も、私に注目した。彼の冒険者仲間かな。

「はい、イリヤでございますが……」

「大きくなったわね、でも確かに面影があるわ〜! 覚えてないかな、森で迷子になった時に会ったのよ。私はロージー。あの時から魔法が使えたものね、立派になったのね」


 子供の頃、会った人達なんだ……!

 迷子になって助けてもらったことは記憶にあるけど、相手がどんな人達だったかは忘れちゃったわ……。

「あの時、お礼にって薬をもらったろ? あの傷薬と熱の薬も、売っているのみたいな出来栄えだったよ。薬屋さんになったのかい?」

「はい、他国で魔法アイテム職人をしています」

「近かったら買いに行きたかったなあ〜」

 この調子なら、昔の話にならなくて済みそう。

 子供の頃の話題はとても気恥ずかしい。ベリアルがこの場にいなくて良かった、ろくな発言はしないわ。


「イリヤのお友達……、イリヤは立派な職人だよ。魔法もすごいの」

 リニが私をアピールしてくれる。ロージーという女性が、あっと何かを思い出したように手を叩いた。

「もしかして、さっきの光の魔法ってイリヤちゃんも使ったの?」

「はい。一度、使用致しました」

「大活躍だな!」

 男性が手を叩いて喜んでいる。親戚か近所の子が再会したら成長していた、とかそんな気持ちなんだろうか。


「おいおい」

 盛り上がっているところに、立派な鎧の冒険者が呆れたように割って入った。彼は更に言葉を続ける。

「単なる光属性の魔法じゃなく、その中でも使い手の少ない神聖系だよ。親衛隊の司令官と会話してたし、国の偉い人だろ。言葉に気をつけないと」

 エクヴァルとの会話を聞かれてたんだ! 戦闘中に、普通に話し掛けちゃったからなあ……。

「そうだった、イリヤちゃんは貴族の先生がついてたんだ」

「フィンリー、イリヤ様って呼んだほうがいいんじゃ……」


 明るくフレンドリーだった冒険者の二人が、急にかしこまってしまう。子供の頃の昔話は困るが、緊張しなくてもいいのに。

「今はアイテム職人ですので、普通に接してください」

 笑顔で伝えるが、相手は曖昧な表情を浮かべていた。

「イ、イリヤは威張ったりしないよ」

 リニが私が困っているのを察して、必死に訴えてくれる。

「そうだリニちゃん、パーティーには参加するの?」

「パーティー? 宮殿で偉い人がたくさん集まるパーティー? エクヴァルは出ないといけないけど、私は遠慮する……」

「それなら一緒に食事をしない? 妹達と一緒だから、ベリアル殿は違うテーブルにしてくれるわよ」

 話を逸らして、平和な女子会の話題にする。これなら怖くない。


「イリヤはいいの?」

「私も声は掛かったけど、妹といられる時間も短いしね」

「イリヤ嬢、宮殿のパーティーに呼ばれて断れる人物だって暴露しているよ」

 不意にやってきたエクヴァルが、笑っている。周囲の人達は、明らかに作られた笑顔をしていた。

 話題の選択に失敗した……!

「エクヴァル、お仕事終わったの?」

「ああ、これから犯人を連れて宮殿へ戻るよ。そのままパーティーの準備なんだ、リニはどうする?」

 エクヴァルの後ろには親衛隊員が並び、先程の魔導師も連行されている。気まずいのか、私からは視線を外していた。

「……イリヤと一緒でも、いい?」

「勿論。楽しんでおいで」

「ありがとう! イリヤ、よろしく……!」

「ええ、美味しいものを食べましょうね。エクヴァル、リニちゃんを借りるわね」


 リニを連れ、ホテルへ戻る。

 去って行くときは誰にも声を掛けられなかった。親衛隊が引き返す姿を、周囲の人達が見送っている。怪我人の治療はほぼ終了し、浄化も完了。

 エリー達が心配してるかな、早く戻ろう。

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